集
道の普請が始まった。
まずは、男衆が木を切り倒していく。
使えるものは木材として。
曲がりくねるなどして用をなさないものは、薪などとして使われる。
伐採に使われるのは、鋸や斧。
入り混ぜて使われていた。
鉄製の道具というのは、高価である。
数をそろえるのは難しい。
そのため、いちどきに切り倒しにかかれる数は、限られていた。
人手を出すことはできるが、少々道具が足りない。
仕方のないことである。
だが、娘はそれに、いたく不満げな様子であった。
「ねぇーなら、つくればいーです!」
「巫女様、それはむちゃなのでは」
鋸や斧は高価である。
そう簡単に手に入る物ではなかった。
買うにしても銭はなく、物々交換しようにも対価になる品がない。
「なら、きねずがばければいーです」
「それこそむちゃですよ! そんなことをしたら、大怪我をしますよ!」
よほど変化が得意であれば、そういったモノに変わることもできるかもしれない。
ヤマネには、まだ荷が勝ちすぎる様だ。
「しかし、どうなされたのですか巫女様。騒がしいのはいつものことですが、そんなにことをお焦りになって」
「はやく、ふしんがおわるよーにです!」
「そこまで焦らなくとも。それに、鋸や斧が一つ二つ増えたところで、それほど早くはなりませんよ」
「ちょっとでも、すこしでも、はえぇほーがいーです!」
「なんでまたそんなに」
「ちょっとでもすこしでもはやく、うめぇーもんがくいてぇーんです!」
道が出来れば、ものの行き来が活発になる。
ものの行き来が活発になれば、様々な食べ物も村に入ってくるようになる。
様々な食べ物が村に入ってくるようになれば、美味しいものが食べられる。
娘にとって、美味しいものを食べる、というのは重大事である。
そのための労力であれば、惜しむことはしない。
少々のことで、ほんのわずかでも美味しいものを早く口に入れることができるのであれば、当然やってやろうという気になる。
「もはや私は巫女様が恐ろしくてならないのですが。兎に角、どうにもならないことはどうにもなりませんよ。鋸も斧も手に入らぬのですから」
「だいじょーぶです! おら、いいほーほー、きいてきたです!」
「悪い予感しかせぬのですが。なんですかその、良い方法というのは」
「ざいりょうをあつめて、もってくです!」
鍛冶師のところに材料を持ち込めば、幾らかでも費えを安く済ませることができる。
牛飼いの息子から聞いた話であった。
頭の回る少年で、知識も多い。
「あの悪ガキからですか! 全くろくなことをしないのですから! とはいえ巫女様。鋸や斧が何からできているか、ご存じですか」
「てつです!」
「その通りです。それも、沢山の鉄が必要になります。いったいどうやってご用意なさるおつもりで?」
勢い込んでいた娘の動きが、急に止まった。
「かんがえてなかったです」
「やはりですか。いえ、そうだろうとは思っていたのですが。まあ、方法が無いのですから、諦めるのがよろしいかと」
ヤマネの言う通りなのだが、娘はどうしても納得できない。
何か方法があるはずだ。
考えるうち、ふと、あることを思いついた。
「おっちゃまにきいてみるです!」
困った時の神頼み。
文字通り、娘は神を頼ることにした。
何か方策はないかと尋ねられた岩は、考え込むように押し黙る。
ややあって、懐から小さな塊を取り出した。
「これを使うと良い」
「それ、なんです?」
「鉄を吸い寄せる石だ」
やはり懐から取り出した刀のツバのようなものに、塊を近づける。
すると、ツバと塊はひきつけ合うように動き、ぴったりとくっ付いてしまった。
岩からそれを受け取った娘は、目を真ん丸にしてそれに見入る。
二つを離そうとするが、中々離れない。
むきになって引っ張ると、やっと引きはがすことができた。
「すっげぇーです! これ、なんにでもひっつくですか!」
「いや。そういうわけではない。とりあえず、鉄は吸い付いてくる。これを引きずって歩けば、砂鉄が集まるだろう」
「さてつって、なんです?」
「砂のような鉄の粒のことだ。地面の上に幾らか落ちていることがある」
岩はヤマネに言って、細い縄を持ってこさせた。
それで塊を縛ると、娘に持たせる。
「これを手にもって、村の中を歩き回るといい」
「そーすれば、てつのつぶがあつまるですか」
「そうだ。上手くすれば、大きな欠片が見つかることがあるかもしれん。打ち捨てられた鉄鍋でも見つければ、随分な量になるだろう」
「なるほどです!」
娘は大いに張り切り、勢い込んで走り出した。
ヤマネは、その姿に不安を覚える。
「大丈夫でしょうか。怪我などされなければよいのですが」
「村の中ならば安全だろう。古戦場で鉄拾いなどされるよりよほどいい」
「なるほど! 御岩様は先手を打たれたということですか!」
以前戦場となった場所に行けば、鉄を拾うのは難しくない。
しかし、古戦場などというのは往々にして、危険が多い場所であった。
主を失った品を拾おうとする人間だけでなく、化生の類も寄ってくる。
そういった場所に行かれるよりは、村の中を走り回られる方が随分良い。
「村で大人に聞いて回れば、そういった方法を教えるものもいるやもしれませぬからな! しかし、巫女様は目の前に何かがあるとそれに猪突猛進されるお方! こうしておけば、危ないところへ近づく心配もないというわけですね!」
おおむね、ヤマネの言う通りであった。
娘が危険な場所へ近づくのを避けるため、岩は知恵を絞ったのだ。
「御岩様も存外、心配性でいらっしゃいますな」
そうなのだろうか。
ヤマネの言に、岩は首をひねるばかりであった。
現代 某所
「だから、一人で行くのは危ないんだってぇー」
「友達との旅行ですよ。どこの世界に先輩を連れてく女子がいるんですか」
「じゃあ、いいじゃん。ヤマネくん女装させれば。今は珍しくないでしょ?」
「あの、珍しくないかもしれませんが、俺が個人的に嫌だというか、なんというか」
「だって新宿だよ!? フーテン族とかがたむろしててさ!」
「ふーてんぞく、ってなんです?」
「さぁ? じいちゃん辺りに聞けばわかると思うけど」
「とにかく! ボクは絶対に認めないからね! 行くならヤマネ一族の子達を何人か連れて行きなさい!」
「連れて行きなさいっていったって。鞄に入れておくわけにもいかないですし」
「あ、それでいいじゃん。ネズミの姿になって、リュックに詰めればいいんだよ。そうしようそうしよう」
「ちょっ! わかりました! 何匹かでこっそりと守りを固めます! 見つからぬようにすれば問題ないでしょう! な、ミヨ!」
「なんで監視されながら観光しなくちゃいけないんですか」
「このままだと本当にリュックに詰められるんだぞ、俺達が! 知らないだろうけど、結構きついんだぞアレ!」
「ホントにそれで大丈夫なの? ちょっと、主だった子たち呼んできてよ。作戦会議するから、作戦会議。護衛計画の」
「おじさま、過保護すぎです」
「うわぁ。おじさまって呼ばれるの久しぶりかも」




