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岩な神様  作者: アマラ
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山鼠

 娘も岩も、普段は社の押入れを開ける事がなかった。

 特別開く用も無いし、中にしまってあるのはいくらかの座布団と、布団だけだったからだ。

 社の中には、いつも座布団が二枚出されている。

 常には、娘と岩が使う。

 客が来たときは、客と岩が使う。

 他にも座布団はあるのだが、出すのを面倒がっているのだ。

 そもそも娘は、座布団というのが苦手であった。

 座布団の上でじっとしていろといわれているようで、落ち着かないのである。

 あちこちと動き回るのが、娘の性にはあっているのだ。

 なので、押入れを開けることは、めったにない。

 であるのだが、その日は珍しく、娘が小さな身体を目一杯使い、押入れの引き戸を開けていた。

 顔は引き締まっており、なにやら使命感に燃えているように見受けられる。

 その様子を、岩がいつものようにぼうっとした顔で眺めていた。

 隣に立っているのは、オオアシノトコヨミの使いである狼、アカゲだ。


「オミヨ殿は働き者だ」


 にこやかに笑いながら頷くアカゲに、岩は僅かに目をやる。


「このあたりの子供は、皆、よく家の手伝いをする。あれは家の仕事をした後ここに来るから、ことさらだ」


「御岩殿はよく里を見るようになられたな」


 岩は元々、何事にも頓着の無いものであった。

 何しろ大元が岩であるから、生き物に興味がなかったのだ。

 だが、最近では良く里に足を運び、人の営みを眺めるようになっていた。

 生きとしいけるもの。

 里に息づくものに、興味を持ち始めたのだ。

 ただ、それはまだ淡く、おおよそしっかりとした輪郭のある、感情と呼べるものではなかった。

 心やものを考える事を覚えたのが、最近であるからだろう。

 何しろ岩は、生き物ですらないのだ。

 そういった規範を持つには、まだまだ時間を要するようであった。

 さて。

 娘が押入れを開けているのは、座布団を取り出すためであった。

 後日来る客のために、日と風に当てておこうというのだ。

 客というのは、ほかでもない。

 岩が治める土地の周りの土地。

 近隣の土地土地を治める、土地神達である。

 岩の土地、四方を囲む土地神が集まる事になったのだ。

 集まって、何をするのか。

 古来神々がこういったとき集まってすることといえば、一つである。

 宴。

 要するに、酒の席である。


「御岩殿は、酒はお好きか?」


「あまり口にしたことが無い故に、よく分からん」


 岩に対するお供えは、おおよそ食べ物ばかりであった。

 たとえば握り飯であったり、果物であったり。

 酒が供えられる事は、あまりなかったのである。

 それもそのはずで、岩の土地にはまだ酒が出回っていない。

 酒を造っている村や町との、交流が無いのだ。

 農民達は、自分達でどぶろくを作って飲んでいる。

 だが、そういったものはあまり素晴らしいものであるとは思われておらず、岩に備えるのには失礼に当たる、とされているのであった。

 もっとも、岩は余程おかしなもので無い限り、備えられたものはありがたく受け取るのではあるが。


「おそらく、宴ではたらふく飲まされるでしょう。このあたりの神は、のんべいが多い。とくに今、御身に土地の管理を教えて居るのは、恐ろしいザルだ」


「ざるとは、竹でできたものか」


「いやさ、物の例えですとも。まるでザルが酒を留まらせないように、いくらでも酒を飲むという事よ」


 岩は僅かに目を見開くと、納得したように首を縦に振る。

 人里を見るようになってから、岩も色々な道具の名前を覚えた。

 包丁。

 鍬。

 鎌。

 刀。

 その中には、笊もあった。

 なるほど、確かにアレは水を流す。

 上手い例えだ、と、思っていたのだ。

 岩とアカゲが話をしている間に、娘はせっせと座布団を引っ張り出していた。

 力が要る仕事だが、残念ながら岩もアカゲも代わってやる事はできない。

 岩は、細かい仕事が苦手だ。

 持ち上げるだけならばともかく、引っ張り出すとなると力の加減が分からず、引きちぎってしまうやもしれない。

 かといって、アカゲの前足には鋭い爪がある。

 人の姿になっていてもそれは同じで、一つ間違えれば座布団を八つ裂きにしてしまいかねない。

 つまるところ、二柱とも見ていることしか出来ないのだ。


「んお? なんです?」


 娘がいくつか目の座布団を引っ張り出した時だった。

 布団と布団の間から、何かが転がり出たのだ。

 灰色のような茶色いような、丸い毛玉のようなものであった。

 それは岩の足元まで転がっていくと、つま先に当たって動きを止める。

 とたん、それは「チゥ」と鳴くと、開いて地面に突っ伏した。

 見ればそれは、長い尻尾を持った、鼠のような生き物である。


「おお、やまねです!」


「オミヨ殿、よく知っているな」


 娘がヤマネといったそれは、鼠の仲間で、山で生活をする生き物であった。

 林業を営むものからは、山の守り神と呼ばれることもあるものだ。


「でも、なんでおしいれにいたですか」


「ヤマネは寒がりでな。巣穴を求めて、こういった場所の布団の隙間に住み着くこともある。しかしこれは」


 アカゲは転がり出たヤマネを、今は両の手で掬い上げるように持ち上げる。

 爪を立てぬように気をつけながら、その尻尾を確認する。

 ヤマネは転がり出たことで目を回しているのか動く気配が無いので、良く見ることが出来る。

 娘と岩も、横から覗き込んだ。

 その尾は、付け根から二股に分かれていた。


「これは、妖怪変化の類だな」


「ようかい?」


 娘はいやそうに顔を顰めた。

 以前、妖怪に酷い目にあわされかけたことがあるからだ。

 岩のほうは、ぼうっとした顔のままであった。

 このヤマネの力量を、見抜いていたからだ。


「なに、オミヨ殿。怖がることはない。コレは精々、人の言葉を話す程度のものだよ」


 アカゲが笑うと、気を失っていたヤマネが跳ねるように起き出した。

 ヤマネは自分がどこにいるのか辺りを見回し気が付くと、大きく震え始める。


「ひぃいいい! いの、いのちばかりは、おたすけを! オイラふとんを、ねどこにしていただけで、へぇ!」


「ほんとだ。こいつ、おっかなくねぇーです」


 カタカタと震えながら、ヤマネはアカゲの掌の上で正座をする。

 小さな動物が人のような仕草をするさまに、娘は面白そうな目を向けた。


「ほんとに、わるさしてないんです! ふんもしょんべんも、そとでしてますし!」


「なんだお前。変った奴だな」


 いぶかしむアカゲに、ヤマネは首を幾度も振ってみせる。


「へぇ! ひとざとちかくで、くらしてましたもので! ですがこのあたり、ねこのやつらがあらわれまして! かくれがを、さがしておったのです!」


 このいくらか前から、里では猫を飼うようになっていた。

 作物を狙う、鼠を追い払うためだ。

 どうやらこのヤマネの妖怪は、その猫に追われて社に逃げ込んだらしい。

 アカゲは「ふむ」と呟くと、岩に顔を向けた。


「御岩殿、いかがしますか」


「別にどうもせん」


 どうやら岩は、このヤマネに興味が無いようであった。

 ここは岩の社であり、掌の上とも言って良い。

 ヤマネが入ってきたことに気が付かないはずが無く、つまるところ岩はヤマネを無視していたのだ。


「いや、それはどうも」


 投げやりとも取れる岩の応えに、アカゲは顔を顰める。

 そんな二柱をよそに、娘がヤマネを指で突いた。


「おまえ、よーかいですか」


「へ、へぇ、みこさま!」


 ヤマネは娘を、一目で巫女であると見抜いていた。

 妖怪には娘がまとう、力のようなものを見て取ることが出来たのだ。

 巫女と呼ばれた娘は、なにやら嬉しそうににんまりと笑う。

 自分を敬うような態度に、満足していたのだ。

 巫女になったものの、里では娘は「オミヨ坊」であり、神様や御使いは自分よりも余程偉い。

 里には自分よりも小さな子供もいるのだが、彼等は巫女というのが何かよく分かっていない様子だった。

 言ってみれば、この妖怪ヤマネは、初めて娘を「巫女様」と敬ったものなのである。


「そーです。おら、みこさまです!」


「へぇ、そのようで」


「えらいです!」


「そりゃぁ、もう! おいらみたいな、こものじゃあ、とてもとてもかなわないもんで! へぇ!」


 四六時中、岩と行動を共にしていた娘は、いつの間にか神通力を持つように成っていた。

 僅かな厄ならば容易く退け、小さな魔ならば叩いて潰すことが出来るほどである。

 事実、妖怪ヤマネ程度であれば、娘にとっては脅威にもならない。


「おっちゃま、どうもしねぇーなら、こいつ、おらのこぶんにしていーですか」


「して、どうする」


「おやしろのしごと、てつだわせるです!」


 娘と岩の会話を聞いて、ヤマネはあわてた様子で声を出す。


「そとはきけんですし、すまわせていただけるのでしたら、なんでも、へぇ、おてつだいさせていただきます!」


 岩はぼうっとした顔のまま、考えるように顎を手でさすった。

 しばらく考えた後、ゆっくりと一つ頷いた。


「いいだろう。妖怪、オミヨの言う事をよく聞け。ならば、住処と、時折木の実や果物、穀物を分けてやる」


「へ、へへぇ! そりゃもぉ! ひっしに、つとめさせていただきます!」


「うわぁあ! おらのこぶんです!」


 頭を何度も下げるヤマネを、娘はむんずと掴み挙げた。

 両手で掲げるように持ち上げると、踊るように回る。


「ヤマネを使いにする、か。御岩殿は変わっておられる」


「そうだろうか」


 苦笑を浮かべるアカゲに、岩は首を傾げる。


「ええ、そうですとも」


「そうか」


 そういうものなのか、とでも言うように、岩は一つ頷く。

 岩にとって、変わっている、変わっていない、というのは、些細なことであった。

 娘がそれで良いなら、それで良い。

 うれしそうにヤマネを振り回している娘を、岩はぼうっと眺めていた。




 御岩神社の御使いは、ヤマネであるとされている。

 それは一匹ではなく、一つの群、家族であるという。

 代々神社を守る家では、ヤマネの世話をしているのだとか。

 実際、神社の裏手にある森には未だに自然が多く、天然記念物であるヤマネも生息していた。

 時折人の前に出てくることも有り、見る事ができれば非常に縁起がよいとされてる。

 特に境内で何かを食べている時に多く現れ、それを分けてやると喜んで何度もお辞儀をするという伝承が残っていた。

 もっとも、現在の御岩神社ではヤマネへのえさやりは、「虫歯になるから」という理由から、禁止されている。

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