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一章 顔あわせ(3)




 第三軍団の大隊長ガウドは、両腕を組んで目の前の戦いを見ていた。

 現在第三軍団は首都キーラに待機中である。

 数日後にはある命令が下されていたが、現在は休暇と言ってよかった。

 訓練していたのは有志のみで、ガウドの大隊にいる兵士ばかりである。

 第五軍団団長が新人を連れてくるという噂話をガウドは数日前に耳にしていた。

 その時彼はさほど関心を持たなかった。

 今日になって、その新人がやってくるという話を再び耳にして、遊び半分で腕試しをしてやろうと考えたのだ。

 新人がどうこうというより、第五軍団団長に見る目があるかを確かめてやろうとガウドは思っていた。

 最初からいささか意地の悪い見方を持っていたのは否めない。

 つまり、戯れであったのだ。

 それがどうだろうか。

 ガウドは、目の前で起こった状況に納得がいかなかった。

 すでに二敗しているという事実。

 しかも、女に負けたという事実――この世界では女性であっても男性と同等の戦闘力を得ることが可能なので、ガウドの完全な偏見である。

 三人目に出てきた男を未だ倒せていないという事実。

 攻撃を見ればあきらかに素人なのに、なぜさっさと仕留められないのか。

 まるで馬鹿にされているかのようだ。

 碕沢という男はどこかゆったりとして余裕があるように思える。

 この光景を他者に見られれば、まるで第三軍団が弱いかのように思われてしまうではないか。

 内心の舌打ちをガウドは必死に隠していた。

 だが、彼の両腕にはじょじょに力が込められている。


「おもしろいことをやっているようだな」


 感情を感じさせない声がガウドの近くで発せられた。

 ガウドは振り向く。

 第一執政官ヴァレリウスと第五軍団団長サルメリアがいた。

 まったく気配を感じさせずに、訓練場に入ってきていた。

 いくら目の前の戦いに意識が向いていたとはいえ、この事実はガウドにとって屈辱であった。


「相手は隊長ではないようだ」


「当然でしょう。新入りを試すのに隊長が出るはずがない」


 ヴァレリウスの言葉に、ガウドは即座に答える。

 不自然と思えるほどに答えの言葉が早かった。

 ガウドの感情の一端が漏れでている。

 ヴァレリウスが一瞬ガウドに視線を投じたが、何も口にすることはなかった。

 戦いは兵士が優勢に進めている。

 常に先手を取って攻撃していた。

 新入りの反撃もないではなかったが、まるで剣を扱ったことがないようななまくらの攻撃である。

 ガウドが鍛えた兵士が遅れをとるはずがない。

 勝敗の行方は間違いないもののように思えるのだが、それでも決着は簡単につかなかった。

 新入りの動きはなかなかよく、躱すことだけはうまかったからだ。

 まったく気にくわない戦い方だった。

 そもそもやつの態度からして、ガウドは気にくわなかった。

 飄々としてどこか捉えどころがない。

 戦うことを本分にする男がまとう空気では絶対になかった。


「何をしている。さっさと決めんか!」


 ヴァレリウスと第五軍団団長の手前もある。

 どんな形であれ、第三軍団が無様な姿をさらすわけにはいかないのだ。


「確かきさまの武器は鎚だったな」


 第五軍団団長サルメリアの言葉だ。


「ええ」


 ややつっけんどんに、ガウドは答えた。

 ガウドにとって他の軍団は、味方ではあるが、仲間ではない。


第五軍団うちの大隊長と試合をしろと言われて、きさまの武器を剣に指定されたらどうする?」


「その程度のハンデ別にかまいませんよ。俺は鎚が得意なだけであって、剣が使えないわけじゃない」


 嘲笑うようにガウドは答えた。

 第五軍団の大隊長ごときに彼が敗北するはずがない。


「なるほど、ハンデだと考えるわけだな」


「当然でしょうよ。それがなければ、確かにいい勝負にならないだろうしな」


「今やっているのは、あの三人の現時点での実力をはかるということじゃないのか?」


 サルメリアはガウドの挑発に乗らず、話を展開していく。


「ええ、それがどうかしまたしか?」


 ガウドはわずかに眉をひそめた。

 ようやく目の前の女団長が何かを言いたいらしいことが分かったのだ。

 だが、話の終着点がどこにあるのかはまったく見えていない。


「なぜ、あの男にいつも使っている武器を使わせない? 第三軍団の団員たちは、新入りの力を試すのにハンデをつけてやるのか」


「なに?」


 ガウドの口調にはっきりといらだちが交じった。


「聞こえなかったか? あいつの武器は剣じゃない。もっと特殊な武器で、紐みたいなものだ。ちなみに、あっちの娘は弓だ」


 ついでのようにサルメリアが冴南の武器も教えた。

 ガウドは咄嗟に行動をとった。


「戦いをやめろ!」


 この団長おんなの話が事実なら、こんな戦いで勝とうとも恥でしかない。

 ガウドは新入りの男を睨みつけた。





 ――逆切れじゃね。


 と碕沢が思うのも当然だろう。

 突然試合をとめられ、


「得意な武器を使え。刃があろとうともかまわん」


 大隊長のガウドに憎悪を込めたような声を叩きつけられた。

 一方的にすべてをおしつけたのはそっちだろ、と碕沢は思ったが、口にはしなかった。

 ガウドの体格と顔つき、さらに殺気じみた視線を投じられたら、普通は何も言えない。

 怖すぎである。


 訓練用の剣はすでに碕沢の手もとにはなかった。

 まあ、剣を使っての攻撃は彼自身もしっくりこず、助かったと言えば助かったのだが……。

 ということで、綺紐きじゅうを出すよりない。

 キルランスに身を預けることになれば、当然戦いから距離をおくことは難しいだろう。

 実力を発揮するには、固有武器を隠していてはできない。

 特に碕沢は特殊な武器なので無理だ。

 なら、この場で固有武器があることがばれてもかまわないだろう。

 というか、サルメリアから上にはすでに情報があがっているはずだ。

 躊躇するべき問題としては、綺紐が使えることになったおかげで、負けた時の言い訳がまったくなくなってしまったことである。

 碕沢は二人の仲間を見る。

 先程まで、二人の女はじゃっかん不機嫌そうだった。

 碕沢の戦いに納得していなかったのだろう。

 なぜか知らないが、二人にとって碕沢の勝利は当然の結果となっているらしい。

 余裕で勝てるほどに相手は弱くないのだが……。


 そして、今――。

 武器変更の許可が出たからには、二人の期待している未来は、さらに碕沢にとって迷惑なものへと変貌したことだろう。

 いったい、どんな決着の仕方を望んでいることやら。

 外野はおいておくとしても、碕沢には気にかかることがあった。

 距離をおいて、ガウドが対戦相手の兵士と小声で話しをしている。

 その顔はどう控え目に見ても、悪だくみをしている悪人面にしか見えない。


「おい、きさま、こっちを見てないで、さっさと武器をとってこい」


「ああ、もう準備はできました」


 碕沢の返事に対して、舌打ちが聞こえた。

 ガウドがやったのだ。

 いったい何が気にくわないのやら、碕沢はガウドに敵対視されていた。

 ガウドに言われるまでもなく、碕沢の準備はできている。

 彼はすでに綺紐を具現化していた。

 だが、向こうは碕沢が武器を持っていることに気づいていないらしい。

 まあこっそりやったのだから、ばれていないのなら重畳だ。

 だが、周囲の兵士たちから、


「今、光ったぞ」


秘技スキル?」


「腕を光らせる秘技スキルって何なんだよ!」


 などの声があがっていたので、隠しきれてはいないだろう。

 まあ、絶対に隠さなければならないということはない。

 何となくできるだけ情報を公開したくないと思うのは、現代日本人故の習性だった。


「まさか無手でやるというわけじゃないだろうなあ」


「やるわけないでしょ」


「きさま――」


 なぜかガウドが怒る。

 碕沢は彼の意見に同意したというのに、難しい人である。


「さっさと用意しろ」


「立ち位置オッケーでーす」


 軽薄な口調が気にいらなかったのか、ガウドがさらに碕沢を睨みつけた。

 さらに強面の迫力が増している。

 視線の刃が飛んでくるようだった。


「やれ!」


 ガウドが再開を宣言した。

 開始の合図というより、その声は、攻撃命令のような口調だった。

 そして、実際に碕沢の相手が命令に敏感に反応して突撃をしてきたのだった。

 碕沢は後方に跳びながら、右手から綺紐を放つ。

 綺紐が兵士の手首に当たった。

 碕沢は剣を握る指を狙っていたので、的を外したことになる。

 兵士は剣を落とさなかった。

 碕沢が威力を絞ったということはあるが、実力の一端が分かる。

 そして、兵士は攻撃することなく、自らも後方へ下がり、碕沢から距離をおいた。

 顔には驚きがある。

 まあ、分からないではない反応だ。

 普通なら、こんな紐のような武器を相手にすることはない。

 経験のない攻撃を受ければ警戒して当然である。

 兵士はちらりとガウドを確認した。

 ガウドは何も反応しない。

 そして、兵士の顔が変わった。

 これまでも本気だっただろうが、真剣になったという印象だ。

 碕沢は警戒を高めた。

 兵士が突撃してくる。

 先程とまったく一緒の動きである。

 速さ、鋭さといったものに変化は見られない。

 虚を衝かれたわけではない。

 そして二度目である。碕沢の目も慣れる。

 碕沢は、今度は躱すのではなく、カウンターを狙いにいった。

 その時だ。


山斬りダムド!」


 相手の兵士が叫んだ。





秘技スキルか」


 サルメリアが小さなため息をはいた。


秘技スキルを使って何が悪い。スキルを使わない訓練など、本物の訓練じゃない」


 ガウドが歯を見せて笑った。

 相手がかってに使わなかっただけ。

 それは使えないのと同じことだ。

 実戦ではありえない。

 こんことで文句を言うのは、しょせん、実戦を知らない素人でしかなかった。

 ガウドが兵士に耳打ちしたのは、秘技スキルを使ってでも必ず勝てという内容だった。

 勝った者こそ正しいのである。


「まあ、そういう意味じゃないんだけどね」


 ガウドの不審そうな目がサルメリアに向けられた。


「あいつはそもそも秘技スキルを使えないんだ」


 ガウドを見もせずに、サルメリアが答える。


「バカを言うな」


 ガウドは笑った。

 一定の実力を持つ者で秘技スキルを習得していない者などいない。

 いるはずがなかった。

 それは人に与えられた女神の恩恵だ。

 滅びた魔術師とは異なる、肉体で戦う戦士にのみ与えられた恩恵スキル

 つまらない、そして情けないサルメリアの言い訳だった。

 ガウドの視線が戦いから外れる。

 第一執政官と第五軍団団長の表情をガウドの視線が捉えた。

 まったく変わらない。

 それぞれに疑いの目はなく、嘘を言ったという強がりもない。

 ガウドの笑みが凍りついた。


「本当に秘技スキルが使えないのか!」


 ガウドの声が大きくなる。


「ああ、本当だよ」


 返答したサルメリアの声は冷静そのものだった。

 それがガウドに事実であることを伝える。





 技の名を叫んだ――と思ったら、突然兵士の動きが劇的に変化した。

 スピードが違う。

 また、予測できない動きだった。

 突きの動きが、縦の斬撃に変化した。

 回転しているに等しい動きで、あっという間に碕沢の頭上に剣が迫った。

 右手の綺紐と体さばきで弾くことと受け流すことの両方を体現しながら、碕沢は後ろへとさがる。

 受けきった――と考えるのは、早かった。


鋭斬りスカール!」


 下方に振られた兵士の剣が急激に剣先と進行方向を変じた。

 斜め下から射線を描き剣が跳ねあがる。

 剣の動きはそれで止まらない。

 真一文字に剣が斬り裂いた。

 尋常でない動き。

 尋常でない速さ。

 そして、尋常ではない威力だった。

 碕沢は思考することなく、勘のみですべてに対処した。

 それが良かったのか、奇蹟的にとは言いすぎだが、運よく、まったく手傷を負わずに兵士の連続秘技スキルを躱しきった。

 碕沢は素早く大きく距離をとる。

 兵士の表情に驚きが走る。

 自身最高の技だったのだろう。

 驚いたのは碕沢もだった。

 秘技スキルの存在は知っていた。

 見たこともあった。

 だが、実際に体験したのは数度だけだ。

 秘技スキルが連続して繰りだせるなど初めての経験だった。

 戦いを長引かせるのは得策ではない。

 知らない秘技スキルを、それも連続でやられたら、躱しつづける自信など碕沢にはなかった。

 碕沢は大げさに腕を上空へと振りあげた。

 綺紐が光を反射しながら上空へと伸びる。

 得体の知れない武器の動きに兵士の視線がつられた。

 上空で綺紐が急角度で落下を始める。

 兵士へと襲いかかる進路をとっていた。

 兵士が防御姿勢に入ろうとした時に、すでに兵士の防具に衝撃が走っていた。

 碕沢が左手に持った綺紐を直線に放ったのである。

 不意の攻撃に兵士は体勢を崩す。

 そこに、上空からの綺紐の攻撃を加わった。

 単純な陽動攻撃。

 だが、相手が得体の知れない武器を使うとなれば、単純であっても充分な罠となる。

 攻撃を避けきれず、兵士の身体が地面に転がった。

 兵士が体勢を立てなおそうと地面に両手をつく。

 その時、彼の首筋に冷やりとした感触がはりついた。

 傍には、人影があった。

 むろん、碕沢である。

 碕沢が硬化した綺紐を首筋につきつけたのだ。


 ――勝負あり。








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