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二章 碕沢隊の戦い(5)




 オーガの兵力が予測をはるかに超えるかもしれない、という可能性にギルトハートが思い至った頃、碕沢たちは二度目の戦いに挑もうとしていた。

 碕沢隊は、兵力が三倍近くある敵との戦いを前にしている。

 先回りには成功したものの、奇襲に適した地形がなかった。

 なかなか碕沢は攻撃ポイントを見つけられずにいた。

 いくらか運がいいと言えば、オーガ隊の進軍速度が遅いということだろうか。

 だからといって、いつまでも敵の進軍を許すわけにはいかなかった。


 碕沢は彼の三人の副官たちと会議の場を持った。

 会議といっても、立ち話である。


「まともにぶつかれば、兵士たちに多くの犠牲が出る。さっきの戦いであれほど有利な状況だったのに、少なくない死傷者がでている。何らかの作戦を立てるべきだと思う」


 冴南がまっさきに発言した。

 やはり彼女兵士の死がこたえているのだ、と碕沢は感じた。

 意図的に消された表情と抑えられた口調からもそれがうかがえる。

 だが、ヒステリーに犠牲者についてまくしたてるようなことを彼女はしない。

 感情の波は飽和点にまで達することなく、冷静さをしっかり保っていた。


「しかし、オーガの進行方向には身をひそめるような場所がありません。奇襲を行うことが不可能とは言いませんが、三倍の数をくつがえすほどに効果的な奇襲は望めないでしょう」


 エルドティーナの言葉は正論だった。

 オーガの進む方向はむしろ木の数が減り、見通しがよい場所となっていた。

 奇襲をかけるのに適していない。

 かといってオーガたちが進行方向を変える可能性は低い。

 なぜなら彼らが進む方向にギルトハート大隊がいるはずだからだ。

 それは碕沢が大隊長から指示を受けた合流ポイントの方向でもある。

 やはり叩かなければならない。


 サクラがじっと碕沢を見ている。

 期待のこもった視線だ。

 多くの敵と戦えたことが彼女を高揚させているらしい。

 質が悪くとも数がそろえば、ある程度の満足があるようだ。

 戦うことを選択し続ける碕沢のこともいくらか評価しているのかもしれない。

 機嫌はいいようだった。

 彼女は戦う場所を与えられればそれでよいと考えているのだろうか。

 つまるところ、早く戦わせろ、ということなのだろう。

 一歩間違うと戦闘狂だな、などと碕沢は考えていた。

 サクラが碕沢に何を望んでいるかなど、この時の彼はまったく気づいていなかった。


「魔人は強いやつに惹かれるというか、強いやつがいればそこに集中するというのは、オーガにも当然あてはまるよな」


「もちろん、そうでしょう。オーガも魔人です」


 エルドティーナが答える。


「そうか。いくら統率されていると言っても、指揮官の役割があると言っても、目の前にご馳走があれば飛びかかるよな? 人間を斃すという意味において、そのご馳走を食べることは否定されるいかなる理由もないんだから」


 ややもってまわった言い方をしたのは、反対されることを碕沢が事前に分かっていたからだ。


「碕沢君、何を考えているの?」


「都合の良い場所がないのなら、都合の良い場所に相手を引き込むしかない」


「罠を仕掛けるのですね」


 エルドティーナが冴南に冷たい視線を投じている。


「ああ、俺にはそれしか思いつかない」


「碕沢君が囮になるというの?」


「囮になりえるのは、ここにいる四人だ。神原とエルドティーナは、後方から遠距離攻撃をしてもらわなければならないから、候補から外れる。そうなると、俺かサクラだけど、多数を相手に戦うのは、俺の武器のほうが向いている」


「何も一人で立ち向かう必要はないのでは? あなたとサクラさんの二人で囮になればいいでしょう」


「私もそう思う。碕沢君は自分からあえて危険に身をさらそうとしていない?」


「ダメだ。奇襲をかける本隊の衝突力が大きく落ちる。俺かサクラが先陣をはらなければ、オーガ部隊の腹を引き裂くことができない。さっきも言ったけど、多数の相手をするのなら、俺の武器のほうが向いている。安全であり効果的だ」


 碕沢はまったく譲らなかった。

 だが、この判断はより近い仲間たちを危険に近寄らせたくない、という彼の弱さがもたらしかものかもしれない。





 森の中を移動するオーガ部隊に突如異変が生じた。

 全員が一方向へ視線を投じる。

 しばらくしてオーガ部隊は進行方向を大きく変更した。

 二百からやや欠けた兵力がある方向へ向かって動きだす。

 その速度は先程より上昇していた。

 それはオーガたちの戦気高揚を示しているようだった。

 戦いが近いと彼らは感じているのだ。

 いやはっきりと戦いを欲しているのだ。





 碕沢は一人で立っていた。

 いっさい気配を消さず、意識的に自らの存在を現すようにしている。

 戦気をむきだしにした碕沢を見たサクラが「戦わずにはおられない」などと舌なめずりせんばかりに言っていたので、同じ魔人であるオーガにも彼の存在は伝わっていることだろう。


 碕沢がいるのはやや特殊な地形だ。

 碕沢の前には道がある。

 といっても、舗装された道があるわけではない。

 木が生えていない場所がまっすぐに続いているというだけである。

 幅はおよそ三メートル。長さは五十メートル以上はあるだろう。

 両側は壁になっている。高さは四メートルを超す。

 丘の中心部分が何らかの自然現象で崩れた後という感じだろうか。

 なぜ、こんな環境ができあがったのかは、碕沢には分からなかった。

 だが、絶好の襲撃ポイントであることは事実だ。

 あまりにあからさまなので、オーガ・ヴァイカウント辺りには気づかれるおそれがある。

 その時は、碕沢自ら突撃し、オーガ隊を引きこまなければならないだろう。


「最悪なのは――」


 残りを碕沢は胸の中でのみ口にする。


 ――最悪なのは、作戦がばれ、挟み撃ちにされることだ。


 兵を二手に分けて、後方にまわりこまれるという形である。

 だが、それも碕沢が深刻な状況に陥るだけで、うまく中央へ引きこめば、罠が変わらず作動するはずだ。


 ――違うな。


 と碕沢はもう一歩思考を進める。

 本当に最悪なのはオーガが斥候部隊を秘かにだし、碕沢たちに気づかれずに、碕沢隊の陣形を把握することだ。

 碕沢にかまうことなく、丘の上に身を隠している部隊たちへ攻撃されれば、碕沢隊の兵士たちは崖を背にして戦うという不利を追うことになる。

 一転して、地形の不利を碕沢隊はこうむるのだ。


 碕沢はいつの間にか、自分の立てた作戦を撃ち破るための作戦を考えていた。

 まるで暇をもてあましているかのようですらある。

 むろん、戦いへの緊張がないわけではない。

 だが、心はおそろしく平坦だ。

 この精神の在り方は碕沢がすでに割り切っているからこそ生じたものだった。

 彼は自分自身の戦いに集中するつもりでいた。

 少し前までの彼の戦い方だ。

 忘れるほどに昔ではない。

 いつしか思考は薄れていく。

 碕沢の精神は閉ざされ、凍りついた。

 それは人工的つくりものな氷結。

 敵の気配が迫ってくる。

 碕沢の四肢は鎖を解かんと蠢きだす。

 まるでかつての戦いを取り戻そうとするかのように。

 過去へと引き返すかのように。

 かつてを再現するように。


 ほどなくオーガの前衛が碕沢の視界に入った。

 二百体のオーガに対して、碕沢は一人で迎え撃つ。

 碕沢は一歩足を踏みだした。

 両掌には、すでに綺紐が四本握りしめられている。


 碕沢は悠然と歩く。

 まるでオーガなど存在しないかのようにゆっくりとした足取りだ。

 対して、オーガたちはそれぞれかまえをとりだした。

 だが、突撃をかけるようなことはない。

 碕沢が五メートルほど歩くと、ようやくオーガに動きが見られた。

 前進してくる。

 足並みはそれなりそろっていた。

 碕沢は足をとめる。

 オーガ隊の前進はとまらない。

 互いの距離が三十メートルを切り、オーガ隊の動きが変わった。

 速足へと変わり、ついで駆け足へとなる。

 碕沢へと突撃を開始したのだ。


 碕沢までの距離が残り十五メートルとなった時、爆発音がオーガ隊中央で起こる。

 だが、オーガ隊前方部分は背後で起こったことなど無視して、碕沢への突撃を続けた。

 残り十メートルを切り、碕沢の手から四本の綺紐がゆらゆらと宙へ浮きはじめた。

 碕沢はややうつむき、息を吸い、吐いた。

 視線はオーガたちに向けられたままだ。

 碕沢は息を軽く吸って、一瞬呼吸をとめた。

 そして、碕沢の姿がぶれる。

 彼の姿がその場から消え、土煙がかすかに地面の付近であがった。

 最前線にいるオーガ二体から血花が咲く。


 寡兵である碕沢隊の攻撃が今、本格的に始まったのだ。









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