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一章 試験(1)




 荷物、金品、貴重品をキルランスの施設に預けて、受験者たちは次々と馬車へ乗り込んでいった。

 碕沢と冴南、サクラの三人も馬車に乗り込む。

 六人乗りである。

 もっとつめて乗れば、まだ幾人か乗ることが可能だったが、それをしないのは、装備品の重さを計算してのことだろう。

 碕沢たちの前に座る三人は、全員重装備だった。

 霊力マナを吸収することで身体強化がはかれる世界である。

 重装備をしても機動力が大幅に落ちるということがないからこそ、選択された装備だろう。

 さすがに兜や盾などは傍に置いているが、移動中も鎧をつけているのは不自由じゃないんだろうか、と碕沢は他人事ながら心配した。

 もちろん、声をかけたりはしない。

 相手から声をかけられることもなかった。

 三人とも男である。

 視線はちらちらと女性に二人に注がれていた。

 だが、女性陣はこれでもかというほどに、会話を拒否する空気をつくっている。

 完全に見えない壁があった。

 男性三人に原因があるわけではない。

 朝方に、二人が喧嘩のようなものをして、碕沢がとめに入ったのだが、それが悪かったらしく、二人とも機嫌を悪くしているのだ。

 サクラはともかく、冴南も扱いが難しくなっているような気がする碕沢である。


 馬車での移動は一日だった。

 翌日から全員が徒歩になった。

 どうやらこれは第三軍団が行った特別指導であるらしかった。

 通常はウォーレン山のふもとにある村まで馬車で送ってくれるらしい。

 今回の受験者は損をしたとということになるだろう。

 だが、碕沢は賛成だった。

 正直、馬車で一日中揺られていることが彼には苦痛でしかなかった。

 しかも、自分たちで歩いた方が絶対に速い。

 というわけで、碕沢は第三軍団の方針にまったく否はなかった。

 道中、ガウドやあの場にいた兵士たちと会う機会もなく、比較的平和な時間が流れたと言えるだろう。

 二度町によりながら二日間――荷物がないので移動速度は速い――の旅路を終え、一行は無事ウォーレン山の麓の村にたどりつくことができたのだった。

 ちなみに、この時点で落第者はいなかった。




 翌日、いよいよ試験が始まった。

 受験者は一九一人。

 これを六人で一班に分ける。

 三十二班できるが、その内の一班だけは五人となる。

 一班に、第三軍団の隊長が一人と兵士が一人ついた。

 およそ十班を一部隊として大隊長が管理する。

 大隊長は三人である。

 非常に贅沢な布陣といえた。

 班の組み合わせは隊長が指名していった。

 適当に選択が行われた結果、碕沢と冴南、サクラの三人は見事にばらばらになった。

 班分けの時に、三人でかたまっていたので、意図的にばらけるようにされたのかもしれない。

 運が良いのか悪いのか、碕沢は五人の班になった。

 監督官となった隊長と隊員は知らない人だった。

 そして、運が悪いのだろう。

 彼の上に立つ大隊長はガウドであった。

 ちなみに冴南とサクラは別の大隊長だった。

 班分けは短い時間で終わり、受験者は整列する。

 いよいよ試験の説明が始まった。

 第三軍団の大隊長の一人が前に立ち、とうとうと声を響かせる。

 試験内容は明快だった。

 これから山頂にある祠を目指す――実際到着したかどうかの確認は、監督官である隊長と兵士の役目。

 祠を確認したなら、下山して良い。

 期間は、明日の日が落ちるまで。

 無事に村までたどりつければ、ウォーレン山の試験は終了である。


「では、これより試験を開始する」


 大隊長は後ろにさがった。

 そして、受験者たちをじっと見ている。

 それぞれの大隊長の周りには兵士が十人ほどいた。

 受験生についている兵士とは別枠である。

 飲食物や地図等の道具はいっさい渡されない。

 渡そうという気配がない。

 そもそも飲食物さえ確認できなかった。

 事前に道具を用意せずとも充分に踏破が可能だということだろうか。

 それとも用意していなかった時点で、試験に不合格ということだろうか。

 短い説明の後に突然放りだされて、受験者たちの半分が戸惑っていた。

 だが、残り半分はすぐに行動に移した。

 山頂へと続く森の中へと足を踏み入れていく。

 三分の一の班がすぐに見えなくなった。

 三分の一の班が喧嘩腰の話し合いをしている。

 三分の一の班が行動をとれずにいた。


「試験の経験者たちが先手を切って行動しているようですね」


「みたいだな」


 碕沢は答える。


「つまり、彼らは失敗した人たちということですけどね」


 碕沢は隣にいる声の主に顔を向けた。

 夏の草原の色をした髪と瞳の少年だった。

 その深い緑の瞳は、吸い込まれそうなほどに無垢な色をしているように思えた。

 身長は高くない。

 碕沢より頭一つ分低いだろう。

 顔立ちは碕沢より良い。

 まだ男のごつごつとしたラインはなく、幼さが全体的ににじんでいた。

 服装は、普段と変わらないような軽装で、外套マントをしているところがせいぜい戦闘用と言えるだろうか。


「僕はアトレウスと言います。レウスと呼んでいただければけっこうです」


 視線があうと、アトレウスがお辞儀した。


「ああ、俺は――」


「碕沢秋長さんですね。知っています」


「自己紹介をした記憶はないんだが」


「たぶん、受験者の七割くらいはあなたの名を知っていますよ。第三軍団の兵士を簡単にのしたんでしょう?」


 アトレウスが微笑む。

 賞賛の笑みのようだ。


「そんな適当な噂が流れているのか?」


「ええ、正確な情報が流れています」


 言い草から目の前の少年が憎たらしいガキであることが決定した。

 碕沢の思いが表情に出ていたのだろう。

 夏の草原の色をした瞳が悪戯っぽく煌めいた。


「生意気でしたか?」


「そんなふうに言うところが、特にな」


「傑物に才気煥発と受けとめられたかったんですけどね。これでも僕は田舎じゃ、天才と騒がれたんですよ。なかなかのものなんです」


「俺は傑物じゃないから仕方ない。それに二人で話していても仕方がない」


 碕沢は班を構成する他の三人に視線を移した。

 途中、肩をすくめるアトレウスの姿が視界に入る。

 三人はすべて男で、いずれも軽武装だった。

 皮製の鎧を身につけており、かなり隙間がある。


「皆さん、それで大丈夫なのか?」


「おまえには言われたくない」


 三人の視線が碕沢に集中する。

 碕沢の格好は、皮製の小さな胸当てと籠手があるだけだった。

 防具と言うのもおこがましい。


「とりあえず、自己紹介をしますか?」


 碕沢は提案する。


「しかし、すでに動いているところもけっこうあるようだが、出遅れるんじゃないか?」


 碕沢と同年代に見える若者が森を見ながら言った。


「あまり気にする必要はないんじゃないでしょうか?」


 アトレウスだ。


「ほお、なぜだ?」


 もっとも年長の男が顎髭を触りながら訊ねた。


「合格者は先着何名までであるとは言われませんでした。数は限定されていません。仮にそんなものがあるとするなら、これは弱者を排除するための試験なのですから、先に伝えておくべき事柄でしょう。森の中での禁止事項が伝えられていないのとは質が違います」


 アトレウスが少し距離をおいて立っている第三軍団隊長と兵士に視線をやった。


「なので、時間をそこまで気にする必要はないでしょう――といっても、時間制限はありますけどね」


「難しく考えることはないんじゃないか。自己紹介と武器が何かくらい言う時間はあるだろう」


 碕沢の再度の提案は受け入れられた。


 碕沢と同年代の男が二人いた。

 一人はライアス。

 片手剣と盾を装備している。陽気な雰囲気を持っていた。

 一人はグルクス。

 槍を武器としている。きつめの顔立ちである。

 二人は知りあいらしかった。

 班分けで仲を引き裂かれることはなかったようだ。

 碕沢たちと何が違うというのだろうか。


 続いて、碕沢より年齢が上の男――といっても、二十代半ばから後半くらいの年である。

 名をオーダンという。髭面だ。

 装備は片手剣と盾である。

 筋肉がしっかりとつき、五人の中でもっとも威風を感じさせた。

 後は、少年アトレウス。

 そして、碕沢である。


「いや、待て。紐って何だよ」


 ライアスが、碕沢が何事もなく終わらせようとした自己紹介の邪魔をする。

 せっかくの流れが台無しである。


「紐は紐だ。槍よりも射程は長い。伸びる槍くらいの認識でいいよ」


「いやいや、伸びる槍を想像することが無理だろ」


「細かいところに気を使うなあ、ライアス君は」


「バカにしてるな、碕沢」


「そうですね。普通、引っかかるところって、あまり見たことのない碕沢さんの容貌ですよね」


「確かに」


 碕沢とオーダンが頷く。

 グルクスは何にも反応していない。


「いや、待て。なんで碕沢が納得しているんだ。自分の顔のことだろう」


「だって、俺ってあれだろ。異国情緒にあふれているだろ」


 碕沢は親指を立てる。


「その親指はなんの合図だよ! 納得しねーよ、そんなことされても」


 ライアスが興奮している。

 一歩踏みだし、碕沢との距離をつめた。

 すると、


「自己紹介はともかく、こんなことをしている時間はないんじゃないか」


 初めて耳にする低く重い声音。

 唯一喋っていなかったグルクスの声だった。


「正論だな」


 年長者であるオーダンの言葉に皆も納得した。

 碕沢はライアスの肩をぽんと叩いて、一声かけた。


「ライアス、あんまりはしゃぎすぎるのは良くないぞ。遅れるだろ」


「俺のせいかよ!」









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