斉田家へ
今度は、太宰達が当たっている本命でない被害者の写真を手に、取り調べ室に入る夏目。
友田の目の前に、バサッと乱暴に置く。
「この子達は?あんたの好みとは少し違う様だし、言い方は悪いが、容姿も劣ってるな。美雨と比べたら、雲泥の差と言ってもいい。」
友田の表情は変わらない。
丸で初めて見る様な目でその子達を見ている。
ーこの子たちの前後に殺して食ってた、本命の子の肉だと思い込んで食ってたって訳か…。
その妄想が続く限り、高校生で、処女っぽそうなら、なんでもいいって事か…?
「あんた完璧主義に見えるけどな。こういうどうでもいい子達まで食ってたのか。」
友田は無表情に押し黙っている。
「美雨食うのとは全然違うんだろうに。
あいつの肌は吸い付く様にキメが細かくてスベスベで、真っ白で柔らかく、華奢で壊れそうなのに、フワフワしてて、小鳥みたいだぜ?」
友田は必死に怒りを抑え始めた。
今度は激昂して、失言しない様にする気らしいが、夏目も切腹ものの恥ずかしさを圧して尋問に挑んでいる。
もはや躊躇はしない。
「俺はあいつの全部知ってる。何もかも、ぜーんぶな。あんたと違う1つのなり方してるんでね。」
「うるさい!それ以上言うな!!」
矢張り、友田は怒りだした。
どうも、話が性的な方向へ行くと、切れる様だ。
霞の予想が夏目の中で確信に変わった。
ここでぶつけて、動揺させてみる事にする。
「あんた、もしかして、不能なんじゃねえの?
だから、食ってんだろ。
可哀想になあ。男じゃねえんだな。」
「そんな事は無い!」
「じゃあ、初めての女にバカにされて、それからダメになったとか。」
友田は例の顔でキーとも、イーともつかない叫び声を上げ始め、立ち上がりざま机をひっくり返し、地団駄を踏み始めた。
これは図星だと、夏目は思った。
友田は、経験のある女性と初めて肉体関係を結んだが、その時に上手く行かなかったか、或いはバカにされたかして、それ以降、女性との性的な接触は出来なくなった、その代わり、可愛らしい処女の肉を食べる事で、快楽を得る様になったのではないかと霞は言っていた。
カニバリズムの原点は、原始信仰である。
死者の肉を喰らう事が、死者と一体化する意味を持ち、死者の力を貰い、共に生き続けるという目的で行われていた。
相手が死者でなくても、殺した動物の肝臓を食す事で、自己の肝臓を治すとか、強い動物を殺して、その肉を喰らうというのも、広義では同様の事である。
要は、パワーを貰い、一体化するという目的で行われるもので、友田の様な変態とは、その目的も意義もかなり違っている。
友田の場合、性的な行為の代替行為であり、可愛らしい少女の自由を奪い、身体を切り刻み、又、それを食す事で快楽を得、少女と一体化する事でも、快楽を得ているのである。
自由を奪って、切り刻むのも、楽しんでいるし、それも快楽の内だ。
サド的な傾向が強いのは、上司や医薬品メーカーの男を、自己の目的の為に弱みを握り、意のままに操っていた事から窺えるし、解体期間が15日という長さも、ゆっくりその行為を楽しんでいるとしか思えない。
執拗なストーキング行為による綿密なリサーチも、計画の完璧な遂行の為とはいえ、相当粘着質な性格でないと出来ない。
その友田にしては、本命の間に殺して食べたであろう少女達は、あまりに適当な選び方であり、太宰の読み通り、そこに穴があった。
夏目が次に揺さぶるのは、ここだ。
「あんた、雑色に住んでる斉田って爺さんの、ヘルパーみてえな事してるな。
行方不明の女の子達の失踪日の前日から15日程度ここで暮らしてるそうじゃねえか。
解体場所は、この爺さんの家か?」
友田の肩がピクリと痙攣する様に動いたのを、夏目は見逃さない。
「今、うちの課長が話聞きに行ってるぜ。
一人暮らしの爺さんだってな。
耳が殆ど聞こえねえ位遠いそうじゃねえか。
それに1人じゃ動けねえ。
で、一軒家。
格好の解体場所だな。」
友田は貧乏揺すりを始めた。
親指の爪を噛み、縮こまって椅子に座り、さっきまでの興奮状態からは打って変って大人しくなったが、その代わり、夏目の事も見えなくなっている様だった。
ブツブツ小さな声で言っている事に耳を澄ます。
「証拠は無いんだ…。証拠は…。俺がやった証拠なんか出して来てない…。」
こうやって内に引きこもり、病的な思い込みを強めているのかもしれない。
美雨が高校生でないのなら、高校生にすればいいと言ったのは、こういう事なのかもしれない。
自分の中で『美雨は高校生、美雨は高校生…。』と自己暗示にかけて、妄想の世界を作っていくのだろう。
夏目は心底気味が悪くなった。
しかし、怯んでいる暇は無い。
友田がひっくり返したスチール製の机を、大きな音を立てて乱暴に元に戻し、友田の注意を引いた。
友田はいきなり外界に引き戻されたせいか、惚けた顔をしている。
夏目は隙を与えず、友田に食らいつく様に耳元で怒鳴った。
「警視庁舐めんなよ!?
ありとあらゆるマニアの集団だからな!
解体場所さえ分かりゃ、どんな手使ってでも、必ず証拠は手に入れてやる!
自己暗示かけて、大丈夫だなんて言い聞かせて、妄想の世界に入ったって、なんの役にも立たねえ時が直ぐ来るぜ!?
自分から喋った方が多少は心証も良くなる!
どっちが得なのか考えろ!」
「う、うるさいな!俺はあんたみたいな人間が1番嫌いだ!」
「俺だってお前みてえな気味の悪い奴、願い下げだぜ!美雨もそうだ!」
「美雨ちゃんは俺を嫌ってなんかいない!」
「とんだ勘違い野郎だな…。なんならココ呼んで、美雨の口から言わせようか。気持ち悪い奴ってな!」
友田はまた叫び始めた。
霞は夏目を呼んで言った。
「妄想の世界が崩れて来ています。どんどんこの調子で崩して行きましょう。必ずボロが出ますから。」
太宰達は、斉田家の呼び鈴を押した。
暫くして、老人の嗄れた大きな声がインターホンからした。
耳が遠いと聞いているので、太宰は声を限りに叫んだ。
「突然申し訳ありません!
警視庁の太宰と申します!
こちらに伺っていた友田という男について、お話をお聞かせ願えませんでしょうか!」
「警視庁…。どうぞ。」
オートロックなのか、老人の返事の後、ピーという音と共に、玄関の鍵がガチャッと開く音がした。
「失礼します!。」
挨拶しながら扉を開けると、斉田と思われる補聴器を着けた老人が、車椅子に乗って待ち構えていた。
「まあ、入んなさいよ。お茶は自分で淹れてね。」
老人の後を付いて行くと、キッチンとダイニングを兼ねた、昭和な雰囲気の台所に着いた。
「ついでに俺のも淹れて。あ、補聴器着けてるから、普通より少し大きな声でいいよ。」
「有難うございます。わざわざ着けて下さったんですか。普段は着けない?」
質問は太宰がし、甘粕は3人分のお茶を淹れる為、やかんを火にかけた。
「着けねえな。痛いんだもの。
誰か居る時は絶対着けねえ。
ま、その方がいいんだよ。
世の中、聞いて損な気分になる事ばっかりだ。」
太宰は苦笑しながら頷き、友田の写真を見せた。
「こちらにヘルパーとして、この男が来ていませんか。3カ月に一度位の割合で。」
「ああ、来てるよ。」
「こちらにはどういった経緯で?又、どんな感じで入っているんでしょうか。」
「8年前の5月28日だったな。
ヘルパーと買い物から帰って来た時にさ、でっけえ石があんの気が付かなくてよ。
車椅子が突っかかって、俺は車椅子から放り出されそうになったのよ。
それを寸手の所で身を呈して俺を受け止めて、助けてくれたのが、友田君だな。」
その石は、友田が仕掛けておいた物ではないかー甘粕も太宰もふとそう思った。
「で、その後、ヘルパーが来ねえ、昼間に来て言ったのよ。
自分は看護師をしていて、ヘルパー二級の資格も持っている。
だけど、ヘルパー派遣会社のやり方に疑問を持ってる。
でも、ヘルパーという仕事も、看護師の仕事の役に立つ思うので、やってみたい。
だから、3カ月に一度、半月ほど、つきっきりでヘルパーの仕事をさせて貰えないかってね。
勉強させてもらうんだから料金は要らない。ここに住まわせてくれて、食費だけ少し助けて貰えればって言うんでね。
まあ、正直、ヘルパーが来るのは1日の内数時間だけだからさ。
今日は買い物行きたいとか、気分次第で動いてたら、風呂にも入れねえだろ。
だから、そいじゃあって頼んだんだよ。
んで、3カ月に一度、うち来て、二階に住んでんの。
俺は二階には上がれねえし、他のヘルパーも行かねえから、すんげえ汚ねえ事になってたと思うんだけど、ほら、綺麗に掃除しましたよって、俺おぶって、二階連れてって見せてくれたりしてさ。
うちに滞在中も、まあ、本とよく働くよ。
家中ピカピカにしてくれて、整理してくれてさ。
食費って言ったって、肉は食わねえし、俺に作ってくれた野菜の煮物とか、ほんの少し食べるだけでさ。
遠慮してんのかって言ったんだけど、買い食いしてますからとか言って、結局、食費も殆どかかってねえよ。
けど、料理も上手いしな。
よくやってくれてるよ。
そんで?あいつがどうしたんだい。」
「実は、友田は32人の少女を誘拐し、殺害した後、彼女達を食べているという容疑がかかっております。」
斉田老人は真っ青になった。
「食ってるだあ!?なんで!?」
「快楽の為です。女性と性的な関係が持てないので、その代替行為でないかと見ています。」
「ふわあああ…。こりゃたまげた。
昔、佐川なんとかって、人肉事件起こした変態が居たが、ああいうのかい。」
「あれより凄そうですが、まあそうです。
友田の自宅アパートにはその形跡は無く、少女の肉が冷凍庫から見つかったのみなので、犯行はこちらでやっていた可能性が高いかと…。」
「何いい!?本とかい!?うわああ!嫌だ!嫌だねえ!」
「そうですよね。すみません。二階を見せて頂いても?」
「お、おう…。勝手に見な…。」
斉田老人は、震える手で甘粕が淹れたお茶をすすりながら、階段をしゃくった。
二階は確かに綺麗に片付いていた。
そして、妙な物がある。
大型の冷凍庫だ。
アメリカ製の、人が横になって入れるサイズの。
以前のスライス事件で犯人が使った物と同様の物である。
中を開けてみると、綺麗に掃除されていた。
漂白剤の臭いがする。
「漂白剤か…。ルミノールは出ねえかな…。課長、幸田さん呼びます?」
「そうしてくれ。」
太宰は部屋を見て回っていた。
和室が3部屋と、もう一部屋ある。
そのもう一部屋は、トイレと、小さな浴室だった。
シャワールームと言ってもいい。
それに、小さな流しと、一口コンロの付いた、ミニキッチンまである。
こういう古いタイプの家で、豪邸でもないのに、二階にも浴室やキッチンがあるのは、珍しい事だ。
甘粕もそう思ったらしく、太宰の後ろから覗いて言った。
「友田が増築させた訳じゃないですよね。初めから分かってて、斉田さんに取り入ったんでしょうか。」
「かもな…。」
浴室、トイレとも、矢張り綺麗に掃除されていて、見た感じは何も無い。
キッチンに備え付けの冷蔵庫にも、何も入って居なかった。
そこに原田から連絡が入った。
「友田のパソコンの調べ終わりました。
削除してあった、ネットの閲覧履歴は、可愛い女の子を食べたい変態のサイトと、もう1つ。
下宿募集を探していたみたいです。
その中に斉田さんのお宅がありました。
間取りも公表してて、二階に洗面、浴室、トイレ、ミニキッチンありって書いてあって、友田は一時期、保存かけてましたね。
雑色の地元の、雑色不動産て所が扱ってた様ですが、斉田さんが車椅子になってからは、募集を取り下げてます。」
「分かった。後で、雑色不動産にも寄ってみる。」
そして、いやらしい笑みを浮かべて、甘粕を肘で突く。
「あ、ありがとう…。ハニー…。」
「どういたしまして。ダーリン。ではまた。」
電話が切れると、甘粕が悲しそうな目で太宰を見つめた。
「俺はハニーと言う度に、大事な何かを捨てて行っているような気がするんですが…。」
「捜査の為だ、甘粕よ。そんな小さな何かは捨てて良し。」
「課長は他人事だからあああ!」
「さて、幸田が何か見つけてくれるかだな。で、甘粕。」
「骨とか、要らない部位の処分と、包丁類ですね。」
「ん。手分けして探そう。」
包丁や電鋸など、死体解体に使いそうな物は、直ぐに見つかった。
押入れに一揃え、きちんと並べられて入っていたからだ。
そして、その隣には大きめのバケツが2種。
廃棄するものをまとめて入れて、どこかに持って行ったのだろうか。
2人の予想では、浴室で解体しながら、この冷凍庫で保存しつつという方法を取ったと思われる。
そうしながら、あれだけ頭がハッキリしているおじいさんや近所に分からないよう、どうやって、不要な部位を処分したのか。
いくら友田の変態ぶりが凄まじくても、髪や骨は食べないだろうし、内臓でも食べられない場所はあるだろう。
よく分からないし、分かりたくも無いが。
幸田達がそろそろ到着するので、太宰達は一階に戻り、斉田から再び話を聞く事にした。
「被害者を解体したと思われる刃物や電動ノコギリが多数見つかりました。
それと、不自然な巨大冷凍庫。
これらから、矢張り、ここで少女達を解体していたと思われるのですが、何か御不審な点、又は友田がこちらに来るようになってから、変わった事。
どんな事でもいいです。
話して頂けませんか。」
「そうかい…。」
斉田老人は、身振りで甘粕にもう一杯お茶を淹れる様に指示すると、話し始めた。
「半月の間、24時間、ずっと側に居るって訳じゃねえんだ。
俺だって別に買い物したくねえ時だってあるから、そういう時は、何が食べたいって友田君に頼んで、買い物に行って貰う。
俺は、ここじゃなくて、殆ど自分の部屋に居る。」
そう言って、斉田老人は自分の部屋に案内した。
その部屋は中庭に面した広い部屋で、リビングからぶち抜き、20畳近くあるスペースに、ベットと、壁じゅうの本棚。それに入りきらずに積み重なった本で埋め尽くされていた。
新聞も毎日主要4紙は取って、読んでいる様だ。
テレビもパソコンもベット周りにあり、確かに、食事以外はここで暇を持て余す事なく過ごせそうだ。
「活字中毒でな。新聞記者なんかやってたせいかもしれねえが。
なんか情報を得てねえと不安なのよ。
この部屋からは、玄関や階段は見えねえ。友田君が車を玄関に横付けして、女の子を連れて入ったとしても、俺は補聴器も外してるし、気が付かねえ…。
本当にその子達には申し訳ねえ事しちまったな…。」
斉田老人は、自宅で犯罪が行われていた事に気付けず、多数の少女達の命が奪われた事で自責の念に駆られている様だ。
「あなたは被害者なんですよ。いい様に利用されてしまっただけです。あなたのせいじゃない。」
「おう…。ありがとよ、刑事さん…。
だから、言い訳にしか聞こえねえかもしれねえが、俺は食事の用意と風呂以外はトイレも行けるから、しょっ中友田君の手が必要な訳じゃなかった。
掃除、洗濯、俺の食事の用意と介助。
お茶はポットに作って置いてくれるし、それさえ終われば、友田君の自由時間ではあった。
だけど、日中は呼べば直ぐに来てくれてた。
出掛けてる様子は無かった。
でも、二階で何かやってるとかは分かんねえな。
なんせこの耳だ。物音だのちょっと位の叫び声なんか聞こえねえ。
電鋸のモーター音が微かに聞こえたとしても、掃除機かけてんのかなとしか思えねえ聞こえ方だ。
ただ、庭いじりはよくしてたかな…。
あいつが来てから、うちの庭の木がよく育つ様になってさ…。
柿とかビワとか、婆さんが死んでから実がなった事なんか無かったのに、出来る様になった…。
まあ、俺は果物嫌いだから食わなかったけど、友田君は凄え喜んで食ってたな…。」
「柿の木とビワの木が…。それはどこに!?」
太宰はピンと来て、勢い込んで聞いた。
「風呂場とトイレの前だよ。」
太宰は甘粕を呼び、風呂場の前の庭に走った。
隣は何かの工場らしく、高い塀に覆われ、近所の目は無いに等しい。
甘粕は直ぐそばに立てかけてあったスコップで柿の木の下を掘り始めた。
白い物が直ぐに出てきた。
言わずとしれた骨だ。
これが人骨であるかどうかは、鑑識の結果を待たなければならないが、状況から行って、可能性は非常に高い。
「あのバケツでここに運んで埋めたんですね…。」
「だな…。あとは幸田の鑑識と、夏目がどこまで吐かせられるかだな…。夏目に状況報告入れといてやれ。」
「はい。」
「それと、雑色不動産で話聞いて来てくれ。俺は、斉田さんからもう少し話聞いてみる。罪悪感持っちまってるし、心配だ。」
「了解しました。」