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岩な神様  作者: アマラ
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 強い日差しの中、娘は田んぼの近くに座り込んでいた。

 夏の強い日光を避けるため、頭にはほっかむりをしている。

 大事そうに両手で抱えているのは、目の細かな笊だ。

 真剣な面持ちで見つめるのは、水田で青々と育つ稲ではない。

 その足元にある、水面であった。

 じっと動かず見据え続ける娘の横には、岩とヤマネが立っている。

 岩はいつものようにぼんやりと。

 ヤマネは、娘の様子を見て不思議そうに首を捻っていた。


「巫女様。先ほどからなにをなさっておいでなのですか?」


「さかなをさがしてるです!」


「魚。オイラは里に詳しくないのですが、田に魚が居るのですか」


 ヤマネはますます首を捻る。

 娘は田から視線を外し、ヤマネへ振り返った。


「たくさんいるです! どじょー、めだか、ふななんかもいるです!」


「ほほう、田にはそのような魚がおるのですかっ! 私は山の中でも、木の上で暮らしておりましたものでっ! 水辺のものはとんと知りませぬっ!」


「さかなは、だいじなくいものです! どじょーはなべにすればうめぇーですし、ふなもしょうゆでにると、うめぇーです!」


 娘の話を聞き、ヤマネは感心の声を上げる。

 そんな反応を見て、娘は得意げに胸をそらせた。


「きょーは、どじょーをとって、しるものにしてもらうです!」


 言いながら、娘は抱えていた笊を持ち上げた。

 その笊を使って、ドジョウをとるつもりなのだ。


「巫女様、巫女様。ドジョウという魚は、そんなもので捕まえられるのですか?」


「とれるです! どろごと、こー、すくって、あらうです!」


 娘がドジョウをとる動きを再現して見せる。

 それでも首を捻るばかりだったヤマネだが、そうだというように前足を叩いた。


「ややっ! 考えてみれば、オイラほとんど魚というものを見た覚えがありませなんだっ! どう泳いでいるのかも、想像ができませぬっ!」


「いいです! おらがみせてやるです!」


 娘は勢い込んで、田んぼに足を踏み入れた。

 そして、両手で持った笊で、田んぼの泥をすくい上げる。

 笊の底を水面に浸け、手で泥をかき混ぜていく。

 ヤマネが興味深そうに覗き込んでいる間に、泥は洗い流され、細長い体の生き物が笊の中に残った。

 初めてみる生き物を前に、ヤマネは伸びあがって驚く。


「なんとっ! 泥の中に妙な生き物がっ! これはミミズかヘビでしょうかっ!」


「どっちもちげぇーです! これが、どじょーです!」


「これがっ! いや、しかし、巫女様。これを食べるのですか?」


 どうやら、ヤマネの目にはあまり食欲をそそられるものに映らなかったらしい。

 娘はそれを察したのか、憮然とした表情を浮かべる。


「みためはわりぃーですが、うめぇーのです! ね、おっちゃま!」


「私も食べたことは無い」


 岩は岩であり、ものを食べることができない。

 だが、お供え物をされたとき、それを味わうことはできる。

 今までお供えされたものの中に、ドジョウを使った料理は一度もなかった。


「じゃー、おっかぁにいって、おっちゃまにもおそなえしてもらうです!」


 名案だと手を叩く娘に、岩は首を横に振る。


「運ぶのが大変だろう。重いし、途中で転べば怪我もする」


「えー。でも、おっちゃまにもくわせてぇーです」


 娘はむくれながら、何か手はないかと首を捻る。

 ヤマネも同じような姿勢で、考え始めた。

 そして、すぐに妙案を思いついたというように両手を打つ。


「そうだっ! 巫女様のご自宅にある守り石にお供えしてはいかがでしょうっ! あれはお岩様の化身っ! お供えすればお岩様にも伝わりましょうっ!」


 ヤマネの発案に、娘は表情を輝かせる。

 岩も、それならば可能だろうと頷いた。


「やまね、かしこいです! えらいです!」


「いやいや! たまたまですともっ!」


 手を叩いて讃える娘に、ヤマネは照れながら前足で顔を隠した。

 身もだえしているヤマネを他所に、娘は再び笊を構える。


「そーときまったら、たくさんどじょーとるです!」


「そう多く捕らなくとも、私には少しで構わんのだが」


「おっちゃまにおそなえしたあと、おらたちがたべるです! だから、いっぱいいるです!」


 なるほど、と、岩は頷いた。

 小さな体をしているが、娘の食い意地は岩も目を見張るものがある。

 岩を祀る神社の境内にある果樹などは、娘が植えたものであった。

 山遊びなどの目的も、おおよそが食料を探すことが目的だ。

 この村では、まだまだ飢えというものは縁遠いものではない。

 常に食料のことを気にしていなければ、生きていくことは難しかった。

 だが、それにしても娘の食べ物への執着は中々のものと言っていいだろう。

 いつか食料を得ようとして、怪我でもするのではないか。

 最近になり、岩はそういった心配に悩まされていた。


「どじょー、またみつけたです!」


 岩を他所に、娘は泥を掻き分けドジョウを掬っていた。

 腕や頬に泥を跳ねさせながらも、楽し気に動き回っている。


「そうだ! あしたはかわにいって、かわざかなをとるです!」


 村の近くには、大きくはないもののいくつかの川が流れている。

 山間にある川の常で、流れは非常に速い。

 岩が見ているとはいえ、娘が入るには少々危険ではないだろうか。

 魚に気を取られ、流される姿が目に浮かぶようでもある。

 岩は少し考え、首を横に振った。


「川は危ない。田で取れるもので十分だ」


「そーです? じゃー、いろいろさがすです!」


 娘の言葉に、岩は胸を撫で下ろす。

 早速、田んぼの泥をかき回し始める娘に、岩は表情を緩めた。

 無邪気にドジョウを探しながらも、娘は少しだけ残念そうに言う。


「かわにいったら、やまねをなげこもーとおもってたです!」


「ええっ!? なぜ故にっ!?」


「やまねが、ばーんてすると、さかながびっくりしてきをうしなうです! そーすると、かんたんにさかながとれるです!」


 いわゆる、ガチンコ漁の要領で、ヤマネの術を使おうというのだ。

 急流に投げ込まれる自分を想像して、ヤマネは大いに体を震わせる。


「お待ちください、巫女様っ! わたくし、泳ぎはとんと苦手でございましてっ! 溺れてしまいますぅっ!」


「やまね、およげねぇーですか。およげねぇーと、ふべんです! れんしゅーするです! だいじょーぶ! おれがおしえてやるです!」


「ごごご、ご遠慮申し上げますですっ!」


 娘とヤマネのやり取りに、岩は声を上げて笑った。




 現代にも残る風習の一つに、「おそなえもの」と呼ばれるものがある。

 旬のもの、珍しいもの、特別なご馳走などを作ったときは、まず岩の化身である石にお供えする、というものだ。

 一度お供えすることで、土地神である御岩様に喜んでいただく。

 そののち、お下がりとしてご馳走をいただくのである。

 神様にお供えするから、手を抜いたものにするわけにはいかない。

 もちろん、独り占めにするわけにもいかない。

「おそなえもの」は、ご馳走を食べる為や、人が集まるための口実となっているわけだ。


 この風習は御岩神社が創建された頃から伝わるものとされ、れっきとした神事にもなっていた。

 御岩様はご馳走の中でも、特に田で採れた、あるいは獲れたものを好むとされている。

 その理由については、諸説あるのだが、神職や巫女に尋ねると、苦笑ばかりが返ってきた。

 おそらく、神社の神職と巫女に口伝のみで伝わる秘伝があるのだろうと言われているのだが。

 それが一体どんなものなのかは、今日も定かにはされていない。

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