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満月の夜 2  作者: 桐生初
23/30

謎だらけ

甘粕と霞は真っ直ぐ本庁に帰らず、被害者である清水朋香の自宅の家宅捜索に行った。

母親には先程許可を得ていたので、お手伝いさんに通されたが、両親共に不在だった。


「あの、ご両親は…?」


霞がお手伝いの女性に聞くと、言いづらそうに答えた。


「旦那様はお仕事に、奥様はテニスにお出掛けでございます…。」


「お嬢さんが亡くなったのにですか!?」


思わず甘粕が咎める様な口調で言ってしまうと、彼女の責任では無いのに、身を縮ませた。


「申し訳ありません…。私も申し上げたんですが、ご遺体もまだ戻って来ないし、家に居ても仕方がないと仰いまして…。」


「すみません…。あなたに怒っても仕方が無いのに…。でも、いつもそういう感じなんですか。その…。

お嬢さんに対して、非常にドライというか…。」


「そうですね…。お子様はお嬢様お一人なんですが、ご夫婦の仲は、お嬢様がお生まれになった時から冷め切っていらして…。

そのせいか、お嬢様にも他人の様な接し方といいますか…。

私の様な使用人の立場で言うのもなんですけれど、憎くすらあるのではないかと思うほどです…。

昨夜、お嬢様がお帰りにならないのも、全く気にしていらっしゃらず、寧ろ、清々している様に見えたので、私が捜索願いを出しに…。」


このお手伝いさんは、よく話してくれる。

逆にそこまで話していいのかと思う程だ。


「もしかして、このお屋敷をお辞めになるおつもりですか。」


霞が聞くと、頷いた。


「お嬢様の事が心配で、我慢しておりましたけど、もうお嬢様もいらっしゃいませんし…。」


お手伝い女性は、とうとう泣き出した。

清水朋香が亡くなって、涙を流した人を見るのは、この人が初めてというのは、なんだか異様ではあった。


清水朋香の部屋に案内される。

豪奢な邸宅の中で、朋香の部屋は、10代の女の子っぽい、ちょっとチープなインテリアで飾られた部屋だった。


パソコンの類いは無く、日記なども無さそうだ。


「どんなお嬢さんだったんですか。」


甘粕が部屋を見ている間に、霞がお手伝いさんに聞いた。


「私がここへ来たのは、お嬢様が5歳の時でしたけれど、私には素直な、とても可愛らしいお嬢さんでした…。」


「学校では、お友達を虐めている様でしたが、その話をされた事はありますか。」


「ーしました…。それはいけませんよと言うと、泣いておられました…。

どうしてですかとお聞きしたら、みんないいお母さんやお父さんで、家族に愛されてる。それが憎たらしいって…。

旦那様や奥様に対する鬱憤を晴らしてしまう、止められないんだと…。」


「そうですか…。交友関係はどうでしょう。」


パソコンの類いが無い以上、朋香の友人との連絡手段は、携帯だったのだろう。

でも、その携帯は、衣類と共に行方不明だ。


「よく遊びに行くお友達はいらっしゃいましたが、誰も信用はしていないと仰っていました。

みんな自分に嫌われると虐められると思っているから、親切な演技をしてるんだって…。

確かに、何度か遊びにいらした方もいらっしゃいましたが、お嬢様が席を外すと、お嬢様の悪口みたいな事を言っているのを聞いた事があります。

お嬢様には申し上げませんでしたが…。」


人を虐めるのはどんな言い訳も効かないが、朋香にも、朋香なりの事情があった様である。

同情は出来ないが、歪んだ家庭が原因となっていたのは、確かな様だ。


「虐めについて、ご両親はなんと?」


「ありきたりな事を仰って叱るだけですね…。心がこもってないし、真剣でもないので、響くわけがありません。

お嬢様も、全く聞いていませんでしたし、旦那様達も、大した問題には考えていらっしゃいませんでした。

大学は海外に行かせて、この家から出て行かせようと思ってらした様です。」


「あの…、離婚してしまえばいいと思うんですが、何故?」


「旦那様は弁護士事務所を開いておられまして、その資金援助や仕事の援助など、奥様のお父様から受けているんです。奥様のお父様が離婚したら、資金を返せと仰ってますし、お仕事にも支障が。

それに、奥様はご実家には帰り辛いんです。兄嫁さんと不仲で。

となると、経済的な問題から、嫌いでも旦那様と一緒にいた方がと…。

今日行かれたテニスだって、本当はテニスなんかしてないんですよ。コーチと浮気してるんです。」


「はあ…。成る程…。あの、あなたの目から見て、率直にどう思われますか。ご両親が朋香さんを殺したと言う可能性は…。」


「それは無いと思います。お二人共、スキャンダルは困るでしょうから、殺すなら、事故に見せかけるとかするんじゃないでしょうか…。

よく分かりませんけど…。体裁だけが気になる方達なので…。」


「成る程…。」


お手伝いさんが下がり、部屋を見ていた甘粕に声を掛ける。


「どう?」


「さっきの話を裏付けるようなもんしかねえな。一人っ子のくせに、写真が異様に少ない。

それに全部1人で写ってる。

多分、あのお手伝いさんが写したんだろ。一枚だけ、笑ってんのがあるけど、お手伝いさんと写ってる、デパートのゲームコーナーの写真かな。

親とは無いし、友達と写ってんのは、全部作り笑いだ。」


「成る程。いじめっ子は、孤独な少女という訳ね…。

でも、親に対する鬱憤を全て同い年の子に対する嫌がらせで晴らしていたとしたら、相当酷かったでしょう。

恨みは買って当然だわ。」


「だろうな。女の子のそういうのは、おっかなそうだ。」


「ええ。女子校だったから分かるけど、なかなか嫌な感じよ。」


「ムカつく奴だが、親はシロ。ここにも何も無し。戻ろうか。」


「はい。」





本庁に戻り、夏目とボードを作り終えた頃、柊木がやって来た。


「死亡推定時刻は、正直、今回は自信が無え。昨日の日曜日午後3時から11時までの間だろうって感じだ。死因は失血死。身体の血液の80パーセント抜かれてる。」


「そんなにですか。」


霞が驚きを隠せない様子で聞くと、頷いた。


「そう。しかも外傷は無し。レイプなんかも一切無し。血を抜いたのは、肘裏の静脈から。点滴とかする所からな。針穴は、医療用の静脈針。なんと大手通販サイトで簡単に手に入る。」


「そうなのか!?」


太宰が驚くと、淡々と答える。


「ーと、甘粕の女が言ってたぜ。」


今度は甘粕が驚くが、なんだか様子がおかしい。

霞をチラチラ見ながら、かなり慌てふためいている。


「はっ!?えっ!?どっ、どうして柊木先生が!?」


「ああん?なんの話だ、甘粕。原田の事だよ。」


「あ、ああ…って、違いますよ!」


「そうなのか。まあ、俺にはどうでもいいんだが。

でえ、その簡単に手に入る、KENて会社の金属針と思われるもんを刺して、血を抜いたと。」


霞が不思議そうに首を横に捻っている。


「あの、柊木先生。刺したら、血はドバドバ出てくるものなんですか。」


「まあ、腕の位置だの、装置だのによっちゃあ、自動的にドバドバ出ては来るが、時間はかかるだろうな。相当量だから。」


「うーん…。医療関係者ですか?」


「微妙だなあ。針刺すのは、何回も失敗してる。だが、静脈に針刺すのは、看護師は上手いが、医者は大体が凄え下手なんだよ。」


太宰が検視記録を見ながら聞いた。


「書いてねえ様だけど、薬物なんかは?ガイシャは黙って大人しく血を抜かれてたってえのは、考え難いんだが…。」


「それが、そうとしか思えねえ。薬物はガイシャの体内からは一切検出されてねえんだ。ただ、手首と、足首にはベルトが巻き付けられた様な痕はある。これだ。」


柊木が手首と足首の拡大写真をホワイトボードに貼った。


「拘束はされてたのか…。」


「うん。でも、そんなきつくはねえな。この感じだと。」


「はああ…。なんだかサッパリ分からんな…。ガイシャ自ら血を抜かれる事に同意してたんだろうか…。」


太宰の呟きに、霞が反応する。


「という事になりますね。つまり、顔見知りの犯行、或いは、信用されていた人間がやったと考えられそうですね。」


「そんじゃ、いいかあ?」


「おう。ありがとな。」


柊木と入れ違いにやって来た幸田は、かなり不機嫌そうだ。


「もお!足跡一切無しだあ!先生方の足跡しかねえ!まあ、あの辺、朝6時半には雨が降ったって話だから、あっても洗い流されちまった可能性は高えが、もう、ホシの足跡なんか欠片も見つからねえよ!」


「ご苦労さん。それで、あの赤い六芒星は?」


「ん。アレはこれだ。」


幸田はそう言いながら、大きな証拠品袋に入ったシートを見せた。

それは、清水朋香の遺体の下にあった六芒星そのものだった。


「ええ?シートだったのか?全然気がつかなかったな。」


「無理ねえやな。ペンキでこの透明シートに書いたもんを綺麗に切り抜いた上、地面のコンクリにがっちり貼り付けてあったもん。取るの大変だったぜ。」


「何で貼り付けてあったんだ。」


「ホームセンターなんかで売られてる、強力ボンド。しかし、無色透明で、相手がコンクリなんかじゃ、ボンドの痕は先ず見えねえ。

メーカーはオムスって会社の、超強力スーパースペシャルボンドって銘柄。

コンクリート、ビニール、木、陶磁器、なんでもくっ付くという触れ込み。

まあ、確かにくっ付くであろう素材は使ってる。

で、このシートの下の地面も若干湿ってた。

だから周りと遜色が無かったんで、余計、シートだって気づかなかったんだよ。」


「ふーん…。昨日は深夜1時から3時まで降って、一回止んで、また6時半に少し降ったんだよな…。その雨の合間に貼り付けて、遺体を置いたのか…。」


「だろうな。あのボンド、多少水っけあっても、相当量使えば効くしな。因みに、前々日の土曜は晴れてた。前々日から用意してたら、シート地面の下は湿ってねえから、すぐシートだって分かったろうな。因みに、シートから指紋や毛髪、細胞組織などの証拠は一切出なかった。

ペンキはユウヒペイントの赤100番。これも、どこのホームセンターでも売ってる。以上だ。」


雨が断続的に降ったのと、現場が大荒れだった事で、鑑識から分かる事は、今回はかなり限られている様だ。


「でも、シートから何も出ないという事は、それなりの犯罪知識があり、気をつけて加工や設置をしたという事でしょうね。」


霞が言うと、甘粕は頷きつつも言った。


「でも、最近はテレビドラマなんかでも、指紋が出ただの、毛髪が出ただのってやってるから、ちょっとそういう刑事ドラマが好きだったら、みんな知ってるのかもな。」


「それはそうね…。ちょっと頭が回れば、考えつくか…。でも、高校生には厳しいかなあ…。」


「そうだねえ…。今回、皆目見当もつかないって感じだけど、ここまででどう?霞ちゃん。」


「はああ…。難しいです。今のところ、宗教絡みなのかなんなのかも分かりません。

手がかりは、この六芒星の真ん中に被害者の名前っていう、記号の持つ意味かとは思いますが…。」


「そうだね。若い子の都市伝説系かもしれんし、甘粕、原田に言って、調べて貰って。」


「うっ…。なんで俺です…。」


今度は真っ青になる甘粕。


「言わずもがなだろ、甘粕。早く早く。ハニーってちゃんと言うんだぞ。」


「課長、俺はこれ以上、大事な何かを捨てるのも、自分を偽るのも…。」


甘粕は真剣に訴えているのだが、その場に居る全員が笑っている。

特に夏目の笑い方は酷い。

肩を揺らして、ヒーヒー言って、受けまくっている。


「夏目ええええ!だったら、お前がやってみろおおお!!!」


「いや、アレは甘粕さんじゃないと。俺は原田さんには嫌われてますし。」


甘粕はデスクに突っ伏して、虚ろな目をして、電話を取った。

甘粕が、やけになって原田に愛を叫んでいる横で、太宰が笑いを堪えながら指示を出した。


「じゃ、手分けして、虐められてた子に話を聞きに行こうか。」














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