実
田が増える。
だから実りが必ずしも増えるかと言えば、そうではない。
田の世話というのは難しく、広げれば広げただけ、人手がかかる。
むろん、世話にも上手い下手があり、熟練を要する仕事であった。
だからこそ。
広げた田に多くの実りを得られた時の喜びは、大変なものになる。
「お供え物が増えるのは、良いことではありませんか!」
ヤマネはそういって喜んでいるが、岩はいささか納得がいかない。
お供え物はありがたい。
だが、無理をして供えるというのは、間違っているのではないか。
「出来る程度でよい。無理をしたら意味がない」
この日は、祭の日であった。
一年の実りを祝う日である。
また、実りの御礼をし、また来年の豊作を祈る日でもあった。
お岩神社にも、多くのお供え物が集まっている。
「もちろん、無理をしない程度でございますとも!」
「はじめの頃より、ずいぶん多くないか」
「それは、おおくなってるです。田もふえたし、実りもおおくなってるですから」
後ろからかけられた声に、岩は振り返った。
そこにいたのは、奉納舞の衣装に身を包んだ、娘である。
随分、大きくなった。
岩はまじまじと、娘を見る。
初めて会った頃は、ほんの一抱えほどしかなかった。
今ではそれが、少し余るほどになっている。
「おお、お似合いになられますな、おみよ様! 流石は、御岩様の巫女様にございます!」
「そーです! おらも、大人になったです! このいしょーも、すっかり着こなしてるです!」
胸を張る娘の後ろから、タヌキが入ってくる。
祭を手伝いに来ているのだ。
「ええ。おみよ殿も、すっかり大きくなられましたものね。今年で、何歳になられたのでしたっけ?」
「やっつです! 大人になったです!」
「いや、おみよ様。八つはまだ大人ではありませんぞ」
そう、八つはまだ大人ではない。
岩もそれに違いないと、思う。
だが、衣装を着た娘の姿は、落ち着いて見える。
じっと娘を見ている岩の姿を見て、タヌキは少し、口の端を持ち上げた。
「いいえ、ヤマネ殿。武家などでは、八つで嫁ぐことも珍しくありません。となれば当然、八つは大人ということに」
「まだ早い」
ぴしゃり、と、岩は言い放つ。
まだ早い。
八つで嫁ぐのなんのというのは、いかにも早すぎる。
まだまだ娘は、子供ではないか。
「そんなことねぇーです! おらだって、そのうちはなよめいしょう、きるです!」
「おみよ様、お相手が居りませんぞ!」
「それも、そーですね」
「まだ早い」
村も大きくなった。
収穫量も増え、お供え物も増えたらしい。
娘も、大きくなった。
人というのは、少しずつ変化していくものなのだろう。
その変化は、早いのか、遅いのか。
永くあり続ける岩にとっても、未だにわからぬことである。
何しろ、ずっとそんなことは考えたこともなかった。
まあ、時間はある。
これから少しずつ、知っていけばよいのだろう。
そう、岩は思った。
現代 御岩神社
「これって、お母さんの結婚式の時の映像?」
「そうそう。ビデオカメラで撮ったやつ。データにしてもらって、神社のサーバーに入れとこうと思ってさ」
「神社のサーバーっていうか。あれ、御岩様のでしょ? お父さん、使い方わかんないって言ってたし」
「まったく、ダメだよねぇ。HPとかも社務所の皆任せでさぁ。もっとこう、積極的にツイッターとかインスタとかやらなきゃだよ」
「御岩様そういうの好きだもんね」
「好きって程じゃないけど。今度TikTokやろうかな」
「御岩様、写れないじゃん」
「そうなんだよねぇ。神社で飼ってるにゃんことかは、ツイッター映えしてめっちゃいいね貰えるのになぁ。僕もなんかやりたい」
「ヤマネの人達に怒られるよ?」
「そうなんだけど。いいよなぁ、心霊番組とかに取り上げられたいなぁ」
「そうだよ。記録ってのはさ、とっといた方がいいよ? しばらくしたら、きちんと資料とかになったりするし」
「この間、博物館に寄贈してたやつみたいに?」
「そうそう。だから、今のうちにしっかり記録しとかないと」
「御岩様! 大変です、ミヨが踊ってる動画がネットに上がってるみたいで! この間の祭の時の奴みたいで」
「へぇ、どっかの妖怪の子があげたのかな?」
「やだぁー!! めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!」
「うははは。ほんとだ、めっちゃコメントついてる。ん? 嫁に? 誰だこのふざけたコメント付けたの! まだ早い!!」




