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満月の夜 2  作者: 桐生初
29/30

落合の母の話

「ライバルから頼まれた件だけどさあ。」


落合が通院していた精神科医の所へ移動している霞に、原田が電話を掛けてきて言った。


「有難う。やっぱりありましたか。」


「うん。あった、あった。電子書籍でも、ネットの検索でも、専門家じゃないのかっていう位、凄まじい量の、多重人格障害関係の本と、警察捜査の本、それから、刑法39条の本。」


「やっぱり。有難うございました。


「いや、いいんだけさ。」


「はい。何か?」


「ぶっちゃけ、ダーリンとどうなってんの?」


「ええっと…。それはあの…、どうお答えすれば…。」


「いいのよ。正直に答えてくれて。あたしはダーリンの幸せを願ってるんだから。」


「あ、あの…。気持ちを確認し合えただけですけど…。」


「えっ?!チュー位したんだよね!?」


「ええ!?とんでもない!」


「なんだそりゃあ!」


電話はスピーカーにしていたので、運転しながら聞いていた夏目も、珍しく叫んだ。


「本と、なんだそりゃあですよ!なにやってんですか、いい年して!そんな事だけで、甘粕さんはあんなんなっちまってんですか!?先が思い遣られるな!」


「初めて夏目と同意見だよ!何やってんのよ!押し倒しなさいよ!」


「わっ、私がですかあ!?」


「他に誰が居んのよ!私が押し倒したら、ダーリン、圧死しちゃうでしょお!?」


自虐が過ぎて、霞は笑えなかったが、夏目は肩を震わせ、必死に笑い声を堪えながら、ボソッと言った。


「分かってんだな。」


「夏目え!聞こえてんだからね!?」


「失礼しました。」


「んじゃ、そういう事で。あ、ねえ、39条って、精神障害が認められたら、無罪ってやつだよね?」


「そうね。」


「あいつは、それ狙って、本当は清水朋香を殺したって事?」


「かもしれないって段階だけどね。」


「ふーん。分かった。」


「あ、ねえ、原田さん。」


「何かね?」


「ネットの検索履歴は、他には何が?ホモ関係とかあった?」


「それがさあ、無いんだよね。」


「無い?」


「うん。多分、熟女趣味なんだと思うんだけど、そういうヤらしい動画とかは凄いダウンロードして見てるよ。」


「女になりたい男性が見るもんじゃ無いわよね。」


「無いと思うなあ。」


「熟女趣味ね…。て事は、女子高生には興味が無い。それでいたずらの形跡は丸で無いと。ん?ちょっと待って。学園は熟女だらけじゃない!?」


「あ、ちょっと!。先はあたしに言わせてよ?内さんに先生達の誰か、落合と関係してないか探れって伝えろって言うんでしょ!?そして、私にも、そういう怪しいやり取りがないか探れと!?」


「そう!流石原田さん!お願い出来る!?」


「勿論!任せときな!。」


「有難う!よろしく!」


電話を切ると、夏目が言った。


「つまり、先生の内の誰か、或いは、複数と関係して、生徒を餌食にするように(そそのか)し、こうしようと、初めから計画してたという訳ですね?」


「流石夏目さん。私はそう考えました。それなら、夏目さんの引っ掛かったのも、解消出来ません?」


「出来ますね。だから鶏の生き血では動かず、人間でやるのを待っていられたんだ。

うまい具合に忘れ物を取りに行ったのではなく、関係している誰かが頼って電話して来たので、行ったとも考えられる。更にしっくり来ます。」


「でしょう?」




母親のアパートの中に通された太宰と甘粕は、母親が出したお茶をすすりながら話を聞いていた。

今日の質問担当は、甘粕である。


「敬太は、幼稚園の時から、既に他の子と違っていました。兎に角、病気なんじゃないかと思う程、嘘をつくんです。だから友達にも、嘘つきと嫌われるようになり、いくら私や主人が言っても聞かず、私は叩いてしまった事もありました。

でも、怒られて、反省している側から、また嘘をつくんです。

誰々が意地悪した、虐めた、お腹が痛い、頭が痛いと。どれが本当なんだか、親の私ですら分からなくなりました。

小学校の先生は、情緒障害を疑った様で、私もそう思いましたが、主人がしつけで直ると言い張って、病院には連れて行って居ませんでした。」


「ご主人は、暴力を振るわれていましたか?」


「いいえ。全く。忍耐強く、お説教をしたり、一緒に山を走るとか、過酷なスポーツをする事で、精神修養になると考えていた様です。」


「それはなかなか、素晴らしいお父様だと思いますが、何故離婚を?」


「頑張りすぎてしまったんだと思います。

どう見たって、男の子が興味がある物とかしか好きではないのに、性同一性障害という病気を知ると、自分はそれだと言い出して、逆にオカマなんだと虐められたりもし、それで私立中学に入れなかったのに、中学に入ったら、そんな素振りは全くなくなり、言いもしませんでした。ああ、やっぱり嘘だったんだと思いましたけど、もう身体の仮病では誰も信じてくれないし、実際直ぐにバレるので、精神の病で嘘をついて、楽しむ様になっていた様です。

中学に入ったら、躁鬱病なんだと言い出しました。でも、やっぱり、それも仮病と直ぐ分かり、今度は自律神経失調症だとか、パニック障害なんだとか。

もしかして、寂しい思いをしているのか、親の愛情が足りないから、嘘をついて、人の同情をひきたがるのかと思ったんですが、どうもそうでは無いと、主人も私も気づいたのが、高校に入ってからでした。

要するに、嘘をつく事で、人が心配したり、慌てたり、動揺するのが面白いんですね、あの子は。

ただそれだけなんです。

ノロウィルスが流行っていた時は、教室のど真ん中で吐いて、周囲をパニックにさせましたが、その時、敬太が指を突っ込んで吐くのを見た子が居て、先生も、その後のパニック状態を面白そうに眺めている敬太を見たと言っていました。それで分かったんですが。

主人は、今までの苦労は何にもなっていなかったと、鬱の初期状態になる程落ち込んでしまい、敬太の顔も見たくない、こいつは、生まれつき異常なんだと言って、出て行ってしまいました。

その時も敬太は面白そうに、主人を見送っていました。

自分が家庭を壊したのが楽しいみたいに、私には見えました。

日頃から立派な父親が、肩を落として、家族を捨てていくのが。

敬太はその時言ったんです。『お父さん、家族なんだから、一緒に頑張れば、なんでも乗り越えられるとか言ってたのにさあ。やっぱダメじゃん。偉そうな事ばっか言って。負けてやがんの。』って。

私も、この子といるのはもう嫌だと思いましたが、主人に去られてしまっては、どうにも出来ないので、精神科に連れて行ったんです。」


「そこでなんと言われましたか。」


「暫く通って、人格障害と言われました。自閉症の一種で、人と上手く関係が築けず、人の気持ちが理解出来ないと。治療法は無いと言われ、この子を道連れに心中しようかとも思いましたが、なんとか周囲と上手くやれる様にする訓練の様な物はあると言われ、それに期待して、通いました。でも、その間も、運良くというか、あの子の虚言癖のお陰といいますか、警察沙汰にはならなくて済みましたが、何度も問題を起こしました。」


「嘘でですか。」


「いえ、もう犯罪です。あの子は私に対して、高校生になっても、気持ちが悪い程、ベタベタと甘えて来たんですが、若い女性には全く興味が無く、年頃になったら、ご近所の中年女性に抱きついたり、嘘を言って、家に上がり込んだりする様になってしまいました。

その都度、同情を引く様な事を言って、許して頂いていたみたいですが、本当に恥ずかしくて。

学校でも、そういう嘘でクラスメートをパニックにさせるのは相変わらずでしたが、その内、誰も相手にしなくなり、敬太の存在すら無視する様になったので、学校では甲斐が無いと思ったのか、問題は起こさなくなりましたけど。

ですから、無責任とは思ったんですが、大学に入った途端、1人で住まわせ、私は住所も教えず引っ越してしまったんです。生活費や敬太の学費は主人が振り込んでくれていましたので、それをそのままにして、私は自分の食い扶持だけ働けばいいと思いまして。」


「嘘で人が右往左往するのが面白いから、嘘をついているか…。なる程…。」


「本当に、あの子は人の害になる事しかしません。もう、刑務所から出さないで下さい。」


「それは私共には決められません。

それで、今回の一件なんですが、彼は、そこまでヨハネを恨みに思っていたんでしょうか。」


「いいえ。恨むなんていう人間らしい感情、あの子には無いと思います。

言い方ややり方がキツかったのは事実ですが、駒木先生の仰る事は正しかったです。嘘つきだっていうのは。

ただ単に、世の中で騒がれるし、注目されるからという理由で、ターゲットにしたとしか考えられません。」


「ーでは、好きだった子が、嫌な目に遭ったからとかでもないでしょうか。」


「好きだった子…。あ、和泉美雨ちゃんの事は、珍しく気に入っていたというか、敬太には珍しく、嘘をつかない相手でした。どういう訳か、偶に居るんです。敬太が嘘をつかない相手って。」


「それは、美雨ちゃんの他だと誰ですか。」


「他は…、そうですね…。あの子の叔母です。

心臓病で、敬太が小学6年生の頃に、若くして亡くなってしまったんですが、主人のお姉さんで、大変かわいらしい、綺麗な方でした。優しくて、でも、結構気が強いところもあって、主人は子供の頃、虐めっ子から守って貰った位だと。そういえば、美雨ちゃんはちょっと似た雰囲気だったかもしれません。」


確かに、それはバッチリ美雨に重なる。

落合の熟女趣味やその他の情報は、さっき霞から来たメッセージで分かっている。

熟女趣味も、心臓病で可愛くて、でも気が強い守ってくれる女性を気に入って、嘘をつかなかったというのも、その叔母の影響なのだ。

そして、その叔母に姿形も病気や性格まで似ている美雨は、同い年でも、落合にとっては、心許せる相手だったのかもしれない。

しかし、美雨が結婚していると聞いても、なんの反応も無かったのだから、美雨の事が好きだから、復讐したというのは、矢張り考え難い。

母親の言う通り、ちょうどいいターゲットだったし、虐め問題もまともに処理してくれなかった恨みが動機だと言えば、マスコミはもっと過剰に反応してくれる。

まさに筋金入りの病的な嘘つきなのはよく分かったが、これをどう攻めれば、本当の供述が引き出せるのか。

甘粕はそれを考え、思わず唸ってしまった。












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