家宅捜索の結果…
冷蔵庫の中には、お茶などのペットボトルとコチュジャンや豆板醤などの生タイプの調味料があるだけで、他は特に何も無かった。
野菜室もニンニクやネギ類の他に、特に変わったものは無い。
しかし、冷凍庫の中には、怪しげな肉があった。
ジッパー式の袋に入れられた塊。
品名を書く欄には、彩花と書いてある。
さっきの押入れの中の記念品と写真の中の少女に、福原彩花という子が居た。
甘粕はそのビニール袋を手に、霞の後ろに立った。
「霞さん…。奴は殺した上、食ってる様だ…。」
霞はゆっくり振り返ると、甘粕の手元を見た。
「カニバリズムですか…。なるほど…。」
「そっちは、何かあった?」
「パソコンに、少女達と美雨ちゃんの写真がいっぱい入っていました。ただ、殺している所や監禁している状態が疑われる画像はありません。」
「どこで犯行に及んでるかだよな…。鑑識呼ぶね。」
「はい。」
「大丈夫?」
「私は大丈夫です。甘粕さんこそ…。」
「俺は大丈夫。これ、解凍しとかないと、柊木先生、やりづれえよな…。このまま出しとくか…。」
霞は青ざめた顔の甘粕の手を取って、甘粕の顔を心配そうに見上げた。
「甘粕さん…。私も気持ち悪くて吐きそうです。だから無理して乖離しないで下さい。」
霞が握っている甘粕の手は、冷たく汗ばんで、震えていた。
「ー霞さん…。」
「はい…。座りましょ…。」
霞は甘粕の手を握ったまま、ベットに並んで座った。
「ーこの子は生きてた…。
普通に生活してたんだ…。食って喋って、勉強して…。
食用に飼育された肉じゃない。
なのに、ここには食用に加工された肉として…。」
甘粕は言葉に詰まり、少女の肉のビニール袋を傍らに置き、片手で顔を覆った。
「カニバリズムの原理は分かってる…。
だけど、納得行かない。
そして人間が人間を食うって行為を目の当たりにすると、気持ち悪くて仕方がない…。
可哀想で堪らない…。
あんな変態に食われる為に生まれて来たんじゃない…。」
「それでいいんですよ、甘粕さん…。
その通りです…。私もそう思います…。
プロファイラーだからって、感情を押し殺さなくていいんです…。」
そして霞は小さな身体で甘粕を抱きしめた。
甘粕も霞を抱きしめ返し、要するに2人は、容疑者のアパートのベットの上で、抱き合っていた。
幸田は固まった。
どうしたらいいのか分からない。
あのイケメンのくせに堅物の甘粕が、警視庁には居なかったタイプなので、一部でアイドル化している、可愛らしい美人の霞とベットの上で抱き合っている。
しかし、幸田は甘粕に呼ばれた。
鑑識をしてくれと。
それにここは容疑者の自宅。
愛を語らうには不釣り合いな場所ではあるが、もしかしたら、場所は関係無く、愛というのは育まれるのかもしれない。
仕事だからと、ズカズカ入って、邪魔をしていいのか、ついに来た甘粕の春を応援する為、2人が気づいてくれるのを待っていた方がいいのか、彼にしては、ものすごく真剣に悩んだ。
幸田が激しく逡巡していると、後ろからガチャガチャと音を立てて、けたたましく部下が入って来てしまった。
「課長。浴室からでいいんですかあ?」
「あ、このバカ…。」
甘粕と霞がバッと離れてしまった。
甘粕と目が合い、幸田はバツが悪そうに俯いて言った。
「ごめんな、甘粕…。邪魔しちまってよ…。」
「ち…違います、幸田さん…。何か誤解されてませんか…。」
「いいんだよ。容疑者宅でいちゃついてたってのは、太宰には黙っといてやるからさ。」
「ち、違いますって!」
「照れんなよ、俺はそこまで野暮じゃねえよ。」
幸田はにやけながら、浴室に行ってしまった。
「えええ!?幸田さん!?」
霞を見ると、何故か笑っている。
「霞さん…。」
「面白いからそのままにしておきましょうよ。」
甘粕は密かに衝撃を受けた。
ー面白いからってなんだよおおおー!
全くその気が無いからなのか、少なからず霞も、甘粕に好意を持っているからなのか、全く分からない。
ー女心は難しい…。
甘粕は溜息を吐きながら、家宅捜索の続きを再開した。
「ルミノール出ましたか?」
浴室に居る幸田に声をかけると、幸田は首を横に振った。
「出ねえ。全くだ。排水溝も全く出ねえしな。浴槽の裏も調べてみようか。」
「お願いします。」
甘粕は遺体を解体した凶器を探してみた。
キッチンには包丁しかない。
遺体を切り刻むには役不足だ。
再び、押入れを調べている霞の所に戻り、2人で押入れの隅々まで探すが、凶器らしきものは全く見つからない。
「どうしてここまで無いのかしら…。」
「やってねえって事はねえよな…。」
「無いと思うわ。私、課長のこの道20年のカンは正しいと思うし、それに、あの男のあの目。異常だったわ。」
「そうだな…。そうだよな…。解体場所は別にあるって事か…。」
「デスク周りにも、パソコンにも、それらしき証拠は無かったわ。原田さんに頼んでみて?」
「う…。たまには霞さんが頼んでみたらどうかな…。」
霞はにやーっと、いたずら小僧の様な笑みを浮かべた。
「いやあ、甘粕さんがお願いした方が、気持ち良くやって下さるわよーん。甘粕さんの方からハニーって。うふっ。」
ー俺は…、俺はもしかして、霞さんに弄ばれているのかあああ〜!?
甘粕は心の中で叫びながら電話を掛けた。
「ハ…ハニー…。」
「はあい!ダーリン。お願い事は何かしら!?」
確かに、歴然と態度と機嫌が違う。
「ー調べて欲しい。友田がここの他にどこか借りてないか。」
「了解。しばしお待ちを。」
電話を切らずに、直ぐに調べてくれる。
ースピードもアップしてないか…?
「ダーリン、友田はどこも借りてないわ。銀行口座のお給料の出し入れから言っても、外で借りてるような支出も無いし、不動産を借りてる様子も無い。」
「じゃあ、実家や親戚の家はどうだ?」
「実家は鳥取ね。親戚も全部鳥取。都内近郊の親戚は居ないわよ。」
「うーん、そっか、ありがと。」
「あ、ちょっと待って。なんか変。」
「変?」
「かっきり3ヶ月毎に、お給料が少ないんだよね。勤務日数も、15日だって。少な過ぎんじゃない?」
「かっきり3ヶ月?どういう事だ。ガイシャ達の失踪日と関係ありそうか?」
「ーちょっと待って…。うん、あるみたい。給料明細には何日とか書いてないから分からないけど、被害者の捜索願が出された月だけね。15日しか出勤してないのは。」
「ー解体日なんだ…。しかし、それをどこでやってるかだな…。」
太宰と夏目は容疑者を警視庁に移送した後、甘粕から随時送られてくる情報を元に取り調べを行っていた。
夏目にやらせてみて、太宰はサブでついた。
「お前のアパートの壁一面に、さっきの彼女の隠し撮りした写真があった。
更に押入れからは写真と持ち物に下着。
冷蔵庫からは、彩香と名前の書かれた肉。
可愛い子を見つけたら、ストーキングして、殺して食ってんだろ。
説明しろ。」
友田はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、夏目の心の中を覗いているかのような、気味の悪い目で見つめた。
「やきもち?刑事さん。美雨ちゃん、可愛いもんね。心配だよね。」
夏目はニヤリと笑った。
おかしくて笑っている訳ではないのは、夏目を知らない人間でも分かる。
ストレートに怒るより、かえって迫力倍増に感じる。
友田の表情が少し強張った。
「やきもちってえのは、多少なりとも、彼女の方に気がある場合の話だろうが。
てめえのは、一方通行どころじゃねえ。
気に入ったから、食うなんて、超変態野郎だ。
彼女はお前に嫌悪以外の感情は持たない。
お前なんて単なるストーカーの変態野郎だ。」
その瞬間、友田の表情が劇的に変わった。
眉間に皺を寄せ、青くなりながら、デスクの上の拳を震わせ、その手の震えは、丸で怒りに震えているかのようだった。
「黙秘します!弁護士を呼んで下さい!」
「ふーん、じゃあ、弁護士が来るまで世間話でもしてるか。」
しかし、友田は、夏目のそんな声も聞こえていない様子で、手を震わせたままうつむき、何かをぶつぶつと言っていた。
耳を澄ませて聞いた夏目は、腹の底から不快そうに友田を見た。
友田は同じ事を繰り返し呟いていた。
「一方通行なんかじゃない…。一方通行なんかじゃ…。俺はストーカーじゃない…。」
「頭までおかしいのか、お前。お前みてえな変態猟奇殺人犯と両想いの子なんか居ねえんだよ。」
友田は、怒りを露わにして、立ち上がろうとして、手錠に繋がれた鎖に引っ張られ、よろけながらも怒鳴った。
「証拠なんか無いくせに!偉そうな口叩くのは、俺が殺したって証拠が出てからにしろ!」
友田は、夏目を睨みつけているのだが、どこか異常だった。
頬は引き攣り、目は血走り、口角泡を飛ばし、どう見ても、正常な精神状態の人間の顔ではなかった。
だが、夏目は、それを見ても全く動じず、黙ってじっと友田の顔を無表情に見つめていた。
すると、友田は突然、元の、人を小馬鹿にした様な態度に戻った。
「弁護士呼んで下さ〜い。」
「お前、今、凄え醜態晒したぜ。ありゃなんだ。少女達と自分は関係あるって言ったも同然だぞ。」
「黙秘しまーす!弁護士呼んで下さ〜い!」
両耳を抑えて、そればかり壊れたレコーダーの様に繰り返す。
太宰は夏目を促して外に出た。
「どうも、女の子達との関係性について、事実を言われると、取り乱す様だな。突っつくならそこだな。」
「そうですね…。」
「先ずは、奴が女の子の失踪月に作ってる空白の休日の日付けと正体、奴の動静を探ろう。拘留期限までになんとか証拠突きつけねえと、殺しで起訴出来ん。」
「はい。」