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四章 ドーラス攻防戦(12)




 ゴブリン・デュークとはスラーグとジルド・サージスが戦っている。

 実力はスラーグがもっとも上、ついでゴブリン・デューク、僅差でサージスというところだった。

 スラーグがサージスをフォローすることで、戦いは人間側が優位に運んでいた。

 それでも、短時間で決着がつけられるほどの差はない。


 ゴブリン・キングにはバル・バーンが挑んでいる。

 両者の闘気がぶつかりあい、激しい剣戟が繰りひろげられていた。

 ドーラスでは誰にも見せたことのないバル・バーンの姿がそこにはあった。縦横無尽にスキルをもちいている。異常な加速、あるいは、無理な体勢からの技の応酬。

 戦闘は簡単に終わる気配がなく、激闘は永遠に続きそうであった。



 碕沢と玖珂は戦場の密集地帯で暴れていた。

 玖珂に先導されるように冒険者たちも平地でゴブリンと戦っている。冒険者には多くの犠牲者が生じていた。

 青城隊と第三大隊は防御に徹している。

 散発的なゴブリンの攻撃を完全に防いでいた。


 碕沢と玖珂の二人は、望んで戦場の中央で戦っているわけではない。

 ゴブリンの集団を貫き、いっきにゴブリン・キングとゴブリン・デュークの戦いの場まで移動し、ゴブリンの動きを牽制するつもりでいたのだ。

 だが、それがうまくいっていない。

 ここで、彼らがもたつけば、その分だけ、あの三人に過剰な負担を背負わせることになる。ゴブリンの援軍を許すことになるからだ。

 仮に互角の腕前であったとしたら、余計なことに気を使わなければならなくなったほうが敗れることになるだろう。

 碕沢はゴブリン・ヴァイカウントの頭を蹴って大きく跳躍した。そのまま距離を稼ぎ、先へと進んでいく。

 玖珂もゴブリンの壁を破り、何とか前進していった。




「サージス、一人で耐えぬけ。まず、私がこのゴブリン・デュークを短時間でやる」


「承知」


 スラーグは数歩大きくステップを踏んで、サージスから離れた。これで、サージスをフォローすることは叶わない。

 そして、一体のゴブリン・デュークと向きあう。


「何か聞こえたが? 人間ごときが、短時間で俺を殺すと言ったのか?」


「ゴブリン・デュークごときが調子にのってもらっては困るんだよねえ」


「人間ごときがのぼせあがるな!」


 緑色の肌に、美しい顔をしたゴブリンが咆えた。

 普通の人間ならその咆哮で身体の自由を奪われかねない迫力がある。

 だが、スラーグには通用しない。

 スラーグは距離をつめる。

 気をつけるのは膂力のみ。

 武器もたいしたものを使ってはいない。

 敗れる相手ではない。

 時間をかければ、完封さえできるかもしれない。

 だが、時間はない。

 ゴブリンたちの様子が変わってきた。

 ゴブリン・キングに危険が迫っていることを察知したのだろう。

 安全に勝利を得るという考えは捨てなければならない。

 スラーグは攻撃にバランスの針を大きく傾けた。

 一撃必殺で倒れてくれる相手ではない。

 だが、何度も傷つければ、動きは落ちるはずであるし、そうなれば必殺の瞬間も訪れるはずだ。

 スラーグとゴブリン・デュークが一対一で激突する。

 スラーグはスキルの連鎖によってゴブリン・デュークを圧倒した。だが、それでもゴブリン・デュークの命を刈りとることは簡単なことではなかった。

 時間が過ぎていく。

 そして、ゴブリンが目前まで迫っていた。




 この時の碕沢と玖珂の働きはまさに鬼神のごとくといった表現が正しかっただろう。

 二人ともゴブリンの血によって身体を彩り、休む間もなく武器を振るい戦い続けている。

 それでもゴブリンの壁を突破することはかなわなかった。

 すでに二人が突撃を開始して少なくない時間が経っている。

 作戦の失敗は、あるいは秒読み段階に入っているかもしれない――二人の頭に避けようのない現実がのしかかろうとしていた。



 碕沢と玖珂が派手に戦っている中央部分を回りこむように凄まじい勢いで走る三つの影がある。

 うち一つは、二つの影をおきざりにして、速度をさらに速めていった。

 赤い髪の女が戦いに参戦しようとしている。



 バル・バーンは自身の敗北を認めざるを得なかった。

 久しぶりに本気となって戦ったバル・バーンだったが、彼はゴブリン・キングに遊ばれていた。

 いや、ゴブリン・キングは遊んでいるというよりは、自身の能力を確かめようとしているようだった。

 バル・バーンをちょうど良い相手として訓練をしているのだ。それは未だ自らの力を最大限に利用する術をゴブリン・キングが知らないということを意味した。

 全力ではないゴブリン・キングに、バル・バーンは手も足もでないのだった。

 最後はゴブリン・キングの剣の試し切りの獲物とされるのだろうか。


「ふざけるな!」


 全力をこめたスキルによる渾身の一撃をゴブリン・キングへと振りおろす。

 風を切り迫る剣をゴブリン・キングはまったく避けようとせずに、腕一本で持った剣を上へとあげた。

 剣戟の音が響き、後ろへ弾かれたのはバル・バーンであった。

 ゴブリン・キングの剣が閃き、バル・バーンの鎧が斬られる。

 距離をとって、バル・バーンは何度も息を吐いた。

 手がない。

 もうすることがなかった。

 スピードも力も完全に負けていた。

 このゴブリン・キングはCランクの壁を越え、Bランクに位置している。

 ゴブリン・キングはCランク相当だと言われていた。いったいなぜなのかは分からないが、実力が違うことを認めるしかない。

 結局Cランクの壁を越えられずに東方世界から逃げだしてきた自分では、勝てる相手ではなかったのだ。


 ――最期は潔く散るか。


 諦めきった嘆息をバル・バーンは口から漏らした。

 その嘆息を不快と考えたわけではないだろうが、不意にゴブリン・キングがバル・バーンへと背中を向けた。

 剣戟の音が響く。

 赤い髪が踊った。

 ゴブリン・キングはバル・バーンに背中を見せたわけではない。攻撃してきた相手と対峙したのだ。すでにバル・バーンなど眼中にないということだ。

 赤い髪の女とゴブリン・キングが何度か剣を交わした。驚くべきことに押されているのは、ゴブリン・キングだった。


「そこのデカブツ。あんたは周囲のゴブリンをやりな。私もすぐにこいつを仕留めるけど、町のほうへゴブリンに散られると面倒だ」


 ゴブリン・キングなど倒せて当たり前と言った口調だ。


「デカブツとは失礼だな。おまえのほうがデカブツだろうが」


 赤い髪の女は、バル・バーンと同じくらいの身長があった。女性としてはおそろしく高い。

 一瞬、赤い髪の女と、バル・バーンは視線があった。

 獰猛な輝きを持つ瞳、にっと笑った口は、猛獣のように思えた。

 バル・バーンは女に言われたとおりに、ゴブリンへと向かう。だが、視界には常に、赤い髪の女とゴブリン・キングとの戦いを捉えていた。





「さすがに、これを俺がやると、横取りの汚名は免れないか。スラーグも俺に譲る気はないよな」


 スラーグの傍で男の声が突然した。


「当然だろう」


「じゃ、あんまり時間をかけるのもあれだから、こいつはおまけ。俺はゴブリンの掃討に行くぜ」


 スラーグの剣をゴブリン・デュークが受けとめ、そのタイミングでゴブリン・デュークの右足に赤い線が入る。

 スラーグは剣を押し込んだ。

 踏んばるゴブリン・デュークの足からいっきに血が噴出した。

 スラーグはゴブリン・デュークを蹴とばし、さらに剣を振るう。


「援軍はこっちのほうが早かったようだね」


 ゴブリン・デュークの顔が怒りに染まる。

 だが、いくら怒りに染めようともそれを浄化する術はゴブリン・デュークにはない。

 なぜなら、明確な差がついた状況でスラーグが格下に負けることなどないし、また、時間を気にする必要もなくなった今、勝利はほぼ完全な形でスラーグのもとへ転がることに決定していたからだ。

 これから焦るのはゴブリン・デュークの役目である。

 ゴブリン・デュークがスラーグへと襲いかかった。

 スラーグは華麗な剣裁きを見せ、ゴブリン・デュークを料理していく。結果、彼はゴブリン・デュークの心臓を剣で貫くことに成功したのだった。



 鎧の隙間からサージスは血を流していた。

 ゴブリン・デュークの攻撃によって負った傷だ。

 正確に攻撃箇所をつけるほどに、ゴブリン・デュークに余裕があるということだ。

 ゴブリン・デュークごときに上をいかれているという事実に、サージスは頭を地面に打ちつけて割りたいほどに怒っていた。

 怒りを力に変換し、ゴブリン・デュークに襲いかかるが、傷を負わせることはできない。


「その笑い顔をやめろ」


「弱い者をいたぶる時、人間も笑うではないか。同じことだ」


「きさま!」


 強引なサージスの剣は大振りとなり、簡単にゴブリン・デュークに避けられた。

 ゴブリン・デュークがバカにしたようにふっと笑い、剣を突きだそうとする。大振りの跡のサージスは避けられる体勢にない。

 すると、笑ったままのゴブリン・デュークが、口からごぼりと血を吐きだした。よく見れば、胸部から剣先が突き出ている。背後から刺突されているのだ。

 剣先が消え、ゴブリン・デュークの身体ががくんと前のめりになる。

 剣の振るう音が聞こえ、ゴブリン・デュークの身体が斬り刻まれた。

 ゴブリン・デュークの身体は力を失い、地面へと崩れ落ちる。その後には、完全武装の鎧姿をした兵士が立っていた。


「怒りに我を失いすぎ、あそこまで差がでる相手じゃない」


「――おまえ、なぜここに」


「第一執政官から港で待機命令が出ていた。連絡が入った瞬間に出向して、団長と私とバカの三人がとりあえず先行した」


「――第一執政官はすべてお見通しか」


「あなたのその激怒癖は、まだ治ってないみたい。スラーグさんの下でも治らないなんて、重症ね」


「うるさい」


「うるさくてもいいけど、ゴブリンの掃討任務が出ている。あなたも参加しなさい。動けるんでしょう」


「当然だ」





 赤い髪の女――第五軍団軍団長サルメリアは、ゴブリン・キングの剣を弾いた。

 ゴブリン・キングは体勢をわずかに崩したが、すぐに姿勢を戻し、後ろへと退いた。


「ゴブリン・キングってのはもっと弱いと思っていたけど、なかなかやるじゃないか。そうだね。まだまだ力に振りまわされているところがあるから、力を制御できるようになれば、うちの大隊長くらいはもしかしたら務まるかもしれないね」


「私は王だ」


「そうか。それじゃ、人の下にはつけないね。そう言えば、キングは特別な力があると聞くよ。あんたも何か持っているのかい」


「………」


「それともまだ使えないのかね。ありそうな話だ。あんたはゴブリン・キングでも変わり種だったのかもしれない。時間があれば、あんがいゴブリンとは思えないほどに強くなったのかもしれない」


「………」


「でも、残念だ。私と出会ってしまって――私も見たかったよ。あんたがどれくらい強くなれたのかを」


 サルメリアは特に速いとも思われない速度で大きく踏みこみ、片手で剣をゴブリン・キングにぶつけた。

 ゴブリン・キングは受ける。

 さらに剣が襲いかかった。

 ゴブリン・キングは全身の力でその剣を受けとめた。

 速度の増した剣がゴブリン・キングの頭部に振り下ろされる。

 ゴブリン・キングは両足を踏んばり、剣を何とか止めた。あまりの威力に足が地面に埋まった。

 同じ軌跡を描いて剣が再度振り下ろされる。

 足が動かないゴブリン・キングは受けとめるしかない。だが、今度は大きく体勢を崩された。

 無慈悲に剣はゴブリン・キングへと次々に飛んできた。

 体勢をさらに崩し、剣が弾かれ、肉が斬れ、骨が切断される。

 逃げることはかなわず、ゴブリン・キングはキルランス第五軍団軍団長サルメリアの剣を浴びつづけた。


「これで終わりだね」


 その一言とともに剣が振り下ろされた。

 ゴブリン・キングは剣先を最後まで睨みつけ、そして絶命した。








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