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満月の夜 2  作者: 桐生初
18/30

霧の中

「この感じ…。本村だから過激さを増して殺されてんだか、2回目の犯行だからなのか、分かんねえな…。」


そう言いながら、室内と本村を見ていた太宰に霞が答えた。


「そうですね…。押田さんから奪った、I.Dや携帯電話で、本村さんが一課の課長である事を知っていたとすれば、本村さんだから…。でも、何故、一課の課長だからって…。」


霞呟きに答える様に、下調べを進める為に残っていた甘粕から電話が入った。


「押田のノートにあった更生対象と、警視庁の試験に落ちた人間が一致しました。4人です。」


「有難う!よくやった!早速手分けして当たろう!」





太宰と霞は直ぐに本庁に戻り、甘粕と夏目がホワイトボードに用意して置いてくれた、4人のプロフィールと写真を見た。


「他にも3名程いたんですが、プロファイリングや犯行状況から見て、除外しました。体格が著しく劣っている3名です。」


太宰が霞を見た。

霞はその視線に気付き、慌てて答える。


「はい。除外して頂いて結構だと思いますが、私を見ないで下さいませんか!?」


「だって、うちのプロファイラーだしさあ…。まあ、甘粕もなんだけど…。まあ、いいや。甘粕、始めて。」


甘粕は心配そうに太宰を見た。

太宰は珍しく自信が無い様だと気付いたからだ。

お気楽キャラの太宰と雖も、プレッシャーに押し潰されそうなのかもしれないと思った。


「はい。この4人、全員身長は186センチあります。

先ず1人目、内田伸哉。22歳。高校中退の後、定職も無く、バイトも長続きせず、押田の自宅近くの公園で仲間とたむろしている所を、押田に話し掛けられ、仲間達も定職につき、押田に憧れて、警視庁を受けるも、ペーパーテストで落ちてます。」


「ペーパーで落ちたか…。素行は?」


「落ちた後は、川崎市内の食品加工工場に就職。特に警察沙汰になる様な問題は起こしていません。」


「うーん、なんかシロっぽいな。」


「俺もそう思いました。職場に電話してみた所、開口一番、5課と名乗ったら、押田さんの事で何か分かりましたかでした。

押田に憧れて、試験受けたけど、自分はバカだから。でも、そのお陰で、しっかり働こうって思えた。結婚もして、子供も生まれるし、全部押田のお陰だと、泣き出しました。葬式にも行ったそうですし、事件当夜のアリバイは、自宅に居ただけの様ですが、深夜に妊娠中の奥さんの具合が悪くなり、病院に連れて行ったそうなので、原田に確認して貰った所、病院に記録も残っていました。」


「なるほどな。ほぼやってねえだろう。プロファイリングにも当てはまらんし。次は?」


「佐藤祐基、25歳。内田と同じ雰囲気ですが、やはり押田に影響され、警視庁の試験を受けています。

ペーパーで落ちましたが、但し、彼は神奈川県警の臨時採用で合格しています。

電話で話しましたが、押田と名前を出した途端、号泣していました。

演技とは思えませんし、見兼ねて電話を代わってくれた上司の話によると、押田の事件を聞いてからずっと落ち込んでいるし、捜査に参加したいと漏らしていたそうです。また、事件当夜は鶴見区内で張り込み中で、アリバイもしっかりしているそうです。

常々、何かにつけ、今の自分があるのは、押田のお陰だと嬉しそうに話していたという話ですから、まずシロかなという印象です。

検死結果から言っても、犯人は相当な力を持つ、大男と予想されますが、この佐藤は身長は186センチありますが、70キロしか無く、かなりの瘦せ型で、体力測定はギリギリでした。」


「ふむふむ。俺もシロって気がする。次は?」


「皆川賢吾30歳。飲食店で無銭飲食しようとし、暴れている所を押田が逮捕。その後、押田がなんとかサポートしようと働きかけていた様ですが、押田のノートでも、あまり希望的な事は書かれていません。殆ど喋ってくれず、何を考えているのかも、よく分からないと。ただ、心は開きかけてくれている様だと書かれていました。

警視庁受験は1回。ペーパーも体力測定も問題ありませんでしたが、心理テストで全部不合格になっています。」


「甘粕、これがクロなんじゃないのか。お前、分かってたんだろ?」


「分かっちゃいるんですが、万が一という事もありますので、全部出しておこうかと思ったのと、次もクロっぽいんですよ。」


「そうなの?そんで、皆川は今は?」


「川崎市内の解体業者勤務ですが、最近は出たり出なかったりが多く、クビ寸前の様です。さっきも電話しましたが、欠勤しており、自宅の電話も出ません。1人暮らしですが。」


「なるほどね…。で、もう1人ってのは。」


「はい。宮田雄太29歳。矢張り試験には4回落ち、全て心理テストで落ちてます。現在無職。

大田区の実家で両親と3人住まいですが、電話には誰も出ません。押田のノートにも、記述はあまり無い。名前だけです。」


「名前だけ?なんか書いてねえの?」


太宰は押田のノートをめくった。

押田は少年達の長所や得意分野、話してくれた事や押田の印象など、事細かく書いている。

だが、確かに、甘粕の言う通り、宮田雄太に関してだけは、名前と生年月日、住所と電話などの基本情報しか書かれていない。


「何故、この人だけ何も無いのかしら…。逆に不自然ね…。1回こっきりしか会っていないとかなのかな…。」


霞の呟きは当たっている様な気がした。

しかし、1回しか会って居ない人間を、あんな残虐な方法で殺すものなのか…。

疑問は残る。




太宰は甘粕と二手に分かれ、霞を連れて、皆川の自宅を訪ねた。

アパートはノックしても、誰も出ない。

電気のメーターも、在宅している感じで回っては居ない。


「さあて。どこ行っちまったかだな…。」


途方に暮れかけた時だった。

アパートの金属製の階段を上がって来る音に目をやると、皆川が登って来ていた。


「何?押し売り?俺は忙しいんだよ。」


太宰は、2人を無視して、鍵を開けようとする皆川と間合いを取りながら言った。


「警視庁の者だ。話を聞きたい。」


皆川が本ボシなら、逃げるはずだ。

だから太宰は身構えていたのだが、結果は違っていた。

皆川はいきなり太宰のコートの襟を両手で掴んで、脅す様に怒鳴り始めた。


「なんか分かったんだろうな!?押田さん殺した奴の事!」


太宰は皆川の目を見つめた。

直ぐに切れやすそうで、凶暴な目はしているが、残忍な目では無く、寧ろ、どちらかといえば、純粋で、真っ直ぐな目をしていた。


「ーお前、忙しいって、押田殺した犯人探してたのか…。」


太宰が聞くと、崩れる様に、膝をついて、その場に座り込んで、涙声で言った。


「そうだよ…。あんなに俺の事を親身になって心配してくれる人なんか今まで居なかったんだ…。殺されたって聞いて、俺が絶対犯人挙げてやるって思って…。」


「それで仕事もサボって、捜査を?」


皆川はこくりと頷き、何か思い付いた様に、立ち上がった。


「そうだ。押田さん、ノート持ってたろ?あん中に犯人がいるんじゃねえかな?あんた持ってねえの?」


「それでお前の名前があって、ここに来た。」


霞が動じる事なく付け足す。


「私達のプロファイリングでは、犯人は警察に恨みがあるというより、警察官になりたくて、落ちて、恨みをこじれさせ、犯行に及んだのではないかと思っています。」


皆川は霞をじっと見つめ返して、聞き返した。


「なんで?」


「第一被害者が押田さんという事と、警察手帳やI.Dを奪い、そして、携帯まで持って行ったからです。

押田さんに恨みを持っている、押田さんが逮捕した者は居ない。いい刑事さんでしたから。

それに、一課の課長も殺された。これは警視庁捜査一課全体に対する恨みです。

最初の被害者は重要です。深い意味がある事が殆ど。

だとしたら、押田さん関係で、警視庁捜査一課を目指した人物が犯人ではないかという可能性が浮かび上がってきます。」


「凄えな…って、俺を疑ってんのかよ!?」


今にも殴り出しそうなので、太宰が盾になるべく、霞の前に立ったが、霞は怯まずに続けた。


「はい!データを見た段階では!でも、あなたでは無く、もう1人の人の様ですね!」


「もう1人…?宮田って奴じゃねえのか…?」


太宰は思わず食い付く様に、皆川の身体を揺すった。


「知ってんのか!?宮田を!」





甘粕達は、宮田の自宅に行っていた。

呼び鈴を押しても誰も出てこないが、電気のメーターの回り方から言ったら、誰か居て、電気を使っているのが分かる。


甘粕は夏目と2人で、家の周りを探り始めた。

二階のカーテンが閉まった部屋からは灯りが漏れている。


「宮田の部屋ですかね。」


「昼間っからカーテン閉め切って、電気点けて何してんだかな…。夏目、このままここに居ろ。」


「はい。」


甘粕は呼び鈴を連打して怒鳴った。


「警視庁捜査5課の者です!先日立て続けに起きた警察官殺人事件の捜査をしています!ご協力下さい!」


宮田よりも、近所の方が反応がいい様で、そこら中の家の窓が開き、興味津々の視線が集まりだした。


何かがドサっと落ちる音が裏からした。

甘粕の予想通り、宮田が二階から逃げようと、降りた様だ。


「甘粕さん。」


夏目が呼んだ。


「今行く!」


しかし、裏に回った甘粕の目には、予想とは違う光景が広がっていた。

逃げようとする巨体の宮田と夏目が、乱闘になっているとばかり思っていたのだが、宮田は大の字になって地面に倒れ、夏目は平然として手錠を嵌め、宮田の身体検査に入っていた。


「サバイバルナイフ一点押収。」


「な…夏目…。」


目を点にしている甘粕に、夏目は何事もなかったかの様に、普段の口調で言った。


「甘粕さんの予想通り、こいつが降りて来たので、着地の前に足を蹴り上げ、転ばせて、暴れられたら面倒そうなんで、気絶させておきましたが。」


「夏目…。過剰暴行って概念は…。」


「は。」


無いらしい。

これで、宮田が犯人でなかったら始末書モノだし、下手をしたら、マスコミに叩かれて、そんなもんじゃ済まなくなる。

太宰が机に突っ伏す姿が浮かんだ。


ー課長、すみません…。もう少しちゃんと、こいつを監督しておく様にします…。


甘粕が心に誓い、夏目が車を回して来ると言って、立ち去った後だった。

宮田がモゾモゾと動き始めた。

甘粕が近づくと、宮田はいきなり立ち上がり、手錠をされた手のまま、甘粕に突進して来た。

避けて、首筋に一撃を入れようとした瞬間、宮田に力一杯、首の横から振りかぶる様に殴られ、甘粕は気を失ってしまった。




「課長、すみません…。」


病院で気が付いた甘粕がまず目にしたのは、殆ど泣いている顔で、甘粕を覗き込んでいる太宰の顔だった。


「危うくお前が第3の仏さんになる所だったんだぞおお!」


言われてみれば、首の一撃は覚えているから、首が動かず、痛みがあるのは置いておくにしても、全身が痛くて動けないのは、自分でもよく分からなかった。


「そうですよ!夏目さんが戻ってくるのがあと数分遅かったら、死んでたかもしれないんですよ!」


霞まで泣いている。


ーああ、霞さん、俺が死んだら、泣いてくれるんだ…。


ちょっと嬉しいが、そんな事を言っている場合では無い。


いつも冷静な夏目が、顔色をなくしながらも、説明してくれた。


「ちょっと嫌な予感がしたんで、急いで車持って来たら、宮田が甘粕さんを蹴りまくってたんです。

一発撃ったら、逃げたんですが、甘粕さん、相当やられてて…。蹴りの位置があと数ミリずれてたら、内臓破裂で、命は無かったそうです。」


「ちょ…ちょっと待て…。一発って…。」


「足にしときました。本当は頭ぶち抜きたかったんですが。」


「夏目!?」


しかし、怒るのかと思った太宰は、甘粕が夏目を叱ろうとするのを止めて、叫ぶ様に言った。


「んな事はいい!」


「いいんですか!?。課長!アメリカじゃねえんだから、そんな警官がバンバン銃撃っちゃあ、まずいでしょお!?」


「いいの!始末書ならいくらでも書く!甘粕の命に比べたら安いもんだあ!

そんな事より、宮田は手負いだ。全力で捜索してる。直ぐに見つかるから、お前は安心して寝てなさい。」


そしてとうとう泣き出す太宰。


「心配した…。寿命縮まった…。」


霞がヨシヨシする様に、優しく背中を叩いている。


「宮田が本ボシで間違い無いんですか?」


甘粕が意外な事を聞いたので、太宰が不思議そうに聞き返した。


「なんでだ?皆川の話でも、宮田はかなり怪しい印象だったぞ?」


「皆川が?なんて?」





皆川は2人を散らかった部屋に入れると、自己流の捜査結果を話し始めた。


「俺たちの中にはさ、居るんだよ。押田さんの好意を、成功した奴がなんだよ偉そうにって妬む奴がさ。

俺はそういう奴が犯人なんじゃねえかなと思ったんだ。

あんたら分かってるみてえだけど、押田さんに逮捕されて恨む様な奴は居ねえしさ。」


「いい勘だ。それで?」


「で、昔の(つて)辿って、聞いて回ったんだ。そしたら、宮田雄太ってのが話に出てきた。

押田さんが来ると、話にも加わらず、気が付いたら居なくなってるけど、押田さんの事、凄え悪く言ったり、俺なら一発で警視庁の試験だって受かるとか言ってたんだってさ。

じゃあ、受けてみろよって言われて受けたけど、どうも落ちたみたいで、仲間の所にも来なくなったんだって。

身体ばっか鍛えてるし、就職もしてねえし、凄えでっかいんだけど、切れたら誰も手がつけられねえ暴れ方するって、そいつらも結構危ねえ口だけど、そいつらが危ねえって言ってた。

だから宮田を探してたんだけど、見つからねえから1回帰って来た所だったんだ。」


「宮田の自宅に行ったのか。」


「うん。昨日の夜。引きこもりみたくなって、親とも話さねえって聞いたからさ。でも、親が出てきて、本当に居ねえっつーんだ。」


昨日の夜といえば、本村が殺害された時だ。


「昨日も被害者が出た。」


「だろ?だから絶対犯人だと思ってさあ。」


「他に宮田の情報は無いか。」


「そうだな…。頭は良かったらしいよ。尤も、俺と同じ、小学校時代はなって話だけど。」


「でも、お前も宮田も、ペーパー試験は合格してる。そこは事実なのかもな。」


「体力も大丈夫だった…。なんで俺は落ちたんだよ。刑事さん。」


「心理テストで落ちてる。犯人だからって激情に任せて、殴る蹴るやっちまったら、過剰暴行で訴えられる。常に冷静さが求められる仕事だからな。」


太宰がなるべく優しく言うと、皆川は少し笑った。


「キレやすいのも、見抜かれちまうのか…。やっぱそうだったのか…。押田さんて、絶対キレなかったもんな。俺たちが何言っても。」


そして、思い出したのか、涙声になった。


「本当、あんないい人がどうして…。酷えよ。許せねえよ。犯人の奴…。絶対捕まえてくれよ!?な!?」


そう言って、太宰を純粋な目で見つめ、必死に訴えた。


「勿論だ。犯人は必ず俺たちが見つけ出す。だからお前はちゃんと仕事行きなさい。押田が悲しむぞ。折角就職したのに。」


「はい…。」





「ツー訳なんだが、なんかあんのか、甘粕。」


「いや…。なんというか、宮田に会った時の勘みたいなもんですから…。」


「いいから、言ってみな。」


「確かに凶暴でした。何も信じていない様な荒んだ目をしてた。でも、猟奇殺人を犯す様な目には俺には見えなかったんです…。」


霞が考え込みながら言った。


「ーちょっと、宮田の部屋を調べてみてもいいですか。」


「うん。今芥川達が行ってるから、行っておいで。夏目。」


「はい。」


夏目は一礼し、霞と共に病室を出て行った。





太宰は捜査状況を気にする甘粕の為、そのまま病室に残り、病室を捜査本部にしていた。

足から出血した状態の宮田確保の報が入った、その直後の事だった。


「何…?なんで!?」


太宰が声を荒げた。


ウンウンと震える声で聞いた後、電話を切ると、甘粕を見つめた。


「課長…。」


「うん…。新たなガイシャだ…。新田って一課の刑事…。非番で1人で自宅アパートに帰って、寝ていた所を襲われた。本村よりもっと酷え殺し方してる様だ…。しかも白昼堂々とだ…。」


「あんだけ1人になるなって言ったのに、どうして…!」


「1人じゃねえと眠れねえ、鍵かけとくし、誰が来ても開けねえからって、強引に帰ったそうだ…。

ホシは宮田じゃねえな…。宮田は発見時、多摩川のホームレスの小屋ん中で動けねえ状態だったそうだし、ホームレスの話じゃ、大分前から入り込んでたって話らしいから…。

お前のカンが当たったよ、甘粕…。」


当然甘粕は喜ぶ気分にはなれない。

また1人、被害者が出た。

そして、犯人はまた霧の中になってしまった。







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