表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
岩な神様  作者: アマラ
23/27

焚火

 胡坐をかいた岩の足の上に、娘が丸くなって眠っている。

 辺りはすっかり暗くなっていた。

 空には雲もなく、満天の星が瞬いている。

 獣除けの焚き火を囲み、岩、キツネ、狼が座っていた。

 深い森の中で、周りは木々で囲まれ、見通しが悪い。

 少し開けた場所であり、火も焚きやすいのだが、かえってこういう場所は危険なこともある。

 襲う側からすれば、身を隠したまま近づくこともたやすい。

 それを避けるために、キツネと狼は寝ずの番をすることになっていた。

 もっとも、これは念のためのことであり、実際にはほとんど意味はない。

 岩が周囲を警戒し、守っているからだ。

 寝ることも、休むことも必要とせず、疲れることもない。

 事、守るということに関して、岩を凌ぐものはいないだろう。


「気持ちよさそうに寝ておられるなぁ、おみよ殿は」


「御岩様がそばにいらっしゃるので、安心しているのでしょう」


 娘にとって、岩の膝の上はどこより安全な場所である。

 同時に、最も安心できる場所でもあった。

 娘は丸くなったまま、何かを噛むように口を動かしている。

 夢の中で、何かを食べているようだ。


「そういえば、狼殿。道を普請する先の村には、神社などはあるのですか?」


「祠などはあるが、きちんとしたものはないな。祀られているのは、オオアシノトコヨミ様よ」


「さもありなん、といったところですか。この辺りはおおよそ彼の御方の土地。文字通りのお膝元ですものね」


「ゆくゆくは御岩様にお任せしたいと仰せなのだがな」


「随分あちこちの土地をほかの神にお任せになるようですが。御方はどういうおつもりなのでしょう。と、いっても。私のようなちっぽけな毛玉には、計り知れないお考えがあるのでしょうね」


「我らのような短命のモノには計り知れんよ。それこそ、御岩様やお焚き火様のような方々でもない限り、な」


 狼とキツネの話を聞くとはなしに聞きながら、岩は道の普請について考えていた。

 人間という動物は、実にせわしない。

 木を伐り、土地の形を変え、別の土地から持ってきた植物を植える。

 周りの環境を自分達の都合がいいように作り変えていく。

 他にもいくらかそういった生き物はいるが、人間は驚くほどその力に長けている。

 それが、良いことなのか。

 あるいは、悪いことであるのか。

 時折、他の人ならざるものと話すことがある。

 良いというものもあれば、悪いというものもいた。

 時が経たねば判断がつかぬ、というものもいる。

 考え方は、それぞれに違う。

 では、岩はどう思っているのかと言えば。

 思うことなどは、特にはなかった。

 あるようにある。

 ただ、それだけ。

 岩にとっては、人間も刻々と移ろいゆくものの一つなのだ。

 それに、良し悪しなどはない。

 土や、水や、風と同じなのである。


「かき、おっちゃまに、おそなえするです」


 娘が、そんなことを口にした。

 寝ぼけているのだろう。

 一体どんな夢を見ているのか。

 岩は今まで、生き物に興味を持ったことがほとんどなかった。

 まして、一個体がどんな夢を見ているかといった関心を持つことなど、ありえなかったことである。

 それがどうだろう。

 いまは、膝の上で丸くなっている娘が、どんな夢を見ているのか。

 わずかなりとも、気になっている。

 己もまた、移ろいゆく。

 あるようにある。

 ただ、それだけ。

 そうではあるのだが、岩は己のうちに、僅かに別のものを感じた。

 今まで覚えたことのない、奇妙な感覚である。

 あるいはこれは、人で言うところの、楽しみ、というものなのだろうか。

 移ろいゆく己に、楽しみを感じているのかもしれない。

 なに、すぐに答えを出す必要ないだろう。

 移ろいゆくものの中で、それもまた分かってくるであろうことである。


「お供えするといっている割には、やたらと口が動いているな」


「やはり、自分で食べているのでしょう。全く、食い意地の張った巫女殿です」


 狼とキツネが、声をあげて笑う。


「ほれ、御岩殿も笑っておられる。まったく、面白い娘だな、おみよ殿は」


 どうやら岩も、笑っていたらしい。

 己のことではあるが、言われるまで岩は全く気が付いていなかった。

 やはり己もまた、移ろいゆくのだ。

 それもまた、理である。

 良くも、悪くもない。

 ただ。

 岩はあえて、顔を笑顔というような形に変えてみた。

 また、奇妙な感覚が、岩の内で揺らいだ。

 これは、何なのか。

 急ぐことはない。

 ゆるりと見守ってゆけば、良いのである。




 翌日はよく晴れ、無事に目的の場所へとたどり着いた。

 道を普請するのには、問題はないだろう。

 近く、村長や主だった者同士での、話し合いがもたれることになる。

 普請にかかる負担の分担などについて、相談するのだ。

 恐らく、そう問題は起きないだろう。

 どちらにとっても、道は必要なものなのだ。

 普請は、田畑の世話が忙しくない時期を待って行われる事になる。

 大掛かりなことであるから、ずいぶん時間も手間もかかるだろう。

 娘が巫女としての役割を果たさねばならぬ場面も、訪れるかもしれない。




現代 某所


「御岩様って、バーベキュー好きですよねぇ」


「焚き火っていいじゃない? 見てると落ち着くっていうか、なごむーっていうか」


「あー、ありますね、確かに。そういうの」


「でしょう? 日頃忙しくしてるミヨちゃんにとっても、こういうのは大切だと思うわけよ」


「んー、なんかこういうのがあると、何かあるんじゃないかって気になりますけど」


「あら? 案外鋭い? 実はさ、ちょーっと頼まれごとされちゃって。ちょっと、行ってきてほしいところがあるんだよね」


「やっぱり」


「だーいじょーぶ、だーいじょーぶ! 大したことじゃないから!」


「どうせまた、妖怪が出たー、とか何でしょう」


「違う違う! 今回は違うって」


「じゃあ、なんなんです?」


「吸血鬼」


「きゅ、って、そんなのホントにいるんですか!?」


「妖怪がいるぐらいだもん、海外にだって似たようなのはいるよ。まあ、外来種ってやつ?」


「ヤですよ、そんなの! 絶対危ないし!」


「だーじょぶだってぇー。ヤマネ一族の子もついていくし」


「そりゃ、まぁ、ソウタさんはたのもしいですけど」


「それにほら。行先って、東京だよ?」


「マジですか?」


「美味しいものたくさん食べられるし。費用は相手方持ちだからさ」


「タピオカミルクティー飲めます?」


「そりゃもう。キャッサバ芋ごといけるよ。焼き肉もつけちゃう」


「ホントですね!? 絶対ですよ! 神様が嘘ついたら絶対にダメなんですからね!?」


「わかってるってば。任せなさいって。いやぁー、代々君んところは食べ物に弱いねぇー」


「なんか言いました?」


「全然、全然。ほらほら、お肉焼けてるよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ