散歩
開墾が進み、田が増える。
それにつれて、人が増えていく。
村は元々、街道の近くにある。
細い道ではあったが、少なくない人間の往来があった。
来る人、行く人が多くあれば、留まる者も現れる。
村は少しずつ、大きくなっていく。
「おっちゃま、むらにいったことねーとこ、あるです」
思い出したように、娘がそんなことを言い始めた。
岩は、あまり歩き回ることがない。
決まったところや、娘が行くところについていくことはある。
ただ、自分であちこち歩き回ることは、ほとんどなかった。
もっとも、岩は耳目である石が村中に散らばっている。
また、家々には岩が印をつけた、石が置かれていた。
これらを通せば、岩は村中をくまなく見渡すことができる。
「いろんなところを、みてまわるのも、かみさまのしごとです!」
どうやら、土地神にはそういった仕事もあるということを、最近学んだらしい。
自信ありげな顔で、どこか自慢げに言う。
特にその必要もないと答えようとした岩だったが、はたと思い直す。
見るだけは見ているが、それはあくまで見ているだけである。
それも、ただ見ているだけであって、何か知識を得られているのかと問われれば、分からないとしか言えなかった。
なにしろ、何をどう見ればよいかもわからないのだ。
学び方が分からなければ、何かを見ても学ぶことは出来ない。
「だから、おらが、おっちゃまにむらをあんないするです!」
良い案であるように思われた。
娘は、村のことをよく知っている。
案内を任せれば、様々なことを教えてくれるだろう。
「たのむ」
「まかせるです!」
意気揚々と歩きだす娘の後ろを、岩はのんびりと追いかけた。
「うしごやです!」
村が大きくなり始めた頃、村長が牛飼いを連れてきた。
牛は、貴重な労力である。
今後の開墾などでも、必ず必要になると思ってのことだったのだろう。
実際、新たな田畑の開墾や、道の普請などで役に立っている。
先見の明があった、といってよい。
今では牛だけでなく、馬も飼っている。
ただ、今はそのどちらも、いない様子であった。
「居ないようだな」
「たんぼや、みちのふしんにいってるです」
仕事で出払っているらしい。
空になった牛小屋は、開墾と普請が行われている証拠でもある。
「うしとうまは、すげーいきものです」
「そうなのか」
「ちからはつえーですし、ふんはこやしになるです!」
力仕事も任せられ、無駄になるところがない。
人間にとっては、実に頼りになる生き物のようだ。
屋根もあり、壁もある小屋を用意されているのは、だからこそなのだろう。
地面には藁などが敷き詰められており、随分と過ごしやすそうに見える。
「じゃー、つぎは、はたらいてるとこをみにいくです!」
大股で歩き出す娘の後を、岩はゆったりと追った。
道の普請場では、多くの男達が働いていた。
大金やタコと呼ばれる道具で地面を叩き、固めている。
少し離れた場所では、木を切り倒し、石を掘り起こしていた。
木や石などの邪魔なものを退け、地面を叩いて固める。
そうして、少しずつ道を伸ばしていく。
「牛や馬は、何をしているのだ」
「きのねっことか、ひっこぬくです。あと、にもつも、はこぶです」
牛や馬は、人の何倍も力を出す。
木の根を引き抜かせる、といった仕事にも役に立った。
もちろん、荷運びなどでも、大いに活躍している。
「にんげんには、できねーしごとです。うしやうまは、すごくりっぱです」
自分だけではできぬ仕事を、他のものの力も使い、成す。
全く人というのは、そういったことにかけては実に飛びぬけた力を持つ生き物である。
「ほかのところも、みにいくです!」
ぼうっと普請の様子を眺めていた岩は、娘に手を引かれ、再び歩き出した。
次に連れてこられたのは、水路の普請場であった。
田に水を引くために、作られているものである。
「おっちゃまがおしえてくれたいけから、みずをひくです!」
以前、岩が池のある場所を教えたことがあった。
どうやらそこから、水を引くつもりらしい。
田には、水が必須である。
例え土地を切り開き、田にできる土地を用意したとしても、水が無ければどうにもならない。
「いつもなら、まだふしんはしねーんですけど、いまはとくべつです」
「何かあるのか」
「むらのじゅーみん、ふえるです。そーすると、たがたりねーです」
娘の話を要約すると、こうである。
最近、村には多くの人間が入ってくるようになってきた。
それ自体は喜ばしいことなのだが、田も畑も少なく、食い扶持がない。
にもかかわらず、これから先まだまだ人が増えてくることが予想される。
なので、できるだけ早く、田や畑を作る必要がある、ということらしい。
「くうものがたりねーのは、たいへんです。でも、ひとがふえるのは、とってもいいことです。どっちもりょーりつさせるために、いま、がんばってるです」
普通、普請仕事というのは、一度にいくつもやらないものらしい。
しかし、今は何か所も一時に行っている。
これから先のことを考え、少々無理でも、行っているのだろう。
「そういえば、無事を願いに来ていたな」
土地の中での普請である。
当然、岩のところへ挨拶があった。
土地神として、事故の無いように手助けをしようとは、思っていた。
だが、娘が言ったような細かな事情までは、考えたことがない。
「ただ、見ることと、知る者に聞くのとは、まるで違うことなのだな」
「そーです。おもいもよらねーことは、おもいもよらねーから、おしえてもらうしかねーです。って、たぬきさまがいってたです!」
どうやら、ここまでの娘の言葉は、タヌキからの受け売りであったらしい。
だが、なるほど納得できることも実に多い。
たまにはこうして、娘と外を歩くというのも、必要なのだろう。
「次は、どこに行く」
「つぎは、いえをたててるとこにいくです!」
「そうか」
意気揚々と歩き出す娘の横に、岩はゆっくりと並んだ。
現代 某所
「御岩様ってさぁ。工場見学好きだよねぇ」
「好きよー」
「ていうか、旅行好きだよね。だいじょうぶなの? 土地神として。土地神って土地を離れないものなんじゃないの?」
「まぁ、今の世の中ね。ほら。いろいろあるから。年一の旅行位はね」
「神無月に出雲行くのに?」
「アレ一応仕事だからね! 遊べないし! そんなに!」
「それもそっか。今回はどこに行くんです?」
「トイレを焼いてる工場見に行きたくってさ。そっち方面だよ」
「なんでまたそんなものを……」
「いやぁ、知らないことを学ぶって大切だよ? 人に教えてもらうっていうのも重要だね。自分では思いもよらない知識とか、教えてもらえることもあるし。それが、自分の仕事の役に立ったりね」
「そういうものなんですか?」
「そうそう。今はインターネットとかですぐに何でも調べられるけどさ。全く知らないことは、検索もできないのよ。思いもよらない知識っていうのは、やっぱり人に教えてもらわないとアップデートしていけないわけ」
「意識高いですよねぇ、御岩様って」
「なんかそういう風に言われると複雑だなぁ」
「御岩様、ミヨを見ませんでしたか。あいつ、また提出物サボって。ボクが先生に必ず提出させろって言われて……」
「んあい? ああ、ここに……居ない? うわぁ、逃げ足速いなぁ。あははは!」




