二章 碕沢隊の戦い(2)
そこは地面が段違いになっていた。
二メートル強ほどの高さの違いがある。
碕沢隊は、段違いの上段部分に身をひそめていた。
百数人の人間が息を殺し、気配を殺す。
特に碕沢や冴南、サクラ、エルドティーナは自らの力を隠した。
よほど鋭敏な感覚が持つものが、注意深く観察しなければ、碕沢たちに気づくことはできないだろう。
まずサクラがオーガの接近に気づいた。
次いで、碕沢とエルドティーナが気配を察する。
碕沢たちは陣頭にある。
突撃命令を出すために、あえて碕沢は先頭で待ちかまえていた。
しばらく時間が経過し、ついにオーガの集団が姿を見せた。
隊列を組んでいた。
五列で、それぞれに三十人強のオーガが並んでいる。
森の中であるためか、まっすぐというわけにはいかなかったが、意図的な縦線ができあがっていた。
訓練しなければ実現できない形である。
間違いない。
オーガは集団行動をしている。
感情に支配されたものではなく、理性による統率がなされているのだ。
碕沢は大きく口を歪めた。
予想していたことであったが、当たってほしくない現実だった。
強い個が、強い集団として存在する。
弱い個はどう対応すればいいと言うのか。
もちろん、碕沢は愚痴を声に出すことをしなかった。
――まったく楽をさせてもらえないな。
一方で彼は頭の大部分で、冷静にオーガの動きを観察しつづけ、タイミングをはかっている。
頭一つ分髙いオーガが四体。オーガ・バロンだろうか。
隊の中央に、やや小柄なそれでも二メートルはあるオーガがいた。他のオーガとは違う印象を碕沢は受けた。
あれが、ヴァイカウントだろうか?
疑問はそのままの形――可能性としてとどめておく。
現実は動いている。
それに対処しなければならない。
今まさにオーガの集団が完全に碕沢の前で横腹をさらしていた。
碕沢はエルドティーナに合図を送った。
エルドティーナが何ごとかを口中で唱える。
燃え盛る炎が球体となって、突如、オーガの中心で炸裂した。
オーガに混乱が生じる。
小柄なオーガが声を張りあげ、オーガたちを鎮めようとしていた。
碕沢はしっかりと観察して、全員に命じた。
「突撃だ!」
碕沢が先頭に立ち、小さな崖を駆けおりる。
彼の隣を人影が追い抜いていった。
サクラである。
サクラがまず先陣を切り、オーガを一体ぶった斬る。
戦いが始まったのだ。
碕沢とサクラの先頭二人組は、オーガの集団を中央で分断した。
そこで、二人は二手に分かれ、再度攻撃に移る。
碕沢が右――オーガの進行方向――、サクラが左――オーガの後方――だ。
ちなみに、エルドティーナは駆けおりることなく、上から奇蹟術での攻撃を続けている。
彼女の攻撃は、オーガ後方に向けて放たれていた。
突撃し、オーガ隊を分断した碕沢隊の兵士たちは碕沢の指揮に従って、オーガの集団の前方に対して攻撃を加えている。
虚を衝き、オーガの集団の側面を攻撃することに成功した。
オーガの集団は崖方向に抑えこまれる格好だ。
オーガは碕沢隊と土の壁に押し潰されるような形になっていた。
そこに、オーガが進行していた前方方向から、さらなる攻撃が加えられた。
冴南の率いる別動隊だ。
碕沢は冴南に三十人ほど兵士を与えて伏せさせていたのだ。
半包囲の形を碕沢は作りだすことに成功した。
奥に押し込められたオーガは敵と接することができない。
戦うこともできずに味方に圧迫されて負傷する始末だった。
碕沢は戦術の成功によって、数の差を逆転したのだ。
碕沢隊の攻撃は猛烈を極めた。
オーガは劣勢のままに数を減らしていった。
むろん、オーガも対策をとらなかったわけではない。
むしろ、機敏な反応を見せ、一部では混乱から早期に脱しようとしていた。
だが、そのあまりに早い反応は、戦場を冷静に見ている人間にすれば、非常に目立った。
冴南とエルドティーナは、オーガ・バロンがそこにいるのを見破り、遠距離攻撃を仕掛けた。
彼女たちの攻撃は正確な上に破壊力も抜群であった。
たとえ、一撃で仕留めることがかなわずとも、二撃三撃と放たれる連続攻撃によって確実にオーガ・バロンは仕留められた。
オーガの秩序だった反攻は、その都度玉砕されたのである。
碕沢は、戦場を完全に支配下においたことを確信すると、班長らに攻撃を任せ、自身はオーガの中に身を躍らせた。
碕沢の意識は最初からこれまでずっと一体のオーガに投じられている。
そのオーガはバロンたちと違って、攻撃を受けて以来、集団の混乱を鎮めようなどとしていなかった。
周囲のオーガのみに命令し、自分を守らせようとしている。
目立たつような動きをすることなく、包囲のない方向へと移動しつづけていた。
つまり、あのオーガは自身の脱出を図っているのだ。
人間を前にして、逃走を考えるなどという魔人とは思えぬ判断をくだしている。
間違いなくただのオーガではない。
バロンの上位種やはりオーガ・ヴァイカウントだろう。
碕沢は一体のオーガを綺紐で切り裂いた。
オーガの肉壁が崩れ落ち、碕沢とオーガ・ヴァイカウントの視線がぶつかる。
オーガ・ヴァイカウントが何ごとかを短く叫ぶ。
碕沢とオーガ・ヴァイカウントの間に、またもやオーガの壁が生まれた。
碕沢は前進を止めない。
オーガの攻撃を避け、攻撃を繰りだす。
ぎりぎりの攻防――だが、碕沢にはまだまだ余裕があった。
オーガの攻撃を完璧に避け、自身の攻撃を確実に当てていく。
数秒の間に、碕沢の前にいるオーガが崩れ落ちた。
左右から碕沢に襲いかかろうとしていたオーガが突然弾け飛ぶ。
碕沢はその光景に驚くことはない。
冴南の援護射撃であると確信しているからだ。
碕沢の前に道が開かれた。
碕沢はまっすぐオーガ・ヴァイカウントへと綺紐を伸ばす。
俊敏に避けられ、オーガ・ヴァイカウントに攻撃は命中しなかった。
だが、魔人が避ける動作をしている間に、碕沢は距離をゼロにする。
硬化した綺紐とオーガ・ヴァイカウントの剣が交差し、高い音を奏でた。
「指揮官が最初に逃げだすのは感心しないな」
碕沢の言葉を理解したのか、オーガ・ヴァイカウントが裂けるように口角をあげ牙を見せる。
力任せに振るわれたオーガ・ヴァイカウントの剣を受け流し、数歩碕沢はさがった。
周囲にはオーガが溢れている。
充分に動きまわるスペースはない。
碕沢にとっては、あまりよい環境ではなかった。
オーガ・ヴァイカウントが接近戦を挑んでくる。
直進はしてこない。
左右にぶれるようにフェイントをかけ、虚を衝き、剣を振るってきた。
オーガたちとは異なる俊敏な動き。
碕沢はオーガ・ヴァイカウントの動きに遅れることなくついていった。
碕沢はオーガ・ヴァイカウントの剣をさばきながら、内心で思う。
どうやらオーガ・ヴァイカウントも彼と同じらしい。
広い空間でこそ本領を発揮するタイプなのだ。
周囲を置き去りにしたスピード戦が戦場に花開いた。




