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一章 顔あわせ(4)




 碕沢たちと第三軍団の兵士の模擬戦は終了した。

 結果は、碕沢たちの三連勝である。

 ガウドが何か言ってくるかと思ったが、彼は一言も口をきかなかった。

 ただし、睨みつけるような視線は最後まで変わらなかったが……。


 碕沢たちは訓練場を後にした。

 第一執政官とサルメリアに従って、建物内にある一室へと移動した。

 そっけない部屋のつくりは、休憩室のように思えた。

 五人は席についた。

 各自の簡単な紹介はすぐに終えた。


「客人と会うのにふさわしい場所ではないが、君たちの立場はキルランス軍団への入団希望者ということだから、客人ではない。また本来であれば、入団希望者に私はいちいち会うことはしない。君たちとの場は特殊な時間にあたるということだ」


 第一執政官ヴァレリウスが最初に口を開いた。

 姿に威厳はあるが、表情に感情はなかった。


「まずデュークについてだが、入団試験に合格すれば問題はない。団員の証である紋章の入った装備や外套マントを身につけていたら、それだけで身分の保証となるだろう。団員になることなく、町中で普通に暮らそうとした場合は、その時々で問題が生じることが予測される。君たち自身が対応するしかない。国に訴えかけたところで、君たちではないほうへと力を貸すかもしれない」


 政治家のトップが言うのだから、性質たちが悪い。


「身分の保証をしてほしかったら団員になるしかないってことだよ」


 改めて説明されるまでもないことをサルメリアが口にした。


「キルランスでは力こそが物を言う。種族さえ問うことはしない。むろん、キルランスの法律には従ってもらうが」


「分かりました」


 碕沢は頷いた。

 言いたいことがないわけではなかったが、どうやら団員になれば、サクラも無事町中で暮らすことができそうだ。

 後は、団員としてやっていけるのか。

 リスクはどれほどあるのかの確認をする必要がある。


「それは入団試験を受けるということか?」


 ヴァレリウスの声は落ち着いているが、その内容はせっかちである。

 答えを即座に出せと言っている。


「後ろの二人と相談してからになります」


「そうか。なるべく早く答えを出すことだ。今年の入団の受け付けの締め切りは、三日後だったはずだ。むろん、特例で入団を認められることはあるが、可能ならば普通に試験を受けたほうがいいだろう」


「三日後ですか?」


「自分の目で確かめることだ。試験の内容も確認したほうがいいだろう」


「何か特殊なんですか?」


「私たちにとっては当たり前だが、君たちにとってどうかは私の知るところではない」


「そうですか」


 別に厳密性は求めてないので、碕沢として大まかに教えてほしいところだった。


「第五軍団団長によると、君たちには可能性があるようだ。できれば、入団をしてほしいと私は思っている。次に会う時は、君たちが正式な団員となった時であったらよろこばしいかぎりだ。私はこれで失礼する」


 第一執政官は席を立つと、それ以上言を述べることなく歩き去った。

 碕沢は扉が閉まるのを見送った。


「まあ、この国で一番偉い人だからね。さすがにあまり時間がないのさ」


 サルメリアがフォローの言葉をいれた。

 普通ならば、他所から来た一般人などお目通りのかなわない存在だろう。

 わざわざ顔を見せたということは、何かしらの期待をされているということだろうか。

 もしくは、得体の知れない存在を一度直に目にしておこうと思ったのか。

 サルメリアから青城隊に関してどんな報告があがっているのかは分からない。

 どの程度胡散臭がられているのかははかれなかったが、まあとりあえず実験動物にされるようなことはなさそうであった。


「入団試験というのは、どんなことをするんですか?」


 冴南が質問した。


「一次試験は神域の森に、ほど近い場所に山がある。そこから生きて戻ってくる。それだけだ。二次試験は心配する必要がない」


 サルメリアの声には、どうということもないという感情が溢れていた。

 彼女にとっては、たやすいことなのだろう。

 だが、サルメリアは軍団長である。

 強さが桁違いなのだ。


「心配する必要がない?」


 碕沢は問う。


「ああ、これ以上は教えないよ。先に知りすぎてもおもしろくないだろう?」


「毎年行われているんですか?」冴南が訊く。


「ああ」


「どれくらいの人が試験を受けて、そのうち何人くらいが試験を合格するんです?」


「年ごとにばらけるが、まあ、二百人から三百人くらいが受けて、合格するのは一割ってところか」


 キルランスの兵力が全体でどのくらいなのかは分からない。

 だが、毎年二、三十人しか補充しないというのは、少ないのではないだろうか。

 第一執政官が言っていた特例というところが関係しているのかもしれない。


「ああ、でも、今年は少ないかもしれないねえ」


 サルメリアの言葉の語尾に苦々しいものがこもった。


「なぜです?」


 すぐに冴南が訊ねる。


「今回の試験の監督が第三軍団なんだ」


「何かまずいんですか?」


「あそこは強ければいいというのを勘違いしたやつがいるからね――試験にいらぬ介入をすることがあるみたいだ。実際、あいつらが監督をした時は合格数が少ない」


「問題があるのならば、ただすべきでしょう」


「やつらは脱落者を多くだしても、死者や重傷者はだしていない。やっていることも試験を厳しくしているに過ぎない――というのが調査結果だったんでね。試験は弱い者をのぞくためにするのだから、厳しくやるのが間違っているとは言えない。あの試験に通らないようじゃ、本当の戦いで生き残れるはずがないからね」


 サルメリアは正論を言いつつも、言っている本人があまり納得していないようだった。


「まあ、それにしても運がなかったね、あんたたちも」


「目をつけられたということですか?」


「間違いなくね。しかも、ガウドあいつは第三軍団の中でも特に偏ったところのあるやつだからね。気をつけな」


「気をつけるって、どう気をつけるんです?」


 碕沢の言葉に、サルメリアは数秒間沈黙した。


「やつに直接監督されないことを祈るんだね。まあ、試験を受けるやつも、監督するやつらも大勢いるんだ。心配しなくても、あたることはないだろうさ」


 サルメリアが声をあげて笑う。

 豪快な笑い声を耳にしながら、何となく嫌な予感を覚える碕沢だった。





 サルメリアが手配してくれた宿屋に碕沢たち三人は宿泊した。

 おそらく忙しい身の上だろうに、サルメリアはずいぶんと面倒見の良い人らしい。

 宿屋は、上中下とランク分けをするのなら、ちょうど真ん中に位置する建物とサービスだった。

 むろん、代金は三人持ちだ。

 部屋割りに少しだけ揉めたが、二人と一人で別れることで決着した。

 当然、碕沢が一人だ。

 夕食は宿屋の一階にある食堂ですませた。

 可もなく不可もない味で、量は充分だった。

 食事を終えた後、碕沢は女性陣の部屋へと行く。

 三日後に始まる試験についての話し合いをするためである。

 二人の部屋も碕沢の部屋とたいして内装は変わらなかった。

 部屋が少し広くなって、ベッドが二つあるというのが大きな違いだ。

 大きな椅子があるのも異なっている。


「兵士たちの強さからすると、充分私たちの力でも通用すると思う」


「兵士の強さが分かったことは、ガウドに目をつけられた甲斐があったってことかな」


「向こうが一方的にやっかんでいるだけで、迷惑ね」


 碕沢と冴南が会話をしていると、サクラがベッドから立ちあがった。

 この時、碕沢は三人は座れる椅子に落ち着き、冴南とサクラはそれぞれのベッドに腰かけていた。

 碕沢は何となくサクラの動きを視線で追う。

 冴南もサクラを見ているようだった。


「試験に合格するのはたぶん難しくないと思う」と冴南。


「でもいいのか? 公的な戦う集団に属するってことは、保護を受けられるけど、戦う義務も生じることになる」


「碕沢君は帰る方法を探すつもりでしょう。なら、国の力も――」冴南の表情が一変する。「サクラ! あなた何をしているの!」


「何って――」サクラが無垢な顔で言う。「碕沢の隣に座っただけ」


「その手はなに!」


 冴南の腕がまっすぐに伸び、その白く細い指が一点をさししめした。


「碕沢の腕に触っただけ」


 サクラの腕が碕沢の腕にからみついている。

 碕沢は――じゃっかんの混乱の中にあった。

 肘を中心とした右腕に意識は半ばもっていかれている。

 物理的感触に対する考察のためにより深い接触をするべきではないか、という学問的探究心が、彼の内ではたぎっていた。

 だが、左前方からもうほとんど物理的圧力をともなっていると断言してもよい視線が、碕沢の行動を縛りつける。


「くっついたって動きにくいだけだから、離れなさい」


 碕沢は紳士だった。

 離れる際にも押しだすようなことをせずに、腕を引き、サクラの手を離させた。


「そうよ。むやみにくっつくのはやめなさい」


「分かった。じゃあ、隣に座っている」


「もう少し離れなさい。人間にはパーソナルスペースというのがあるの。適切な距離があるの!」


 冴南の言葉にサクラは面倒くさそうな顔をしながらも少しだけ座る位置をずらした。

 だが、十センチメートルも離れていなかった。


「まったく適切じゃないでしょ!」


 冴南の指導が入る。

 サクラが腰をあげて、座った。

 碕沢の感覚では、サクラの位置はほとんどずれていないように思える。


「あなた一センチ単位で動いてどうするのよ」


 と言って、ついに冴南も腰をあげた。

 適切な距離に関する熱い指導がここから繰りひろげられた。

 碕沢は思う。

 人生において選択の場面は何度もやってくる。

 すべての問題に正しい答えを出しつづけることなどできないだろう。

 すべての問題に完璧な答えを出すこともできないだろう。

 碕沢は思う。

 自分の答えは正しかったのか、と。

 碕沢は思う。

 惜しかったな。

 ちょっとくらい肘をつきだしても良かったな、と。

 碕沢は無表情のつもりだったが、とある感触を思い出していた彼の顔は緩んでいた。

 冴南が熱血指導に身を任せていなかったら、確実に彼の表情は捉えられていただろう。

 碕沢はぎりぎりのところで、軽蔑の視線を受けずにすんだのである。



「話を戻そう」


 結局三人の位置は最初に戻った。

 二人とも納得がいっていないようだが、平和とは皆のたゆまない努力が必要とされるものなのである。


「今さらかもしれないけど、本当にキルランスの軍団に属していいのか?」


「碕沢が言うのなら、いい」


 サクラはさっぱりしたものだ。

 よく言えば、碕沢のことを信頼している。

 他の言い方をすれば、考えていないとも言えそうだった。


「碕沢君は戦いになることと、戦いを強制されるかもしれないことを危惧しているの?」


「ああ」


「私たちがこの世界で優れたものを有すると言えば、自分たちの武器しかない。そして、この世界では個人の力がひどく優遇されている。何かをしようとした時に、絶対に力は必要になる」


「過激だな」


「茶化さないで。碕沢君も日本に戻るための方法を探るつもりなんでしょう? そのために、国の力を利用する。でも普通の人間にはそんな権限はない。だから武勲をあげて、いっきに出世をするためには、軍団に属したほうがいい」


「神原はすごいことを考えている」


「北條君が言っていたのよ――三人がそれぞれ別のやり方で帰る方法を探る。碕沢が選んだやり方は、むしろ自分がやろうとするような成りあがりのやり方だって」


「あいつは、何か勘違いをしているんじゃなかろうか」


「この世界じゃ、国同士が戦うことはないみたいだし、私たちが思うような戦争はないでしょう」


「そういった方面の精神的障壁はあまりないかもしれないけど、危険度は高いよ」


「――守られるのはしょうにあわない」


 ショートの黒髪からのぞく瞳は、意思の強さをたたえていた。


「理由は分からないけど、強くなる方法も与えられている。将来、私たちをここに呼んだ者たちと敵対することがあるかもしれない。なら、強くなるために最大限の努力を惜しんではダメだと思う」


 ただ者じゃないな、この女――と碕沢はすなおに感嘆した。

 為すべきことを為す。

 言うは易しだ。

 だが、冴南は実行するだろう。


「碕沢は何が言いたいの? 私も冴南も戦う。そして勝つ。それだけでしょう」


「サクラの言葉を聞いてると、世界は単純なんだ、と思えてくるよ」


「うん? 今、バカにした?」


「吹っ切れたってことだ」


「よく分からない」


「つまり――二人ともありがとうということ。感謝の念でいっぱいです」


 碕沢は頭をさげた。

 何となく、自分の都合に巻きこんでいるという意識が彼の中にはあったのだ。

 もちろん、二人のことを考えて行動していたつもりだが、自分の描いた設計図を押しつけている気がしていた。


「でも、二日間でキルランスの軍団の評判をきちんと集めよう。外にまで漏れるほどに悪い状況なら、無理して入る必要はない。最悪は俺一人が入って、二人を俺の――」


 ――とまれ。


 と、碕沢は自分に命じる。

 いったい二人を自分の何だと言うつもりだったのか。

 危険である。

 冴南とサクラの視線が、先にあった罠の存在を教えてくれている。


「つまり、俺の信頼があがれば、二人の身分も保証されるだろうしな」


 風が吹き抜けるような一瞬の沈黙。


「――どうしようもない集団なら碕沢君も入らなくていいんじゃない。別の方法を探してもいい。北條君たちとかぶるけど、冒険者になる選択肢もある。冒険者でサクラの存在が難しいのなら、東に渡ってもいいんだし」


「帰る手段を探すってところが、うやむやになってるけど――そうだな。まだ、決めつけて行動する必要もない」


 冒険者になるのは、最終手段だな、と碕沢は思う。

 碕沢は北條から冒険者になるために『命の塔』へ行ったことを聴いた。

 そこでの話に碕沢は違和感を持った。

 碕沢は冒険者組合ギルドへの疑念を未だ持ちつづけていたのである。


「碕沢は、明日どうする?」


「適当に町をぶらつくことになるだろうな」


「それもいいかもね。ずっとゆっくりする時間がなかったことだし」


「そうだな。明日は、二人とものんびりしていていいよ。俺が適当に町で話を聞いてくるから」


 こうして話しあいは終了した。

 町の評判を確かめた後に、入団試験を受けるかどうかを決める。

 これが基本路線となった。

 碕沢は二人にお休みの声をかけて、部屋を後にした。


 翌日、碕沢は一人で町へ繰りだそうとしたのだが、二人の女性がドアの前で待ちかまえていた。

 結局、三人で町中を歩くことになった。

 その日、碕沢はぐったりとして宿に戻ってきたのであった。

 さまざまな話を聞いた。

 それはキルランスの軍団に対してのものだけではない。

 この世界には名の売れた強者がいる。

 冒険者ランクS――すでに称号と言ってよいランクS冒険者『黒い疾風』の二つの名を持つリグ・ヒーロ。鬼岩城の主である鬼主。聖騎士マグ・シュウロー。そして、キルランス第一執政官にして第一軍団団長ヴァレリウス。

 他にも幾人かの名が挙がっていたが、だいたい代表的な人間がこの四人だ。

 多少変わり種のところを言えば、多くの優秀な冒険者の命を奪った闇鬼ダーク・キルという通り名をつけられた殺人鬼――鬼ではなく人であるとの噂もある――であろうか。

 強者の話はともかく、キルランスの軍団や兵士の話で悪い噂はほとんど聞かなかった。

 むしろ、皆誇らしげであった。

 きちんとした集団なのだろう。

 目的の情報はこれで一応得られた。

 あの二人の相手をした意味はあったのだ。

 あったのだろうか?

 情報収集は成功したので苦労をした甲斐はあったのだ、とその夜碕沢は自分をなぐさめたのだった。

 この結果、碕沢たちは試験を受けることを決定した。

 試験の内容サルメリアの言ったとおりだった。

 ちなみに二次試験は確かに心配する必要はなさそうだった。









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