焚火
胡坐をかいた岩の足の上に、娘が丸くなって眠っている。
辺りはすっかり暗くなっていた。
空には雲もなく、満天の星が瞬いている。
獣除けの焚き火を囲み、岩、キツネ、狼が座っていた。
深い森の中で、周りは木々で囲まれ、見通しが悪い。
少し開けた場所であり、火も焚きやすいのだが、かえってこういう場所は危険なこともある。
襲う側からすれば、身を隠したまま近づくこともたやすい。
それを避けるために、キツネと狼は寝ずの番をすることになっていた。
もっとも、これは念のためのことであり、実際にはほとんど意味はない。
岩が周囲を警戒し、守っているからだ。
寝ることも、休むことも必要とせず、疲れることもない。
事、守るということに関して、岩を凌ぐものはいないだろう。
「気持ちよさそうに寝ておられるなぁ、おみよ殿は」
「御岩様がそばにいらっしゃるので、安心しているのでしょう」
娘にとって、岩の膝の上はどこより安全な場所である。
同時に、最も安心できる場所でもあった。
娘は丸くなったまま、何かを噛むように口を動かしている。
夢の中で、何かを食べているようだ。
「そういえば、狼殿。道を普請する先の村には、神社などはあるのですか?」
「祠などはあるが、きちんとしたものはないな。祀られているのは、オオアシノトコヨミ様よ」
「さもありなん、といったところですか。この辺りはおおよそ彼の御方の土地。文字通りのお膝元ですものね」
「ゆくゆくは御岩様にお任せしたいと仰せなのだがな」
「随分あちこちの土地をほかの神にお任せになるようですが。御方はどういうおつもりなのでしょう。と、いっても。私のようなちっぽけな毛玉には、計り知れないお考えがあるのでしょうね」
「我らのような短命のモノには計り知れんよ。それこそ、御岩様やお焚き火様のような方々でもない限り、な」
狼とキツネの話を聞くとはなしに聞きながら、岩は道の普請について考えていた。
人間という動物は、実にせわしない。
木を伐り、土地の形を変え、別の土地から持ってきた植物を植える。
周りの環境を自分達の都合がいいように作り変えていく。
他にもいくらかそういった生き物はいるが、人間は驚くほどその力に長けている。
それが、良いことなのか。
あるいは、悪いことであるのか。
時折、他の人ならざるものと話すことがある。
良いというものもあれば、悪いというものもいた。
時が経たねば判断がつかぬ、というものもいる。
考え方は、それぞれに違う。
では、岩はどう思っているのかと言えば。
思うことなどは、特にはなかった。
あるようにある。
ただ、それだけ。
岩にとっては、人間も刻々と移ろいゆくものの一つなのだ。
それに、良し悪しなどはない。
土や、水や、風と同じなのである。
「かき、おっちゃまに、おそなえするです」
娘が、そんなことを口にした。
寝ぼけているのだろう。
一体どんな夢を見ているのか。
岩は今まで、生き物に興味を持ったことがほとんどなかった。
まして、一個体がどんな夢を見ているかといった関心を持つことなど、ありえなかったことである。
それがどうだろう。
いまは、膝の上で丸くなっている娘が、どんな夢を見ているのか。
わずかなりとも、気になっている。
己もまた、移ろいゆく。
あるようにある。
ただ、それだけ。
そうではあるのだが、岩は己のうちに、僅かに別のものを感じた。
今まで覚えたことのない、奇妙な感覚である。
あるいはこれは、人で言うところの、楽しみ、というものなのだろうか。
移ろいゆく己に、楽しみを感じているのかもしれない。
なに、すぐに答えを出す必要ないだろう。
移ろいゆくものの中で、それもまた分かってくるであろうことである。
「お供えするといっている割には、やたらと口が動いているな」
「やはり、自分で食べているのでしょう。全く、食い意地の張った巫女殿です」
狼とキツネが、声をあげて笑う。
「ほれ、御岩殿も笑っておられる。まったく、面白い娘だな、おみよ殿は」
どうやら岩も、笑っていたらしい。
己のことではあるが、言われるまで岩は全く気が付いていなかった。
やはり己もまた、移ろいゆくのだ。
それもまた、理である。
良くも、悪くもない。
ただ。
岩はあえて、顔を笑顔というような形に変えてみた。
また、奇妙な感覚が、岩の内で揺らいだ。
これは、何なのか。
急ぐことはない。
ゆるりと見守ってゆけば、良いのである。
翌日はよく晴れ、無事に目的の場所へとたどり着いた。
道を普請するのには、問題はないだろう。
近く、村長や主だった者同士での、話し合いがもたれることになる。
普請にかかる負担の分担などについて、相談するのだ。
恐らく、そう問題は起きないだろう。
どちらにとっても、道は必要なものなのだ。
普請は、田畑の世話が忙しくない時期を待って行われる事になる。
大掛かりなことであるから、ずいぶん時間も手間もかかるだろう。
娘が巫女としての役割を果たさねばならぬ場面も、訪れるかもしれない。
現代 某所
「御岩様って、バーベキュー好きですよねぇ」
「焚き火っていいじゃない? 見てると落ち着くっていうか、なごむーっていうか」
「あー、ありますね、確かに。そういうの」
「でしょう? 日頃忙しくしてるミヨちゃんにとっても、こういうのは大切だと思うわけよ」
「んー、なんかこういうのがあると、何かあるんじゃないかって気になりますけど」
「あら? 案外鋭い? 実はさ、ちょーっと頼まれごとされちゃって。ちょっと、行ってきてほしいところがあるんだよね」
「やっぱり」
「だーいじょーぶ、だーいじょーぶ! 大したことじゃないから!」
「どうせまた、妖怪が出たー、とか何でしょう」
「違う違う! 今回は違うって」
「じゃあ、なんなんです?」
「吸血鬼」
「きゅ、って、そんなのホントにいるんですか!?」
「妖怪がいるぐらいだもん、海外にだって似たようなのはいるよ。まあ、外来種ってやつ?」
「ヤですよ、そんなの! 絶対危ないし!」
「だーじょぶだってぇー。ヤマネ一族の子もついていくし」
「そりゃ、まぁ、ソウタさんはたのもしいですけど」
「それにほら。行先って、東京だよ?」
「マジですか?」
「美味しいものたくさん食べられるし。費用は相手方持ちだからさ」
「タピオカミルクティー飲めます?」
「そりゃもう。キャッサバ芋ごといけるよ。焼き肉もつけちゃう」
「ホントですね!? 絶対ですよ! 神様が嘘ついたら絶対にダメなんですからね!?」
「わかってるってば。任せなさいって。いやぁー、代々君んところは食べ物に弱いねぇー」
「なんか言いました?」
「全然、全然。ほらほら、お肉焼けてるよ」




