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岩な神様  作者: アマラ
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 土地神の仕事の一つは、妖、妖怪、化生の類から土地に住むものを守ることである。

 とはいえ、土地神一柱で、土地の中全てを守ることは難しい。

 巫女や御使いなどそば近くに仕えるモノは、その仕事を補佐する役割も担っていた。

 岩のそば近く仕えるモノと言えば、娘とヤマネである。

 今はまだ、舞を披露したり、土地神の言葉を民に伝えたりすることが、彼らの仕事の大半だ。

 しかし、村が発展し大きくなっていけば、それだけでは立ち行かなくなっていく。

 人や人里を狙う妖は少なくない。

 いずれは娘もヤマネも、そういった者達から民を守る仕事を担わねばならなくなるだろう。

 そうなる前に、役目に耐えうるだけの力をつけさせなければならない。

 様々な術や、体を鍛えること。

 やらねばならないことは幾らでもある。


 いくらでもあるのだが、それらの進みはあまり芳しいものではなかった。

 理由はいくつかある。

 娘が幼過ぎること。

 ヤマネが妖怪としては駆け出しで、力が弱すぎることも、理由に含まれる。

 だが、そういった娘やヤマネ由来のもの以外にも、理由があった。

 岩の心情によるものである。

 妖、妖怪から民を守るということは、時に危険も伴うものであった。

 武器や妖術を使った戦であるわけだから、当然といえば当然といえる。

 岩はそういった危険なものに娘を関わらせることを、あまりよく思っていなかった。

 なるべくであれば、遠ざけて置きたいと、考えていたのだ。

 危険な物事に近づかせず、静かに暮らしていけるのであれば、それが一番良い。

 しかし。

 残念なことに、それがまかりならないのも事実であり。

 そのことは、岩も重々承知していた。

 娘とヤマネにきちんと力をつけさせなければ、いつか後悔することになる。

 それが分かっているからこそ、岩はそのための方策をとることにした。

 と言っても、岩自身が力の使い方を教えることは出来ない。

 扱う力が違い過ぎる、と言うのが理由だ。


 であるから、似たような力を使うものに頼み、鍛えてもらうよう頼むしかない。

 岩が目を付けたのは、近くの土地神に仕える、狸であった。

 力と術の扱いに長けており、教えるのも上手い。

 上手いのだが、術の伝授は中々進んでいなかった。

 先にも記したように、娘が幼過ぎること。

 ヤマネの力がまだまだ弱いというのも、理由ではある。

 そこにもう一つ付け加えて、どちらもあまりやる気が無い、と言うのも、理由であった。

 娘は未だ幼く、力の扱いを覚える必要性がいまいち理解できていない。

 ヤマネはそもそも逃げ隠れする性質で在り、争いごとに向いていない。

 ないない尽くしではあるが、それでも、術と力の扱いを覚えることは不可欠である。


 ともかく、まずはやる気を出させなければならない。

 そのための方策を考えるべく、岩は狸に相談を持ち掛けた。




 岩の話を聞き終えた狸は、思案する様な面持ちを見せた。


「おみよ殿とヤマネ殿のやる気を出させる、ですか。それはなかなか難しいと思われますが。なにより、危機感が無いのだと思われますし」


 危機感と言う言葉に、岩は首を捻った。


「以前に一度、貝の妖に襲われている。それで危機感を抱かぬものであろうか」


「おっしゃりたいことはよくわかりますが、喉元過ぎれば、と言う例えもあります。もう倒してしまった妖では、恐らく怖くもなくなっているものかと」


 まさかと思う岩だったが、いやまてよ、と思い直す。

 娘は時折、驚くほどの楽天家ぶりを見せることがある。

 貝に襲われたそのすぐ後でも、呑気に握り飯を食べていた。

 なるほど、確かに危機感はないと見て良いだろう。


「ならば、ますます難しいか」


「そうですね。目前に分かりやすい危険なものがあればまた別だとは思うのですが。一つ、危険な妖について話して聞かせてみましょうか」


 どのような妖がいるのか、どのように危険なのか、話して聞かせる。

 単純ではあるが、効果のありそうな方法だ。


「子供に妖怪の話をして怖がらせる、と言うのは、昔からある手法ですので」


「怖がらせるのに都合の良い妖怪変化は居るだろうか」


「そうですね。何か恐ろし気なものが良いと思うのですが。一つ、異国の妖の話をしてみましょうか」


 狸は以前から、異国の文化風習にも強い興味を持っていた。

 もちろんそれは、妖などの類にも向けられている。


「大陸の国には、実に恐ろしい妖が多くいるそうです。災厄や疫病を起源にするものが多いのが理由なのかもしれません」


 なるほど、あちらの妖は確かに恐ろしげなものが多い。

 少々恐ろしげ過ぎるほどである。


「少々、刺激が強すぎるやも知れん。もう少し穏やかなモノが良かろう」


「たしかに、おみよ殿には少々早すぎるかもしれませんが。もう少し穏やかな、ですか。難しいですね」


 危機感を持たせるためだというのに、穏やかな妖が良い。

 なかなかに難しい注文である。

 狸は少し考えこんだ。


「中々都合の良い妖は思い浮かびませんね。ここはひとつ、創作してしまうというのはどうでしょう」


 妖を創作するとは、どういうことか。

 狸はその思い付きを、岩に語って聞かせた。




 岩の社の中で、娘は膝を抱えて震えていた。

 寒いわけではない。

 狸が話す妖の恐ろしさに、怯えているのだ。

 いかにも真剣な様子で、狸はその妖について語っている。


「つまりこの妖は、いつの間にか人里に棲み着き、食料を食い荒らしてしまうのです」


「くいもの、みぃーんなくっちまうですか」


「その通りです。少しずつ少しずつ、冬に向けて蓄えたものを食らってゆくのです」


「ひぃいいいいいい!!」


 村は、雪深い場所にある。

 冬の為に蓄えた食料と言うのは、生命線だ。

 それを喰らわれてしまっては、命に関わる。


「この妖は、隠れるのが実に巧みです。普通の人間にはまず見つけることは出来ないでしょう。様々な術を使い身を隠し、家人の気づかぬうちに忍び込み、蓄えを少しずつ食らうのです」


「じゅつ! おら、じゅつおぼえるです!」


「それだけではありません。悪辣なことにこの妖は、美味いものから食らっていくのです。砂糖を使った菓子や干した果物。魚や、もちろん米も」


 岩は、娘がこれほど怯えた顔をしているのを、見たことが無かった。

 以前から食い意地が張っているとは思っていたが、まさかこれほどとは考えていなかったのである。

 もちろん、狸が話している妖は実在しない。

 娘に危機感を持たせるための創作だ。

 あまりおどろおどろしくなく、それでいて恐ろしい妖怪。

 悩みに悩んだ狸が出した答えが、これであった。

 娘の食い意地を利用したわけである。


「そのあやかしは、だいこんもくーですか?」


「もちろんです。漬物にしたものも好みます」


「おらがかくしてる、あめもくうですか?」


「甘いものは大好物です。バリバリと食べてしまいます」


 どうやらこの創作の妖は、とにかく食べることが好きらしい。

 恐ろしいほど食い意地が張っており、どんな食べ物も見逃さず、美味しく食べてしまうのだそうだ。

 すぐ近くに似たようなものが居るな、等と思いながら、岩は何も言わない。

 今回のことは、口の達者なものが行った方が良いので、狸に任せている。

 化かすのは狸の得意分野だ。

 そういったことに疎い岩が余計なことをするより、任せてしまった方が確実だろう。

 事実、娘は順調に危機感を募らせている。


「そんなやつが、このちかくにいるですか!」


「辺り一帯を根城にしているのです。あまりにすばしこく神出鬼没で、神様方も容易に捕まえられません。そうですよね、御岩様」


「うむ」


 何か聞かれても、岩はただ「うむ」とだけ答えればよいと言われている。

 いつもと同じようにうなずいただけなのだが、娘にはそれが重々しいものに見えたらしい。

 ますます青くなり、怯えの色が強くなった。

 少し心配になる岩だったが、娘は一点、力のこもった目を狸に向ける。


「そのあやかしは、どんなすがたですか! あと、なまえも!」


 それまでと変わらぬ顔であったが、岩には狸がニンマリと笑ったように見えた。

 どうやら、娘のやる気を引き出す企みはうまくいったらしい。

 後は、架空の妖怪に姿形を与えてやるだけである。

 どんな姿形にするのか、岩も事前には聞いていなかった。

 狸に考えがあるのだそうで、任せてほしいと言われたのだ。


「良いですか。その妖は狐の姿をしています。実にずる賢く、いえ、賢くはないのですが、悪知恵だけは働くのです。性根はねじ曲がり、それでいて異様なほどに鼻が利き、妖術の扱いだけは少々上手いといった具合です」


「おいしいものも、たくさんくうですか」


「それはもう。意地汚いほどによく食べます。食って寝、食っては寝るのです。黄色い毛より黒の色が多い変わった毛皮なのですが、それが闇に溶けるので、夜に活発に動き回ります」


「よるに、こっそりうめぇーもんくうですか。わるいやつです!」


「そう、悪い奴なのです」


 興奮する娘に、狸は楽しげに語って聞かせる。

 いかにその狐が邪悪で腹黒い狐なのか、どんな外見なのか。

 妙に具体的なその説明を聞き、岩は奇妙なことに気が付いた。

 狸が語っている狐の特徴に、覚えがあったのだ。

 同じ土地神に仕える、狐である。

 元々は悪さをする狐であったのだが、その土地神に懲らしめられた。

 以降、土地神の手伝いをするようになっている。

 狸と狐は、折り合いが悪い。

 顔を合わせれば、互いにいつも憎まれ口を利いている。

 もしや狸は、狐を悪者にしてやろうとしているのではあるまいか。

 そう思った岩であったが、止めることはしなかった。

 話は狸に任せるといったし、この妖はあくまで創作のモノである。

 狐は後で腹を立てるやもしれないが、それだけだろう。

 二匹で憎まれ口をたたき合うことになるだろうし、一つ間違えばケンカになるやもしれないが、いつものことである。


 それよりも肝心なのは、娘がやる気になったことだ。

 娘が励めば、ヤマネも無理やりに付き合わされることだろう。

 何よりのことである。


「おら、ぜったいにすげぇーじゅつをおぼえて、しょうわるきつねをたたきのめしてやるです!」


「そうそう、その意気ですよおみよ殿」


 鼻息を荒くする娘に、狸が拍手を送る。

 その様子を見て、岩は薄く笑みを浮かべた。




・地域資料誌 一部抜粋


 御岩神社周辺の地域では、変わった妖怪の伝承が残っている。

「イイジキキツネ(飯喰狐)」と言う名のその妖怪は、とにかく食べ物を狙う。

 家人が留守のうちに入り込み、片っ端から食料を食べつくしてしまうというのだ。

 宵闇にまぎれて動き回り、只人には見つけることすら出来ない。

 にもかかわらず、姿形はしっかりと語り継がれている。

 黄色と黒で、黒が強い毛皮の狐なのだという。

 さて。

 このイイジキキツネだが、性質や姿形はしっかりと言い伝えられているにもかかわらず、奇妙なことに逸話などは全く残っていない。

 どこでどのような悪さをした、どんなものを食べた、等。

 全くと言っていいほど伝わっていないのである。

 通常であれば、まずどのような被害が出て、それがどんな妖怪の仕業なのだ、と言うように伝承が残ることが多いのだが。

 イイジキキツネは、その悪辣さと性質だけが言い伝えられているのだ。

 むろん、ほかにそういった伝承がない訳ではない。

 しかし、これほど地域に根差した妖怪であるにもかかわらず、実際の被害に関する逸話が無いというのは中々に稀有なことだ。

 最近の調べでは、いくつもの伝承がある「御岩神社の最初の巫女」が関わっているらしいことが分かってきている。

 当時この巫女が、ことあるごとに村人達に「イイジキキツネにだけは気を付けろ」と語って聞かせていたらしいのだ。

 なるほど、雪深い地方のことである。

 食料をかすめ取る妖は恐ろしいに違いない。

 ある専門家は、これを「食料を盗むことを禁ずる戒めの類ではないか」と分析しているのだが、未だ資料が少なく、定かではないという。


 御岩神社の神職には、イイジキキツネについて秘伝のようなものがあるらしい。

 周辺で最大の規模を有する神社には、多くの歴史的資料が残っているということだろう。

 開示を依頼してみたのだが、残念ながら閲覧は許可されなかった。

 筆者はそこに、言い知れぬ歴史的なロマンを感じてならない。

 もしかしたら、イイジキキツネには思いもよらないような物語が隠されているのではないだろうか。

 いつかこの資料が一般公開されることを、筆者は楽しみにしている。

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