捜査五課への挑戦状
「え…。」
夏目は、朝食の席で点いていたテレビを見て、目玉焼きを運ぼうとしていた口を開けたまま、固まってしまった。
正月の松も開け、この冬1番の冷え込みと言われた寒い日の朝、そのニュースは流れた。
「これ、10年以上前に起きた連続殺人事件と同じじゃない?」
一緒に見ていた美雨も驚いた様子でそう言った。
今日の事件は、報道陣もまだ情報収集が出来て居ない状況の様で、現場のアナウンサーが興奮した様子でがなりたてていた。
「繰り返します!群馬県高崎市内の大田第二中学校の門の前に、人と思われる異様な遺体が放置されていました!発見者の話ですと、人間の胴体に猫の手足が縫い付けられていたそうです!手足はまだ発見されておりません!この中学に通勤してきた教員が今朝、発見したとの事です!」
その事件は、今日起きた事件と全く同じ形で10年前の夏に、群馬県では無い某地方都市で起きた。
連続女子児童殺害事件として、世間を震撼させたその事件は、当時小学五年生だった少女が、胴体から手足を切断された形で、その無くなった手足の代わりに猫の手足と、尻尾が雑に縫い付けられ、手足の部分は、その中学校から程近い、人が殆ど立ち入らないという、雑木林の中に置かれており、切断した現場でもあった。
その後、犯人は犯行を重ね、被害者の少女の年齢は徐々に上がって行き、切り張りした遺体を飾る場所も公園の入り口や、公民館の入り口などの変遷を重ね、3件目の中学3年の女子生徒を最後に、漸く犯人が捕まった。
犯人は当時15歳。高校一年生だった。
3人もの人間を残酷に殺し、しかも殺害後に遺体を陵辱するという、凄惨極まりない事件だったが、少年法に阻まれ、犯人の少年は医療少年院に送致され、先日退院したはずだった。
その犯人がまた同じ犯罪を犯したのかと、夏目と美雨はテレビ画面に釘付けになった。
しかし、報道は2人の予想をはるかに超えたものだった。
「今入った情報に寄りますと、被害者は26歳の男性!10年前の連続少女殺害事件の犯人、少年Aと思われます!」
夏目は美雨の作ってくれた朝食を詰め込むと、スーツの上着を羽織りながら言った。
「これ、群馬県だから、警視庁の管轄じゃねえけど、早めに行くわ…。」
「そうした方がいいかもね。行ってらっしゃい。」
夏目は顔色の悪い美雨の頬を手の甲で触って、心配そうに言った。
「雪んなるかもって話だから、無理すんなよ?」
「はい。気を付けてね。」
微笑んで夏目を見送る美雨に軽く手を挙げ、マンションを出た。
夏目が警視庁の駐車場に着き、愛車の205GTI ITSチューニングから降りたところで、甘粕と太宰も同時に来た。
相変わらず、甘粕と霞の仲は進展しない様だが、霞は甘粕のジネッタG4に乗って来ている。
「夏目も今朝のニュース見て、早めに来たのか。なかなか良い心掛けだのう。」
そう言った太宰に、夏目が聞いた。
「捜査協力要請、来るでしょうか。」
「無いと思うぜ。俺は。」
4人で歩きながらそう言う太宰の後を甘粕が継ぐ。
「現場管轄、群馬県警だろ?課長の前に課長してた人がさ、向こうの一課の課長とやりあっちゃって、それ以来、警視庁って聞くだけで、目の敵にされんだよ。」
「なにやったんですか。」
「平たく言やあ、手柄横取りしちまったんだそうだ。
殺人事件だったんだが、犯人は東京に住所があり、東京でガイシャを殺害。
そして、死体を群馬県に埋めた。
合同捜査になって、当時の群馬県警で伝説のデカって言われる人が、東京まで来て捜査したら、一課で解決出来なかったもんを解決しちまったんだ。
それを面白く思わなかった、当時の一課の課長が手柄横取りして、解決したのは、警視庁って言っちまったもんだから、当然群馬県警は怒った。
以来、警視庁捜査一課って名乗っただけで、電話切られるか、怖~い感じの人が出て来る。」
「はああ…。またバカな事やっちまったもんですね。」
「本当だよな。それ、今の刑事部長だから、洒落になんねえよ。」
「それは洒落になんねえな…。」
オフィスに入ると、太宰は手紙等、郵便物を先ず見る。
今朝もデスクの上の危険物の有無がチェックされた郵便物を見ていたが、一つの封筒で手を止め、手袋をして写真を撮り、慎重に封を開きだした。
3人もじっと見ている。
というのも、その封筒は歴然と怪しかった。
差出人は無く、宛名もワープロ文字のホラー体で、警視庁の住所と、警視庁捜査五課御中と書かれてあるだけ。
いたずらの可能性も高いが、後で重要な証拠になり得る事もある。
太宰が開いたコピー用紙には、同じ書体でこう書かれていた。
ー今朝の事件は気に入って頂けたかな?
私はあなた方と同じ、犯罪を憎む者。
そして、罪を犯したくせに、大手を振ってほっつき歩いている犯罪者を憎む者。
又、現在の法律では不十分と感じている者だ。
世論は私に味方するだろう。
世論の絶大な支持と信用を得ている捜査五課諸君、私が捕まえられるかな?
ハンムラビ法典を執行する者
「捕まえてやるわよおおお~!」
霞が、霞とは思えない野太い声で、手紙に向かって怒鳴った。
太宰が慌ててつつ、霞から距離を取るように、仰け反って言った。
「そっ、そんな事言ったって霞ちゃんっ。さっき甘粕も言ったように、群馬県警とは犬猿の仲だし、事件はあっちで起きてるんだから、管轄じゃないんだからさあ…。」
折角太宰が取った距離を、霞はずいと縮めて、更に怒鳴った。
「でも、手紙が来てるじゃありませんかあ!」
「そうだけど、消印も群馬県だものお~!精々出来るのは、この手紙の事知らせて、こっちで手紙で分かる事調べて報告する位だよお!」
「そのついでに捜査協力も申し出て下さいっ!」
「えええー!?」
しかし、太宰が群馬県警に知らせる前に、来て早々点けていた、先ほどの報道番組が緊急速報を流した。
「たった今、当テレビ局に届いた手紙です。先ほどの少年Aを殺害した犯人からと思われます。」
と、全く同じ文面の手紙を読み始めた。
どこのテレビ局に変えてもやっているので、主要テレビ局全てに送りつけたらしい。
「これ、鑑識持ってきます。」
夏目が手袋で手紙を証拠品袋に入れながら言うと、太宰も深刻な顔で頷いた。
「俺も群馬県警に電話するわ。もう10年も前の事でウジウジしてる場合じゃない。」
毎週月曜日夜9時に掲載する予定です。