歩
道を普請する場所を選定することになった岩であったが、いくつか問題があった。
その一つが、岩が人間のことをあまりよく理解していない、というものである。
普請する道というのは、当然人間が使うためのそれのことだ。
人間が歩きやすく、使い勝手のいいものである必要がある。
だが、岩にはどうにも、人間の歩きやすい場所、というのが分からなかった。
娘との問答で理解したつもりになっていたのだが、聊かずれているらしい。
どうしたものかと悩む岩と娘に、ヤマネが案を出した。
「百聞は一見に如かず、と申しまして。村の人々の営みを垣間見て、様子を探るというのはいかがでございましょうか!」
「やまね、あたまいーです!」
娘がこれに飛びつき、ならば、と岩も了承をした。
千里の道も、観察から。
岩と娘、ヤマネは、早速村へと降りて行った。
一人の男が、牛を引きながらあぜ道を歩いている。
男は牛飼いで、荷物運びの仕事を終えたところであった。
牛飼いといっても、牛を飼うことだけを生業にしているわけでは無い。
畑仕事などもしており、牛も飼っている百姓、というのが正確だろうか。
仕事を終えた牛をねぎらいながら歩ていると、道のわきに子供がうずくまっているのが見える。
何事かと思って目を凝らすと、巫女の娘であった。
牛飼いの男は、ほっと安心の笑顔を作る。
普通の子供であればどうしたのかと心配するところだが、娘は別だ。
いつも奇妙なことをしているので、今更このぐらいでは驚かない。
近づいてみると、あぜ道のわきにうずくまり、畑仕事をしている大人達を見ているようだった。
頭の上に乗せたヤマネも、じっとそちらを見ているようだ。
「どうした、おみよ坊。何見てるんだ?」
「にんげんかんさつです!」
「はぁ? なんでまた?」
「みちの、ふしんのためです!」
道を普請するのに、その場所を御岩様に選定していただくという話は、村中のものが知っていた。
だが、岩はあまり人間のことをよくわかっていない。
どんな場所なら道にふさわしいか理解してもらうため、こうして人の様子を観察しているのだ。
そう説明された男は、感心の声を上げた。
「それは、しっかり見てもらわねばな」
「そーです! おっちゃま、しっかりみるです!」
娘があらぬ方を向いて、大声を上げた。
目には見えないが、おそらくそこに御岩様が立っているのだろう。
そう判じた男は、手を合わせて拝んだ。
「なら、おみよ坊。牛も歩きやすいようにして下さいって、お伝えしておいてくれ。その方がたくさん荷物が運べるからな」
「うしがあるけるほーが、いーですか?」
「そりゃそうだ。人間が背負って運ぶより、牛や馬で運べる方が楽だからなぁ。それに、たくさん荷物も運べる」
「たくさんはこべたほーが、いーですか?」
「そうすれば、色々なところからものが持ってこられるからな。旨いものもたくさん持ってこられるぞ」
牛や馬でものを運ぶことができるような道であれば、何をするにも大いに助かる。
例として食べ物のことを上げたのは、娘の食い意地の悪さは村で有名だったからだ。
少しでもやる気が出ればと思っての男の言葉に、娘は大いに発奮した。
「おら、ぜってぇーいいばしょ、みつけるです!!」
いうや、娘は頭にヤマネを載せたまま走り去っていった。
どこに行くのかと思ったが、一直線に御岩様の社を目指しているらしい。
「気を付けて行けよー!」
男は呆れながら、その背中を見送った。
必要とあらば、どうにかしてその方法を導き出すのが人間という生き物であるらしい。
食べ物が関わったことで、常にないひらめきが娘に生まれた。
娘が用意したのは、背負子の付いた竹籠だ。
その中に、娘が両手で抱えるような大きさの石を入れる。
不思議そうに首をかしげるヤマネに、娘は自分の思い付きを説明した。
「これをせおって、やまみちをあるくです。おもいにもつをせおって、おらがあるけたら、そこはいーみちです」
「なるほど。実際に歩いてみようということですか!」
普段の娘はすばしこく、悪路であっても気にせず駆け巡る。
だが、重い荷物を背負っていれば、そうはいかない。
「それに、りょーてをついたらいけねぇー、ってじょーけんもつけます!」
四つん這いになって歩くような場所は、悪路である。
ということらしい。
娘が重い荷物を背負い、手を突かずに歩くことができる場所。
これだけの条件が付けば、確かに道の普請場所として悪くないかもしれない。
だが、これに岩が難色を示した。
「危なくはないか。転べば怪我をする」
「おらがころばねぇーよーなところを、おっちゃまがみつけるです」
強い意志の籠った視線に、岩は娘がけっして譲らないであろうと悟った。
ならば、娘が怪我をしないような場所を、探すしかない。
幸いなことに、岩は娘の事ならば、よく見ていた。
おおよそこの程度ならば大丈夫であろう、という場所は、選ぶことができる。
「わかった。やってみよう」
「そーとなったら、すぐにいくです!」
「待ってください、巫女様!」
今にも走り出しそうな娘を、血相を変えたヤマネが止める。
「今日はもう遅いですよ! すぐに日が落ちますよ!」
「おっちゃまがいれば、だいじょーぶです!」
確かに、岩がいれば危険はないだろう。
だが、娘の両親は心配するはずだ。
今にも飛出さん娘を何とか説得しようと、ヤマネは知恵を絞る。
方法は、すぐに思いついた。
「後日改めて、弁当を持っていきましょう! 今日行けば、夕飯も食べ損ねますし」
「なら、しかたねぇーです。またこんど、じゅんびしていくです」
渋々といった様子で、娘は背負っていた竹籠を下ろす。
ヤマネも少しずつ、娘の扱い方を覚えてきているのであった。
・市内高校 新聞部記事 一部抜粋
神輿で街中を練り歩く、というのはよくある。
御岩神社の神事の中には、これとは別に少し変わったものがある。
背負子に石を入れ、道を歩くというものだ。
旧街道を、御岩神社から〇〇市の〇〇神社まで歩くのである。
神主さんに聞いたところによると、かなり古くからおこなわれていた神事だという。
昔、道を作るため、巫女が御岩様の分身である石を背負い、山道を隣町まで歩いた。
巫女が問題なく歩ける場所を選び、そこを道としたのだそうだ。
これが、今の国道〇号線。
旧〇〇街道であり、私達地元民にとってなじみ深い言い方をすれば、「御岩道」の原型なのだという。
この「御岩道」は一つだけではなく、市内にいくつか残っている。
当時の御岩神社を中心とした村からほかの村へ行くための道、そのほとんどが「御岩道」だったのだそうだ。
巫女と神様が選んだ道と聞くと、中々に神話的な香りを感じる。
ちなみに、この「御岩道」には、我々〇〇高校の生徒全員がお世話になっている。
校門の前にある道が、なんと「御岩道」の一つなのだそうだ。
遠い昔には、私達の通学路を、石を背負った巫女さんが歩いたのかもしれない。
そんな風に考えると、学校の行きかえりも少し違って感じるようになる。
か、どうかは、人によって異なるだろうか。
ただ、一つだけ昔の巫女さんに言いたいことがある。
もうちょっとなだらかな道を選んでもよかったのではないだろうか?
石を抱えて学校の前にある心臓破りの坂を上るとか、少々足腰が強すぎる気がする。
あるいは、現代人が軟弱になったということなのかもしれないが。




