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岩な神様  作者: アマラ
12/27

 娘の家は、村を興した頃から根付いている農家である。

 そのためか広い農地を有しており、他の農家に比べて幾らか裕福であった。

 娘が岩の社へ毎日のように遊びに行けるのも、それが理由だ。

 まだ幼い娘が畑仕事に駆り出されない程度には、安定した生活を送ることが出来たのだ。

 もっとも、裕福とはいえ、それは他の農家に比べての話である。

 何もせずとも食べていける、というほどの余裕はない。

 なので、岩の社へ遊びに行きがてら、娘も仕事をしていた。

 娘のする仕事。

 それは、娘だからこそ出来る、特異なものであった。




 母親から分けてもらった味噌を、竹の皮に包む。

 同じく塩のほうは、竹で作った筒の中へ入れる。

 両方を風呂敷にしっかりと包み、後ろに背負う。

 娘は母親に礼を言うと、一目散に家を飛び出した。

 日が出たばかりで、周囲はまだ聊か暗い様子だ。

 足元を照らす光も不確かだが、娘は構わず走り抜ける。

 通い慣れた道だ。

 迷う事もなければ、転ぶ事も無い。

 なんなら、星か月の明りしかなくとも問題ないだろう。

 村の家々の前を通り。

 あぜ道を駆け抜け。

 踏み均された山道を走る。

 向った先にあるのは、鳥居と、大きな岩。

 その隣には、社がある。

 岩を奉る社だ。

 娘は無遠慮に、声もかけずに戸を開く。

 社の中は板張りで、普通の家の板間と同じような作りになっている。

 戸から見て一番奥には、座布団が一つ敷いてあった。

 社に祭られた神であるところの岩は、その座布団の横に座っている。

 座布団の上に乗っているのは、仰向け、大の字になって寝ているヤマネであった。


「おっちゃま! おはよーです!」


「おはよう」


 岩と挨拶を交わし、娘は社の中に入っていく。

 寝こけているヤマネを掴み上げると、懐に仕舞いこむ。

 次いで押入れへと向かい、中をあさり始める。

 元々は座布団や布団程度しか入っていなかったが、今は娘が持ち込んだ様々な道具が中を占領していた。


「今日はなにをするのか」


「おやまにいって、さんさいをとります!」


 竹で編まれたカゴを引っ張り出すと、それを背負う。

 娘の仕事というのは、山菜取りであった。

 山と言うのは、人の進入を拒む場所である。

 一度入れば、生きて出られぬことも多い。

 地形そのものが人の歩みを阻害し、疲弊させる。

 草木や獣も厄介だ。

 娘が以前遭遇したような、化生の類にかち合うこともあるかも知れない。

 そうなれば、まず命はないだろう。

 もちろん、普通ならばの話だ。


「山菜か。何を探す?」


「なにがあるかをさがすです!」


 岩に守られた娘は、山の中で迷うということが無い。

 獣や化生の類も、岩が遠ざけてくれる。

 娘にとって見れば、山の中で遊ぶのも、村の中で遊ぶのもそう変わらない。

 山の中を駆け回り、山菜を持ち帰る。

 山菜が群生している場所を見つけたら、村に知らせたりもする。

 食料は希少で、山菜等も重要な栄養源だ。

 それを村にもたらし、位置を知らせるのが、娘の仕事なのである。


「そうか。たくさん見つかるといいな」


「はいです! たくさんみつけて、おなかいっぱいになるです!」


 娘は鼻息荒く、社を出て行く。

 岩も、その後ろに続く。

 二人にとってこの散策は、時折行われる定番のものに成っている。

 娘があちこち歩き回り、岩がその後ろに付いて行く。

 巫女と土地神だからこそ、出来ることである。

 勇んで山へと向う娘の後ろを、いつものようにゆったりと岩が歩く。

 楽しそうな娘を見て、岩もふと笑顔を漏らした。




 娘がまず見つけたのは、フキであった。

 傘のような大きな葉をつけたそれは、娘の背丈よりも大きい。

 それを見つけた娘は、手を叩いて喜んだ。

 早速一つに近づくと、採集に掛かる。

 両足と両手でしっかりとフキの茎を押さえ、渾身の力を篭めて左右に揺らす。

 皮や茎の一部が折れ残るが、勢いをつけて引きちぎる。

 なんとも強引な方法だが、娘は幼く、まだ刃物を持つことを許されていない。

 山菜を集めるにしても、こういった手法をとるしかないのだ。


「とれたです!!」


 娘はフキを頭上に掲げ、岩に見せた。

 自慢げなその様子に、岩は感心したように頷いてみせる。

 満足したのか、娘はフキへと注目を移す。

 大きく口を開けると、そのままフキへと齧りつく。

 そうして、フキの表面の皮を齧り剥き始める。

 すっかり剥き終えると、娘は背負っていた風呂敷包みを降ろす。

 そこから塩の包みを取り出すと、フキに塗りつける。

 目的は、当然一つだ。

 娘は大きく口を開け、フキに齧りつく。


「んー! こわっぽいです!」


 渋い顔をしつつも、娘は満足そうにフキを食べ進める。

 どうやら、灰汁を抜いてから食べたほうが良いものだったらしい。

 だが、そのことをまったく意に介さない様子だ。

 ある程度食べて満足したのか、降ろしていた竹カゴにフキを納める。

 それだけでは足りないと思ったのか、娘は他のフキも収穫し始めた。


「そのまま食べて、美味いものなのか」


「あんまし、おいしくなかったです! そのままたべるなら、もっとちいさいやつがよかったみたいです」


 娘は、毒でもない限り好き嫌いをしなかった。

 食べて害のないものならば、どんなものでも大抵食べるのだ。

 もちろん、好きなもの、苦手なものはある。

 だが、基本的に食べることが好きなので、食べる事さえ出来れば、それでよいのだ。


「今日は、握り飯は持って来ていないのか?」


「もってきてねぇーです。やまんなかでとったもの、くーつもりです」


 娘は普段、握り飯を持って社にやってくる。

 だが、山に入るときは、時々それを持ってこないことがあった。

 山で取れたものだけで、腹を満たす心積もりの時である。

 収穫が少なければ、空きっ腹を抱えて山を降りることになってしまう。

 とはいえ、娘はそういった心配は、一切していない様子だ。


「このあとは、さわにワサビをとりにいくです!」


「山葵か。あれは辛いぞ」


「まちにいって売ったり、おとながたべたりするです! ゼニになれば、また飴もかえるです!」


 なるほど、と、岩は頷く。

 岩は最近になって、ようやく「銭」というものがわかるようになってきていた。

 人間が考えたその仕組みは、中々便利なものである。


「沢ならば、蟹も捕れるな」


「かに! ヤマネに、火をおこさせて、やいてたべるです!」


 山の中にある沢には、小さなサワガニも生息している。

 それを焼いて食べるのは、娘の好物の一つだ。

 火を起すには労力が掛かるのだが、妖術を使うヤマネも居るので、問題はない。


「ヤマネはまだ寝ているのか」


「まだねこけてるです。まあ、やまねはやこーせーですから、しかたねぇーです」


 散々揺すられただろうに、ヤマネは未だに娘の懐の中で寝ているらしい。

 気配はあるので、死んではいないだろう。

 図太い小動物である。

 まあ、良い。

 後でこっぴどく叩き起こされるのだろうから、それまではゆっくり寝ていれば良いだろう。

 岩はそんな事を考えながら、娘がフキを収穫するのを眺めつつ、目を細めるのであった。

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