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満月の夜 2  作者: 桐生初
17/30

重圧

霞は自信なさ気に小さくなって、プロファイリングを始めた。


「本当に、大した事は分かってないので…。ごめんなさい。

えっと、犯人は大柄で、相当な力を持ち、身体を尋常でなく鍛え、またそれを自慢にして、誇りに思っています。

しかし、性格は非常に怒りっぽく、直ぐに暴れる、暴力を振るうタイプでしょう。

協調性は無く、友達も居ないと思います。

社会を敵視し、特に警察、又は警察官を敵視しています。

犯行の状況から察するに、警察官よりも、自分は実力がある、力があるという事を見せつけたいのです。

性格は拘りが強く、1つの考えに執着し、偏執的です。

仕事は持っていないか、持っていたとしても、力仕事や単調な労働かと思われます。

職場での人間関係は良好とは言えず、暴力的なトラブルもよく起こしているでしょう。

自己像が現実とかけ離れて、異様に高く、今の自分は本当の自分ではない、自分はもっと上に行くべき人間だと、思い込んでいます。

そういった理由から、仕事はどれも長続きしていないでしょう。

そして、第一被害者である押田さんとは、なんらかの接点がある様に思います。

もしかしたら、一方的なもので、押田さんには身に覚えの無い程度だとは思うのですが。

今の段階では、カンに近いかもしれませんが、この様な犯人像から、警視庁の警察官試験に落ちた人物ではないかと、私は思っています。」


「凄いじゃん、霞ちゃん。こんだけでよく出来ました。じゃあ、霞ちゃんのプロファイリングを元に、甘粕と夏目は警官試験落ちた奴を調べて。

俺と霞ちゃんは押田の周辺を探ろう。」




調べてみると、押田は単なる変わり者では無く、寧ろ、頗る真面目な男だった。

前の勤め先である神田署に出向き、聞いてみたが、刑事になった経緯も変わっていた。

高校までは警察沙汰まではいかないものの、結構な不良で、バイクを乗り回し、小さな暴走族のリーダーの様な事をやっており、地元ではけっこうな有名人だった。

それが、神田署の加々谷刑事に会ってから一変する。

暴走族チーム内で押田と、副官の権力争いから、乱闘状態の喧嘩になり、偶々事件の捜査で通りがかった加々谷刑事が止めに入ったが、副官がナイフを出し、押田を刺そうとしたのを、身体を張って守り、血だらけになりながら、副官を諭したという。

加々谷の温かい心に触れ、副官は涙ながらに謝罪し、加々谷は副官の事を誰にも言わず、逮捕者を出さなかった。

押田はその加々谷の姿勢に心打たれ、一念発起し、暴走族を解散。

必死に勉強し、大学に入り、身体を鍛え、加々谷の様な刑事になるべく、警察官を目指したのだそうだ。

加々谷刑事は、押田が入って来た2年後に定年退職し、その後癌で亡くなったそうだが、押田の師匠として、指導しながら、警視庁を目指せと言っていたらしい。

押田は、加々谷刑事の指導と、持って生まれた天性のカンのお陰か、刑事としてはかなり優秀で、張り込みや追跡も、ずば抜けた体力と根性でこなしていたし、元々裏社会にも通じていたせいか、捜査能力にも優れていた。

その為、加々谷は押田の刑事としての才能を高く評価し、警視庁に行くべきだと言っていた様だ。

押田は加々谷の言う通り、諦める事なく、三回も挑戦し、見事、念願の警視庁捜査一課に配属となった訳だ。

経歴も異色ではあるが、服装の拘りの他に、変わった点はもう1つあった。

押田は、刑事の他にある活動をしていた。

それは、本庁に行ってからも続いている。

不良少年を更生させる活動だ。

別に組織を作ってやっているわけではなく、押田1人でやっているのだが、過去の自分の様な、人生に迷っている少年達を救おうとしていたらしい。

自分が加々谷に救って貰った様に。

容疑者として上がっている金山はその一環で、身元引受人になった様だ。

恋人も作らず、服にもお金をかけず、休みの日は、ひたすらその活動に打ち込んでいた。


「立派な人じゃありませんか…。

上下トレーナーも、動きやすいとかもあるんでしょうけど、お金をかけたくなかったんですね。活動の為に。」


話を聞き終え、霞が言うと、太宰も頷いた。


「本とだね。警察官の鏡だな…。

そうなると…。

携帯を持って行ったのは、情報入手という線もあるけど、霞ちゃんの言う通り、携帯に自分の情報がはいっているからって線が濃くなるな…。」


「課長も、その支援していた不良少年に犯人が居るとお考えですか。」


「うん。

なんか…。紙媒体で残してねえかな…。

加々谷さんて人が師匠だったんなら、古い人だし、尚更、紙媒体で残す癖があるはずだ。」


「警察手帳の他に。」


「そう。

こういう世の中になっても、古い人は紙で残せって言うし、俺もそうしてる。

パソコンやデジタル媒体で残すのと、紙に書いて残すんじゃ、なんか違うんだよ。

考えの纏まり方とか、気付きとかね。」


「なるほど…。あったんでしょうか。証拠品の中に…。」


「多分、内さんなら見つけてる…。

けど、それ、どうやって見せて貰うかだな…。

内さんも、大っぴらにこっちには回せねえだろうしな…。」




夏目と甘粕は、警察官試験に落ちた者を調べるべく、地下にある資料室に入って、うず高く積まれた、履歴書の入った段ボールに囲まれ、床に座り込んでいた。


「随分ありますね…。」


昨日の夢はこれかと思いながら夏目が呟くと、甘粕も流石にうんざりした声で答えた。


「合格者と全部一緒になっちまってるぜ…。

2年経ったら捨てる前提だからかもしれねえけど…。」


「先ずは仕分けからですか。」


「だな。まあ、この2年の中に居なかったら、無駄になるが、頑張ろう。」


「はい。」




太宰は内田に電話していた。

例の件を頼む為だ。


「内さん、押田んちに、支援している不良少年達の事が書いてあるもん無かったか。」


「流石課長!なんで分かったんです!?」


「いや、霞ちゃんの読みでも、知り合いじゃねえかって事だし、携帯取られたのも、情報入手の線は消えねえが、俺も、ホシのデータが入ってるからじゃねえかなと思って、押田の事、少し調べさせて貰ってさ。

不良少年達の支援してるって言うし、紙でなんか残してんじゃねえかと。」


「やっぱ課長だ!そうなんですよ!

俺も、このノートから調べた方が良いんじゃねえかって言ったんすけど、本村さん、聞き入れてくれないから、こっちで、ノートまで手が回んなくて!

そっちに回していいですか!?」


「いいけど、いいのかい。そんな事して…。」


「本村さん、聞いてくれやしねえんですよ。

金山の捜索に当たれってそればっか。

あの人、本当に、課長と同じ難しい試験パスして来たキャリアなんですか。

バカにしか見えねえよ。」


「まあ、勉強出来るのと、自分の頭で考えるのは、ちょっと違う部分もあるからな…。」


「だから、課長に調べてもらえるのは有難いんですよ。

直ぐにコピー取って、芥川に持って行かせますから。」


「ありがとさん。あんま…やり合わん様にね…。本村と…。」


「無理です。課長が戻って来て下さい。」


冗談交じりに言っているが、本気の様なのは、長い付き合いで分かる。


「押田じゃなくて、本村さんだったら良かったのに…。」


「内さん…。」


「ーすいません。じゃ、直ぐ持って行かせますんで。」


「有難う。忙しいのに申し訳ない。」


「とんでもないです。そんじゃ、宜しくお願いします。」




粘る霞を説得して帰し、男3人で資料室にこもり、履歴書整理を始めた。

内田がくれた押田の支援対象の少年少女の詳細データが書かれたノートのお陰で、かなりはかどっている。

押田が支援してた少年少女の中で、警察官になる事を希望し、受験している人物がいないかと、ある程度の指針が出来たからである。

しかし、履歴書の数が余りに多い。

3人は夜通しやり続け、いつの間にか3人とも行き倒れてしまっていた。

3人が目覚めたのは、バンと勢い良く開いたドアの音だった。


「課長!マジヤバイっす!!!」


太宰は猛烈に不機嫌そうな顔で、起き上がる前から怒り始めた。


「マジヤバイはやめろって言ったろうが!バカに見えるぞ!」


「すんません!でも、本と、どうしたらいいのか…!」


芥川の顔を見ると、真っ青で、涙ぐんでいるようにすら見えた。


「どした…。」


一転して心配になり、太宰が肩を抱きながら聞くと、芥川は震えながら答えた。


「本村課長が…。今度は本村課長が…。」


「本村がなんだ…まさか…!」


「はい…。押田と同じ殺され方で、今朝自宅マンションで発見されました…。」


犯人の目処も立たないまま、寄りにもよって、一課の課長である本村が犠牲になってしまった。


「確かにマズイな…。」


言ってる側から資料室の電話が鳴る。

出ると、刑事部長だった。


「太宰くん!?聞いた!?」


上ずった、やたら甲高い声が頭に響く。

刑事部長がいっぱいいっぱいになっている時の声だ。


「取り敢えず、君、捜査一課の課長兼任してくれる!?

本村君までとなったら、警視庁の威信に関わるからねっ!

速攻でホシ挙げてよ!?頼んだよ!?

じゃ、僕忙しいから!」


例によって、太宰が断りそうな事は、一方的に捲し立てて切ってしまった。

しかし、太宰は断る気は無かった。

かなりのハードワークになる事は分かっていたが、五課と合同捜査なら、自分がやった方が早い、そう思った。


電話を切った太宰は、甘粕と夏目に冷静な声で言った。


「一課と合同捜査だ。

臨時で俺が両方の指揮を執る。

これ以上の犠牲者は出さないぞ。

甘粕、霞ちゃんに連絡してくれ。ちょっと早いが、直ぐに来て貰って。」


「はい。」


甘粕のポーカーフェイスも消え失せていた。

警視庁捜査一課の課長が、猟奇殺人の餌食に。

しかも、同様の事件のあった翌日だ。

事態はかなり重い。


「ホシは、警視庁捜査一課の人間をターゲットにしている。

一課の人間は全員十二分に注意。

決して1人にならないよう、勧告しといてくれ。芥川。」


「りょ…了解しました!」


太宰は顔色の無い芥川の腕を掴み、言い含める様に言った。


「動揺すんな。浮き足立つな。ホシの思うツボだ。冷静にホシを追い詰めるんだ。いいな?」


「は…はい…。」


太宰は捜査一課に電話し、これらの資料を調べる者を手配すると、深刻な顔のまま言った。


「現場行こう。」




現場ではタクシーで乗り付けた霞と合流。

そのまま、本村の部屋に入る。

本村は離婚して、子供は奥さんが引き取り、1人暮らしだった。

本村らしく、異様に片付いている部屋はそのままに、本村は更に過激な殺され方をしていた。

本村は寝室とリビングを区切るドア上部の小窓の隙間にロープを通した状態で逆さに吊るされていた。

その上で、腹から胸まで裂かれ、腸などが飛び出し、心臓が取り出されている。

室内を物色された形跡は無いが、本村のスーツの上着が投げ捨てられ、内ポケットの裏が出てしまっている所を見ると、帰宅直後を襲い、警察手帳、携帯電話、I.D.を持って行った様だ。

事実、本村はその3つを所持していないし、上着のポケットにも入っていない。


「降ろしていいか、太宰。」


柊木が来て、声を掛けてきた。


「おう…。」


太宰は淡々と現場で家宅捜索をしている内田の隣に立った。


「課長…。俺が言った事本当になっちまいました…。」


「内さんのせいなんかじゃないよ。」


「ーはい…。」


「暫定的に一課の指揮も執る事になったから。よろしくな。」


暗い顔をしていた内田が少し笑った。


「そりゃ心強いや。そのまんまお願いします。」


「それは厳しいだろ。」


犯行はたった1日で進化し、過激さを増している。

早く犯人を見つけ出して止めないと危険だ。

太宰はいつもの飄々とした顔つきの裏で、2つの課の課長としての重圧と戦っていた。

























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