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岩な神様  作者: アマラ
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 村人達に見送られ、娘は意気揚々と歩き出した。

 その後ろを、三人の侍が付いていく。

 侍の姿に変化した、神使達である。

 いかにも偉丈夫と言った体躯の侍は、オオアシノトコヨミの神使である狼。

 細面の美人といったふうな侍は、赤鞘神社に住まうキツネ。

 元服したばかりといった年恰好の美少年侍は、ヤマネであった。


「人に化けられるようになったのはよいが、何故そんなちんちくりんな姿なのかな?」


 もう少し年かさのある姿の方が、便利であろう。

 狼の問いは、そういった意味合いのものだ。

 答えたのはヤマネではなく、キツネであった。


「忘れていたが、コヤツまだほんの弱輩なのだ。そのまま人の姿に変ずると、こうなるのさ」


 そういえば忘れていたと、狼は納得した。

 神使というのは、おおよそ歳経たものが多い。

 だが、ヤマネは妖怪になってからすら日が浅く、神使になったのはほんの少し前である。

 人へ変ずる術を覚えたのに至っては、数日前のことだ。

 変化し慣れていないものが別のものに化けると、醜美はあまり変化しない傾向にあった。

 つまり、美しいキツネが人に化ければ、美しい人になる。

 醜いキツネが人に化ければ、醜い人になる。

 ヤマネが美少年侍になったということは、ヤマネはヤマネとしても年若く美しい、ということになる。


「意外といえば意外だが。まぁ、生き物の見た目というのは不思議なものだからなぁ」


「永い年月を経た狼殿でもそう思われるか」


「永い年月を経たればこそ、改めてそう思うのだとも」


 娘の後ろを歩きながら、狼は大声で笑った。


 意気揚々と歩く娘が向かうのは、道を普請する候補地である。

 娘は伝手で仕事を頼まれたという触れ込みの侍三人を引き連れ、検分へと向かっているのだ。

 三人の侍は、赤鞘神社の巫女であるタヌキから紹介されたことになっていた。

 実際に、村の衆に巫女に化けたタヌキが紹介している。

 祭りの手伝いなどで度々村を訪れているタヌキは、村人達の信頼も厚い。

 その紹介であれば安心と、娘は特に止められることもなく送り出された。

 何より、村人達の目には見えないが、娘の近くには岩がいる。

 今も、岩は娘の隣にいた。

 機嫌よく両腕を振っている娘の横で、どこか機嫌よさそうに歩いている。


「いや、御岩殿も随分柔らかくなられた。以前は何を考えているか全くわからなかったものだが」


「今もわからないのでは?」


「ご機嫌がよろしく見えるではないか」


 確かに、キツネから見て今の岩は機嫌よさげに見えた。

 今までほとんど表情の無かった岩であったが、最近は時折感情のようなものが顔に出ることがある。


「ですが、御岩様がああいったお顔を見せるのは、巫女様だけでございますぞ」


 ヤマネの言う通りである。

 だが、狼はそれでよいと笑った。


「今はそうかもしれん。しかし、将来もそうだとは限らん。いつか、御岩様が多くのものの前で、声をあげて笑うようになるかもしれん」


「そんな時が来ますかどうか」


 首をかしげるヤマネに、狼は声をあげて笑う。




 枝木を分け入り、木々を縫い、山に分け入る。

 狼が先頭を歩き、その後ろにはヤマネ。

 それから、娘、キツネと続いた。

 岩は、娘の横について歩いている。

 実体のない岩にとって、草木や足場の悪さは枷にならない。

 娘のことを見守りながら、進んでいく。

 山歩きになれた娘は、勢いよく歩いていた。

 ほかの足手まといになることもなく、むしろ、人の身体に慣れぬヤマネが足を引っ張っている。


「あ、あの! そろそろ、人目も無くなりましたゆえ! 元の姿になっても、よかろうかとおもうのですが!」


「駄目だ。いい機会だから、人の身体で動くのに慣れろ」


 ヤマネの悲鳴を、キツネは跳ねのける。

 人に化けることができるようになって数日のヤマネには、まだ山歩きはきついだろう。


「よいか、コダマネズミ。術を扱うようになるうえで最も必要なのは、妖力をうまく扱うことでも、呪文をうまく唱えることでもない」


「はぁ。では、何なのでございますか?」


「気合と根性だ」


 そんな殺生な、とヤマネは悲鳴を上げる。

 しかし、それはあながち間違いではないと狼は笑った。


「気というのは存外、心持に左右されるものよ。いくら妖力を練るのがうまく、呪文がうまく、使い慣れた術であろうとも、心が弱っておるときはまともに働かん」


「その通り。いくら技を磨こうが、術とはつまり気合と根性。こればかりはどうしたところで揺るがない」


 キツネは、わかったら動けとばかりにヤマネの尻を刀の鞘で突く。

 これはたまらないと、ヤマネは娘に泣きついた。


「巫女様! ヤマネの姿の方が素早く動けます故、きっと巫女様のお役に立てますぞ! なんとか方々を説得してください!」


「え? おらですか?」


 気持ちよく歩いていた娘は、首を傾げる。

 だが、助け舟は出されなかった。

 キツネの方が一枚上手だったのだ。


「コダマネズミが人への変化に慣れれば、働き手が増えましょう。それでいて飯の量はネズミそのものなのですから、もらいは増えるというもの」


「やまね、がんばるです!」


 食い物が絡んだ以上、敗色は濃厚。

 これを覆そうと思えば、別の食べ物を出すしかない。

 疲労困憊のヤマネはなにも思いつくことができず、諦める。


「そっかぁー。やまねがしごとできれば、おらのくいぶんが、ふえるですか」


「まあ、何をするにしても優秀であることはよいことだ。才覚一つで一国一城、などという時代らしいからな」


「はっはっは! キツネ殿も剛毅だな! なるほど、ヤマネが一国一城か! それもまた面白そうだ!」


 自分の事ではないと思って、何をのんきな。

 抗議をしようかと考えるヤマネだったが、その気力もわいてこない。

 項垂れるヤマネにちらりと目を向け、岩が空を指さした。


「そろそろ、日が沈む。この先に開けた場所があるから、そこで火を焚く。飯も作る」


「うわぁーい! めしです!」


 娘はもろ手を挙げて喜んだ。

 ヤマネも喜びたかったが、残念ながらその気力がなかった。


 それにしても。

 よもや、御岩様は自分のことをわずかでも気遣ってくださったのだろうか。

 だとすれば。

 なるほど、御岩様は将来変わって行かれるのやもしれない。


 飛び跳ねるように歩く娘の後を追い、ヤマネは足を引きずるようにして歩いた。




現代 御岩神社境内 某所


「あっはっはっは!! あー、あー、ヤバい、作業しなくちゃいけないのに」


「あの、御岩様。そろそろお支度をしないと、オカイコ様とお焚き火様がいらっしゃいますが」


「もうそんな時間? あ、ホントだ。え、食べ物とかお酒とか用意できてる?」


「はい、うちの会社でケータリングと酒はご用意してございますので」


「みよちゃんも料理作ってくれてるんだっけ?」


「勿論です。この宴で巫女様がお料理をお作りになるというのは、伝統でございますからな」


「あの子は食べるの専門だったけどねぇ」


「どうか、なさいましたか?」


「いいのいいの、独り言だから。お孫さん、お料理手伝ってるんだっけ?」


「もちろんでございます。経済面や神事のお手伝い。巫女様の一切をお助けするのが我らヤマネ一族郎党の役目にございますので」


「お金持ちだもんねぇ、ヤマネんとこ。さて、そろそろお迎えに行こうか。赤鞘さんがいなくなっちゃって寂しいけど、こればっかりはねぇ」


「寂しくございますな。実に気持ちの良い御方でございました。結局レースゲームの勝負では勝ち逃げされてしまいました」


「僕もカードゲームでは負けっぱなしだったなぁ。妙に強いんだよね、彼。おっと、そろそろ行こうか」


「はっ! お供いたします!」

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[一言] ありゃ?赤鞘様老朽化でお亡くなりに?
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