一章 試験(3)
ウォーレン山の領域へ入ると、多くの班が苦戦を強いられることになった。
まず、受験者の半分ほどが個人の力量が足りていない。
さらに、急造の班であるために、意思統一に欠けているという点も問題だった。
見事なチームワークを見せる班は、まず見られなかった。
あったとしても、片手で数えられるほどにごく少数である。
チームワークにより攻守のバランスがとれた班の筆頭は、冴南の所属する班だった。
彼女の実力は班内一であったし、戦闘中の指摘は的確だった。
それは全員の動きを把握しているからこそできることである。
神原冴南の才能の開花――視野の広さが発揮されれば当然の結果と言えた。
冴南の指摘の正しさと彼女の言葉どおりに動けば、労せずに勝利を得ることを班員たちは実感した。
彼らは、早い段階で冴南のことを認め、彼女のことを指揮官として扱ったのだった。
それが見事に成功した。
チームワークとはまったく正反対の方法で結果をだしつつある班もある。
個人の能力のみで魔獣を撃破しているのだ。もちろん、ごく少数だ。
その代表格は、サクラであった。
彼女はまったく班の仲間のことを頼らなかった。
というよりも、仲間などと思っていない。
競争者とすら思っていないだろう。
そこにいる――という認識である。
邪魔だと感じたら、かなりまずいことになったのではないか。
彼女の情操教育と常識に関する教育はまだまだ初期段階なのだ。
サクラの班は、ばらばらではあったが、圧倒的に頼りになる存在がいるというのは、他の者にとって力にもなる。
彼女の所属する班は、危ういバランスを保ちながら、山頂を目指していったのであった。
多くの班は苦戦しつつ一歩一歩ウォーレン山を登っていた。
運悪く連戦になった班は、脱落していく。
命を落とすことがなかったのは、監督者の二人が魔獣を斃したからである。
脱落者たちは下山し、大隊長の部隊に吸収されていった。
連戦になっても脱落していない班があった。
彼らは今も戦っている。
「おまえは、もう絶対に道を選ぶな!」
怒りに染まったライアスの声が響く。
「道を選んだわけじゃない。そもそも道なんてなかっただろう」
「ちょっと、その言い訳はいただけないのでは? 碕沢さんが進む方向を決めるとことごとく魔獣がいて、しかも、連戦ばかりなんですから」
余裕があるのか、戦闘中にもかかわらずアトレウスが長々と喋る。
「話は後にしたほうがいい」
グルクスが言い、五人の集団は魔獣と戦うことに専念したのだった。
おそらくもっとも戦闘を経験しているのが、碕沢の所属する班である。
原因は碕沢が道を選んだことにある、というのが、この班のメンバーの意見の一致するところであった。
「いくらなんでも多いな」
むろん、魔獣との戦闘のことである。
発言者は、班の中で年長のオーダンだ。
碕沢の所属する班は、魔獣との戦いを終えて、その場を離れてから休憩をとっていた。
ちなみに先頭を歩いたのは碕沢ではなく、オーダンだった。
「ウォーレン山に入れば、魔獣が多くなるというのは最初から言ってたことだろう」
碕沢の口調は言い訳がましい。
本人も少しは悪いと思っているのだ。
「監督官さん、この試験って毎年こんなに魔獣と戦うものなんですか?」
「――答える必要はないな」
「分かりました。皆さんも分かったでしょう。監督官さん二人の表情を見たら」
隊長のほうは、これまで表情をあまり変えていなかった。
よく観察しなければ、考えていることを読み取ることはできない。
だが、もう一人の兵士の表情には、これまでの道中で困惑や疑念といったものが溢れだしていた。
つまり、普通はここまで魔獣と戦うことはないということである。
「さすがにこれが普通だなんて言われた日には、自信をなくすな」
そう言うオーダンにはまだ余裕がありそうだった。
「でも、三度連続して、いずれも連戦ってのは絶対おかしい。逆によく碕沢はそんなことができたな」
「褒められてもな」
「褒めてないだろうが!」ライアスが気持ちをリセットするように首を振った。「おまえな、けっこう深刻な問題だろう、これは。このまま魔獣と戦いつづけたら、いずれ俺たちだって身がもたない」
「いや、そんなことないだろ」と碕沢。
「ええ、どうってことないでしょう」とアトレウス。
「負ける気はせんな」とオーダン。
グルクスは小さく頷いている。
「おまえらはそんなところで団結力を発揮してるんじゃないよ!」
「いや、そんな興奮するなよ、ライアス。分かるよ、おまえの言いたいことも」碕沢はライアスの肩を叩きつつ何度も頷く。「問題提起をして物事を深刻に捉えたがる年頃だもんな」
「誰がそんな話をしてるんだ!」
ライアスが碕沢の手をはらおうとした。
だが、その前に碕沢はライアスから手を引いていた。
ライアスの腕が空を切る。
気まずい雰囲気である。
ライアスが碕沢を睨みつけた。
「冗談はともかく、だ」
オーダンが苦笑しながら言う。
「やっぱり冗談なんじゃないか」
「いや、悪い、ライアス。ホント、深刻な問題だったから空気を変えようとして言ったんだ。協力ありがとよ」
「碕沢の言葉はうさんくさい」
「少しばかり傷つくな、その言葉」
碕沢は苦笑する。
「だが、実際このペースで魔獣がでてきたら厄介だし、最悪今日の内に戻ることができなくなるぞ」
オーダンが生真面目な表情で言う。
「明日の日没までが期限なんですから、別に野宿をしてもよいのでは? 喉の渇きなんて、時々生っている果実でまかなえるでしょう」
アトレウスはたいした問題ではないと考えているようだ。
「野宿をしていて魔獣がどんどん襲いかかってきたら、疲労が大きくなる」
ライアスの意見ももっともだった。
一、二時間ごとにでも魔獣が現れたらたまったものではないだろう。
「魔獣に遭わなければいいってことだろ」
碕沢は簡潔明快な解答を示した。
「おまえが言うな!」
ライアスの突っ込みが森に響く。
受験者の五人には余裕がある。
だが、余裕をもっていいような状況ではなかった。
碕沢の班の監督官である隊長ランドルは、不審を覚えていた。
ランドルは過去に一度試験に立ちあったことがあったが、こんなことはなかった
これほど連続して魔獣に遭うのはおかしい。
中にはこの辺りで出没するにしては強すぎる個体もいた。
平均的な受験者の強さであったなら全滅してもおかしくない。
監督官が加勢をしてどうにか負傷者がでることでとどめられるという魔獣だった。
碕沢とオーダンの活躍でたいした危険をこうむっていないが、あの強さは試験の基準レベルを超えている。
位置的にウォーレン山の裏面にでたということはない。
山自体に何か異変が生じているのではないか。
近頃、各地で魔獣たちの動きに異変が見られる――という噂をランドルは聞いたことがあった。
その時はさほど重視しなかった。
いつだって魔獣の動きはこちらの思惑どおりにならないからだ。
対処に手こずっている者たちの言い訳にしか聞こえなかった。
もしかしたら、世界各地で起こっている魔獣の異変の一つが、このウォーレン山でも起こっているのではないか。
だとしたら、このまま彼らの動きを見過ごすことは危険ではないだろうか。
五人は進む方角を間違っていた。
脇へそれ遠回りをしている。
次に大きく誤れば、山の頂上を目指す前に、ウォーレン山の裏面へと歩みを進めていくことになりかねなかった。
修正するべきだろうか。
普通ならばすでに修正しているだろう。
魔獣と戦える力と状況に耐えうる体力、集団行動の適正――前二つほど重視されていない――を見るのが試験の目的だ。
道の修正はマイナスポイントではない。
だが、第三軍団では、自らの力のみで達成するというところにも重点をおいていた。
それを考えれば、口を出すべきではない。
このまま自力で目標を達成するところを見守るべきである。
だが、ぎりぎりで修正して間にあうのだろうか。
ランドルの知るウォーレン山とは様子が違う。
早い判断が必要ではないか。
ランドルは迷った。
大隊長の元へ兵士を報告に走らせ、判断を仰ぐべきではないか。
ランドルは隣に立っている兵士に視線を投じた。
そして一つの命令を与えた。
大隊長ガウドはすでにウォーレン山の異変に気づいていた。
彼のもとには情報が集まってくるので当然のことだった。
すでに脱落者もいる。
彼らからも情報を得ることができた。
また、魔獣の死骸の数や個体からも多様な情報を得ていた。
さまざまな情報を得ているからこそ、ウォーレン山が通常の状態ではないことは、早い段階ではっきりと認識している。
受験者たちの危険は格段に跳ねあがっていることだろう。
当然、難易度もあがっている。
明らかに例年の試験との差があった。
だが、ガウドはかまわないと思っている。
むしろ強い人間が選抜され、かえって好都合ではないか、と考えていた。
キルランスの兵士は強者であらねばならないのだ。
軟弱な者などいらない。
すでに二班の監督官から状況に対する懸念と判断を仰ぐ意見がガウドの下に来ている。
ガウドはいずれにも試験の継続と、受験者にいかなる場合も手を貸さないことを徹底するよう命じた。
手出しの許可は脱落者に対してのみだ。
ガウドの下にまた一人報告に現れた。
個人的な思いから反応してしまう名がある班の監督官からの情報であった。
内容によれば、これまであったどの情報よりも魔獣の状態が深刻であった。
だが、ガウドの答えは変わらない。
試験の継続と手出しは無用との返答である。
兵士はすぐに駆けだした。
監督官の隊長へガウドの命令を伝えに行ったのだ。




