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二章 碕沢隊の戦い(1)




 大隊と別れ、碕沢隊は別行動に入った。

 オーガの進路はギルトハート大隊をまっすぐに追うものとして、まずは予測した――集団の痕跡はどうしたって残るものなのだ。追跡は難しくない。

 また、見当違いの方向にオーガが進軍するのなら放っておけばよい。

 あえて戦う必要はなかった。

 命令以上のことを碕沢はするつもりはない。


 予測にそって、碕沢は部隊を森の中に潜ませる。

 余計な戦いをする気はないし、一つには、逃げてくる味方との接触を避けるという理由もあった。


 偵察にサクラと冴南を出す。

 サクラの感覚を頼り、早期発見を狙ってのことだ。

 冴南をつけたのは、まずサクラのスピードについていけること、そして、何よりサクラの暴走の防波堤としての役割である。

 本来ならば、冴南よりも碕沢のほうが適任だろう。

 だが、碕沢は隊長である。

 部隊から離れるわけにはいかなかった。

 二時間後、サクラと冴南が無事戻ってきた。

 だが、持って帰った情報は、歓迎すべき内容ではなかった。

 碕沢と副官たち――冴南、サクラ、エルドティーナで兵士から距離をおき、簡易会議を行う。


 周辺にいるのは、百五十から二百ほどのオーガの部隊が二つ。

 一つはギルトハート大隊を襲った集団らしく負傷者がかなりいたようだ。

 進軍速度から三時間後には、姿を現すだろうとのことである。

 下手をすれば、百人で四倍の相手と戦わなくてはならなくなる。

 悪いことに、個の力は互角、もしくは敵のほうが上かもしれないと来ている。

 指揮官を潰すという方法がもっとも効果的だが、先の戦いを見ると、オーガの指揮官は身をひそめているようだ。

 しかも、上手に身をひそめていた。

 まず、敵指揮官がどこにいるのかを見定めなければならず、時間がかかることになるだろう。

 ゴブリンのようにはいかないようだ。


「気になったのは、たとえ遠くに兵士にんげんを見つけても一体として襲うようなことをしなかったこと」


 冴南の口調には、深刻な響きがある。


「本当かよ、魔人は人間を見れば容赦なく戦うんじゃなかったっけ?」


「それが魔人の習性のはずです。まあ、キングとデュークをのぞいてですが」


 エルドティーナの口調にもオーガの行動への戸惑いが見えた。


「認めたくないけど、どうもオーガたちには規律がある。そして、目的にそって集団行動をとることができるようだ」


 碕沢は小さく息を吐いた。

 まったくこれでは逆ではないか。

 第三軍団が魔人で、オーガが人間のように戦っている。


「でも、それって考えれば相手の思考をトレースできるってことじゃないの?」


 冴南の発言は聞くべき価値があった。


「だな。確かに理性ある行動をとるのなら、思考をたどりやすいかもしれない。そこに活路があるか……」


 碕沢は冴南、サクラ、エルドティーナの三人に意見を求めたが、これといってめぼしい案はでなかった。

 サクラは問題外であったが、冴南とエルドティーナにも見るべき策はない。

 後者の二人は、すぐに援軍を求める伝令を出すべきではないか、との案を示した。

 純粋に敵と戦うという条件であったのなら、常識的で過不足のない提案である。

 無謀な戦いを挑まないところなど良将の素質が見える。


 だが、碕沢たちは殿しんがりを任されたのだ。

 援軍を求めるなど本末転倒であった。

 冴南とエルドティーナもそれは承知しているようで、次に示したのが罠を作っておくことだった。

 これは確かに良い案だが、現実的ではない。

 実行するには時間が足りなかった。


「どうするつもり?」


 冴南が碕沢に問う。

 後の二人も碕沢を見つめていた。

 特にサクラの瞳には試すような厳しさがあった。

 実は碕沢の中ではすでに作戦ができあがっていた。


「四百を相手にすれば負ける」


 碕沢の言葉を受けて、サクラの顔に失望がひろがる。


「その可能性は高いでしょう。私たちは生き残れるかもしれませんが」


 エルドティーナの表情は、何を当たり前のことを言っているのか、と言いたげである。


「だが、二百ならいくらか勝率はあがるだろう」


「数が減れば、そうなるでしょうね」


 エルドティーナの視線の温度が低くなった。

 何かに気づいたのか、冴南の表情が変わった。


「こっちから仕掛けるの?」


「各個撃破というやつだな」


「でも、それでも相手のほうが数は上だけど」


「奇襲をかける。まず負傷者の多い相手を叩く。これならさらに勝率があがるだろ」


「ちょっと待ってください」エルドティーナがほっそりとした眉をひそめた。「つまり、二つの敵部隊の内、より少ない部隊へこちらから攻撃を仕掛ける、ということですか?」


「そういうこと、単純だな」


「いえ、待ってください。私たちの任務はオーガの足どめでしょう。あえてこちらから攻撃を仕掛ける必要はないし、それに、一方の敵の相手をしていて、もう一方の敵を先へ行かせてしまったら任務は失敗なのではないですか?」


「時間の勝負になるな」


「そんな簡単に言うことじゃ……」


「分かりやすくていい」


 エルドティーナの否定の言葉をさえぎるように、サクラが初めて発言した。

 サクラの表情から失望の細波はすでに消えている。


「戦いは単純な方がうまくいく」


 サクラが重ねて言った。

 それは彼女の中での戦いの真理なのかもしれない。


「ずいぶんな賭けに思えるけど、それならまだ可能性があるってこと?」


「待ちうけるよりはマシだ――と思う」


 やや歯切れの悪いところが、碕沢の本音を表していた。

 集団を指揮しての実戦など、碕沢にはほとんどない。

 経験と実績がないのだから、強く言うことなどできはしない。


「ということなんで、それじゃ、すぐに行動を開始しようか。この戦いは時間が重要なだから」


「犠牲がでるね」


 ぽつりと漏れた冴南の言葉に碕沢は無言で答えた。



「難しいことは何もない。敵より素早く動き、敵の予測しないところから攻撃を加える。ただそれだけだ。それによって、今回の戦いは勝利をものにできる。いかに早く移動できるか。焦点はそこだ。そして、訓練程度の動きができれば、その問題を軽々と跳び越えることができるだろう。模擬戦で勝ちつづけたように、実戦のおいても俺たちは勝ち続けるんだ!」


 碕沢の宣言に、碕沢隊の兵士たちが押し殺した声で、だがそれは非常に高い熱のこもった声で、返答をした。

 指揮官への熱狂が感じられる。

 戦場の高ぶりがいつも以上に兵士たちの熱を与えているようだった。

 異常な熱を持たねば、戦場を駆けまわることなどできないのかもしれない。

 指揮官が有能だと信じることで、兵士たちは自分の生存を信じようとしているのかもしれない。

 隊長である碕沢への熱は、信仰心のように高まっていた。

 冴南はその姿をじっと見ていた。

 碕沢は冴南たちの前では、断定口調で煽るようなことをいっさい言わなかった。

 自身の決定に絶対的な確信がないことが伝わってきた。


 だが、今は違う。

 まるで勝利した自身の未来を視てきたかのような絶対的な自信を兵士たちの前で見せている。

 不安など微塵も感じさせない。

 いや、もともと不安を他者に感じさせない男ではあった。

 だが、今目の前にいる碕沢秋長はいつもの飄々とした彼ではない。

 冴南の知らない別人が演説しているようだった。


 碕沢は変わったのだろう。

 これは成長だろうか?

 戦いという視点で見れば、間違いなく成長なのだろう。

 だが、碕沢秋長という人間にとって、これは必要な要素だったのだろうか。

 冴南の網膜に映る碕沢は、兵士たちを前にして一歩も引いてない。

 むしろ、圧倒するかのよう存在を発している。

 いつの間にこんなことができるようになったのだろうか。

 碕沢秋長は変化しつづけている。

 もしかしたら、戦場という場所において、彼はもっとも劇的に変貌を遂げる男なのかもしれない。


 碕沢の声がかかり、碕沢隊は行動を開始した。

 碕沢の予定どおりに事態が進行するとしたら、彼らは二連戦を行わなければならないのだった。

 簡単なことではない。

 だが、兵士たちの目に不安の翳りはいっさい見られなかった。









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