二章 ギルトハート大隊の戦い(2)
夜の時間が終わり、かすかに光が地上を照らそうとしていた。
ギルトハート大隊の戦いは続いている。
奇襲を受ける形になったが、何とかギルトハート大隊は横陣をしき、オーガの波を受けとめていた。
すでに短くない時間が経過しているが、ギルトハート大隊は崩れることなく、互角にオーガたちと戦っている。
穴をつくらぬよう、ギルトハートがうまく兵を投入し、あるいは入れ替えをしているのが功を奏しているのだ。
「まったく低能な味方ほど邪魔なものはない」
指揮をとりながら、ギルトハートは吐き捨てる。
あまりに淡々とした口調で、しかも無表情であったので、周囲にいた彼の部下たちは、上司の辛辣な言葉に一瞬気づかないほどだった。
ギルトハートが低能な味方と言ったのは、むろん第三軍団の兵士たちだ。
彼らは退避ではなく、逃走していた。
せめて、攻撃を受けとめているギルトハートたちの邪魔にならないようにすればいいのに、全員がギルトハート大隊に向かって突入してきたのだ。
そう突入してきた、というよりない。
戦いの初期において、小さくない被害と混乱が生じたのは、間違いなく第三軍団の敗残兵に原因があった。
彼らの問題は、そこで終わらなかった。
こちらに匿われた後、食糧に気づいた者たちが、あろうことか食事を始めた。
彼らは後方に退避させていたので、戦場に直接かかわることはない。
だが、無断でそのようなことをするのは許されるはずがなかった。
しかも、再び武器をとる――さすがに血気盛んな第三軍団だけはある――と、ギルトハートの指揮下に入ることなく、かってに戦いだしたのだ。
それがまた、ギルトハートにとっては、邪魔以外の何者でもなかった。
ギルトハートが、睡眠薬でも飲ませて全員昏倒させてやろうか、と物騒な思考を本気で実行しそうになった時、戦場が大きく動いた。
まっさきに指示を出していた部隊がついに戦場に現れたのだ。
碕沢隊である。
彼らの突撃の破壊力はすさまじいものがあった。
まず輝く矢が進むべき道を示すようにまっすぐと飛行し、オーガを貫いていった。
ほとんど同時に、氷の槍が出現し、オーガを斃す。
そして、二人の男女がオーガを斬り倒しながら、駆けて行った。
オーガの集団にひびわれが生じる。
それを決壊させようと訓練された兵士たちが突撃していった。
まったく予期せぬ横撃を受けたオーガの右翼は混乱の奈落に突き落とされた。
ギルトハートは左翼に前進を命じる。
大隊左翼は半包囲の形をとりながら、オーガたちをいっきに減らしていった。
碕沢隊はオーガ右翼への攻撃にとどまらず、突撃を続けていく。
それは、オーガの中央部隊、さらに左翼までも貫いた。
オーガの集団を真横に両断したのである。
ギルトハートはこの機会を逃さず、全軍に前進を命じる。
前線でのオーガの圧力は半減していた。
ギルトハート大隊の前進をとめる力はない。
いっきにギルトハート大隊はオーガたちを押し潰さんとした。
ギルトハートは右翼の翼をひろげ、包囲をつくろうと考えたが、それが実行されることはなかった。
波が引くようにいっせいにオーガたちが退いていったからだ。
「退却した――?」
ギルトハートの呟きが外に漏れることはなかったので、誰一人として指揮官の驚きに気づく者はなかった。
キングの命を狙われたのならともかく、魔人が人間を前に逃げだすなど普通はありえない。
戦いぶりから察するに、やはりこのオーガたちは……。
ギルトハートは追撃を命じながら、脳の半分を駆使し、別の思考を行っていた。
「あまりにも完璧に成功したな」
自画自賛の言葉を碕沢は吐いたが、その口調には困惑がある。
成果をあげる自信はあった。
だが、これほど見事な結果が出せるとは考えていなかったのだ。
「そうね。軽傷者が数名いるだけで、全員生還。しかも、私たちの攻撃をきっかけにして勝利を得たのは間違いないものね」
冴南が同意する。
おそらく碕沢以上に全体を把握していただろう彼女の言葉には、説得力があった。
「でも、犠牲がでなかったのはオーガの対応にもあると思う」
「どういうことだ?」
「退却がとても早かった。しかも、その判断の実行もとても早かった。だから、結果としてこちらの被害も小さなかものになったんだと思う」
確かに手応えがあまりなかった。
ゴブリンでさえ戦いになった時は、しつこく食らいついてきた。
ゴブリンが逃走したのは、指揮官の命がある時か、指揮官が命を落とした時である。
「指揮官がやられたってことはないよな?」
「そんなことになったら、あれだけ綺麗に撤退できないでしょ」
「どこかにオーガ・バロンがいたということでしょう。あるいは、それ以上の存在が」
軽く言うエルドティーナは、当然のように無傷だった。
「一番の問題は、いったい何が起こっているのか分からないことだな。全体像がどうなっているのかが分からない」
碕沢は小さく首を振った。
突然、戦闘が始まり、その戦闘に勝利を得た。
どうやら先行していた第三軍団の兵士が逃走しているらしい、という事実。
「推測はできますが、推測でしかないですからね」
「賭けにでなければならないほど危ない状況じゃないなら、適当な推測に身を委ねたくはないけどな」
「私の推測が適当だと? まあ、情報が少ないのでそう言われても仕方ないですけど」
「というわけで、情報を一番持っている人に、いろいろと聞いてくることにしましょうか」
碕沢の視線の先には、駆けよってくる兵士の姿がある。
碕沢隊の者ではなかった。
おそらくは大隊長直属の者だ。
「たぶん、戦いはまだ続く――というか、これからが本番だろうから、サクラも不満そうな顔はやめてほしいな」
「あんなザコ相手は、戦いじゃない」
無愛想にサクラが言う。
戦場に来て以来、彼女の碕沢に対する態度はどこかつっけんどんなところがあった。
碕沢に思いあたるところはない。
べつだん問題にするようなことでもない、とこの時碕沢は思った。
近づいてきた兵士が一礼し、碕沢に伝言を言い渡した。
「大隊長がお呼びです。すぐに本営へ足を運んでください」
「了解しました」
碕沢は伝令兵の後に続いた。




