友田の勤務状態
「でも、おかしいな…。ここに写真や戦利品があるガイシャは、きっかり6ヶ月置き。
だが、友田の勤務日数が極端に少ないのは、3か月置き…。
その内、交互に押し入れのガイシャの失踪日と重なっては居るが、この間はなんだ…?」
甘粕は押入れの捜査をしながら、独り言の様に言った。
「そうよね…。私もそれは気になったわ。ここまで几帳面なんだから、何か有るはずだと思うけれど…。」
「そうだよな…。ーん?」
甘粕は押入れの天袋に入った、段ボール箱に目を留め、取り出した。
中を霞とあらためて、2人はまた絶句してしまった。
こんな所にも戦利品があったのだ。
しかも、他の16人とは明らかに扱いが違う。
友田にとっては、どうでもいい存在、または外れという扱いなのだろうか。
学生証や携帯電話はあるが、下着等、簡単に捨てられそうな物は無い。
もしかしたら、戦利品というよりも、処分に困って取っておいたのかもしれないと思う程、無造作に、分類もされず、投げ入れてあった。
「16人分ある…。」
「本命の被害者のお肉が無くなった時の繋ぎ…?」
「ーて事なんだろうな…。人肉しか食わねえのか、あいつは…。」
友田の自宅から出たのは、そこまでだった。
他には、勤め先関係の物や、なんの変哲も無い衣服や持ち物しかない。
後は、パソコンや、押収した携帯電話から、原田に怪しい点を探って貰うしかなさそうだ。
夏目と太宰は、友田の職場に行っていた。
「あ~、友田君ねえ…。良くやってますよ。うちは3Kとか言われてますけど、文句も言わないし、欠勤もしないし、真面目です。」
ERの婦長が、忙しなく事務仕事をしながら、迷惑そうに答えるので、太宰は結構大きな声で言った。
「彼はキシロカインを使って、女性を拉致しようとしました。
車内からは、キシロカインのアンプルが6本。
自宅からは、捜索願いの出ている少女32名の写真や身分証明証と共に、人肉と思われる肉の塊が冷凍庫から押収されています。
彼が殺害した証拠は無いものの、物証的には極めて怪しいと我々は睨んでいます。
車内から見つかった、キシロカインや注射器の出処がこちらだったりした場合、管理責任も問われますので、ご協力が得られない場合は、その線で家宅捜索がこちらに入る事も考えられます。」
「そ、そんな、困りますよ!患者さんどうするんですか!」
「でしたら、捜査にご協力願います。」
婦長は人目を避ける様に、カンファレンスルームに太宰達を連れて行った。
「ー本当ですか?友田さんがそんな事…。」
「お心当たりは丸でありませんか。」
「ええ…。彼はとても愛想がいいんです。患者さん受けもいいですし。女性が多い職種ですけど、上手くやってます…。」
「親しいご友人などは?」
「いませんね…。男性看護士はまだ数が少ないので、結構、男性看護士同士は仲良く付き合ってるようですけど、友田さんは、そういう付き合いはしていないみたいです…。」
「ドクターなんかとも?」
「ドクターと私達看護士は同じ職場でも、別世界ですから。
プライベートでお付き合いすると言ったら、男女関係以外では無いと思いますし、それもごく稀です。」
「キシロカインに関してはどうですか。」
「院内から紛失しているという事はありません。ただ、私達は比較的、手に入れやすいとは言えると思います。」
「と、仰いますと?」
「製薬会社の方に頼めば、手に入らない事は無いんです。でも違法ですし、それを実行に移すというのは…。」
「あり得ないですか。」
婦長は暫く考え込んで、首を横に振った。
「友田さんなら、あり得なくはないかもしれません…。
出入りしているアンダンテ製薬の営業の方でお1人、なんだか友田さんに対して態度が違う人が居るんです。
ビクビクしているというか…。
うちは救急ですから、大きな事故等があって、同じ状態の患者さんが大量に運び込まれて来た時等は、同じ薬品が一気に無くなってしまう事があります。
そういう時、大体の製薬会社の方も急いで届けてくれるんですが、友田さんが連絡すると、異様に早く届けてくれるんです。
助かるので、何も考えていなかったんですが、1度、その人と話してる所を見てしまった時、様子が変でした。
『喋っていいのかよ。』って、脅す様な事を友田さんが言って、製薬会社の方が、『分かりました。』って…。
私が居る事に気付いて、それで終わってしまったんですけど…。」
夏目はその製薬会社の人間の名前を聞き、太宰は質問を続けた。
「友田は3か月に1度、勤務日数が15日になっています。この休みはなんですか。」
「ご実家のお婆ちゃんの介護をするからという風に聞いています。
親戚でローテーションで見ていて、その期間は、友田さんのお母さんの番なんだけど、友田さんのお母さんも腰痛で大変だから、自分が代わりに見たいからって。
看護士だし、お婆ちゃんも安心しておとなしくしてくれるからと言っていました。」
「では、実家の鳥取に帰っていると?」
「はい。そう聞いています。近くなら通えるのに、すみませんて言って居ました。」
「他に友田に関して妙だと思った事は無いですか。なんでもいいです。」
「そうですね…。
妙って程じゃないんですけど…。
夜勤をよくしてくれるんですね。
それで、普通だったら、疲れてるから、勤務が終わったらすぐ帰るじゃありませんか。
友田さんは本当によく働いてくれるので、夜勤が3日も続く事もあるんですよ。
そうすると、早く家に帰って、寝たいだろうと思うんですけど…。
ずっと病院に居る時があるんですね…。
看護士服を着たまま、病院内を歩き回ってるのを、色んな人が見かけています。」
「それで何をしているとかは?」
「循環器内科の子が、あの人危なくないかって言って来た事があります。
こっそり可愛い女の子を携帯で写真撮影してたっていうんですね。
それを教えてくれた看護士は、その女の子担当で、頭に来て、何してるんだって友田さんを問い詰めたらしいんですけど、のらりくらりと逃げられたって、私に怒ってくれって言って来まして…。」
夏目が太宰に断ってから、質問した。
「すみません。その写真を撮られたというのは、加納美雨という女性ではありませんか。」
「そうですけど…。まさか、その人も!?」
「今日、拉致されかかりました。ここで撮影されたと思われる写真が友田の部屋から見つかっています。」
婦長は顔面蒼白となり、言葉を失っている。
「他にそういった目撃情報は無いですか。」
「ー総合窓口のロビーの受付の方から、友田さんは勤務外でも暫くロビーに居るけど、何をしてるんだろうという話は聞いた事があります…。」
太宰達5課メンバー全員に、原田からメッセージが入った。
『被害者32人、全員友愛会病院への通院歴あり。内20人はERで救急が初診。』
ERで見つけたり、この病院のロビーで物色し、好みの子を見つけると、尾けて行き、写真に収め、住所氏名を調べるのだろう。
「では、この8年間の友田の勤務表を出して頂けますか。」
「あ、事務の方に頼みますので、お時間がかかりますけど…。」
「構いません。お待ちします。その間に、友田のロッカーを見せて頂けますか。」
「あ、はい…。」
婦長は青い顔のまま、友田のロッカーに案内した。
ところが、友田のロッカーはすんなりとは開かなかった。
「あら?あらやだ…。鍵が付け替えてあるわ…。マスターキーで開かない…。」
婦長が言うが早いか、夏目は太宰の許可も取らずに、何処かからかワイヤーカッターを借りて来て、鍵をブッチ切って開けてしまった。
「ー夏目よ…。」
太宰の目が線になっているが、夏目は平然と動じず答える。
「何ですか。」
「ー何でも無い…。」
鍵を付け替え、そうそう開けられない様にしてあったので、期待したが、結論から言えば、あまり大きな収穫は無かった。
16人の少女の写真が、正面に整然と貼られ、美雨の写真が他に比べて3倍位の大きさに引き伸ばされ、貼り付けてあるだけで、他に特別に怪しげな物は無かった。
後は、都内の地図があった。
これには至る所に印が付けてあり、部分的に見ただけでも、夏目のマンション、実家、そして、美雨の大学、拉致未遂現場となったスーパーの辺りに丸が付けられており、他にも色違いの印がある事から、少女達のリサーチに使った物と思われた。
他には不自然な位に何も無く、太宰はそこにたまたま着替えに来た、他の男性看護士にも話を聞く事にした。
「友田さん…。
全然プライベートな事は話しませんね…。
感じいい方ですけど…。
あ、でも、時々、嬉しそうに早々と帰ろうとする時があるんで、デートですかって聞いたら、そうなんだって、すんげえデレデレした顔で言うんで、ラブラブなんだなと思ってましたけど…。
友達いねえけど、彼女はいるんだなあみたいな…。」
捕獲に行く時だったのか、リサーチに行く時だったのか知らないが、普通の彼女ではなさそうな気がする。
「なんか、好みとか、彼女の事とか、聞いた事は無い?」
「すいません。全然無いっすね。
そういう事話す程仲良くしてた人も多分居ないんじゃないかな…。
なんせ、院内の人間とは、本当に付き合い悪かったんですよ。
病院の旅行も絶対行かなかったし、飲み会にも来た事無いし。
彼女オンリーの生活してんのかなって…。
友田さん、なんかしたんすか。」
男女問わず、他の看護士にも聞いてみたが、皆同じ答えだった。
友田は、病院内では、変質者の片鱗は全く見せていない様だ。
総合受付の事務員は、友田がロビーにいつまでも居るとは思っていたが、物色しているような、怪しい様子には思わなかったという。
ただ、唯一、それを見抜いたのが、美雨の担当看護婦だったようだ。
「あら。達也君。」
夏目と顔見知りのその看護婦は、快く聞き込みに応じてくれた。
「んまああ!美雨ちゃんが!?やっぱし、あの野郎、変態だったのね!
ああ、良かった!達也パパが居てくれて!
そのまんま轢き殺しちゃえば良かったのよ!」
なかなか威勢のいいその看護婦は、美雨の事は、中学生の時から知っているという。
「学校で倒れて、それで柊木診療所から紹介されて、うちに来たのよね。だから、我が子まで言わないけど、そんな感じなんですよ。」
「そうなんですか…。それで、その時の状況を教えて頂けませんか。」
「んとですね。美雨ちゃんが診察待ってたんです。そこで。
で、一緒にいらしてた達也パパがトイレで席を外した時に、シャッター音がした気がするって、達也パパが戻って来た時に美雨ちゃんが言ったって言って、達也パパが皆殺しにしそうな勢いだったもんだから、それやられちゃったら困るんで、どっちの方向からとか、達也パパと、美雨ちゃんから離れて、コソコソ監視してたら、友田の野郎だったんですよ。」
「ーなんで親父の奴、言わねえんだ…。」
それで夏目が、額に青筋を立てて怒り出すのにも少しびっくりしたが、それ以前に、シャッター音がした位で、皆殺しにしそうな勢いになる夏目の父という人も、まさにこの親にしてこの子ありというか、そのまんま夏目にしか思えない。
「美雨ちゃんが達也君には黙っててって頼んだの。
大事になっちゃって、友田が生きて行けなくなるからって。
達也君、刑事さんだし、問題起こしたら大変て言って。」
「そうですか…。」
「でね、友田にさっきの写真消せって言って、消させたんだけど、ERの滝田婦長にも言って、ERの医局部長にも言ったんだけど、友田にはお咎め無しみたいだから、うちの医局部長にもお願いしたら、ERの医局部長に直談判してくれたのね。
うちの医局部長、ほら、美雨ちゃんの事、孫の様に可愛がってるから。」
「ええ。」
「でも、動かないんで、うちの先生切れちゃって、『なんか弱みでも握られてんのかね、君はああ!』って怒っちゃったら、どうもそうみたいだって…。」
太宰も夏目も、首を横に捻り、太宰が聞いた。
「ERの医局部長って1番偉いはずですよね?何故弱みを握られ、言いなりに…。」
「よく分かんないんですけど、美雨ちゃんの一件の後、友田の事聞いて回ってたら、看護婦仲間から変な話は聞きました。」
「どの様な?」
「アンダンテ製薬の営業の、石倉さんていったかしら?
その人と、ERの医科部長、それから、あんまり大きな声で言えないですけど、うちの病院の総婦長って、全ての看護士の頂点の人ですけど、その人の弱みを握ってるらしくて、あんな一介の看護士なのに、友田には何も言えないんだって聞いたんですよ。
陰で権力握ってるんじゃないかって。
だっておかしいでしょう?
いくらおばあさんの介護だって言ったって、3か月に一度とはいえ、15日しか出勤しないのに、パートじゃなくて、正規の看護士扱いですよ?
だからボーナスだってフルに出るし。
それに、そういう場合、おばあさんの診断書を出すものなのに、出してないんですよ、あいつ。」
確かに妙な事が多い。
太宰は勤務表が出来るの待つ間、原田に電話した。
「友愛会総合病院の総婦長、ERの医局部長、アンダンテ製薬営業部の石倉。この3人何かやましい事は無いか、探ってみてくれないか。俺達も話、聞いて来る。」
「はーい。」
太宰は、アンダンテ製薬の石倉という男の捜査を甘粕に指示した後、ERの医局部長の所へ行った。
着くと同時くらいに、原田から連絡が入る。
「医局部長は、月に4回もシティホテルの宿泊をカードで精算してまーす。不倫じゃないかしらねえ。」
「なるほど。揺さぶってみよう。」
太宰が単刀直入に聞くと、医局部長は絶句して押し黙った。
「その件は事件とは関係ありませんので、我々は追求する気はありません。
しかし、あなたがそれで友田に脅されて、全てを黙認していたのだとしたら、犯行に協力していたとも考えられますので、その点を…。」
医局部長は目を剥いて反論し始めた。
「私は友田がしていた事なんか知りませんよ!?
ただ、3か月に一度15日しか出勤しないのを咎めないでくれれば、妻に彼女の事は黙っていると…!」
「循環器内科の患者さんを隠し撮りしていたのも、不問に付しましたね。
その患者さん、昨日拉致されかかったんですよ。
あなたが公にすれば、事件はもっと早く明るみになって、彼女も怖い思いをせずに済んでいたかもしれないんです。」
今度は顔色を失くす。
「すみません…。私の事が妻にバレるだけでは済まないと思い…。友田には強い事が言えなくて…。」
太宰達の携帯に原田からメッセージが入った。
『ホテルの監視カメラ映像から、医局部長のお相手はそこの総婦長と判明。』
「なるほど。相手は婦長さんでしたか。」
医局部長は顔色を失くしたまま力無く頷いた。
「それで婦長も同時に友田に何も言えなくなっていた訳ですね。給料や休みの他、友田に便宜を図ってやった事は?」
「ーありません…。彼は勤務自体は、大変真面目な男でしたから…。
その循環器内科の患者さんを隠し撮りしたのも、あまりに可愛かったので、ついと言っていて…。
すみません。真に受けてしまったんです。」
甘粕と原田の調べで、アンダンテ製薬の石倉という男も、学生時代に女性にわいせつ行為を働いた前科を会社にバラすと脅され、キシロカインを横流ししていた事が分かった。
「なかなか頭いい奴だな…。犯行の妨げになりそうな人間、または役に立ちそうな人間の弱みは握っておいたのか。」
帰りの車内で太宰が言うと、夏目は運転しながら、いつもの仏頂面で黙っていた。
「夏目?」
「確かに賢い奴の様です。だが、綻びはあるはずです。それはどこにあるのかと、考えていました。」
「そうだね…。なんか俺は、ぞんざいに扱われていたという本命の間の被害者にある様な気がすんだけどもね。」
「そうですね…。ぞんざいなだけに、隠蔽の仕方も雑かもしれない。」
「うん。」
太宰の電話が鳴った。
柊木からだ。
「冷凍庫肉は人肉だあ。背中の肉だな。
しかし、福原彩花ってガイシャのもんじゃねえ。
段ボールの中の学生証のガイシャと思われる、井田智花って子のもんだ。」
「彩花って書いてあったのにか?」
「そう。DNAも二回照合したから間違いは無えよ。」
「なるほど…。」
さっき病院を出る前に送った、友田の勤務記録と少女達の失踪日を照らし合せていた芥川からも連絡が入った。
「全部、少女達の失踪日の前日から10日間欠勤してました。ズレがある日はありません。
それと課長、友田の婆さんですが、父親方、母親方共に、ピンピンしてて、介護が必要な状態じゃありません。
親戚にも、そんな要介護状態の人間は居ない様です。
それに電話で確認しただけですが、友田はここ10年位、帰省していないという証言を、友田の姉って人から聞きました。」
友田の欠勤日は、やはり拉致、そして解体日と見て間違いなさそうだ。
しかし、それをどこでやっているのか、それはまだ分からない。
拘留期限内に、友田が少女達を拉致殺害し、解体している証拠が掴めなければ、友田は美雨の拉致未遂と、良くて、冷凍庫から見つかった人肉からの、遺体損壊容疑でしか送検出来なくなってしまう。
珍しく太宰は焦っていた。