二章 碕沢隊の戦い(6)
丘の上から碕沢隊は攻撃をしかけている。
左右の崖上、それぞれの部隊の指揮をとっているのは、冴南とエルドティーナである。
始まりは、エルドティーナの奇蹟術だった。
次いで、数人がかりで移動させた大きな岩が崖を転がった。
左右の部隊それぞれに大岩は二つと三つ用意できた。
残念ながら数をそろえることはできなかったが、急場に大岩を用意できただけでも満足するべきだろう。
最初の奇襲で、二十体近いオーガを仕留めることができたようだ。
奇襲の効果もあがっていた。
奇蹟術と大岩が襲った周辺には混乱が生じている。
すぐに冴南は、投擲を兵士に指示した。
対岸では、エルドティーナも同じ指示をだしたようだ。
準備していた拳大の意思が崖下に向かって投じられた。
声をあげて行われる投擲はなかなかの迫力があった。
オーガたちは鎧で全身をおおうようなことをしていない。
まともに当たれば、無視できない負傷をすることになる。
さらなる混乱が生じるものと思われたが、後方からさざなみのように統率が伝播していく。
オーガたちが冷静になっていくのが分かった。
――オーガ・ヴァイカウントだ。
碕沢が指揮官を徹底的に狙え、と言っていたことを冴南は改めて思い出した。
だが、発見できない。
特徴は小柄であることくらいということである。
装備品にも大きな違いはない。
おそらく身を隠すためにわざとそうしているのだろう。
オーガ隊中央から前方にいるオーガたちは浮足立っている。
だが、後方はそのかぎりではない。
後方からサクラの率いる本隊が攻撃をしかけても、このままでは本隊の攻撃は奇襲と呼べるほどの効果が望めないかもしれない。
冴南はオーガ後方を集中的に狙うよう指示した。
自身も弓矢の攻撃を仕掛ける。
オーガ・ヴァイカウントがどこにいるのかは分からない。
だが、せめてオーガ・バロンは撃ち落とさなければならない。
オーガ後方部隊はざっと見ても百体はいる。
サクラの率いる部隊は四十ほどだ。
兵力に開きがある。
まともにぶつかれば、大きな被害がでることになるだろう。
冴南はオーガ・バロンを一体仕留めた。
だが、オーガ後方部隊の混乱は鎮まりはじめており、せいぜい動揺が残っているというレベルにまで鎮火していた。
そこに、サクラが率いた部隊が新たに加わった。
サクラに部隊を率いているという意思はない。
実際、班長の一人が実質的な指揮権をもっていると言っていいだろう。
では、サクラと部隊にまったく関係がないかというと、それは違う。
指揮権を有する班長の役目とは、サクラが崩した箇所にいかに速く突撃し、その傷口を大きくするかということだからだ。
サクラの動きを無視することなどできない。
それどころか、サクラの進む方向に死に物狂いでついていかなければならないのだ。
全員がサクラの背中に全神経を集中して追っていた。
オーガ後方部隊はすでに態勢を立て直していた。
一定の空間を自らの内に築き、上空からの投擲をうまく避けている。
また、最後列のオーガたちはすでにサクラたちのほうへ顔を向けており、新たに隊列を組みなおしている。
すでに隙は見られない。
だが、サクラはそんなことにかまわない。
彼女は距離が五メートルを切ったところで、突然大きく跳躍した。
その距離は五メートルをはるかに超え、また、高さは大きくオーガの背丈を凌駕していた。
サクラは、オーガの後方に上空から突撃する。
彼女は最初の一撃で、一体のオーガを頭部から股にかけて見事に両断した。
サクラの動きはとまらない。
次の瞬間には、新たな獲物を狙い動きだしていた。
オーガ部隊で小さな竜巻が荒れ狂う。
彼女は、強者を求めて戦い続けている。
サクラの個人戦闘は素晴らしいものがあった。
オーガを圧倒している。
だが、サクラの率いていた部隊は苦戦していた。
オーガ後方の前線部隊――最後方――はサクラの突撃にまったく反応しなかったからだ。
あるいは、オーガ・バロンがそこにいたのかもしれない。
突撃した碕沢隊は、オーガ部隊と正面からの激突となった。
広くない戦場。
大差ない数での激突となる。
むろん、人間のほうが体格は小さいので、横に並べる数は多い。
また、オーガは上空からの投擲と同士討ちを避けるために互いの幅を広くとっているので、びっしりと並ぶような隊列ではない。
多少は、人間のほうが有利だ。
それでも、最初の激突は何とか互角に持っていくので精一杯だった。
後方から突撃した碕沢本隊は、サクラとの距離を縮めることができず、最大戦力を失う。
彼らは苦戦を強いられることになった。
奇蹟術で攻撃していたエルドティーナの胸には疑念が渦巻いていた。
オーガの統率に碕沢たちの目は投じられていた。
ここまで組織だった魔人の動きというのは、確かに異質でエルドティーナもその点に注目が集まり警戒するのは当然だと感じている。
いったいオーガたちに何があったのか、と考えざるをえない。
だが、エルドティーナが疑念を膨らませているのは、もっと単純なことだった。
それは――オーガが強すぎるということだ。
最初に碕沢が一体のオーガと戦った時には気づかなかった。
力に差がありすぎたためだろう。
だが、兵士と戦うオーガを見て、彼女は気づいた。
オーガの力があがっていることに。
碕沢と戦ったオーガと、今兵士たちが戦っているオーガは、オーガ・キングの支配下にあるかどうかという違いがあるので、碕沢の戦ったオーガを判断材料にするのはそもそも間違っているかもしれない。
だが、エルドティーナの目の前にいるオーガが強いのは確かだ。
碕沢隊の力を知るエルドティーナは、現状の苦戦の理由がそこにあると感じていた。
もちろん、苦戦の理由は、碕沢隊の連携がうまくいっていないというところにもある。
原因はサクラの猛進だ。
これによって、サクラと本隊が分断された。
連動することなく、個々で戦っている。
そして、サクラの素早い動きが味方を戸惑わせていた。
冴南の率いる投擲部隊が、オーガ部隊後方へ石をうまく投げられないでいた。
躊躇する場面が散見される。
サクラにあたってしまうかもしれない、と考えているのだろう。
このままでは、いずれ碕沢隊本隊はひどい損害を負うことになりかねない。
ただし、オーガ部隊の前方は、どんどん戦力を削られている。
碕沢も単に前進するようなことをせずに、時にはうまく退きながら、包囲されないように、あるいは、横を通りぬけ逃げられないように戦っていた。
このままいけば、オーガ前方部隊を叩きつぶすことはできるだろう。
だが、時間をかけてはいられない。
なぜなら、後方のオーガ部隊が碕沢隊の本隊を喰い破り、脱出してしまうかもしれないからだ。
いや、本隊が半壊しかねないのがまずい。
逃げるのなら逃がしてもいい、とエルドティーナは思うのだが、碕沢は完璧に殲滅することを主張した。
できるかぎりオーガの数を減らしておかなければ危険だと彼は感じているらしい。
おそらく直感に類する推測だろう。
碕沢がそう言うのなら、従うしかない。
本体の兵士たちもその覚悟で挑んでいるのだ。
彼らに撤退の二文字はない。
エルドティーナは声をはりあげ、兵士たちにさらなる攻撃を命じた。
自身も奇蹟術での攻撃を続ける。
オーガ隊前方をできるだけ早く殲滅するのだ。
そうすれば、オーガ部隊を包囲できる。
後背を襲われれば、オーガ後方部隊も統率が乱れ、隙を生みだすことだろう。
碕沢本隊への圧力も減るはずだ。
対岸の兵士たちが動きだすさまがエルドティーナの視界に入ってきた。
冴南を残し、兵士たちが移動している。
冴南が何らかの指示を与えたのだろう。
彼女もこのまま戦いが進めば、まずいと考えているのだ。
問題は、隊長である碕沢がおそらく戦況を理解していないことだ。
彼のいる位置では、オーガ隊前方の様子しかうかがうことができず、碕沢隊は勝ちつづけていると誤認しているかもしれない。
周囲に気を配っていないこともあってか、碕沢の動きはいい。
訓練で時折見せたことのある最高の動きをしていた。
彼がオーガ後方部隊に突撃をかければ、大きく有利になるはずである。
エルドティーナは碕沢の戦いを髙く評価していた。
だが、玖珂あたりが今の碕沢の戦いぶりを見れば、特段の評価をすることはなかっただろう。
確かに強くなっている。
だが――。
――極限の集中力はそこに存在していない。多少動きがいいだけだ。
碕沢を知るあの天才ならばそう評したことだろう。




