二章 ギルトハート大隊の戦い(3)
床几に座り、議論が行われている。
上座に位置するのは、大隊長であるギルトハートだ。
ギルトハートは黙したまま語らない。
議論は、彼の部下と部外者の間で行われていた。
部外者とは、第三軍団の隊長たちのことである。
ともかく同格である大隊長がいなかったのは運が良かった、と碕沢は考えていた。
ヒートアップしている議論に口を挟むことなく、碕沢は他人事のように見ている。
発言をしていない人物がもう一人いた。
第三軍団の隊長であるランドル――碕沢の試験監だった男だ。
彼も黙して語っていない。
ちなみに対立している議論の内容は、明快だった。
即座に進軍しろ、という主張と、
情報を収集して後に、行動を決定するべきだ、というものである。
どちらがどちらを主張しているのかは、言うまでもないことだろう。
ふいに訪れた静寂。
議論に隙間が生まれた。
ふと一人の隊長が口を開く。
「結局、第三軍団は敗北したということなのだろう? ならば、まずは第四軍団と連絡をとり、防御線をつくるべきなのではないか?」
「何を! キサマは、我々が敗れたというのか?」
「敗北」という単語は、誰もが避けていた。
事実を認めがたいという思いもあったが、何より場が荒れることを容易に予測できたからだ。
だが、ギルトハート大隊の隊長たちもついに耐えきれなくなったようだ。
「実際、多くの兵士が逃げてきているではないか! 我々に守られることで、おまえたちは今も生きながらえている。そもそもそのような敗残者が作戦に口を挟むこと自体がおこがましい」
「我々は敗北などしていない。軍団長を始め、大隊長の方々も誰一人として退いてはいない。逃げだしたのは一般兵のみだ」
「では、おまえたちはどうなのだ? 隊長でありながら部隊をまとめきれずに逃げだしているではないか!」
言葉には侮蔑が満ちていた。
「逃げたのではない。逃げだしたバカ者たちを追ってきただけだ。いいだろう。キサマら臆病者たちが戦わぬというのなら、我ら第三軍団のみで戦うまでだ――しょせん、できたばかりの大隊。戦いを知らぬ者たちばかりか」
言葉の終わりは嘲笑の笑みを加えて放たれた。
緊迫した空気が流れる。
何かきっかけがあれば、互いに剣を抜きかねないほどに敵意が溢れだしている。
「碕沢君、君はどう思う?」
驚くほど場違いで平坦な声を発したのは、ギルトハートだった。
あまりに日常的なその口調に、各陣営の隊長たちは毒気を一瞬ぬかれてしまった。
「もう少し実際に見た事実を――いや、すべて事実のみで語ってもらいたいですね」
全員の視線が生意気な新人隊長に集中する。
「そうだな。では、ランドルだったか、あなたの目にした事実を語ってもらえるか?」
すぐに大隊長が次なる発言者を指名したので、視線は新人隊長から外れた。
「――承知しました」
淡々と場が進行しはじめ、空気に戸惑いの粒子が放散する。
「私の部隊は深夜奇襲を受けました。各自目の前の敵を斃す――この時点でそれ以外の方法はないと判断し、我が隊はオーガに戦いを挑みました。敵がオーガであるのも、剣をあわせて始めて分かったという状況です」
「大隊長からの指示は?」
ギルトハートが訊ねる。
「私の部隊と大隊長のいる場所とは距離があり、戦闘の混乱時に連絡を取ることは難しい状況にありました」
「戦っている最中、あるいはその後に、何らかの命令はあったのか?」
「いいえ、命令がないということは、戦えということであると認識しています」
ランドルの言葉に、第三軍団の隊長たちは頷いている。
「大隊長を実際に目にした最後は?」
「奇襲前日の行軍中です」
「大隊長がどのあたりにいたのかは分かっていたのか?」
「さらに森の奥へ進んでいたと思われます」
数秒の沈黙が流れた。
ギルトハートが沈思していたからだ。
「ランドルの周辺の戦況は?」
再びギルトハートが質問する。
「善戦はしましたが芳しいものではありませんでした」
「現在。指揮下にある兵数は?」
「――十四人です」
一方の陣営からうめき声が漏れ、一方の陣営の者たちは唇を噛みしめ、下を向いた。
他のランドル麾下の兵士がすべて亡くなったということはないだろう。
別の場所に逃げているのかもしれないし、あるいは、この後合流することもあるかもしれない。
それを考慮しても被害はあまりに大きなものだった。
「ランドルの見た光景と異なるものを見た人間は、この場で報告してほしい」
ギルトハートは第三軍団の隊長たちに視線を投じた。
発言する者は一人もいない。
全員が似たような状況だったということだ。
「では、各自の被害状況を改めて報告してもらう」
この時になって、ようやく第三軍団の隊長たちは損害の報告をギルトハートに行ったのだ。
報告さえ彼らはまともにしていなかった。
現時点をもって彼らはギルトハートの指揮下に入ったということになる。
ギルトハートは好まざると新たな戦力を抱えることになったのだ。
最終的にギルトハートが結論を出した。
彼は一度後退して、大隊を立てなおすことを決定した。
むろん、対オーガを意識してのことだが、逃走兵の受け入れも考えてのことだった。
戦闘が終了して二時間もしないうちに、ギルトハート大隊は戦場を後にした。
移動が終わり、新たに布陣をしているところで、碕沢はギルトハートから呼びだしを受けた。
碕沢が向かうと、そこにはギルトハートだけではなく、もう一人ランドルがいた。
「率直な意見を聞くために、君たち二人だけを僕のもとに招待した。つまり、率直な意見と客観的な事実情報のみを僕は欲しているということだ」
碕沢に席を進めるとすぐにギルトハートが口を開いた。
「まずは、ランドルの知る現実を教えてほしい。第三軍団は、隊長や大隊長などの一部の力ある者のみでオーガの集団に突撃していったということか?」
「おそらくそうなのだろうと思われます。少なくとも敵の奇襲がなければ、実際にそういった戦闘予定でした」
「ついて来られる者だけが、勝利の栄光を掴むということか」
「それが第三軍団です」
ランドルが無表情で言った。
だが、本心は異なるのではないか。
内心ではその方針に賛成しているとは思えない。
彼の無表情が逆にそれを語っていた。
「ちょっと待った。それって、逃げなかった兵士、いや逃げられなかった兵士たちも含めて突撃につきあって、ことごとくやられた可能性もあるんじゃないか?」
「むろんそうなる。全滅した部隊をあるだろう」
ランドルが碕沢の顔を見て頷いた。
「そうなるって――そんな戦い方じゃ、軍なんて保てないだろう? 最初から秩序も統率もない。無益な損害を出すだけじゃないか、それじゃ!」
「碕沢君、君が怒る必要はない。言うまでもなく軍団長が馬鹿なのだ。その周囲にいる者たちもあわせてね。彼らは自分たちより弱い者たちしか相手にしていないし、自分よりも弱い者たちのことを考えることもない。集団の上に立つ人物としては、まったくふさわしくないのだ。個人の強さを絶対の指針においているキルランス軍団の決定的な欠点が、まさに具現化しているわけだ」
「そんな悠長なことを言っている場合ですか?」
碕沢は憮然として言った。
ギルトハートは碕沢をちらりと見ただけで、視線を移した。
「ランドルは大隊長がやられた姿を見てはいないのか?」
「はい。第三軍団は奇襲を受けた当初、むしろ前進していました。それは、大隊長らが道を作っていたためと思われます」
「君は戦線を支えようと動いたのか?」
「――はい。失敗しましたが」
「正確な判断をしていようと、個では意味がないということだ。君の責任ではない」
ランドルは答えなかった。
「僕が知りたいのは、オーガ・キングがいるのか、ということだが――まあ、これは間違いないだろう。第三軍団を敗勢に追い込むほどのオーガの数がそろったという事実がそれを示している。もう一つ知りたいのは、軍団長がオーガ・キングを斃したのかということだ」
「そんな森深くまで偵察は無理ですよ」
碕沢の口調はどこかぎこちないものとなっている。
感情の整理がきちんとなされていないのだ。
「――というより、敵大将までたどりついたと本気で考えているんですか?」
「軍団長の地位はダテじゃない。彼の強さは群を抜いている。単独であってもたどりつくのは可能だろう。おそらくオーガ・デュークで何とか足どめをできるかどうか、というところじゃないか」
「な――それなら軍隊なんかいらないんじゃないですか?」
「一人で千人を相手にして、君は疲れないのか?」
どんなに超人的な人間であろうと、体力の限界はあるということだ。
「……そうですね――馬鹿正直に一対一でやる必要はない」
「そう。キングのためならば、他のオーガたちは自分の命を差し出す。それがオーガ・デュークの強さを持っていたなら、なおさら無視できないだろう。疲労だけならともかく、負傷しようものならキングに勝つのは、たとえ第三軍団団長ブーラ・オベスクでも難しいだろう」
ギルトハートは一度言葉を切った。
「それに、オーガ・キングの強さが僕たちの知識にある強さと同格とはかぎらない。もっと強くなっている可能性だってあるんだ」
「で、その勝敗の結果をどうやって知るつもりです?」
「こうなるともっとも簡単だが、やりたくない方法となる――待っていればいい。軍団長が帰ってくれば、僕たちは勝利したということだ。オーガが現れたら、軍団長は敗北したということになる」
あっさりとギルトハートが言った。
「さて、現状を認識したなら、本題に入ろう」
「率直な意見ですか?」
「そう。僕たちが生き残るための作戦の草案だよ」




