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満月の夜 2  作者: 桐生初
21/30

太宰、図星をさす

甘粕達が喜多が皆川に化けていると気付く数分前、皆川は、鞄から刃渡り30センチのサバイバルナイフを出して、楽しげに笑いながら太宰に突き付けた。


「あんた、本当に人がいいな。て言うか、馬鹿だよ。そんな騙されやすくて、よく課長なんてほざいてられるな。」


太宰は特に驚いた様子も無く、皆川をジロッと見た。


「そうだな。言えてる。」


「なんだ。驚かねえのかよ。」


「とっくに気付いてたわい。お前が皆川だか誰だか知らんが、今までの、押田の死を悲しむ、ツキの無い好青年じゃねえ事位な。」


「へえ。」


「お前のその目、俺は知ってる。14で親兄弟から友達まで複数の人間を殺した、あいつと同じ目だ。」


「少年F?あれはツメが甘いな。あそこまで上手くやっといて、結局自供で捕まるなんて。俺なら、そんなヘマはしない。」


「おい。警視庁舐めてんじゃねえぞ、コラ。俺がお前といるって事はみんな知ってるし、今頃、部下達がお前の正体も突き止めてるぞ。」


「かもな。でも、俺は逮捕なんかされねえよ。事件は藪の中になるんだ。」


「俺殺してか?逃げ切れると思ってんのか。」


「刑事さん。俺は、警察なんかには捕まらねえって言ってんだよ。そこに車停めろ。」


喜多がナイフで前方を指し示した。

ここは府中の林の横を走る林道の様な所で、人気も無く、あるのは、カバーのかかった車が前にあるだけだ。


「携帯捨てて、その車に乗れ。」


ナイフを突きつけられたまま、太宰はポケットの中で少し携帯をいじってから捨てた。

様子を怪しんだ皆川が、携帯を拾ってみたが、誰かに連絡した様な形跡は無かった。

皆川は携帯を放り投げ、太宰を運転席に座らせると、今度は後部座席に座り、太宰の後ろからナイフを突きつけた。


「じゃ、行こうか。」





夏目が現場に到着した時、既に太宰の姿は無かった。

あるのは太宰が乗っていた警察車両と、その目の前から反対方向に向かっている、別の車のタイヤ痕。

そして、太宰のスマホだけだった。

夏目はタイヤ痕の写真を撮り、幸田に送りつつ、状況を内田に報告した後、甘粕に電話した。


「すみません。車を乗り換えられました。タイヤ痕は幸田さんに送りました。課長の携帯が残されてて…。」


夏目は太宰のスマホを丹念に見始めた。


「これ…、関係あんのかな…。」


「どうした?」


「甘粕さん宛のメッセージで、未送信ですが、平仮名で、『でぃーえす』って書いてあります…。」


「でぃーえす?DSの事か…?そういや課長、DSで、はまったゲームやる為に、電車通勤に変えたんだよな…。俺にゲームの話したって分かんねえのに…。」


「でも、何かヒントがあるのかも。甘粕さん宛って事は、課長は、甘粕さんには話したって事じゃないかしら。」


「うーん…。何だっけ…。居所を知らせる様な機能って付いてんだっけ、あれ…。あ…、あれか?」


「何です?」


「なんかDS持って歩いていると、同じ様に持って歩いてる人間と交信みたいなのが出来るとかなんとか…。」


「つまり、電波を飛ばしているという事ですね!?」


「て事は、原田なら拾えるのか!?原田あ!」


急いで原田を呼ぶ。


「聞いた!つまり、DSのすれ違い通信の電波を探すんだよね!?因みに、課長のハンドルネームは!?」


「は…はんどるねーむ!?」


「ダーリン、こういうの、普通は、太宰政彦なんて、本名そのまんま入れないのよ!?」


「ああ~、なんか見せてくれた様な気がすんな…。なんだったけかな…。」


「それ分かんないと、拾えないんだから、思い出して!DSの電波なんて、そこら中に相当数あんだからね!?」


「うーんと…。課長のハンドルネーム…。課長のハンドルネーム…。課長…。ああ!思い出した!課長っぽいって思ったんだ!」


「何!」


「『かちょー』!」


一同絶句してしまった。

原田ですら、絶句している。


「課長…。オフでも染み付いてんのね…。分かった。直ぐ探す!」


その一方で、幸田達は、必死に夏目が送ったタイヤ痕から車種を割り出していた。


「甘粕!車種が分かった!トヨタのヴィッツだ!2010年型!」


甘粕は直ぐに原田に連絡を取った。


「喜多は車持ってないか!?」


「喜多は持ってないけど…。待ったあ!親父の所有車がある!トヨタヴィッツ2010年型!色は白!ナンバー言っていい!?」


「俺に言うな!内さんに言って、緊急配備で検問かけて貰え!」


すると、電話を繋ぎっぱなしだった内田が言った。


「聞いてたよお…。もう全然分かんねえ!けど、緊急配備だな!原坊!ナンバー言え!」


原田がもう一度、詳しい車種とナンバーを言うと、内田は全警察官に向けて、がなった。


「白のトヨタヴィッツ2010年型!ナンバーは、多摩ーほー9567だ!俺たちの課長の命がかかってる!必ず探し出せ!見つけたら、車にしがみついてでも離すなああ!!!」





太宰は喜多が言うまま、車を走らせていた。

奥多摩の山中を走っている。


ー上手いな…。ここじゃ緊急配備は追いつかない…。


「お前、本当の名前は。」


「喜多晃。」


「なんで押田を殺した。」


「皆川がいい刑事だ、いい人だ、あんないい人は居ない。刑事ってのは、そういう人が就ける職業なんだから、お前らには、なれるはずは無いなんて言いやがるからさ。押田って奴より、俺の方が上を行ってるって、分からせる為だよ。」


太宰は吹き出す様に笑いだした。


「何がおかしいんだよ!」


喜多はキレはしなかったものの、かなり不愉快な様子になった。


「おかしいだろ。どこが上だ。押田の家に宅急便を装って押し入って、殺しただけだろ。しかも変態的に。」


「変態じゃねえ!」


「じゃあ、心臓どうした。押田の心臓。」


「食ってやったよ。」


恐れ、ひれ伏せと言わんばかりに、得意気に言ったが、太宰にはまた笑われた。


「うちのプロファイラーが言ってたぞ。殺した相手の心臓を食うってのは、相手の力を得る為だってな。

お前は押田より、結局は弱いんだよ。

だから押田の心臓、食わなきゃなんなかったんだ。

押田が怖かったんだろう。あいつの、あの仏さんみてえな優しさが。」


喜多は思い出していた。

押田を殺す時、押田は命乞いはしなかった。


『どうしたんだ。なぜこんな事する?助けてやれるかもしれない。話してみろ。』


そう言った。

命が惜しくて、時間稼ぎに言っているわけでは無かった。

それが恐ろしくて、押田の頭をこれでもかと殴り、意識を失わせたのだ。

太宰の推測は当たっていた。

よって、喜多はキレた。


「うるせえ!ここに停めろ!もう今すぐお前をやってやる!」


「図星か。なんて言われた。

警察には隠しておくから、話してみろとか言われたか。

自分の命より、お前の精神状態を心配する、お前が触れた事も無い、お前には一欠片も無い、あいつの優しい心が怖かったんだろ。だから、押田は意識不明の状態で殺し、本村は意識があるまま殺したんだ。」


全て当たっていた。

だから喜多はより錯乱して、サバイバルナイフを振り回した。


「うるせえ!うるせえんだよ!いいから車降りろ!」


太宰は降りながら、内心ニヤリと笑っていた。


ー隙だらけだのう。この道20年の俺を舐めんじゃねえぞ、こら。





「カチョー、見つけたよ!奥多摩!」


原田の報告に、甘粕はニヤリと笑って、村井と霞と3人でハイタッチをした。

実は3人は、原田の報告を待つ間、プロファイリングで、喜多が向かった先を考えていた。

喜多は、多分、こちらの動きはある程度は読んでいるはずと思われた。

太宰を誘拐するという事は、恐らく最後の殺しになるだろう。

それならば、ゆっくりと、太宰の殺しを楽しむはずだ。

それが可能な場所はどこか。

そこから考えた。

喜多に土地勘があり、人が来ないと分かっている場所。

そして、府中からそう遠い距離では、警察に先回りか、追い越しをくらう。

となると、奥多摩山中だろうと、当たりをつけ、夏目を行かせていたのだ。


「夏目、どうだ。」


「白のヴィッツ、ナンバーは手配車両。発見しました。2人は居ない様なので、探します。」


「待ちなさい。今、内さんが人を向かわせて。」


夏目はガサゴソという音を立て、


「ああ、電波が。」


と言い残し、電話を切った。


「嘘つくな!夏目!?夏目えええ!!!」


甘粕の叫びも虚しく、夏目はご丁寧に電源まで切ってしまった様で、もう全く通じない。





夏目は茂みに気配を消し、音を立てずに入って、太宰を探した。


太宰は程なく見つかった。

喜多に膝を着けと命令されたのか、膝を着いて、両手を挙げている。

しかし、冷静だった。

喜多と話をしている様なので、耳をすませ、聞いてみる。


「お前は押田が怖かったんだろ。本村なんてあんな非力な男でも怖かったんだ。曲がり切って、人の道踏み外したお前にはな!だから殺したんだ!」


「俺は怖くなんかない!誰の事も怖くない!」


「じゃあ、俺の事は縛らずにやってみろ!怖くねえなら、俺より強いなら出来んだろうが!」


「ああ、やってやるよ!」


喜多はサバイバルナイフを振りかざし、太宰に襲いかかった。

太宰はそれと同時に立ち上がり、喜多のサバイバルナイフを持つ手を両手で押さえた。

喜多はそれ以上動けない。

喜多の不利かと思われたが、夏目は喜多が空いた方の手の側のポケットから、もう一本ナイフを出すの見た。

次の瞬間、銃声が林の中に響き渡った。


「痛え!痛え!死ぬ!死んじゃうよ!」


喜多はサバイバルナイフを放り投げ、もう一本のナイフも落とし、そのナイフを持っていた手から大量に出血しながら、転げまわっていた。


「夏目か!?」


姿が見えないのに、そう叫ぶ太宰に、些か不満げな顔つきで、夏目が茂みの中から現れた。


「なんですか、それは…。コラ、指2、3本吹っ飛んだって、死にゃあしねえよ。」


「死ぬー!俺の中指と親指が無いー!死んじゃうよおー!」


太宰は夏目から受け取った手錠を掛け、事務的に言った。


「午後4時47分。警察官連続殺害容疑、並びに誘拐、脅迫、殺人未遂で現行犯逮捕。」


喜多は未だ死ぬ死ぬと騒いで泣いている。

本気で怯えている様だ。


「なんなんだ、こいつは。あんな酷え事して来たくせに、指2、3本で、死ぬとか大騒ぎしやがって…。本当に死んじまえ。」


「流石に、このままここにほったらかしておいたら、夜は冷えますし、静脈も切れた様な出血ですし、パニック状態ですから、出血も余計酷くなってますから、死ぬでしょうね。ほっときますか。」


「ああ、そうしようか。」


喜多は聞いていたのか、夏目と太宰のズボンの裾を掴んで、まさしく泣いてすがった。


「助けてえええ!助けてくれえええ!」


太宰と夏目が喜多の手を振り払い、歩き出そうとした所に、男達の凄まじい叫び声が聞こえ始めた。


「課長おおおおお!」


「どこですかあああ!」


「叫んでええ!課長おおおお!」


「課長おおお!死んじゃ嫌ああああ!」


太宰は情けなさそうに笑った。


「今のは芥川だな。おーい!ここだー!」


太宰の明るい声に引き寄せられる様に、一課の面子、全員と思われる人数が駆け寄って来て、太宰の無事を見ると、殆どが泣き出した。


「良かったあ!課長おおお!」


皆、争う様な勢いで、太宰にしがみつき、無事を喜んでいる。

流石の夏目にも笑みがこぼれた。


「はあー、本と良かったです。もう、寿命が縮みましたよ!」


「内さん、そんな泣かないで。ありがとな。みんな。」


「しかし、夏目は早かったんだな。」


内田が言うと、太宰はやたら爽やかな笑顔で答えた。


「多分甘粕達がここだってプロファイリングしてくれたんだろう。あー、えー、内さん!」


「はい。なんでしょう。」


「ごめん。容疑者撃っちゃった。」


「へ!?あ!は!?」


内田達は漸く、痛い痛いと泣いている喜多に気付いた。


「あああ!ええっと、これは課長…。」


「危なかったんで、俺が撃った。」


踏ん反り返って言う太宰を、内田は笑いながら見上げて、小さな目をキラリと光らせた。


「へーえ。課長は確か、射撃の腕はダメだった気がしますし、いっつも拳銃は持って出ないんじゃなかったですかねえ…。」


「うーん。至近距離だったから。」


「じゃあ、銃見せて貰えます?」


「ん!?」


内田は笑ったまま首を横に振り、夏目を見ながら言った。


「うん。いいです。分かりました。」


「内田さん、これは俺が…。」


「夏目は取り敢えず黙っときな。2回も立て続けに発砲したとなったら、いくら同僚守る為とはいえ、始末書だけでなく、刑事部長の長い長いお説教くらっちまうよ。お前さんのキャリアにも傷がつく。

ここは俺が適当にやっとくからさ。」


「すみません…。」


「課長の命救ってくれたんだ。安いもんだよ。本当にありがとな。」


全員に礼を言われ、夏目は困った顔になり、俯いてしまった。


「照れ屋だのう、夏目は。じゃ、甘粕に連絡入れよう。」





喜多の自宅から、押田、本村、新田のDNAが付着した保冷剤と、冷蔵ケースが見つかり、3人の血痕が大量に付着した、鑑識官専用の足袋やビニール服が3組見つかり、更に自宅に保管されていたサバイバルナイフ数点からも、同様にDNAを検出。

更に、検死の結果、自宅にあった死体は、皆川の物と判明し、自宅の包丁と、致命傷となった心臓の傷が一致。

更に、その包丁からは,今回殺害された3人の刑事のDNAが検出された。

心臓を食べる時に使ったらしい。

喜多は、指を失くしたショックなのか、異様に素直に自供を始め、4人の殺害を認めた。

また、宮田は、喜多の犯行を信奉しており、その為黙秘を続けていた様だが、喜多があっさり認めたと知るなり、自分の無実を証明するかの如く喋りだした。

押田の事は、なんとも思って居なかったが、喜多に言われている間に、嘘っぱちで邪魔な存在と思う様になり、捜査一課に一泡吹かせるのを楽しみに、喜多の犯行を手伝おうとしたが、犯行そのものに関わるのは拒否された為、家を貸したり、食事を与えたりする事で、手伝っているという気分になっていたらしい。

だが、宮田は無罪放免とは行かない。

甘粕への暴行はかなり重い罪になるし、喜多の犯行を知っていて、応援したというのも、当然罪に問われる。





「でも、課長お上手ですね。あんな状況下で、喜多の弱い所突いて、動揺させるなんて。流石この道20年。」


送検も終わり、落ち着いた昼時、霞が言うと、太宰はニヤニヤと笑い、椅子の上で踏ん反り返った。


「でも、実は一か八かだったんだよ。心臓食ったのかもって思って、甘粕や霞ちゃんから聞いた話から、ふっかけてみたら、図星だったという…。

まあ、運が良かったのかもねえ。だけど、なんだ、あの情けねえ姿は。」


「課長、喜多の自宅の鏡の数、覚えてますか。」


甘粕に言われ、太宰は気持ち悪そうに頷いた。

喜多の自宅には、まさにそこら中に姿見が置かれていた。

つまり、喜多は必要以上に、自分の身体を鏡に写していた事になる。


「あの身体の鍛え方といい、女っ気も全く無く、若い男の癖に、スケベな雑誌もネットの閲覧履歴すら一つも無い。

自分の身体に自信過剰な上、それにしか興味が無い、究極のナルシストだったんですよ。

だから、指がなくなったというのは、彼の心の支えである、完璧な肉体からはかけ離れてしまう。

そういう事なんじゃないでしょうかね。」


「そっかあ…。でも、ナルシストだと、女に興味がなくなるのか?」


「だって、自分が1番ですから。女性の身体なんて、あいつにとっては、美しくないんですよ。」


「まだ男の方がいいっつー事!?」


「という理由で、同性愛になる人も多い様ですよ。」


「はああ…。女性の身体の方がいいと思うけどねえ…。」


などと言っていると、一課の新しい課長となった内田から電話が来た。

いつも通り夏目が出る。


「おう、夏目か。」


「その節は、お世話をお掛けしました。」


「それはいいっつってんだろ?課長を助けてくれたんだ。安いもんだよ。

で、今日はそちらさんの事件じゃねえかという話だ。」


「はい、どうぞ。」


「千代田区内の私立高校で、そこの女生徒が全裸死体で校庭のど真ん中で発見された。

死因は柊木先生が現場で調査中だが、外傷が一切無えという話だ。行くかい?」


電話をオンフックで聞いていた太宰が頷いた。





















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