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一章 顔あわせ(1)




 薄暗い部屋にあるのは、電子的な光。


 ――個体名・北條晃ほうじょうあきらは『適格者』の可能性がある。



 ――また、現時点での能力の発現の優劣から、残り三人に小さくない『適格者』の可能性が推測される。


 ――早急に護衛と監視を派遣する必要が認められる。





 新世界暦四一二年七月五日。

 キルランス国首都キーラへ碕沢秋長さきさわあきながは足を踏み入れていた。

 碕沢たちがトバス島を旅立って、一月弱の時間が経過している。


 アルトラ大陸の南に位置する港町アルラキアで船旅を終え、次に陸路を馬車で移動した。

 途中目立った事故も事件もなく、碕沢と神原冴南かみはらさえな、サクラの三人は、キルランス第五団団長サルメリアの先導のもとでつつがなく旅程を終えたのである。

 ちなみに北條晃の一行とは、港町アルラキアで別れている。

 彼らは海路を利用して、北方の都市連合国家――通称エルゴを目指す。

 エルゴは冒険者が活躍する都市がいくつかあった。

 彼らは冒険者として資金を稼ぎながら。アルトラ大陸を回るという。

 まずは、その足がかりとしてエルゴを活動拠点とするということだった。

 むろん、大陸での目的は碕沢と同じで日本へ戻る方法を探すためである。


 碕沢たちは首都キーラのにぎわいを味わう時間もなく、キルランスのとある施設へと案内された。

 威圧感のある立派な白色の建物だった。

 野性味をおびた赤髪の美女サルメリアによる案内は、施設の敷地に入ったところで終わった。

 その後、若い案内人によってある部屋へ通された。

 その案内人は女性で、碕沢たちに好意も嫌悪もなく、事務的な対応をとった。

 案内人は部屋へ碕沢たちを通すと「ここでお待ちください」という言葉を残して去っていった。

 三人でいるのに窮屈ということはないが、さしてひろくない部屋である。

 窓から差し込む陽射しは、室内を照らすのにちょうどよい照明となっている。机と椅子、申しわけない程度に花が飾られていたが、室内の様子は全体的に味気ない。

 三人はそれぞれ椅子に腰かけたが、キーラに入って以降、ずっと不機嫌な者が三人の中にいた。

 サクラである。

 彼女は絶世の美貌と称しても決して大げさではない容姿をしている。

 なおかつ群青の空を思わせる深く青い色をした髪に、宝石のような紫色の瞳をしていたので、町に入れば目立たずにはおかなかった。

 しかも背が高く、出るところは出て、スタイル抜群である。

 自然と衆目を惹きつけてしまう。

 馬車を預けて、施設へ至るまでの時間はそれほど長くはなかったし、通った道も人の多い場所ではなかったのだが、それでも注目を集めた。

 途中、サクラはあまりに鬱陶しく感じたのだろう。

 こんなことを言いだした。


「碕沢、うっとうしいのだけど。やっていい?」


「アホいえ、神原、おまえいったいこいつにどんな常識を教えたんだよ!」


 際だった美貌の女の問いかけに、碕沢秋長はこう答え、責任をもう一人の同行者になすりつける。

 碕沢秋長は十七歳である。

 良くも悪くもない容姿と平均的な肉体をもった、つい一月ほど前までは、普通の高校二年生だった。

 現在は、どことも知れないファンタジックな世界で何の身分もない浪人のような存在になっている。

 そして、ずいぶんと乱暴な提案をしたサクラだが、彼女の方は元から普通ではなかった。

 というか彼女は人間ではない。

 正体は魔人である。その種は、ゴブリンであった。

 ゴブリンの上位種であるゴブリン・デュークがサクラの正体である。


「そんな短い時間で常識とか礼儀とかが身につくと思うの? あなたが考えている以上に種族的相違というのは大きいということよ!」


 サクラに優るとも劣らない容姿を備えたショートボブの髪をした女性が答えた。

 碕沢のもう一人の同行者、神原冴南だ。

 彼女も身長が高くスタイルがいい。

 やや鋭さのある瞳から負けん気のようなものがのぞき見えていた。

 碕沢の同級生であり、何の因果か、異世界の地を踏むことになった犠牲者の一人である。

 スタイルの良い美女二人が通りを歩けば、視線を集めるのは当然といえば当然だった。


 もちろん当たり前のことだが、ただこちらを見ているだけの人たちを攻撃することなど許されるはずがない。

 というわけで、サクラのストレスは溜まったまま今に至っていた。


「サクラ、まあ、慣れろとまでは言わないけど、抑えられるようになれよ」


 碕沢は正面に座っているサクラに声をかけた。


「抑えている」


 まったく隠すつもりがないのだろう。

 不機嫌さが溢れていた。

 サクラの感情表現は真っ直ぐであった。

 コミュニケーションをとる上では、不機嫌を前面に押しだすことは決して良いとは言えない。

 だが、これでも彼女の情緒はかなり成長していた。

 碕沢と出会った当初は、感情の種類も少なく――せいぜい碕沢のことを役に立つ異性と認識している程度だったように思える。

 喜怒哀楽というものが希薄だった。

 だが、碕沢らと一緒に、特に冴南と一緒に行動するようになり、人間の食事や生活習慣を覚えることによって、人と同じような感情を持つようになったようだった。

 だが、感情表現の経験が圧倒的に少ないためだろう。

 すべての感情表現が直進的で直截的であった。

 好悪の「好」に関するものならばいいだろうが、「悪」に関するものに対して遠慮がないのは、いささかというか、とても人間関係を切断するものだった。

 碕沢と冴南以外――冴南に対してもかなり微妙ではあるが――には、「好」に関する感情をほとんどもたないので、これからのことを思うと、なかなかの難題を抱えたことになる。



 部屋で碕沢たちはしばらく待機していた。

 いったい何を待っているのか具体的に分かっていなかったが、とにかく待っていた。

 すると、ノックの後に扉が開き、兵士が一人入ってきた。

 兵士と分かったのは、武装していたからである。


「こちらへ」


 一瞥した後、その若い兵士はすぐに部屋を後にした。

 おそらくどこかへ案内するつもりだろうが、親切心だとか歓迎の心などはまったく感じられなかった。

 かといって、最初に案内してくれた女性のように完全な無関心というわけでもない。

 反発、さらに侮りのような感情が隠しきれずに漏れていた。

 余所者へあたりが厳しいのかな、と碕沢は解釈し、言われるままに従った。

 冴南とサクラも後に続く。

 いくつかの角を曲がり、渡り廊下のような場所を歩いた。

 短くない時間を経過して、ようやく案内人の男の足が停止する。

 そこは、すでに建物の外であった。

 緑が排除され、石畳がしきつめられている。

 喧騒があった。

 人の声ばかりではない。

 剣戟の音が響いていた。

 二十人ほどの男がどうやら戦闘訓練をしているらしかった。


「おう、ごくろう」


 大声が発せられた。

 案内していた兵士が大柄な男と言葉を交わしている。

 上司と部下という関係のようである。

 大柄な男は、上半身が裸であった。

 鍛えられた筋肉が太陽の下にさらされている。

 禿頭と身体の各処にある傷跡の目立つ男である。


「おまえらが噂の新入りか」


 一歩一歩威嚇するような足どりで、大柄な男が碕沢たちに近づいてきた。


「俺の名前はガウドだ。第三軍団大隊長のガウドだ。おまえの名は?」


 ガウドが碕沢の前で立ち止まる。

 両腕を組んだガウドが碕沢を見おろしている。


「碕沢です」


「そっちはおまえの女か? いい身分だな。見習いですらないくせに、この場に連れをつれてくるとはな」


 ガウドの声には不快が溢れていた。

 突然の展開に碕沢は何が始まろうとしているのかが分からなかった。

 だが、目の前の大隊長とやらが碕沢のことを気にくわないと思っていることは認識した。


「俺よりも二人のほうが強いですよ。どちらかといえば、俺のほうがおまけですね」


 碕沢は訂正する。

 この程度の軽口ならたいして怒らないだろう、と彼は思ったのだが、常識とはそこにいる人間や状況でいくらかでも変わってしまうものである。


「はん! それはおもしろい。この第三軍団の団員を前にして強さを語れるほどに、おまえら三人は強いというわけだ。じゃあ、さっそく証明してもらおうか」


 ガウドが叩きつけるように言った。

 彼は後ろを向いて、部下に命令する。

 すると、部下が抜き身の剣をガウドへ投げた。


「ほら、きさまらはこれを使えばいい。心配するな、ハンデにならないよう団員こいつらにも同じ物を使わせる」


 ガウドが、間近から碕沢に剣を投げつけた。

 危ないだろうが! と内心碕沢は思った。

 投げつけられた剣は刃が落とされていた。

 訓練用なのだろう。

 しかし、訓練用だろうと剣は剣である。

 投げたら危険だというのに変わりはない。

 碕沢がやや的の外れたところに怒りを覚えていると、隣に並ぶ影があった。


「ちょうどいい、こいつらをギタギタにしていいってことでしょう」


 ひょいと碕沢の手にあった剣がサクラによって奪われた。

 サクラは右手に剣を持つと、数度剣で宙を左右へ斬った。


「おいおい、今なんか言ったか?」


「美人のお相手は夜だけにしてほしいなあ」


「自分を知らないっては憐れだねえ」


「なめてんじゃねーぞ、女が!」


「てめらごときが、俺らの相手ができるか」


 さらに汚い言葉が兵士たちの口からさまざまに投げられた。

 サクラはまったく相手にしていない。

 その表情から全員をゴミかクズのようにしか思っていないことはあきらかだ。

 碕沢はさすがに顔をしかめた。

 いくらなんでも下品が過ぎるだろう。

 酒場の傭兵でもあるまいし、正規の兵士が部外者に対して発する言葉ではない。

 現代日本的道徳観を有する碕沢には受け入れがたい感覚だった。

 冴南の反応はどうかというと、氷の彫像のように無表情だった。

 完全に怒っている。

 静かな怒りほど恐いものはない。

 碕沢は早くも戦いに向かおうとしているサクラに声をかけた。


「サクラ、大丈夫か?」


「何の心配? まさかあの程度のやつらに私が負けることを心配している? これってあれでしょ、覆水盆に返らず? 寝耳に水?」


「いや、違うと思う。なんで、水シリーズ」


「まあ、いい。あなたはここで見ていたらいいだけ」


 サクラの自信と好戦的な瞳には、全員をぶち倒しかねない勢いがあった。

 そこに平和的解決の道はすでにない。

 魔人というのは、やはり基本は戦闘種族なのである。

 サクラが訓練場の中央に堂々と立った。

 まったく気後れしていない。

 姿勢よく立つ姿は、スタイルのよさを際立たせる。

 野次は変わらず飛んでいた。

 だが、彼女へ影響を与えることはできていない。

 サクラの口角は小さくあがっており、猛獣の笑みが浮かんでいた。


 対する第三軍団からは若い男が進み出た。

 団員の中では下っ端のようである。

 技量はともかく、気持ちの上ではまったく油断が見られない。

 戦気がほとばしっている。

 大隊長ガウドから直々に彼は指名されていた。

 だからこそ圧倒的な勝利を若い男は求めているのだ。


 両者は訓練場中央、二メートルほどの距離をおいて向きあった。

 下品な野次が相変わらず飛んでいる。

 若い男には気力が満ちている。いや、入れ込み過ぎかもしれない。

 サクラは、構えをとることすらなく、薄い笑みを浮かべていた。

 ガウドの声が訓練場に響く。


「はじめ!」









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