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二章 碕沢隊の戦い(4)




 碕沢隊はオーガ部隊を殲滅した。

 完勝である。

 完璧に包囲が完成したのが大きいが、最後までオーガが逃げださなかったというのも無視できない要因だろう。

 上位種が早くに退場し、退却の指示が出なかったことが理由かもしれない。


 碕沢隊の被害は死者八名。

 重傷者十名。

 軽傷者多数という状況だった。


 碕沢隊には次の戦いが迫っている。

 彼らに仲間の埋葬をする時間は許されていない。

 死者を戦場からやや離れた場所へ集めて、碕沢は黙祷もくとうした。

 死者への手向たむけはそれだけだった。

 碕沢は無言であった。


 碕沢はすぐに隊の再編成を始めた。

 重傷者を戦わせることはできない。

 後方へ送る必要があった。

 自身で歩くことができるのは二名のみで、残り八名は他者の手を借りなければ移動することが難しい状態である。

 残念ながら荷車のようなものはない。

 碕沢は軽傷者の中から八名の兵士を選び、彼らに重傷者の輸送を命じた。


 碕沢隊の戦力は、七十四名となった。

 それに碕沢とその副官三名が加わる。

 碕沢隊は小休憩の後に、移動を開始した。

 彼らにはこれから二百の兵力を誇るオーガ部隊との連戦が待っていた。



 氷の中に炎の熱さを閉じこめている。

 それが現在の碕沢隊の状況であった。

 碕沢隊は恐ろしいほどに感情を見せず、静寂の中で行動している。

 だが、兵士たちの内側には、猛る炎が爆ぜていた。

 士気は非常に高い。

 碕沢は兵士たちの心情を背中で強く感じている。

 勝利によってのみ、この猛りは鎮めることが可能なのだ。




 冴南は碕沢が大きく変貌を遂げつつあることを感じとっていた。

 これは、おそらく彼に従う兵士にとっては良い傾向なのだろう。

 強く冷静な指揮官が生まれようとしているのだから……。

 サクラとエルドティーナも碕沢の変化を歓迎しているようだ。

 だが、冴南は疑問を覚える。

 碕沢は本当に歩むべき道を進んでいるのか?


 帰るための情報や手段を得るために、強い立場が必要だ――必ずしもそうではないかもしれないが、高い立場となれば、広く情報を得られ、選択できる手段が増えることは間違いない。

 そのために兵士として活躍し、出世する。

 間違っていない。

 間違っていないはずだ。

 たとえ、そのために犠牲があったとしても……。

 彼の判断で、多くの命が……。


 碕沢は変わりつつある。

 兵士にとって勝利をもたらす指揮官という存在へと。

 そんな彼だからこそ、兵士たちはたとえ不利だと分かっている戦いでも、指揮官を信じることができるのだろう。

 そして、碕沢は兵士たちの信頼に応えなければならない。

 それは勝ち続けるということだ。


 冴南は碕沢の横顔を見つめる。

 いつものように飄々という印象はない。

 感情が見えず、冷酷な気配すら発していた。

 戦いの場においては、何より頼もしい。

 冴南にとって、碕沢は勝利を運んでくる男だから。

 だが、いつもの碕沢のほうが安心感があった。

 なぜだろうか?

 危険に満ちた戦場という環境が安心感を奪うのか。

 それとも、碕沢に不安定さがあるのか。

 冴南には分からなかった。

 彼女が思ったのは、碕沢から視線を外してはいけないということだった。





 できるかぎりの速度でギルトハート大隊は後退をしている。

 目的地まで退避して、そこに陣地を築くことが決定していた。

 後はいかに早くすべてを行えるのか、という問題である。

 実際の戦いになるまで、ギルトハートの脳が働く機会はほとんどないということだ。

 だが、ギルトハートの脳は回転速度を増していた。

 ギルトハートはある懸念を覚えていた。

 それは先行して現れたオーガ部隊のことである。

 二百近い数であり、指揮官はおそらくオーガ・ヴァイカウント。

 これが一部隊だけであったならいい。

 だが、複数の部隊が先行してこちらの様子を探っていた場合どうだろうか。

 ギルトハートの脳裏に予感がよぎった。


 まず一般的に魔人のキングが率いる兵は、一万とされる。

 第三軍団の兵力は六〇〇〇だ。

 数では劣る。

 だが、第三軍団には個々の強さがある。特に大隊長以上は。

 簡単に負けることなどないはずだ。

 今も戦いは続いているに違いない。

 実際敗退しているのなら、追撃戦という一方的な魔人の暴虐が実行されていなければならなかった。

 だが、現実はどうか。

 襲撃はあったものの、その攻撃は苛烈と呼べるものではなかった。

 むしろあっさりとしていた。

 間違いなく、第三軍団はまだ戦っている。

 オーガと言えども、第三軍団を簡単に粉砕などできないということだ。


 では、あの偵察のようなオーガの部隊は何だったのか?

 何より、あのオーガたちには勝利の熱狂がなく、波がひくように自然の動きで退却したのだ。

 予定どおりと言わんばかりである。

 大々的に行われているはずの戦いを無視し、別の作戦行動をとっているかのようである。


 一万対六〇〇〇。

 オーガが有利なのは間違いない。

 だが、敵を攻撃する別動隊ではなく、偵察する別動隊にそんなに兵を割くようなことをするだろうか。

 そこまでの余裕はないだろう。

 今回のオーガたちからは非常に高い統率が見られる。

 指揮をしているオーガ・キングには高い知性が感じられる。

 兵を分散するようなことをするとは思えない。

 まず、全軍で敵軍を潰すと考えるはずだ。


 ――まさか、総兵力が一万を超えている?


 魔人のキングは、王として長く君臨すればすれほど、率いる兵が増えるという説がある。

 証明された論ではない。

 だが、通説として一部ではよく知られている。


 ――統率されたオーガたち。見事なまでの退却。


 わずかな時間であれを実現できたとは思えない。

 すでにオーガ・キングは長い時間を森で過ごしているのではないか?

 すぐには人間たちを攻めることをせずに、静かに森の奥で牙を研ぎつづけたのではないか?


 ――都市連合国家エルゴで冒険者を襲ったというオーガの集団。


 まさか、あれもオーガ・キングの行ったことなのではないか……。

 何かしらの実験、あるいは訓練か。


 ――だとしたら……。


 時間をかけての侵略。

 仮に二万をこえる兵があったとしたら?

 第三軍団は予想以上に早く全滅するかもしれない。

 そして、存在がばれただろうギルトハート大隊へも、すでに別動隊が向けられているかもしれない。

 碕沢隊が敵の偵察ではなく、別動隊の先陣とぶつかったとしたら、たいした反撃もできずに全滅してしまうだろう。

 別動隊があるという可能性をギルトハートは碕沢に伝えることができない。

 手段がない。

 碕沢自身が気づくしかなかった。


 あまく見ていたのは第三軍団ばかりではない。

 自分も同じ愚か者ではないか。

 第三軍団に意識を奪われ、本来の敵への警戒がおろそかになっていた。

 失敗ではあるかもしれない。

 だが、ギルトハートは絶体絶命だとは考えていない。

 事前の準備があった。

 すでに彼は手を打っている。

 だが、余裕はない。

 今はただなすべきことをなす。

 最善手を指すだけだった。


 ギルトハートは強行軍を行った。

 行軍で脱落者がでた。

 第三軍団の負傷兵である。

 だが、ギルトハートが速度を落とすことはなかった。

 優先すべきことを彼は優先したのだ。

 予定よりも一日早くギルトハート大隊は目的地に到着したのである。

 負傷兵たちは遅れて無事収容した。









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