表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/109

二章 ギルトハート大隊の戦い(2)




 夜の時間が終わり、かすかに光が地上を照らそうとしていた。

 ギルトハート大隊の戦いは続いている。

 奇襲を受ける形になったが、何とかギルトハート大隊は横陣をしき、オーガの波を受けとめていた。

 すでに短くない時間が経過しているが、ギルトハート大隊は崩れることなく、互角にオーガたちと戦っている。

 穴をつくらぬよう、ギルトハートがうまく兵を投入し、あるいは入れ替えをしているのが功を奏しているのだ。


「まったく低能な味方ほど邪魔なものはない」


 指揮をとりながら、ギルトハートは吐き捨てる。

 あまりに淡々とした口調で、しかも無表情であったので、周囲にいた彼の部下たちは、上司の辛辣な言葉に一瞬気づかないほどだった。

 ギルトハートが低能な味方と言ったのは、むろん第三軍団の兵士たちだ。

 彼らは退避ではなく、逃走していた。

 せめて、攻撃を受けとめているギルトハートたちの邪魔にならないようにすればいいのに、全員がギルトハート大隊に向かって突入してきたのだ。

 そう突入してきた、というよりない。

 戦いの初期において、小さくない被害と混乱が生じたのは、間違いなく第三軍団の敗残兵に原因があった。

 彼らの問題は、そこで終わらなかった。

 こちらに匿われた後、食糧に気づいた者たちが、あろうことか食事を始めた。

 彼らは後方に退避させていたので、戦場に直接かかわることはない。

 だが、無断でそのようなことをするのは許されるはずがなかった。

 しかも、再び武器をとる――さすがに血気盛んな第三軍団だけはある――と、ギルトハートの指揮下に入ることなく、かってに戦いだしたのだ。

 それがまた、ギルトハートにとっては、邪魔以外の何者でもなかった。

 ギルトハートが、睡眠薬でも飲ませて全員昏倒させてやろうか、と物騒な思考を本気で実行しそうになった時、戦場が大きく動いた。


 まっさきに指示を出していた部隊がついに戦場に現れたのだ。

 碕沢隊である。

 彼らの突撃の破壊力はすさまじいものがあった。

 まず輝く矢が進むべき道を示すようにまっすぐと飛行し、オーガを貫いていった。

 ほとんど同時に、氷の槍が出現し、オーガを斃す。

 そして、二人の男女がオーガを斬り倒しながら、駆けて行った。

 オーガの集団にひびわれが生じる。

 それを決壊させようと訓練された兵士たちが突撃していった。

 まったく予期せぬ横撃を受けたオーガの右翼は混乱の奈落に突き落とされた。

 ギルトハートは左翼に前進を命じる。

 大隊左翼は半包囲の形をとりながら、オーガたちをいっきに減らしていった。


 碕沢隊はオーガ右翼への攻撃にとどまらず、突撃を続けていく。

 それは、オーガの中央部隊、さらに左翼までも貫いた。

 オーガの集団を真横に両断したのである。


 ギルトハートはこの機会を逃さず、全軍に前進を命じる。

 前線でのオーガの圧力は半減していた。

 ギルトハート大隊の前進をとめる力はない。

 いっきにギルトハート大隊はオーガたちを押し潰さんとした。

 ギルトハートは右翼の翼をひろげ、包囲をつくろうと考えたが、それが実行されることはなかった。

 波が引くようにいっせいにオーガたちが退いていったからだ。


「退却した――?」


 ギルトハートの呟きが外に漏れることはなかったので、誰一人として指揮官の驚きに気づく者はなかった。

 キングの命を狙われたのならともかく、魔人が人間を前に逃げだすなど普通はありえない。

 戦いぶりから察するに、やはりこのオーガたちは……。

 ギルトハートは追撃を命じながら、脳の半分を駆使し、別の思考を行っていた。





「あまりにも完璧に成功したな」


 自画自賛の言葉を碕沢は吐いたが、その口調には困惑がある。

 成果をあげる自信はあった。

 だが、これほど見事な結果が出せるとは考えていなかったのだ。


「そうね。軽傷者が数名いるだけで、全員生還。しかも、私たちの攻撃をきっかけにして勝利を得たのは間違いないものね」


 冴南が同意する。

 おそらく碕沢以上に全体を把握していただろう彼女の言葉には、説得力があった。


「でも、犠牲がでなかったのはオーガの対応にもあると思う」


「どういうことだ?」


「退却がとても早かった。しかも、その判断の実行もとても早かった。だから、結果としてこちらの被害も小さなかものになったんだと思う」


 確かに手応えがあまりなかった。

 ゴブリンでさえ戦いになった時は、しつこく食らいついてきた。

 ゴブリンが逃走したのは、指揮官の命がある時か、指揮官が命を落とした時である。


「指揮官がやられたってことはないよな?」


「そんなことになったら、あれだけ綺麗に撤退できないでしょ」


「どこかにオーガ・バロンがいたということでしょう。あるいは、それ以上の存在が」


 軽く言うエルドティーナは、当然のように無傷だった。


「一番の問題は、いったい何が起こっているのか分からないことだな。全体像がどうなっているのかが分からない」


 碕沢は小さく首を振った。

 突然、戦闘が始まり、その戦闘に勝利を得た。

 どうやら先行していた第三軍団の兵士が逃走しているらしい、という事実。


「推測はできますが、推測でしかないですからね」


「賭けにでなければならないほど危ない状況じゃないなら、適当な推測に身を委ねたくはないけどな」


「私の推測が適当だと? まあ、情報が少ないのでそう言われても仕方ないですけど」


「というわけで、情報を一番持っている人に、いろいろと聞いてくることにしましょうか」


 碕沢の視線の先には、駆けよってくる兵士の姿がある。

 碕沢隊の者ではなかった。

 おそらくは大隊長直属の者だ。


「たぶん、戦いはまだ続く――というか、これからが本番だろうから、サクラも不満そうな顔はやめてほしいな」


「あんなザコ相手は、戦いじゃない」


 無愛想にサクラが言う。

 戦場に来て以来、彼女の碕沢に対する態度はどこかつっけんどんなところがあった。

 碕沢に思いあたるところはない。

 べつだん問題にするようなことでもない、とこの時碕沢は思った。


 近づいてきた兵士が一礼し、碕沢に伝言を言い渡した。


「大隊長がお呼びです。すぐに本営へ足を運んでください」


「了解しました」


 碕沢は伝令兵の後に続いた。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ