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四章 ドーラス攻防戦(8)




 遊撃隊による突撃離脱戦法は、ゴブリンの動きを止め、また損害も多く与えていた。

 その意味では成功と言っていいだろう。

 だが、成功には大きな代償があった。

 奇跡的に死者こそ出さなかったが、動けない者が続出した。

 碕沢と玖珂をのぞいた青城隊は全員負傷し、とても突撃について来られる状態ではなかった。

 正規兵も三分の二が動けない。隊長格の一人も傷を負っていた。まともに動けるのは五、六人だ。


「二日間走りつづけたんだ。よく持ったと言ったほうが正しいかもしれないなあ」


 スラーグの顔にはほとんど疲労が見られない。

 未だに、彼は戦力をまったく減じていなかった。


「これからどうしますか? この人数ではさすがに突撃するのは無理でしょう。それにケガ人を放置するわけにはいきません。一度、ドーラスへ退却しますか?」


 残った隊長格の男が質問する。表情にも身体にも重い荷物を背負いつづけているような疲労を感じさせた。


「東大門を避ければ、ドーラスへの帰還はあんがい可能かもしれないが、私たちがゴブリンをつれていく可能性が否定できない。そんなことをすれば、何のためにあの出城を作ったのか、ということになる。遊撃隊の私たちがその任務とはまったく逆のことをしたとなると、それは後悔のしようがないな」


「しかし、彼らをつれて戦うなど不可能ですし、見捨てることも私は承認できません」


「見捨てはしないよ。君たち、意見はあるかい?」


 スラーグが視線を投じたのは、碕沢と玖珂だった。


「二つの部隊に分けるべきではないでしょうか」


 淡々と碕沢が答えた。

 飄々とした姿はいつもと変わらないように見えるが、抜き身の剣のような鋭さを纏っている。


「二つの部隊?」とスラーグ。


「きさまは馬鹿か! この状態で何を言っている」


 隊長格の男が怒鳴りつけた。

 心境として素人と行動を共にすることに元から抵抗があったのだろう。そして追い込まれた状況での受け入れがたい素人的発言についに怒りが爆発したようだった。


「ここから一番安全と思われる補給地点に移動し、そこに大隊長と俺、それに玖珂の三人以外の全員を残します」


「それで?」興味深そうな顔をしてスラーグが問う。


「三人でドーラスへの応援に行きます。すでに敵数を減らす作戦は充分果たしたでしょう。大物をやるべきです」


「危険です。大隊長」


 隊長格の男が言う。


「危険なのはずっとだし、私たちが危険をおかさなければ、市民がそれを負うことになるだろうね」


「では、私もご一緒します」


「隊長は、皆を守るために残って下さい」


 碕沢が言った。

 それはひどく冷たい響きを帯びていた。

 皆の耳には、表の言葉ではなく裏にある言葉が正確に届いていた。

 それは、


 ――邪魔です。


 隊長格の男の顔色が変わった。

 だが、彼は何も言わなかった。いや、言えなかったのだろう。

 自分と、スラーグや玖珂や碕沢の三人との違いは、現時点の外観からもあきらかだった。三人が無傷であるのに対し、彼自身は多くの傷を負っていた。あの乱戦にあってなお、ケガをしない三人は別次元の強さがあるということである。


 スラーグは碕沢のことを興味深く見つめていた。

 戦いの中で変化するだろうと考えていた。戦いが始まる前から、この若者からは変貌への兆しがすでに見えていたからだ。

 だが、多少予想していたのとは異なる変化だった。

 刀剣のような鋭さと非人間的な無駄の無さ――これは、玖珂という男の資質だろうとスラーグは考えていたのだが、碕沢のほうにも発現していた。

 玖珂は予想どおり正確無比な冷静さで自らの実力を完璧に発揮している。碕沢も玖珂と同じ強さを身につけることになるのだろうか。

 碕沢秋長個人にとってこの変化が好ましいものなのかは分からないが、間違いなく戦力はあがっていた。


 現時点での状況と倒すべき敵とを考えてスラーグは決断する。

 第三大隊長は補給地の一つを移動場所として指示した。

 行軍速度は遅かったが、すでに大きくゴブリン軍からは離れていたので、襲われる心配はなかった。

 昼までに目的地につき、スラーグと玖珂と碕沢の三人はドーラスを目指して移動を開始したのだった。

 三人は、ドーラスが陥落している可能性も念頭に置いていたが、口にすることはなかった。

 ドーラスが陥落していた場合、彼らにできることなどない等しく、話しあうことがなかったからである。





 ゴブリン・マーキスによる暴虐の嵐は、ドーラスの防壁を痛め続けている。多くの労力と最大限の注意をはらい造られた防壁は、最高の防御力を誇っていた。

 だが、形ある物は必ず崩れるというのが道理である。完全な物など存在しない。

 ドーラスの防壁はゴブリン・マーキスによりついに破壊された。

 防壁が破壊されたのは、第一大隊が守る場所であった。

 もっとも人数が多く精鋭が集うとされた地域である。

 そこにゴブリンが集中した。



 第三大隊は、ゴブリン・マーキスの攻撃にもしっかりと対処していた。

 ジルド・サージスの働きが大きいが、兵士一人一人の質が高い。実質の精鋭は第三大隊であるということだ。

 第三大隊は目の前の敵に対処する分には充分な力がある。だが、他へ援軍を送るほどの余力は持っていなかった。



 青城隊の守る付近では、ゴブリン・マーキスが冴南らによって負傷しているためか、まだ壁は破壊されていない。だが、一方的に攻撃を受け続けているのに、ゴブリン・マーキスが倒れる気配はまったくなかった。

 冴南はただ矢をあてているわけではなかった。

 彼女はまったく同じ個所を狙っていた。それは腕の付け根である。いくらゴブリン・マーキスの動きが鈍重とはいえ、その正確さは驚嘆に値した。

 他の者も冴南の意図に気づき、真似しようとしたがまったくの無駄に終わった。

 冴南だけが同じ場所を狙い当て続けた。

 いずれ腕が動かなくなるに違いないと考え冴南は攻撃しつづけたのだが、効果は一向に現れなかった。いや、まったく効果がないわけではない。多少腕の振りは遅くなっている。

 だが、壁の破砕をとめることはまったくできそうになかった。

 この攻撃では駄目なのだ。

 冴南は一度弓をおろし、目を閉じた。

 イメージする。

 自らが矢を放ち、矢がゴブリン・マーキスの腕を貫通し、大きな穴を開けるところを強くイメージした。

 彼女のイメージの中で矢は矢でありながら、矢でないものにいつの間にか変わっていた。

 意図的にしたものではなく、自然に出来上がったイメージだった。

 冴南は小さく息を吐き、矢をかまえる。

 三日に及ぶ戦闘により、その顔は薄く汚れていた。だが、彼女の美しさは損なわれていない。

 凛とした立ち姿、清冽な雰囲気はますます磨きがかかっているようだった。戦闘中であろうと思わず目をとどめてしまうほどに。

 冴南の弓弦が、戦場に歌を奏で始める。それは戦う者に高揚をもたらせる力を持っていた。

 自然な力で最大限まで絞られた弓が、そのすべての力を矢へと還元する。

 これまでと異なり強く青白く輝きだした矢が、心を締めつけるような不思議な高い音色を発しながら、ゴブリン・マーキスの腕へと直進した。

 ゴブリン・マーキスが初めて攻撃に反応した。

 青白い矢を見ると、岩の棍棒を使い弾こうとする。

 すると、青白い矢にさらに変化が生じた。

 二匹の青く輝く鷹が矢から生まれ、飛びたつ。

 鷹に反応したゴブリン・マーキスの棍棒は狙いを大きく外した。

 輝く矢と青い鷹がゴブリン・マーキスの腕の付け根へと吸い込まれていく。

 接触した瞬間、小爆発がゴブリン・マーキスの腕の付け根で生じた。

 ゴブリン・マーキスの悲鳴が周辺に響く。

 爆発の後には未だ青い炎が残っており、ゴブリン・マーキスの腕の付け根付近を舐めていた。

 ゴブリン・マーキスの腕の付け根には穴があいている。力を失った巨大な腕から棍棒が離れ地面に落下した。

 初めてゴブリン・マーキスに決定的なダメージを与えたことで、青城隊の面々は大きく勇気づけられた。

 その顔に生気が戻る。

 だが、ゴブリン・マーキスはまだ終わっていなかった。

 魔人は、落下した棍棒を無事なほうの腕でつかみとると、身体を回転させて、防御壁に向かって投げ飛ばした。

 真横に叩きつけられるように投じられた棍棒は、すぐに壁へと激突し、壁を大きく破砕した。すでにこれまでに大きく深刻なダメージを抱えていたのだろう。壁の一部が雪崩をうって壊れる。

 冴南は壁が壊れたことには目もくれず、再びゴブリン・マーキスへの攻撃を続けた。二度目の攻撃も的中し、三度目の弓矢でほとんど動けなくなり、五度目の攻撃でついにゴブリン・マーキスが地面に大きな音を響かせて倒れ込んだ。

 冴南に濃い霊力マナが吸収されていく。

 ゴブリン・マーキスはは倒せた。

 だが、青城隊の防御陣もついに壁を破壊されたのだった。



 冒険者たちが守る防壁は、未だゴブリン・マーキスによる破壊の洗礼を浴びていない。

 このままでは破られると判断したバル・バーンがゴブリン・マーキスに挑みかかったのだ。

 バル・バーンとゴブリン・マーキスとの一騎打ちではバル・バーンに軍配があがった。だが、バル・バーンの相手はゴブリン・マーキスだけとはならなかった。

 ゴブリン・アールがその速さを活かし、参戦してきたのだ。

 ゴブリン・マーキスとゴブリン・アールの戦いの相性はいいらしく、互いの長所を存分に発揮した。

 これにバル・バーンは苦しめられる。

 苦しめられているが、バル・バーンはスキルを駆使し、互角以上に戦っていた。さすがCランク冒険者であった。

 この時、第一大隊の防壁が破壊された。

 この破壊を見て、冒険者たちは一つの決断を下した。

 何と討ってでたのである。

 この判断が正しかったかは分からないが、戦況は大きく動く。

 攻撃力は増したが、当然受ける被害も大きくなった。

 ここの地域の戦いはここから最も激しくなる。

 この戦いでダンが大きな働きをした。

 彼も討ってでたのだが、果敢にも、いや、無謀にもバル・バーンの援護に向かったのである。

 ダンはゴブリン・マーキスに突撃し、足に斬撃を浴びせた。むろん、まったく通じない。だが、ゴブリン・マーキスの注意を引いた。

 注意を引いたという表現は正しくない。ほんの少しだけゴブリン・マーキスが気にかかる行為をやってのけた、という言うべきだろう。

 ゴブリン・マーキスは、虫に刺された程度にも思わなかったかもしれない。だが、気にかかったのか、足踏みを二度した。

 その足踏みがゴブリン・アールとのコンビネーションを狂わせた。鈍重であるだけに、動きが遅れれば、それは致命的な隙に繋がる。

 このコンビネーションは、ゴブリン・アールがタイミングを合わせることで実現していた。思いもよらぬゴブリン・マーキスの攻撃の遅れは、ゴブリン・アールに致命的な隙を作ることになった。

 バル・バーンは隙を逃すことなく、ゴブリン・アールに攻撃を集中して撃滅する。

 遅れて、ゴブリン・マーキスが攻撃したが、バル・バーンは慌てずに躱した。

 一対一の戦いとなれば、バル・バーンのほうが圧倒的に有利である。彼は、他の援軍が来る前にゴブリン・マーキスを倒すために、攻撃を集中させた。誰にもついていくことがかなわぬ速度と技術がゴブリン・マーキスを追いつめ、そしてついに巨体を地上に沈めたのだった。

 勝利に喜ぶ冒険者たちだったが、すでに守る壁のない彼らは、周囲に群がるゴブリンと正面からの戦いを余儀なくされていた。

 結果、冒険者の犠牲が飛躍的に跳ねあがった。







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