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岩な神様  作者: アマラ
13/27

山葵

 村の近くにある山は、人の手の入っていない深山であった。

 普通ならば、大人でも分けるのが難しい、険しい場所である。

 だが、岩に守られ、神霊に親しんだ娘からして見れば、庭も同然だ。

 草を掻き分け、木の根を乗り越え、倒木を渡る。

 知らぬものが見れば、服を着た猿か何かかと思うだろう。

 娘はそれほどすばしこく、山野の中を駆けていた。

 目指しているのは、山内の沢だ。

 山葵をとりに向かうのである。


「わっさびー、わさびーはー、かれぇーですー」


 調子の外れた歌をうたいながら、娘は両足、両手を駆使して進む。

 ふと、娘は歩みをぴたりと止める。

 まっすぐに向いていた顔をぐるりと巡らせると、真剣な面持ちで耳をそばだてる。

 少し後ろから娘の様子を見ていた岩は、その姿に眉を顰めた。


「何かあったか」


「ネマガリタケのおとがしたです!」


 元気の良い返事を聞き、岩は娘が足を止めた理由がわかった。

 根曲がり竹は、娘が好む山菜の一つだ。

 恐らく、風で葉が揺れる音でも感じ取ったのだろう。

 山で遊んでいる時の娘は、獣に劣らぬほど五感が研ぎ澄まされている。

 気配を探れば、確かに近くに生えているようだ。

 娘は辺りを見回すと、場所の当たりをつけたのだろう。

 迷いのない様子で、脚を進める。

 歩く事、しばし。

 目的の根曲がり竹を見つけた。


「あったです! さっそくほるです!」


 娘は張り切っているようで、根曲がり竹に向って力こぶを作る。

 早速仕事に取り掛かる積りなのだろう。

 懐に手を伸ばし、娘はヤマネを引きずり出した。

 まだ眠っていたのに、無理矢理に引きずり出された為だろう。

 訳がわからないといった様子で、前脚と後脚を振り回している。


「なにごとっ!? 狐か狸の襲撃ですか!」


「ちげぇーです! ネマガリタケほるです!」


 ヤマネは娘に摘み上げられ、目を白黒させる。

 それでも何とか事情を飲み込んで、胸を叩く。


「おまかせを! このヤマネ、土を掘るのはとくいなのです!」


 ヤマネと言う生き物は、木の上に住む動物だ。

 本来、穴を掘る等と言ったことは苦手としているはず。

 無論それは、普通のヤマネであればの話。

 岩の社に住み着き、御使いである狸や狼と触れ合ったことにより、このヤマネは強い妖力を得ていた。

 ヤマネが言うそれは、妖術を使ってのものなのだ。


「しからば、さっそくっ!」


 ヤマネは娘の手から離れると、地面へと飛び降りる。

 そのまま根曲がり竹の茂み近くまで駆け寄ると、その前でぴたりと止まった。

 集中するように両目を瞑り、全身を震わせ、呪文のようなものを唱え始める。

 変化は、すぐに現れた。

 根曲がり竹周囲の土が、沸き立つように揺れ始める。

 すると、食べごろになったものだけが土の中で折られ、沸き立つように地面の上へ上がってきた。


「うわぁー! すっげぇーですっ!!」


「根などを傷付けず、食べられるところだけをとりだすのにコツがいるのですがね! ここまで妖術をあつかえるようになるまで、なんどタヌキ殿に食われそうに成ったことかっ!」


 妖術を使う為ではなく、恐怖で身体を振るわせ始めるヤマネだったが、娘はまるでお構い無し。

 土の上に転がる根曲がり竹を、嬉々として拾い集める。

 そんな一匹と一人を、岩は興味深げに見守った。




 再び沢を目指して歩き出す娘だったが、再び足を止める。

 今度は木に巻きついている、自然薯の蔓を見つけたというのだ。


「さあ、ヤマネ! ほっかえすです!」


「いやー、そのー、あまり深くなるとですな。オイラ程度の妖術では、どうにもこうにも掘り返せません」


 前足を擦って、ヤマネは頭を下げる。

 娘は絶望した表情を浮かべ、その場に両膝を突いた。

 その横で、岩は僅かに首をかしげている。


「山鼠、随分人の言葉を上手く操る様になったな」


「はいっ! おかげ様をもちまして、随分しゃべることが出来るようになりましたっ!」


「んなこと、どーでもいーですっ!! じねんじょ! おらのじねんじょ、どーやってほるですかっ!」


 地団太を踏む娘に、ヤマネは大いにうろたえる。

 岩のほうはといえば、少しの間押し黙り、「では」と口を開いた。


「場所を覚えて、後日掘れば良いだろう。私が覚えておく」


 道具を用意するか、あるいは大人を呼んで来るか。

 娘とヤマネだけでは掘り返せないのだから、どちらかしかない。

 今は岩の提案を受け入れるのが、一番良いだろう。

 娘もそれはわかっているが、どうしても納得がいかないらしい。


「そうすれば、零余子も採れる」


「ムカゴっ!」


 娘の顔が、ぱっと華やいだ。

 自然薯の蔓に付くむかごは、味が良い。

 煎ってもいいが、この辺りではご飯に炊き込んで食べることが多かった。

 もちろん、娘の好物の一つだ。


「いのちびろいしたな、じねんじょ。きょーはみのがしてやるです」


 娘はよだれを拭いながら、自然薯の蔓を睨みつけた。

 それを見たヤマネは、半ば呆れた様子で首を振る。

 岩はといえば、娘のそんな姿は見慣れていた。

 僅かに目を細め、微笑んだ。




 あちらこちらと寄り道をして、ようやく沢へとたどり着く。

 それまでには、娘の背負子には様々な山の幸が詰め込まれていた。

 いくらかは持ち帰るが、いくらかは娘の食事だ。

 近くに落ちている小枝を拾い集めると、それに火をつける。

 火を起こすのは、ヤマネの妖術を使う。

 娘は火打石などを持たされていないので、ヤマネはその代わりになる。

 言うまでも無く、他の場面でもヤマネは大いに役立っていた。

 未だに術の類は未修得である娘にとって、ヤマネは手放せない存在になっている。


「さぁ、めしです!」


 娘は張り切った声をあげ、いくつかの山菜を火の近くに置く。

 根曲がり竹は、皮を剥かずに灰の中に入れる。

 鍋などは持ってきていないが、工夫次第で食べる方法はいくらでもあった。

 娘はそれを、母や父。

 兄や姉から教えられている。

 火の番をヤマネに任せ、娘は沢へ来た目的を果たすことにした。

 山葵を採るのだ。

 これは、特に難しいことは無い。

 沢の近くを見れば、すぐに見つけることが出来る。

 他の野草との見分けも、娘にかかれば簡単だ。

 瞬く間に数本の山葵を見つけ出し、丁寧に掘り返す。

 手際も良く、馴れた物だ。

 山葵は水辺でなくとも、見つけることが出来る。

 それでも娘がこういった場所を選ぶのは、水辺のほうが大きいものを見つけることが出来るからだ。


「怪我をしないように」


「おうっ! きをつけるです!」


 岩の言葉に、娘は手を上げて返事をする。

 注意はするものの、岩もさして心配はしていない。

 万が一のことがあっても、沢には石がいくつも転がっている。

 何かがあれば、すぐにどうにでも出来た。

 娘は採った山葵をきれいに洗い、持って来ていた手ぬぐいに包んだ。

 一度沢に漬け、湿り気を持たせて置く。

 こうしておけば、萎びてしまう心配も少ない。

 そのついでに、カニを何匹か捕まえる。

 拾った木の枝に挟んで火で炙って食べるのが、娘のお気に入りだ。


「やまねも、カニくーですか?」


「もちろん! ご相伴に預かります!」


 それまで火を見張っていたヤマネも、カニは好物だ。

 前脚を叩いて喜ぶ。

 適当な木の枝にカニを挟んで火にかけると、娘は灰の中から根曲がり竹を引っかきだす。

 火傷に気をつけながら皮を剥くと、湯気の上がる身に齧り付く。


「んー! んめぇーですっ!」


 娘は根曲がり竹を少し毟り取ると、ヤマネにも分けてやる。

 熱を冷ましながら、ヤマネは器用にそれを齧った。


「味はいいですが、とりに来るのが大変ですね!」


「たしかに、めんどくせぇーです。やしろのうらにでもうめたら、はえてこねぇーですかね」


「埋めるといっても。どうやれば根付くものなのでしょう?」


「しらねぇーです! おっちゃまはしってますか?」


 娘は期待を込めた視線を、岩へ送った。

 だが、岩は首を横に振る。


「知らん。村に戻ったら、皆に聞いて見ると良いだろう」


 娘は、がっくりと肩を落とす。

 これが簡単に取りにいけるようになれば、随分楽に美味いものを食べられると思ったのだが。

 それが社の近くであれば、尚の事。

 娘にして見れば、社は遊び場の一つなのだろう。




 現代。

 御岩神社裏手に広がる山は、山菜の宝庫となっている。

 根曲がり竹、薇、蕨など。

 時には希少な、自生の山葵を見つけることも出来る。

 今では稀有なその場所は、一般の人間が立ち入ることが禁じられていた。

 神社所有の土地であり、神域となっているからだ。

 立ち入ることが許されるのは、一部の神職だけとなっている。

 ただ、極僅かではあるが、神職以外でもそれらを口にする機会はあった。

 神社境内に、小さな茶屋がある。

 これは、お参りに来た氏子などの為に作られたものだ。

 周辺に住まう婦人会などが共同で、古くから営んでいるものである。

 この茶屋で、山で取れた山菜が振舞われることがあるのだ。

 もしたまたま訪れた時にこれを食べることが出来たとしたら、その人物は大変な幸運の持ち主と言えるだろう。


 しかしながら、気をつけ無ければならない事が一つだけ。

 もしこれを食べる機会に恵まれたにも関わらず、それを「マズイ」といったり、粗末にするような事をしたとする。

 その人物は、帰り道でひどい目にあうことになるだろう。

 妖怪「木玉鼠」に出会うといわれているからだ。

 何故そんなことになるのか、といえば。

 神社裏手の山は、彼らが世話をしているからだ、という。

 それこそ神社が出来た頃から、彼らは山に住み着き野草を守っている、というのだ。


 ちなみに、「木玉鼠」は「ヤマネ」と同一視される妖怪だ。

 御岩神社の御使いはそのヤマネであることから、山に住んでいるという木玉鼠と御使いを同じものである、とする場合もある。

 ある研究者が御岩神社の神職に、こんなことを尋ねたことがあった。


「御使いと妖怪を同一のものとすることを、どう思うか」


 その神職は苦笑交じりに。


「他の御使い様なら御怒りに成るかもしれませんが、家に限って言えば似たようなものです」


 と、答えたと言う。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 割とどうでもいい部分ですが。 孟宗竹みたいな太い竹の筍と違って、根曲りは掘るほど深く埋まっていないので根本から折り取る感じですね。
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