表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
岩な神様  作者: アマラ
21/27

 深い、深い山の中。

 ただでさえ危険なその場所は、夜ともなればさらに輪をかけて恐ろしい場所になる。

 狼や熊といった獣。

 それだけでなく、この世ならざるものや、妖怪変化。

 化生物の怪の類が徘徊するそこは、人知の及ばぬ世界である。

 そのような場所に足を踏み入れるには、相応の準備が必要だった。

 何より必要なのは、知識と経験の豊富な、先達であるだろう。

 例えば、歳経た狼の神使などは、最適といって良い。


 事情を聴かされたオオアシノトコヨミの神使である狼は、頼みを快諾してくれた。


「その程度でしたら、構いませんぞ。お手伝いいたそう」


「うぁーい! あかげさま、ありがとーです!」


「なぁに、お安い御用だ。しかし、そうなるともう一人二人いたほうが良いかもしれんな」


「もー、ひとりふたり?」


「そう。山の中というのは危険だからな。一人より二人の方が、村人も安心するだろう。しかし、そうなるとその武芸者の身元がはっきりせんと恐れられるか」


 多くの農民にとって、武芸者というのは恐ろしい存在だ。

 突然現れた身元確かでないものならば、猶のこと。

 そこに、ヤマネが妙案アリと前へ出た。


「それでしたら、タヌキ様にもお願いする、というのはいかがでございましょうや!」


「タヌキ? ああ、赤鞘様のところ」


「タヌキ様に、お知り合いの武芸者として紹介していただくのです!」


「なるほど。タヌキ殿は巫女として何度か村に来ているからな。その伝手、ということにするわけか」


「その通りでございます! それに、タヌキ様であれば、武芸者様もご紹介いただけます! まさに一石二鳥でございますとも!」


「武芸者? はて、そんなものがいたかな?」


「キツネ様でございます! 変化の術が達者なキツネ様ならば、武芸者になることなどお茶の子さいさい!」


 なるほど、件のキツネは変化術にも長けている。

 姿を変えることなど容易いことだろう。

 だが、問題もある。


「あのキツネ殿がそう簡単に手伝ってくれるかな。私がいうのもなんだが、相当にひねくれものだぞ」


「キツネ様にお願いしても、きっと嫌だとおっしゃれられるでしょう! あの方のご気性はよく存じてございます!」


 ヤマネは、キツネとタヌキから妖術を伝授されている。

 彼の二匹はヤマネにとって師匠のような存在だ。

 気性や性質については、良く心得ている。


「直接お頼みすれば、断られましょう! されど、赤鞘様にお願いすればいかがでしょうか!」


「その手があるか。将を射んとする者はまず馬を射よ、といったところかな」


 キツネに直接頼めば、断られるだろう。

 だが、土地神を介せば、そうもいくまい。


「キツネ様はああ見えて、赤鞘様の仰ることだけはお聞きになられますからな!」


「いや、実に良い策だ。ヤマネはなかなかの軍師よな」


 狼は心底感心していた。

 少し前まで、狼を前にしただけで怯えていたのが、随分な成長だ。

 力が増したことで、自信が付いたのか。

 それとも、狼を前にしても怯まぬ胆力を身に着けたのか。

 あるいは、その両方であるかもしれない。

 なんにしても、御岩神社の神使であるヤマネが逞しくなるのは、好ましいことである。


「よし。では、赤鞘様のところにこれから連れて行こう。ヤマネの足では時間がかかろうからな」


「へ? いえ、術を使いお願いすればよろしいのでは?」


「それでも良いだろうが、やはり直接会った方が話が早い。御岩殿、いかがでしょうか」


「そう思う。アカゲ殿、よろしく頼む」


 予想だにしない事態に、ヤマネは慌てた。

 直接頼みに行くのは良いが、もしタヌキやキツネに見つかれば、面倒なことになる。

 姑息な手段を使っただのと詰られ、ヤマネは恐ろしい目に合うことになるだろう。


「お、お待ちくださいアカゲ様! このヤマネ、まだ御岩様の神使というわけではございません! 巫女様の手下、ただの妖怪変化でございますれば、赤鞘様の御前に立つなど恐れ多い!」


「そういっておるが、いかがしますか御岩殿」


「以前から使いとしていると思ったが。ならば、今より使いということでよい」


「そんな適当な! 御使いというのはもっとこう、格式のあるものでございまして!」


「では、いくか。なぁに、一刻もかからず行き来できるとも」


「きねず、いってらっしゃーい」


「そんな巫女様、ご無体な!」


 ヤマネは赤毛に咥えられ、赤鞘という名の土地神の元へと向かった。

 巫女の手下である妖怪変化ではなく、御使いとなったヤマネが、初めて任された大任である。

 当のヤマネが好むと好まざるとにかかわらず、後々まで語られることになる出来事であった。




 ヤマネの心配とは異なり、赤鞘の社にタヌキとキツネは居なかった。

 ちょうど別の場所へ赴いており、留守をしているという。


「いやぁ、せっかく来ていただいたのにお茶もお出しできませんで! 湯呑ってどこにあったんでしたっけねぇ? こういうのいっつもタヌキさんに任せてたもんで、あっはっはっは!」


 接してみれば驚くほど腰の低い土地神ではあるが、ヤマネは侮る気持ちにはならない。

 赤鞘という神は、岩に土地神としての手ほどきをしていた。

 言ってみれば、仕える神の師にあたる。

 侮ろうなどという気に成るはずもない。


「赤鞘様、実はお願いの儀がございまして!」


「ああ、はいはい。なんでしょう?」


 ヤマネはおおよそのことを説明し、赤鞘に助力を願った。

 事情を聴いた赤鞘は、胸を叩いて請け負う。


「そういうことでしたら、あの二人に頼んでみますよ。たぶん、手伝ってくれると思いますよ」


「有難うございます! 御岩様と巫女様も、喜ぶ事と思います!」


 ヤマネは、ホッと胸を撫でおろした。

 この分ならば、タヌキやキツネが戻ってくるまでには、岩の社に戻ることができる。

 姑息な手段をとったと、責められることもあるまい。

 後々何か言われるかもしれないが、それはそれ。

 道の普請場所を検分する忙しさで、うやむやになるはず。

 そんなヤマネの算段は、もろくも崩れさることになる。


「そういえばヤマネさん、人の姿に変じられないんです?」


「はっ! その類の妖術は、身に着けておりませんもので!」


「あー、そうなんですかぁー。できるようになるといろいろ便利なんでしょうけどねぇー」


「御岩様のお役に立てることも多くなるかと存じますが、なかなか術を身に着けるというのは難しくございまして!」


「あ、そうだ。タヌキさんとあの性悪は、そういうの得意なんですよね、たしか。せっかくこちらにいらしたんですから、練習していかれてはいかがです?」


「へ? あ、いえ! と、申しますと?」


「普請場所の検分には、まだ日もあるでしょうからね。それまでにヤマネさんも人に化けられるようになれば、いろいろ便利じゃありませんか」


「はっ! いや、しかしその」


 無論、申し出は断りたい。

 しかしながら、赤鞘の申し出を断ってよいものなのか。

 短い葛藤の末、ヤマネは何とか答えをひねり出した。


「ご厚意、有り難くお受けいたします!」


「では、決まりということで! 御岩さんには、私の方から伝えておきますね! ああ、そうだ。お客さん用のお布団干しておかないといけませんねぇー」


 余計な策など弄さないほうが良い。

 永く子孫に語り継がれる言葉を、ヤマネはこの時に噛み締めたのである。




現代 某高校 某教室


「ねぇ、ミヨって山根先輩と幼馴染なんでしょ?」


「え? そうだけど」


「はぁ、いいなぁ。スポーツもできるし、成績もいいし。何より顔がいいし」


「いや、顔はどうにでもなるから」


「どうにでもならないよ、生まれ持ってのモノじゃん」


「生まれ持っての顔だったら、まぁ、可愛い系?」


「どういう目してるのこの娘は。どう見てもかっこいい系じゃん。王子様っていうか、王様っていうか?」


「どっちかっていうと手りゅう弾みたいなところはあると思うけど」


「何それ。意外とワイルドな一面もあるってこと?」


「野性的ではあるかな」


「いやぁー! それはそれであり!」


「もう何でもいいんじゃん」


「先輩、どこかの部活に入らないのかなぁ。すぐに試合とか出られそうなのに」


「忙しいから無理なんじゃない?」


「めんどくさいからって帰宅部のミヨとは違うってことね」


「私も案外忙しいんだよ?」


「なんで」


「え? なんだろう。妖怪退治とか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ