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二章 新人隊長(1)




 嘆きの門が開かれ、人魔の戦い――と呼んでよいものか、今となってはそれはそれで議論の余地があるが――で英雄となる碕沢秋長もこの時はまだ戦いをよく知らぬ新人でしかなかった。

 あの若者が逸材であることは、多少目のある者ならば即座に見抜いたことだろう。

 かくいう私も逸材であることを見抜いた。

 だが、一代の英傑であるとまでは見通せなかった。

 おそらく当人も自身の未来などまったく予測していなかったに違いない。

 言い訳のようではあるが、彼の奥底に眠る恐るべき才をまったく見過ごしたというわけではない。

 本人自身も恐れる――いや、このことに言はさくまい。

 やはり、後になって理解したものでしかないのだろうから。

 彼が行った事績を見れば、才能に対する説明など無用だろう。

 私は私の知る事実のみを語ろう。

 私が指導したまだ若く、いまだ幼さを残した碕沢秋長のことを――。


                     ――ヴァーズワーフによる『回想記』




 あの指導教官には感謝している――というのが碕沢の本音だが、当人を前にそれを本気で言ったのは、最後に挨拶をした時のたった一度だけだ。

 碕沢自身にテレがあったというのも事実だが、当の指導教官がそういったことを嫌うというか、挨拶をさせないタイプの老人だったのだ。

 碕沢は特に目をかけられて、何度もあの老人と訓練で対峙した。

 碕沢につきあわされて、一部の訓練生たちは何度も叩きのめされたものだった。

 能力が高ければ高いほどしごかれていた。

 逆に比べれば何とも健全である。

 この訓練によって、碕沢は克服しなければならない悪い癖が治ったのだから、感謝は言葉で述べるだけでは足りないほどだ。

 戦いに集中した時のある種の視野の狭さ――仲間でさえただの物体としか認識しない、いや、認識できない感覚から、碕沢は一歩だけ踏みだすことができたのだ。

 視野はひろがった。

 敵と味方の存在を認識できるようになっていた。

 何度も訓練を重ねた経験が生みだした結果であるのは事実だが、その発端には動機となる強い思いがあったことも関係している。

 仲間の死だ。

 碕沢は、仲間――ライアスとは一日にも満たない時間しか共に過ごしていなかった。

 だが、隣にいて話をしていたという実感を忘れることはない。

 自分のせいで彼の命が消えた、などとうぬぼれに満ちた後悔にひたるようなことはしていない。

 それでも、もっとうまくできたのではないか、との思いは消えることなく碕沢の心の内にあった。

 このまま変わることなく、同じ選択、同じ行動をとるようでは、同じ結果を未来でももたらすことになる。

 戦うことを選んだかぎり、犠牲を少なくするためにも、碕沢は変わらねばならなかった。

 彼はそれを自覚し、訓練を行ったのだ。

 碕沢は一歩を踏みだすことができた。

 だが、それは自らの内にある才を手なずけたことを意味はしない……。


 また、碕沢は訓練指導によって、霊力マナをいかに利用して戦うのかを教わった。

 自己流であったものが、教育によって洗練された技術へと進化を遂げたのである。

 碕沢によって訓練は非常に有意義であったことは間違いなかった。




 日常生活で何が変わったのかと言えば、給料がもらえるようになったということだろうか。

 他に何か変わったことはないのか、と問われれば、しぶしぶ碕沢は認めて答えることになる。

 やけに人の視線を浴びるようになった、と。

 碕沢が注目を集めるようになったのは、新人としては、頭一つ二つ分実力が抜きんでていたからだ。

 これは間違いない。

 また、たいして彫りの深くない顔立ちという外見も少しはそれを助長したことだろう。

 この二つは碕沢自身の能力や外見によってもたらされたものである。

 本人としても受け入れざるを得ないところだ。


 だが、それ以上に碕沢が注目を集めた理由がある。

 それは、彼の周囲にいた女性三人である。

 種族もタイプも異なる三人だ。

 いずれも容姿に優れ、また、実力も優れていた。

 碕沢よりも能力は上ではないか、と見る動きさえある。

 というか、半ば公然の事実としてそう語られている。


 しかし、碕沢に注目が集まったのは彼女たちの能力の高さ故ではない。

 その外見だ。

 綺麗どころをはべらせる若い新人。

 碕沢が目立った理由は、これだった。

 まったく単純な話である。

 そして、単純だからこそ、彼には男どもの嫉妬の視線が分かりやすく集中したのだった。


「そういうことじゃない!」


 と、碕沢が主張したところで耳を貸す男はいなかっただろう。

 まあ、碕沢もあえて彼女たちについて何か言葉にして伝えようとはしなかったのだが……。

 直接碕沢を知る者はともかくとして、間接的にしか碕沢を知らない男たちは、皆少なからず碕沢に敵意を持っている、というのが今の状況だった。

 碕沢の普通と違うところは、そんな環境でもごく自然に飄々と生活を送っていたということだろうか。

 彼自身にもてているという意識がまったくなかったからこそかもしれない。




 碕沢はキルランス軍団の一員となってから、訓練・研修期間を含め半年もせずに隊長に抜擢された。

 研修期間後半に、強力な魔物を撃退し、また、とある盗賊団を一網打尽にするという功績が認められてのことだった。

 このようなことに巻きこまれるのを、運が良いととるのか、運が悪いととるのかは個人による。

 実力と功績は、碕沢が隊長に昇格するのに問題なかった。

 即昇格が実行されてもよかったのだ。

 結果的に一定の時間がかかったのは、碕沢があまりにキルランス軍団について無知すぎたことが理由である。

 多くの時間が座学に必要とされたのだった。

 彼はこの時期にさまざまな知識を得ることとなった。



 それなりに忙しない毎日を送っているが、暇がないわけではない。

 実際、碕沢は今、冴南と二人で会話をしている。

 会話をしている時間を暇だと表現すると、冴南が怒るかもしれないが……。


「なんかあっという間ね」


 碕沢の前で冴南が柔軟体操をするように四肢を伸ばしていた。

 身体のラインがはっきりとでるような服ではないが、ちょうど夕焼けの光が反射して、それとなく浮き彫りになっているような気がした。

 その姿を綺麗ととるか、エロいととるかはその人の感性次第だろう。


「ねえ、聞いてる? あっという間でしょ」


「え、ああ、そうだな。人生なんてあっという間だ」


 碕沢は強めに頷いた。

 じっと眺めていた後ろめたさが、彼に不自然な行動をとらせたのだ。


「なにを言ってるの?」


 冴南が小さく眉をひそめる。


「何の話だった?」


「けっこうっていうか、相当におかしな状況で暮らしているのに、たいして深刻になることがなかったのは、碕沢君のおかげね」


「は? ホントに何の話だ?」


「冗談じゃなくて、感謝ているのよ。あなたは何というか、本当にいつも変わらずに過ごしているから」


「なんだ、そりゃ?」


「だから、こっちも普通でいられるっていうか」


「もしかして、碕沢はバカだと言っているのか?」


「感謝しているんだから、すなおに受けとっておきなさいよ」


 冴南が心から述べていることは、碕沢にも分かっていた。

 だが分かっているからといって、改まって言われる感謝を素直に受けとれるものでもない。


「でも、当たり前だけど――日本あっちに戻る方法は簡単には見つからない」


「そうだな。真剣に探さないとな」


「ええ」と冴南が頷き、何かに思い至ったように、視線を碕沢に向けた。


「今の言い方だと、まだ何も調べてないみたいに聞こえたけど?」


「なんか慌ただしかったからな」


「『外世』とか『外世の民』の話は知っているでしょ?」


 後半になるにつれ、冴南の声は小さくなった。

 碕沢の表情を見て事実を察したのだろう。


「まったく知らないの?」


「――いや、なんか聞いたことがある……ダンか、バーンさんかどっちかが言っていたような。でも、あれはまだ会ったばかりの頃だったから」碕沢は冴南と視線をあわせる。「あの時神原いたっけ?」


「どの時か分からないけど、私に憶えはないからたぶんいないはずよ」


「なのによく知っているな」


「きちんと調べれば、ドーラスにいた時でもある程度は分かったのよ」


「へえ、あの状況と、今までの環境で調べたのか? 有能にもほどがあるだろ」


「有能って……玖珂君や北條君は当然知っているわよ」


「そりゃ、あの二人ならやるだろうさ」


「碕沢君もできるでしょ」


「いやいや、俺とあいつらじゃ違うでしょ」


「なんで簡単に認めるのよ」


「へ? 事実だし」


「少なくともあの二人は、碕沢君なら日本むこうに戻る手段を見つけるはずだと思っているみたいよ」


「どんな根拠だよ、それは」


 碕沢は苦笑する。


「あなたはあの二人に信頼されているし、期待されているのよ」


 やけに熱心に冴南が主張する。

 碕沢を働かせるために檄を飛ばしているのだろうか。

 一人で調べるより二人でやったほうが仕事量は増えるから、彼女の行為は正しいと言える。

 だが、あの二人と比べられても、碕沢のやる気が上がることはない。

 天才や秀才と競おうなどと誰が思うだろう。

 その辺りは見込み違いというやつだ。


「まあ、ここにいないやつらの期待はともかく、できることはやろうと俺も思っていますよ」


 のんびりと碕沢は口にした。

 冴南を手伝う気がないわけではないし、碕沢自身も調べる気持ちは当然あった。

 今の暮らしは悪くない。

 だが、日本での暮らしはもっといい。

 家族を含め知人、友人もいる。

 こちらでは経験できない娯楽や知識もある。

 深刻ではないが、碕沢だって帰りたいという気持ちがあった。

 また、帰りたいと思っている人間に協力しようという気持ちもあった。




 冴南は碕沢のマイペースぶりを見ながら、玖珂との会話を思いだしていた。

 それは別れる間際、ほんのわずかな時間に行われた対話であった。


「神原さんにはよろしくお願いするよ」


 長身のスマートな体格、顔には爽やかな笑顔をのせて、玖珂が突然そんなことを言った。

 その姿はまるで見かけだけがよい無害な男のように思える。

 だが、冴南は玖珂という男が見かけどおりではないことをすでに知っている。

 冷徹な意思。

 独自の価値観。

 他者の選別。

 そして、この男には底知れない何かがあった。


「なにを?」


 冴南の口調にかすかな警戒心が宿るのは致し方のないところだろう。


「やつを女に溺れないようにしてくれってことだ」


 玖珂が笑う。

 女というのが誰を指しているのか、冴南はすぐに理解した。

 玖珂の表情を見れば間違えようがない。


「私たちは別に――玖珂君、何を言っているの!」


「まあ、恋愛禁止なんて言うつもりはないけど、ただ、あいつを戦いから遠ざけないようにしてくれ。そうじゃないと、簡単にさぼりそうだからな。どうもあいつは分かっていないみたいだから」


「必要ない戦いまですることはないと私は思う」


「必要かどうかじゃなく、強くなるための戦いならすべてするべきだ。僕たちは何からも守られていないんだから」


 玖珂の言葉は間違っていない。

 だが、本心は別のところにあるように冴南は感じた。

 守るための戦いでなく――。


「僕はね。期待しているんだよ、碕沢に――今度の期待は本気だ」


 まるで彼女の心を読んだかのようなタイミングで、そう玖珂が言った。

 口にひろがる笑みとは異なり、鋭い瞳が彼女を見つめていた。



 玖珂の表情と目の前の男との表情がまったくつながらない。

 碕沢の表情に緊張感はなく、のんびりとしている。

 変わらないその姿に、冴南は感謝しているのだが、同時に「そんなことでいいのか!」と発破はっぱをかけたくなってしまう。

 玖珂と北條、特に玖珂はすでに碕沢よりもずっと先へ進んでいるのではないか。

 先というのが何を指すのか、冴南自身にも分かってはいない。

 だが、進まなければ危ういのだ。

 玖珂は碕沢が自分と同じ道を進んでいると決めつけて、いずれ本気で……。


「それで分かったことは?」


 碕沢が冴南に質問を投げかけてきた。


「――分かったことと言われても、碕沢君は何を知っているの?」


 冴南はやや早口となった。

 質問に質問を返したのは、意識を別に向けていたので彼女が答えを用意できなかったからだ。

 言わば質問へのごまかしである。

 よくあるテクニックだ。


「何も知らないと言っても過言ではない」


「堂々と言うことじゃないから」


「外世って単語は、俺たちでいうオカルトみたいなものだろ?」


「どちらかと言えば、『伝説』のほうが近いかも」


「幽霊じゃなくて怪物か」


「どういう意味?」


「うまく伝わらないたとえってあるよな」


「どうでもいいわけね」


 冴南は、『外世』についてざっと碕沢へ説明をした。

 この世界は『女神の結界』に守られており、外世というのは、『女神の結界』の外のことを指す。

 結界に紛れ込んだ者たちを自分たち『女神の民』とは区別して『外世の民』と呼ぶのだ。

『外世の民』にはさまざまなイメージがあるが、中には、日本人――戦国時代や江戸時代の日本人に似た外観や文化をイメージするものもあった。

 日本に関係があると言えないこともない。


「いろいろと信憑性は低いってことか?」


「噂のレベルじゃね」


「噂じゃないレベルがあるのか?」


「公式な記録や、さまざまな書物よ」


「そっちも調べたのか?」


 碕沢が驚いている。

 この様子では、キルランスの首都キーラに規模を誇る国会図書館があることも知らないだろう。

 訊ねてみると実際に碕沢は知らなかった。


「でも、入館の権利があるのは、キーラ市民だけなの」


 キルランス国民ではなく、キーラ市民である。


「まあ、ここの科学レベルじゃ、書物の破損はいろいろと致命的だろうからな」


「どこだろうと、古い書物の破損は致命的よ」


「外の人間は信頼できないから、読ませないってことか。どうしようもないな。俺たち思い切り外国人だから。というか、国じゃなくて、世界が違うもんな」


「しみじみ言っている場合じゃないでしょ」


「例外は?」


「ない――もしかしたら、国家レベルの話だったら融通されるのかもしれないけど」


「俺たちは日本人だ、とか主張しても痛いヤツに思われるだけだもんな」


「外交レベルの問題になることはないでしょうね――というか、そんな回りくどい話をしなくてもいいの」


 冴南の言葉に、碕沢はすぐにピンと来たようだ。


「日本人でダメなら……キーラ市民になる方法があるってことか?」


「ええ、キルランス国民なら兵士として三年、他国の者なら五年軍務を果たせばキーラ市民になれるみたい」


「キーラ市民になったら、他にも特典はあるのか?」


 碕沢の声には疑念が交じっていた。

 冴南と同じことを考えたに違いない。

 軍務を経験する餌としては図書館の閲覧は魅力がなさすぎる――むろん、一部の人間にとってはあまりに大きな魅力だろうが、そういった人間は軍で生き残る能力に欠けているだろう。


「いろいろな社会保障を受けられるみたい。かなり手厚いものよ」


「――なのに、三年や五年?」


 大きな権利が得られるにしては、今度は軍務期間が短い。

 碕沢はそのことを指摘していた。


「ええ」


「つまり、三年間でももたない者が多くいるってことか?」


「厳しいから止めるのか、それとも物理的に不可能になったからなのかは分からないけど」


 新人の壁のようなものがあるのかもれない。

 その壁さえ超えれば、多くの物は長く兵士としてやっていけるのではないか。

 そうでなければ、毎年試験採用で数十人しかとらないで兵力を安定させることはできないはずだ。

 おそらく他の雇用方法もあるのだろうけど。

 冴南の話を聞いた碕沢が別の意見を述べる。


「いや、たぶんだけど、一般の兵士は現地採用がなされているんじゃないか? いろんな地域に軍団は派遣されているみたいだし。じゃないと、維持できないだろ」


「一年に一度の正式採用って言ってなかったっけ?」


「そうだっけ? じゃあ、実戦機会がほとんどないから犠牲が少ないのか? いや、だとしたら今度は三年とか五年とかの説明がつかないか」


「そうね。財政が健全なら、支出を抑えることにも長けているだろうし。キーラ市民になれる人数が少ないという前提は間違っていないと思う。つまり、兵士は長持ちしない」


「何とも楽しくなるような仕事場だな」


 じゃっかん自棄くそぎみに碕沢が言った。


「あと、隊長になってもキーラ市民の権利を得られるの」


「え、じゃあ、俺、もうキーラ市民じゃないか」


「ええ。たぶん正式に隊長の任を受けた時に、キーラ市民にもなれるんじゃない?」


「おい、それって」


 碕沢が顔をしかめる。


「なに?」


「俺一人で図書館にこもらないといけないってことじゃないか?」


「頑張ってね」


 冴南は碕沢に笑顔を向けた。





 エルドティーナがいるのは、かぎられた調度品のみが置かれた落ち着いた雰囲気の漂う部屋だった。

 それはエルフである彼女であるから感じられることで、あるいは人間であれば、この部屋の様子を質素と表現したかもしれない。

 部屋の主は、エルドティーナと同じエルフのディルシーナである。

 共に同じ種族であるためか外見が似ている。

 姉妹のような雰囲気がある。

 瞳がやや鋭いところとそうでないところが、二人の一番の違いかもしれない。

 ちなみに鋭いのは、エルドティーナだ。

 さらに、並ぶと雰囲気にはあきらかな差が見られた。

 年長者とそうでない者の違いがあるのだ。

 エルドティーナの外見は決して幼くはないのだが、それでもディルシーナと並ぶとどこか未熟の風を感じさせた。


「変わり種のようね」


 ディルシーナが誰を指して言っているのか分からないほど、エルドティーナは鈍くない。


「比べる対象がいないのでよく分かりません」


「対象は周りにいたでしょう。彼らは士官候補エリートなのよ」


「あれが|士官候補(選ばれた者)ですか? 現在の人類のレベルがよく分かります」


 侮蔑とまでは言わないが、エルドティーナの声には侮りの感情がある。


「普通ではない人間が残っているはずだけど、その中にあってなお、特異なんでしょう?」


「私は人間をよく知らないので分かりません。ただ、抜きんでた人間というのは、どこかしら変わっていると聞いています」


 反発するように、エルドティーナは答えた。

 ディルシーナの表情から碕沢の評価がすなおな褒め言葉ではないと感じたからだ。

 なぜ、反発心がわいたのかは、彼女には分かっていない。

 感情にはさざ波が生じていたが、気にとめるほどのものではなかった。

 事実としては、碕沢秋長はまだまだ彼女が満足するような結果を出してはいない。

 だが、見どころがないわけではない、とも彼女は考えている。


「そういった意味での変わり者ということでない気がするのだけれど」


「性格や性質よりも重要なのは能力ではないでしょうか?」


「でも、一緒に過ごすとなると、その二点は重要なものよ」


「そうでしょうか」


「それに本当に能力は充分なの?」


「それは――」


 答えようとして答えられなかった。

 エルドティーナも碕沢が弱いことは認識している。

 だが、他者からその点を指摘されると、なぜだか彼女の感情は乱れた。

 その感情にはやはり反発のような匂いがある。

 おかしなことだ、とエルドティーナは思う。

 ディルシーナの言っていることは正しい。

 それに、共に過ごしたのはわずかな期間であったが、エルドティーナはディルシーナを昔から尊敬していた。

 なのに、ディルシーナの言葉をすなおに受け入れることができない。


「たった数カ月で変化があったみたいね」


 ディルシーナがエルドティーナの顔を見ながら笑った。

 自覚しない内に、エルドティーナの表情に何らかの感情が浮かんでいたらしい。


誇り高き眷属エルフが数カ月という時間で変化することがあるとは思えません。しかも、ただの人間からの影響などで」


「誰も人間からなんて言ってはいないけど?」


「私は否定しただけです!」


「別にムキになる必要はないわ。外に出たエルフわたしたちには、少なからずそういった性質がある」


「――それは外の世界に興味をもちやすいということでしょうか?」


「あなたがそう思うのならそれでいい」


 先輩であるエルフの言葉に、エルドティーナは言葉がつまった。


「彼の成長をゆっくり見守る時間はない。あなたも分かっているわね」


「はい」


「彼が未来を拓くのにふさわしい人物となることを期待しているわ」


「――はい」


 言われなくともエルドティーナとて碕沢には期待していた。

 でなければ、彼女の存在理由がなくなるからだ。









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