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満月の夜 2  作者: 桐生初
13/30

太宰のこの道20年のカンと、夏目の奮闘

夏目と太宰が本庁に戻ると、先に戻っていた甘粕と霞が、押し入れに飾られていた被害者と、天袋の段ボールに投げ入れられていた被害者を二段に分けつつ、捜索願の出された時期から、時系列で並べてホワイトボードに整理していた。


「こう見ると…。段ボールの方のガイシャは、若干見劣りするね。」


太宰が言うと、霞も頷いた。


「そうなんですね。比較的可愛い子でも、髪が短かったり、太めだったりしています。

微妙に友田好みでは無いという事かもしれません。」


「そっか…。とりあえず、手分けしてガイシャの失踪状況を聞き込みだ。」


芥川にも手伝って貰い、太宰達は聞き込みに回った。


被害者と思われる女子高生は全て、アルバイトなり、部活なりで、帰りが遅い日というのが決まってあり、皆揃って、その遅い日に失踪している。

どの子も、人通りの少ない暗い道というのも通るし、誰かが一緒という事も無い。


「妙だな…。みんなチャンスがあって犯行に及んでるんだろうに、どうして美雨ちゃんだけ、そんな一瞬の隙を狙って…。

しかも、まだ日も暮れかかった程度の、ごった返したスーパーの駐車場なんだかな。」


太宰の疑問に夏目が答えるように、美雨の日頃の状況を説明し始めた。


「美雨は1人で出歩く事はありません。

心臓の発作が心配なのもありますが、病的な方向音痴なので、余程元気が有り余っているとか、本人がどうしてもと言わない限りは、俺か親父か友達が必ず一緒です。

大学に行く時は、親父が職場に行くついでに乗せて行きますし、帰りは親父の職場まで友達が送ってくれ、親父と帰ります。

あのスーパーには、大体、木曜日か金曜日に帰宅途中で寄っているはずです。

その際、親父は必ず車を正面玄関に回すそうなので、美雨が外で1人きりになるというと、確かにあの時しかないとは思いますが。」


「ハイリスクだよな…。」


太宰が呟くと、ボードを見ていた霞が言った。


「ハイリスクでも、美雨ちゃんはどうしても手に入れたかったんでしょうね…。或いは、慢心か…。

何れにせよ、確かに、こうして並べて見ると、美雨ちゃんは、抜きん出て可愛いし、完成度が高いです。それは、もしかしたら、20歳を過ぎているからかもしれませんね。

友田はそこに気づかなかったというのは、真のロリコンではないのかもしれませんが、美雨ちゃんに対する執着は、他の子への比ではない。

まだ手に入れる前だったからにしても、美雨ちゃんの写真は、ざっと見ただけでも、他の子より多いです。それに…。」


「それに?なあに、霞ちゃん。」


「美雨ちゃんの名前が加納美雨という事は、友田は病院の記録から調べたんだとしたら、当然分かっているはずです。

なのに、住んでいるマンションも、殆どの日数滞在し、一緒に過ごしている夏目さんのお父様のご自宅にも、表札にはしっかり夏目と書かれてあります。

それでどうして夏目さんの妹だと思い込んでいたんでしょうか。

姓の違う人の家に住んでいたり、一緒に外出しているのを見たら、普通、同棲してるのかなと思う筈ですが…。

お父様が頻繁に関わっていらっしゃるから、そうは思わなかったのかしら…。

或いは、高校生だからと思い込んでいたからなんでしょうか。

それにしても、カルテを見て、住所やその他の情報を得たのだとしたら、生年月日は書いてあるはずですよね。なんで高校生と思ったのかしら…。」


「奴は、取り調べの様子でも、思い込みがやたら激しいんだよ…。」


「都合良くですね?」


「そう。その思い込みを否定すると、気が狂ったみたくなる。」


「うーん…。美雨ちゃんは汚れなき乙女と思い込んでたって事なのかしら…。美雨ちゃんの幻想を打ち砕いて揺さぶるというのも1つの手かもしれません。」


「という事は、夏目の出番だな。」


太宰がニヤリと笑って、夏目を見ると、夏目は困った様な顔をした。


「あんま得意じゃないですね…。心理戦というのは…。」


「そうかい?昨日のは、相当上手かったぜ?

じゃあ、霞ちゃんは夏目のアドバイザーについて、尋問で何か引き出せないかやってみて。

俺と甘粕は、原田の分析が済むまでの間、本命じゃないガイシャをもう一度洗ってみる。」


甘粕は少し不思議そうに、太宰に聞き返した。


「本命じゃない方…ですか…。」


「うん。証拠品もぞんざいに扱われてるし、手え抜くとしたらこっちじゃねえかと思うんだ。」


「そこにミスがあるかもしれないと…。そうですね。分かりました。」




早速分担して取り掛かった。


夏目は尋問前に霞と細かい打ち合わせに入る。

太宰と甘粕は、本命でない被害者16人のデータを寄せ集めてみた。


「甘粕、住所見てみな。これ一箇所に集中してねえか…。」


住所をよく見てみる。

区や県が違ったりしていたので気がつかなかったが、地図で示したら、かなり近い範囲で起きているのが分かる。

太宰の言う通り、多摩川沿いの大田区南六郷から神奈川県川崎市、そして、品川区の大田区との境である品川区大井などに集中していた。

本命と思われる女の子達は東京24区にばらけており、被害者同士は近隣に住んでいる事は殆ど無いし、LINEや電話などの通信履歴から割り出された拉致現場も、脈絡は一切無い。

甘粕が地図に印を付けてみると、それが本命でないと思われる16人は、全員が車で大体30分圏内に住み、行動し、拉致されている。

16人だけは、地域が限定されているのだ。


「でも、友田の住所は御茶ノ水だ。

えらい離れてるのに、この16人に関しては、ガイシャに合わせるんでなく、この大田区、品川区付近を拠点にしていて、活動範囲がここだからって理由で、この子達を選んだんじゃないか…。」


太宰が言うと、甘粕も真剣な顔で頷いた。


「友田の好みじゃなく、友田の都合に合わせたって事ですね。

友田のアパートは御茶ノ水です。

そこからは、かなり遠いこの地域にわざわざって事は、この区域に何かあるって事ですね…。

解体日の15、6日の間に滞在している所なのかも…。」


「だな。一課から応援頼んで、拉致現場周辺当たってみよう。」


「俺、本命の方ばっか注目してました。やっぱり課長の目の付けどころは違いますね。」


「この道何年やってると思ってんじゃい。」


太宰は得意気にふんぞり返った。




地道な聞き込みの結果、友田は、正確には、6番目と12番目の被害者が拉致されたと思われる、京急六郷土手駅から1つ手前の、雑色駅周辺の商店街で見かけられている事が掴めた。

車椅子のお爺さんを連れて買い物をしたり、1人で食料品を買いに来るのを、たまに見るという。

3ヶ月に1度、半月程、ここら辺で生活しているのかと思われる頻度で、食料品や生活雑貨を買っているらしい。

肉屋のおばちゃんがそれを覚えていた。


「肉とか、お惣菜はうちで買ってくれるんですよ。

他のは、そこの大きなスーパーみたいだけどさ。

お爺ちゃんがうちの古くからの常連さんなんでね。」


期待に胸を膨らませつつ太宰が聞く。


「そのお爺さんのお住まいやお名前は?」


「ちょっと先の一軒家だったと思いますよ。

ちゃんとは知らないですけど。

お名前はねえ…。サイダさんておしゃってたと思います。」


「この友田という男との関係は分かりますか。」


おばちゃんは太宰が持って来た友田の写真を見ながら答えた。


「何せ、サイダさん、頭は大丈夫なんだけど、耳がすごく遠いからさあ。話になんないのよ。

誰なのって何回も聞いたんだけど、全然通じなくて。

まあ、多分ヘルパーさんだろうとは思うんですよ。

耳は遠いし、車椅子生活で、手も不自由みたいで、1人じゃ何にも出来ないみたいだから、いっつも、誰かに車椅子押して貰って来るもの。」


肉屋のおばちゃんから聞けたのはそれだけだったが、大収穫だった。

太宰は目を輝かせて、甘粕に言った。

聞く方の甘粕の目も輝いている。


「原田に、この近所に住んでるサイダって老人を当たって貰え。

車椅子生活で、ヘルパー使ってるなら、介護保険も使ってるんだろうし、役所の記録当たれば早いかもしれない。

それと、友田がどこかでヘルパー登録していないかどうか。」


甘粕の顔が一瞬にして曇る。


「何故、俺が原田に…。課長が言えばいいじゃないですか…。」


太宰はニヤーっといやらしい笑みを浮かべた。


「だって霞ちゃんに言われたんだも~ん。

甘粕が、ハニーって言って頼むと、倍速で調べてくれるってさ。

だからお願い。」


「うう…。」


ー霞さん…。何故課長にまで…。


泣きたくなりながら電話を取り、寂しげな声で、呟くように甘粕は言った。


「ハニー…。頼みが…。」


「はいはーい!何かしら?マイダーリン。」


甘粕か太宰からの指示を伝えると、原田は直ぐに調べてくれた。


「商店街の裏側の一軒家に、介護保険使って、ヘルパーをほぼ毎日入れてる斉田権蔵さんて、86歳の高齢者が居るわよ。

友田はどこの会社にも、ヘルパー登録はしてないね。

ただ、8年前、1番最初の被害者の捜索願が出される一月前に、ヘルパー二級の資格を取ってるわ。」


「ありがとう。ハ…ハ…ハニー…。」


「どういたしまして、ダーリン。

でも、くしゃみ出そうなのかと思うから、すんなりハニーって言ってね。では。」


スピーカーにしていたので、聞いていた太宰は面白そうにニヤニヤしている。


「やっぱ、倍速スピードじゃねえかよ。今度からちゃんとやれ。そんじゃ、その住所行ってみよっかね。」


「ちゃんとってなんですか…。は…はい…。」




その頃、夏目は取り調べ室に入った。


「何にも喋らなくていいって、弁護士先生に言われてますんで。」


本当に憎たらしい態度で言う友田を、夏目は面白がっているかのようにニヤリと笑って見ながら、正面の席に座った。


「いいよ。それはそれで。俺の話でも聞き流しててくれ。」


友田はチラッと窺う様に夏目を見た。

矢張り、夏目が美雨の婚約者と言ったのが気になるのか。


「美雨は俺の婚約者って言ったのは覚えてるか。」


「……。」


友田は青い顔でそっぽを向いた。

矢張り気にしていると、夏目は確信を持った。


「もう、ずっと同棲してんだ。高校卒業してからからずっと。

この間やっと話が纏まって、結婚が決まった。

まあ、婚約してるとかは兎も角、大体、お前、なんでそれ疑わねえんだよ。

俺と美雨は苗字からして違うんだぜ?

他人同士で同棲してて、何もしねえなんて、俺は化石じゃねえし。」


友田の顔つきが、あの例の異様な顔つきになった。

真っ青で、目の焦点が合わず、しかし、その目は血走り、狂気を孕んだ、尋常な精神状態とは思えない目だ。


「あの子は…あの子は汚れなんか知らないんだ!

あんたみたいな男と同棲なんかする筈無い!

男と付き合う筈なんかないんだ!

高校生じゃなかったかもしれないけど、あの子は俺が…!」


「俺がなんだ?

残念ながら、あいつは、俺以外の男は埃かダニにしか見えねえそうだし、頭の天辺から爪先まで俺の女だぜ。」


ニヤリとしながらそう言いつつも、夏目は心の中では、顔から火を噴きそうになるほど恥ずかしかった。

美雨は確かにそう言ってくれる。

夏目としか付き合った事もなく、他の男を知らないのを差っ引いても、夏目は世界で1番かっこよく、美雨の運命の人で、夏目以外愛せないとか、なんだかもう歯の浮く様な事を、どういう訳か平気で宣う。

夏目は勿論、それは非常に嬉しく思っている。

友田の言う通り、汚れを知らない少女の様な美雨が、自分しか見て居らず、夢中になってくれて、尽くしてくれるのは、実を言えば、そこら中で惚気(のろけ)まくりたくなるほど幸せだった。

夏目も、他の女の子は目に入らない程、美雨を愛してもいる。

しかし、夏目は極端な程、照れ屋である。

いくら嬉しくて、美雨と一緒にいる時は、にやけまくって、外の夏目しか知らない人間が見たら、泡を吹いて倒れそうなほど、柔らかい、幸せそうな顔をしていたとしても、惚気など絶対口に出来ない。

聞かれても、言う位なら切腹したい程である。

それを堪えて言っているのは、霞に指示されたからに他ならない。


友田は机を激しく叩き出した。


「言うな!それ以上言うな!彼女は清らかなんだ!誰にでも優しくて、俺を庇ってくれて…!」


病院での隠し撮りの件を言っている様だ。

友田と分かり、殺す勢いで迫る夏目の父と、担当看護婦に、美雨は、友田の事を大っぴらにしない様頼み、結果的には、友田を庇う事になった。

主に夏目が事を起こさない為だけだったのだが、夏目の父を抑え、今撮った画像を消して下さるならいいですからと言ったのだそうだ。

友田は自分好みの、まさに理想の女性である美雨がそう言った事で、いい様に解釈し、友田に好意的と捉えた為、より一層の思い込みと、妄想に走ったのかもしれない。


夏目はこの時とばかりに畳み掛ける。


「いいや。美雨は俺ものだ。なんなら2人で夜何してるか、全部喋ってやろうか。」


「やめろおおおお~!!!そんなの嘘だああ!」


「嘘じゃねえ。今直ぐ美雨をここに呼んで、お前の目の前でいちゃついてやってもいいぜ。電話してやる。」


友田はあの顔のまま机をひっくり返し、再び口角泡を飛ばしながら怒鳴り始めた。


「あの子は汚れてないんだ!絶対そうだ!

そして俺と1つになる!

そう決めてたんだ!

お前の嘘なんか信じないぞ!

高校生じゃないなら、高校生にすればいいだけの話だ!

仕切り直して、俺とあの子は清らかに、本当の意味で1つになるんだ!」


何を言っているのか、全然分からないが、1つになるというのは、恐らく、カニバリズムの事なのだろう。


「1つになるって、お前も結局はスケベな男じゃねえかよ。」


夏目はわざと挑発した。

バカにした口調で笑いながら言うと、友田は更に激昂した。


「そんな下品なもんじゃない!お前と一緒にするな!彼女は俺の体内に入って、1つに…。」


そこで友田は我に返って口をつぐんだ。


夏目は好機とばかりに質問責めにする。


「体内に入る?つまり食うって事だろ?他の子もそういう意図で食ってるって事だな?どこで解体して、どうやって食ってる?そのお前の独自の1つになるって方法を是非教えてくれ。」


友田は真っ青になり、放心した状態で、よろよろと椅子に座ったが、直ぐに、無表情になった。


「僕、知りません。黙秘します。」




夏目は取り調べ室を出ると、隣の観察室に入り、取り調べの様子を見ていた霞に頭を下げた。


「すみません…。食ってるって言わせられませんでした…。」


申し訳なさそうな夏目に、首を横に振って応えた霞は、ニヤリと不敵に笑った。


「いいえ。言わせたも同然です。

それに、友田のカニバリズム理論も分かりました。

処女の乙女を食べる事に寄って、自らと一体化し、自分の物にするという独自の理論なんですね。

収穫ですよ、夏目さん。

引き続き、この作戦で行きましょう。」










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