二章 碕沢隊の戦い(3)
大将同士が一騎打ちをする、という非常に原始的な――だがこの世界では珍しいとは言い難い戦いが行われていた。
碕沢とオーガ・ヴァイカウントが目にもとまらぬ動きで戦闘を繰り広げている。
一方、碕沢隊とオーガ部隊の戦況はどうであったかというと、すでにはっきりと片方に針が振れていた。
オーガ部隊前方の半包囲に成功した碕沢隊は、徹底的に叩きのめし、オーガたちの実力を発揮させなかった。
兵士たちは常に数の優位を保って戦った。
オーガたちは連携をとることができずに、次々と戦場に散っていく。
冴南によるあまりに効果的な矢の攻撃も、碕沢隊の有利に大きく貢献した。
戦闘が始まり、三十分もかからず、オーガ部隊の前方は戦力を失ってしまった。
オーガ隊後方はどうであったかというと、碕沢隊の一部がこれにあたっていたが、最も目立っていたのは、エルドティーナの奇蹟術による火炎攻撃とサクラの攻撃力であった。
サクラは指揮などまったくしていない。
彼女は自らの赴くままに攻撃し、跳躍し、派手に戦場で踊っている。
その姿は華麗であり、恐怖であった。
サクラはオーガを圧倒していた。
また、エルドティーナの奇蹟術の攻撃は、その度にオーガに混乱をもたらした。
オーガ隊後方に攻撃をする碕沢隊は数の劣勢を強いられていたのだが、彼らが何とか互角に戦えたのは、こういった理由があった。
そして、オーガ隊前方を殲滅した碕沢隊本隊が後方へと攻撃の手を伸ばす。
戦闘は急速に終末へと雪崩れ込んでいった。
碕沢とオーガ・ヴァイカウントの戦いはなかなか決着がつかなかった。
実力は、碕沢のほうが一枚上手であるように、彼自身は感じていた。
だが、決定的な一撃を加えることができない。
オーガ・ヴァイカウントが防御に徹しているからだ。
攻防を繰り返した序盤に、碕沢はオーガ・ヴァイカウントへ傷を与えた。
その時だけだった。
オーガ・ヴァイカウントに隙が見えたのは……。
以降、オーガ・ヴァイカウントは牽制の攻撃を仕掛けるのみで、防御に集中している。
そして、足をとめることは一切なく、できるかぎりオーガのいるほうへと寄っていくのだ。
オーガ・ヴァイカウントはオーガを盾にしようとしていた。
動きを追えば、狙いがそれだけではないことが分かる。
オーガ・ヴァイカウントは、密集したできるだけ戦いにくい環境へと碕沢を導いていたのだ。
客観的に見て、碕沢は手こずっていた。
碕沢は主観でそれを認識している。
指揮官として時間の貴重性を理解している碕沢の心に焦りがかすかに生まれる。
確かに碕沢は戦いだけに専心することがなくなり、周囲を見渡す能力を新たに得ていた。
だが、まだまだ完璧ではない。
周囲を見るという余裕は、時に別の方向へと精神を誘導することもあるのだ。
これは現在の碕沢の集中が完全ではないことを意味した。
彼は兵士を率いる初めての実戦で今までとは異なる精神状態にあったのだ。
焦りが行動に影響を及ぼす。
碕沢は間に入ろうとする邪魔なオーガを無理やり斃し、一直線にオーガ・ヴァイカウントを狙った。
無理というのは、どうしても欠けた部分を生みだしてしまう。
碕沢の動きがわずかではあるが、鈍った。
スピードが落ちる。
そこにもう一体オーガが襲いかかった。
碕沢は見事に撃退し、そのままオーガ・ヴァイカウントへ攻撃を続けた。
碕沢の判断は誤りだった。
彼のスピードは見る影もない。
いや、オーガを相手にするのなら充分に速かった。
だが、オーガ・ヴァイカウントとの間で繰り広げられていた高速戦闘に比べれば、遅いというよりなかった。
オーガ・ヴァイカウントの動きはカウンターであった。
碕沢の動きを視認しながら反撃していた。
であるのに、オーガ・ヴァイカウントの剣のほうがはるかに速く碕沢へと届く。
碕沢に避ける術はない。
彼は瞬時に覚悟した。
攻撃を受けるのは止むを得ない。
だが、こちらの攻撃も相手に届かすのだ。
突如、青白い閃光が尾を引き飛びすさった。
オーガ・ヴァイカウントを狙った攻撃である。
すでに攻撃態勢に入っていたオーガ・ヴァイカウントは防御できない。
無理やり避けようとした。
剣の軌道が乱れ、狙いを外し、空を切る。
碕沢の顔の近くをオーガ・ヴァイカウントの剣が音を立てて通り過ぎていく。
碕沢の動きは変わらない。
硬化した綺紐がオーガ・ヴァイカウントの肩を砕いた。
衝撃をその身にとどめながら、全力でオーガ・ヴァイカウントが背後へ跳躍する。
先端の尖った綺紐が意思のある蛇のようにのたうち、鋭くオーガ・ヴァイカウントに迫っていく。
オーガ・ヴァイカウントが一本を弾いたが、残り二本の綺紐が魔人の身体を喰い破った。
着地と同時に、オーガ・ヴァイカウントが体勢を崩す。
多くの血が流れ落ちた。
負傷は無視できない度合である。
碕沢は連続で綺紐を放ちながら、オーガ・ヴァイカウントとの距離を縮める。
オーガ・ヴァイカウントは逃げないはずだ。
ここに至っては、すでに逃走は愚策である。
この状態で逃げようものならかえって隙をつくり、碕沢の攻撃を許すことになるだろう。
だが、オーガ・ヴァイカウントは碕沢に背中を見せて走りだした。
大きく跳躍し、小さな崖の上へ達する。
だが、着地は膝をつくことになった。
すべての綺紐が命中し、オーガ・ヴァイカウントの背中を傷つけていた。
しかも、綺紐は刺さったままである。
オーガ・ヴァイカウントはすぐには動けない。
碕沢は刺さった綺紐を起点として跳躍し、オーガ・ヴァイカウントへと迫る。
オーガ・ヴァイカウントはその状態でさらに走って逃げようとしたようだった。
だが、碕沢はそれを許さない。
碕沢のもつ綺紐が水平方向へ横切る。
軌道上のある物体を綺紐は見事に断ちきった。
オーガ・ヴァイカウントが大量の地を宙へと噴きだし、そして倒れた。
濃い霊力が碕沢に流れ込んでいく。
荒い息を吐きながら、碕沢は転がるオーガ・ヴァイカウントの首に冷たい視線を送った。
すぐに彼は踵を返し、戦場へと引き返す。
趨勢ははっきりしていた。
だが、戦いはまだ終わったわけではない。
オーガ部隊はどうしようもない状態に陥っていた。
包囲の輪が狭まるほどに、味方同士がぶつかり、身動きがとれなくなり、うまく攻撃ができなくなる。
せっかくの膂力も巨体を自由に動かせなければ発揮しようがない。
オーガたちは武術の達人ではないのだ。
さらに遠距離から暴力的な火力攻撃。
遠距離からの適切な弓矢の攻撃。
オーガたちを圧倒する武力を持つ者が二人暴れまわっている。
混乱が混乱を呼び、オーガの中には戦うことなく、圧死する者まで出ていた。
戦いの後半は、一方的としか言いようがなく、終わってみれば戦闘はごく短時間で終了した。
碕沢隊の圧勝だった。




