舞
道の普請にかかる費用や人手の割合を決める話し合いも、無事に終わった。
畑仕事との兼ね合いも考え、普請を始める時期の相談も終えている。
その相談の席で、お祓い、地鎮祭のことについて話が出たらしい。
相手方の村に神社などはなく、お祓いができるような人物はいないという。
必要な時は、ほかの土地から神職を招いていたのだそうだ。
道の普請を始める前にも、地鎮祭を行う必要がある。
普請をすることをその土地の神に報告し、土地を利用する許しを得るのだ。
それを怠ると、様々な良くないことが起こるとされる。
土地に住まう神というのは、穏やかな気性のものばかりではない。
礼を欠けば、とんでもない罰が下ることも珍しくなかった。
今回の普請は、土地神である岩も手伝ってのものである。
それだけを考えれば、わざわざ許しを得る必要はない、ともいえた。
もっとも、今回必要なのは、土地神の許しだけではない。
土地に根差す、物の怪、妖怪変化達への報告も、しなければならなかった。
本来、土地神というのは、自分の土地に棲む物の怪妖怪変化に絶大な影響力を持つものである。
時に調伏し、保護し、話し合うことで、そういったモノ達を治めていくのだ。
しかし。
岩は、土地神になってから間もない。
土地に棲むモノ達とかかわりを持ったことが、ほとんどなかった。
ゆえに、岩が土地を使うことを許したとしても、物の怪、妖怪変化が邪魔をしてくる恐れがある。
それをさせないために、そのモノ達と岩との、顔繫ぎの場を設ける必要があった。
道の普請に際して行われる祭事は、それには格好の場となる。
まず、昼間に一般的な地鎮祭が行われた。
オオアシノトコヨミが祀られた神社から神職がやってきて、祝詞を上げる。
この神職は、オオアシノトコヨミの神使である、オオカミが化けたものだ。
娘と、人に化けたヤマネも、神事を手伝った。
無事に地鎮祭を終え、村の衆が酒盛りを始める。
めでたいということで、ご馳走が振る舞われた。
普段ならぬ特別な品々に、娘は大いに喜ぶ。
しっかりと食べて、力を蓄えねばならなかった。
娘にはこの後、もう一つ大仕事が残っていたからだ。
村はずれにある広場に、木の枝が山と積み上げられていた。
果物や山菜、茸など、山の幸も集められている。
これらは、岩が手ずから用意したものだ。
日が沈んで、村の人間が寝静まったころ。
積み上げられた木の枝に、火が灯された。
徐々に火が大きくなっていくにつれ、周囲の暗がりから何かが集まってくる。
それは、虫であったり、動物であったり、道具であったり。
おおよそ、人の知る理から外れるモノ。
魑魅魍魎と呼ばれるような、物の怪、妖怪変化と呼ばれるようなモノ達だ。
「随分集まったな」
キツネは、呆れた様子である。
この妖怪変化達は、岩の呼びかけで集まったモノであった。
ざっと見ただけでも、百は超えているだろうか。
なったばかり土地神が声をかけただけで集まる数とは、言い難い。
「当然でございますとも! 何しろ御岩様は元々この辺りでは有名なお方! この辺り一帯の守り神のようなものでしたからね! 一声かければ、一帯の妖怪変化共はそれはもうなにを置いても駆けつけようというものでございます!」
「さもありなん、か」
ヤマネの言う通り。
元々、岩は土地神になる以前から、ずっとそこにあった。
並のモノではとても及ばない様な力を持ち、ただずっと同じ場所に居続けている。
だが、岩はただそこにいるだけの、傍観するだけの存在ではない。
怒りに触れれば、文字通り叩き潰されることもある。
逆に、意に沿うことをしているのであれば、手助けしてくれることもあった。
この辺りの土地に住まうモノ達にとって岩は、凄まじく恐ろしくはあるものの、場合によっては助けてくれるモノ。
そういったような存在だったのだ。
しかし、最近になってそれが大きく変わった。
岩が土地神になったのである。
今までは何をすれば怒りを買うか、わからなかった。
なにをすれば喜ぶのかすら、定かではない。
だが、これからは違う。
土地に関することで怒り、土地に関することで喜ぶ。
今までと比べれば、ずっと付き合いやすくなるといっていい。
また、土地の中で大人しく過ごすのであれば、守ってすらくれるだろう。
多くのものにとってそれは、歓迎すべきことである。
「しかし、反発するものも少なからずいるでしょうね。私としては、そういうものがいつ来るかいつ来るかと恐ろしくてならないのですが」
「だからお前はヤマネなのだ。考えてもみろ。そのあたりの石ころ全てが御岩様の目耳なのだぞ。土地神になられて、土地の治め方まで身につけ始めたんだ。土地の中だけでのことを考えれば、そこらの大妖程度では束になっても敵わん」
「ははぁ! さすが御岩様ですね!」
「そんな相手に突っかかって行ったところで、損しかせんだろ。よほど恨みを持ってるものならいざ知らず、得にならんことをするヤツというのはそんなにいないものだ。まして御岩様をどうこうできるような力や頭のある奴なら、猶更」
キツネが見遣る先で、多くの妖怪変化が岩へ挨拶をしていた。
虫と、物が多いだろうか。
いわゆる虫の妖怪変化、そして、付喪神と呼ばれるようなたぐいのモノ達である。
虫が多いのは、土地柄のためだろう。
永くオオアシノトコヨミが治めているこの辺り一帯には、そういったモノ達が多く集まってきている。
付喪神の類が多いのは、同じように本来命を持たぬ物であるはずの岩を慕ってのことだろう。
鎧や刀のモノが見えるのは、おそらく近くにある古戦場から来たモノ達だ。
特に念入りに頭を下げているところを見るに、何か岩に恩義があるのかもしれない。
「もし暴れるのが居れば、いさめるのを手伝って来いと言われているんだが。まぁ、まずそんな心配はないだろうにな。あのアホ雑魚神、自分の時が自分の時だったから、随分警戒してるんだろ」
「随分な物言いですね! どなたのことでしょうか?」
「うちの赤鞘のボケに決まっているだろ。あいつが土地神に収まった時は、そりゃえらい騒ぎだったもんだ。人間に大きな顔をされてたまるか、というような血の気が多いのが集まってな。まあ、アレとタヌキに返り討ちにされていたが」
「その中の一匹が、キツネ様だったのですね!」
「やかましい」
騒がしかった物の怪、妖怪変化達の声が、急に静まった。
大きく燃える火の前に、娘が現れたからだ。
巫女の正装を身に着けており、普段の姿からは想像もつかないほど静かに立っている。
表情も、いつもとは全く違うものだった。
「馬子にも衣裳、というのは本当だな。といったら、御岩様に睨まれそうだが」
「おみよ様は、舞を奉納されるたびに、なにかこう、神々しくおなりになりますね!」
集まったモノ達のために、舞を披露する。
余興の一つのようなモノだ、と、岩と娘は思っているらしい。
「実際、巫女の舞というのは神様に奉納するような代物なんだが。ありがたみが分かっていないというのは、恐ろしいものだな」
笛と、太鼓の音が聞こえ始めた。
どうやら、それぞれの付喪神が居たらしい。
音の後押しを受け、娘の舞が始まった。
某市 郷土資料館 展示資料説明文 より、一部抜粋
御岩神社には、不思議な神事が多いとされる。
もっとも、神事というのは得てして、はたから見れば不思議に見えるものだ。
成り立ちやいわれを調べてみると、なるほどと納得できるものである。
この「お焚き火の奉納舞」も、その一つと言えるだろう。
真夜中、巫女がたった一人、広場に据えられた大きな焚火の前で舞を奉納するというこの神事は、御岩神社の成り立ちにも関係している。
神社が創建され、祀られるようになった頃。
御岩様は魑魅魍魎の類を集め、人に悪戯をしないようにと諭された。
その代わり、おとなしくしていれば年に一度、宴を開こうとお約束をなさったのだ。
おかげで、御岩神社のある土地は、物の怪や妖怪の被害が少ないのだ、と言われている。
つまり、「お焚き火の奉納舞」は人や神ではなく、妖怪に見せるためのもの。
人間は邪魔をしないように、けっして見ることは許されないのである。
右に展示している画は、御岩神社の巫女からインタビューをもとに、描かれたものだ。
ここで披露される舞は非常に変わったものだそうで、そのための練習も大変なのだという。
現代 御岩神社
「ねぇ。これって舞っていうか、普通にアイドルソングのダンスだよね」
「そうだね。まぁ、その方が最近受けがいいから」
「この曲初めて聞くんだけど」
「今ってすごいよね。タブレットで作曲できるんだってさ」
「作曲したの!? だれが!?」
「御岩様が、その。面白そうだからって」
「なんかこっそりやってると思ったら、これだったの!? なんかヤダなぁ! 普通の舞でいいじゃん! お祭りとかの神事の時にやるやつ!」
「そんなこと言ったって、宴での巫女の踊りだけが楽しみだって妖の人もいるんだよぉ! こっちも今年も楽しみにしてるね、とか言われててさぁ!」
「でも、恥ずかしいもんは恥ずかしいし。大体これ巫女の着る服じゃないじゃん。アイドルの衣装じゃん。絶対真っ当な神様に怒られるからね」
「大丈夫。周りの神社の神様大体腹抱えて笑ってるから」
「それはそれでやだなぁ!」
「頑張ろうって! ほら! 終わったら宴で振る舞うバーベキュー、好きに食べていいからさぁ!」
「ほんとぉ?」
「相変わらず食べ物に弱いんだから……」




