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四章 ドーラス攻防戦(5)




 スラーグに率いられた遊撃部隊は、移動しつづけている。

 高速起動と言ってよい動きだ。

 スラーグの狙いは、長い縦隊となっているはずのゴブリンの列を喰い破ることにあった。

 ある程度の数はドーラスの防壁でふせぐよりない。

 だが、全軍をドーラスへ送らせる気はなかった。

 一度の突撃ではなく、何度も突撃を繰り返すことで敵陣の統制を大きく乱し、戦場への到着を大きく遅らせるのである。

 もちろん、ゴブリンにそれ相応の被害も与えるつもりだ。


 遊撃部隊は停止した。

 休憩ではない。

 ゴブリンの状況を確認するためである。

 玖珂によって偵察が行われ、ちょうど彼が戻ってきたところだった。

 久我は正確とは言えない情報であると断って報告した。彼といえども、ゴブリンの数が多く発見されずに全体を把握することは困難だったのである。

 スラーグに玖珂、それと他隊長格である二人の正規兵による作戦会議が開かれていた。


「中央後方寄りに強力な気配か。ゴブリン・キングと考えていいだろう」


 玖珂の報告を聞き、スラーグがそう発言した。


「他にもそれぞれ手におえない気配がありましたね」


「デュークかな? 君はゴブリン・アールと戦っているから、あの強さを基準とするとどれくらいだい?」


「比べものになりません。おそらくゴブリン・デュークで間違いないしょう。ゴブリン・キングの周辺には、多くの上位種がいたように思います」


「後方にも当然ゴブリンの上位種はいただろうね」


「確認はできていません――後方にかぎらず強い種はいるように思えましたが、特別な種のか、ゴブリン・デュークの気配が濃く判別が不能です。デュークの周辺に上位種がいる可能性はあります。バロンやヴァイカウントは確認できましたが」


「普通に考えれば、ゴブリン・アールは十体以上いるようでしょう。当然、ゴブリン・マーキスもいると考えるべきではないでしょうか。キングが出現したのなら」


 隊長格の兵士が言う。

 彼の知識に間違いはない。


「前中後とそれぞれデューク、キング、デュークと並んでいるかもしれないなあ。どこを攻撃しても長居をすれば、彼らが現れるかもしれないな」


「何か方法がありますか?」


「さあね。ただ、やつらと戦いになったら部隊は全滅かな」


「他の上位種も襲ってくるでしょうな。一対一の戦いにもちこめば、時間稼ぎくらいはできるのではありませんか」


「それはどうかな? キングがいるからね。すべてにキングの意思が優先される、と言われている。たとえ、他の上位種が私たちの中にいる強い個体と一体一で戦いたいと思っても、まあ、その未来は選択されないってことだ」


「こちらが誘っても?」


「それはやり方と準備次第だろう。だが、そんな時間的余裕は私たちにはない」


 二人のやりとりに、もう一人の隊長格が意見を言う。


「一撃離脱の作戦に変更はないのでしょう。ならば、どこを攻めるかについて話しあうべきではないですか」


「そうだな。といっても、襲撃箇所は決まっている。皆も同じ意見だろう。ゴブリン後列を切りとる」


「三分の二はドーラスへ通すのですか」


「そうなる。たったこれだけの数でゴブリン全体を相手にするわけにはいかないだろう」


 二人の隊長がわずかに不満をのぞかせた。


「その顔は三〇〇〇程度の相手なら簡単だという表情なのかぁ」


「申し訳ありません。勘違いをしていました」


 当然だ。

 三〇人で三〇〇〇の相手をすることさえ不可能なことなのだ。そんなことを前提にして戦おうとする者こそ愚かである。

 しかも、ゴブリンの上位種がそこにはごろごろといるのだ。


「町を守ろうという思いは皆一緒だ。それじゃ、皆に命令するとしよう。これからは、本当に一時いっときも休まる暇がない。動き続けて、戦い続けることになるだろう」




 機動戦というらしい。

 高速移動で機先を制し、主導権を握りつづける。

 それができれば、勝ち続けることも不可能じゃない、と玖珂が言っていた。

 裏を返せば、動きが止まれば、負けるということだ。

 そもそも数が少ないので機動力を失えば、容易に包囲されてしまう。負けるのは必定だった。

 なぜだか分からないが、碕沢は玖珂と共に先頭を走っていた。

 なぜだか分からないなどと述べたが、碕沢はもちろん分かっている。認めたくないだけだ。

 彼が先頭に立つ理由は単純明快で、この部隊の中でトップクラスの実力を持っているからだ。

 最初に敵軍とぶつかった時の打撃力を見込んでの起用だった。

 俺って強いんだぜ、などと碕沢が調子に乗れなかったのは、遊撃隊の中で碕沢が強いと位置づけられていることを認められないのと原因を同じくしている。

 碕沢は自身の強さを知っていた。

 そして、ゴブリン・デュークの強さを知っていた。

 そこから導きだされるのは、自分よりも強い人間がいなければまずいという事実である。碕沢程度が実力者であっては、勝利への道が見えないのだ。

 今のところ、この部隊で碕沢より強い可能性を秘めているのは、スラーグと玖珂、願望で見て、隊長格の二人である。

 初めてゴブリン・ヴァイカウントと戦った時よりも事態はよくないだろう。

 本気で戦わなければならない。

 本気とはどういうことだろうか。本気になることの意味とは。

 戦いに本気になるということは、訓練でやっていた狩りとは質が異なる。

 仲間が死んだところで気にしてはならない。戦場では仲間は死ぬものなのだ。

 勝利へと続く道は、仲間の死で彩られている。敗北の沼は、仲間の血で満たされている。

 同級生たちの死を見向きもせずに進むことができるのか。

 戦場にありながら、今さらの覚悟だろう。


「玖珂」


 碕沢は隣を走る男に呼びかける。


「何だ?」


「俺に期待するなよ」


「――どういう意味だ?」


「俺は勝利だけを見る」


 誰かのフォローをすることはできないかもしれない。


「――なるほど期待しているよ」


 碕沢の忠告とは反対の返事を玖珂が送ってきた。

 碕沢は隣を見なかった。

 見なくとも玖珂がうれしげに笑っていることが、何となく分かった。

 まったく天才の心情は理解不能である。


「抜刀」


 後ろからスラーグの声が聞こえた。

 すでに碕沢は綺紐きじゅうを手の中に具現化していた。

 森の中だ。

 道は悪い。

 だが、関係ない。

 碕沢は走る。

 まったくバランスを崩すことなく走った。

 背後を走る兵士との距離がじょじょに開く。

 隣を走る玖珂は、変わらず碕沢と平衡に走っている。

 ゴブリンの気配が隠しようもなく正面にあった。

 躊躇はない。

 あれは敵だ。

 二人のスピードがさらにあがる。

 ゴブリンを視認した。

 碕沢は綺紐を飛ばし、枝へと巻きつける。

 跳躍していっきにゴブリンとの距離を潰す。

 上空から碕沢がゴブリンの集団に襲いかかった。

 地上からは双剣をかまえた玖珂がゴブリンたちに襲いかかる。

 最初の一撃で、両者数体のゴブリンを切断し、そこから前進を続けた。

 伸縮する綺紐がゴブリンの身体を貫通し、硬化した綺紐がゴブリンを切断する。

 双剣は一瞬もとまることなく、ハヤブサのように最速の動きでゴブリンに斬撃を喰わらせる。

 二人の速度は落ちることなく、突撃力は増していった。ゴブリンの群れの間にいっきに道が作られていく。

 そこへ、遊撃隊が突撃した。

 道幅がひろげられ、比例してゴブリンの遺体が地面に並んでいく。

 ゴブリンたちは対応できず、遊撃隊の横撃をまともに喰らうことになった。奇襲は成功した。


 ゴブリンの隊列を真横に斬り裂き、突破を果たした遊撃隊はそのまま一直線に駆けぬけ、ゴブリンの追撃から逃れる。

 といっても、ゴブリンは混乱しており、組織だった追撃はまったくなかった。

 ゴブリンの追撃のないことを確認した遊撃隊は被害状況の把握に努めた。

 元の人数が少ない。時間はかからなかった。

 被害はなかった。

 死者はなく、重傷となるような負傷者もいなかった。

 最初の奇襲は成功した。驚くほど完璧な勝利だった。

 スラーグと隊長格の二人は無傷であることの要因をよく分かっていた。

 この完璧な勝利をもたらした者たちは、まったく気を緩めることなく、腰を下ろしている。

 玖珂と碕沢。

 あの二人の活躍が大きかった。むろん、初戦で気合が空回りすることなく、全力をだせた兵士たちの活躍も大きい。

 それでも、あの二人がいなければ、こうはならなかっただろう。

 特にスラーグが注目したのが、碕沢秋長だった。

 玖珂の働きは能力からして当然のことだった。戦う様を見れば、もっとできるかもしれないと思えた。

 だが、碕沢があれほど戦えるとは思っていなかった。

 何かが変わったか?

 若者が突然強くなるということはよくある。技術的な飛躍もないではないが、碕沢の場合は違うだろう。技術的な飛躍とは、それまでに愚直なまでに基本を繰り返した時間がもたらすものだ。

 だが、碕沢にその時間はなかった。

 ならば、内面に変化が生じたということになる。

 この場合、無意識の内に働いていた限界のストッパーを自ら解除したとういうことだ。

 本当の自分の力を発揮しようとしている。

 碕沢秋長がどれほどの力を秘めているのか、スラーグは見きれていない。だからこそ、楽しさを感じていた。

 碕沢が力を見せ始め、玖珂も実力を発揮している。

 さらに、スラーグには未だに余裕があった。

 遊撃隊には、まだまだ充分な力が残されているのだ。


 彼らはこの後もゴブリンに対する突撃を繰り返すことになる。

 突撃によって、ゴブリン・バロンやゴブリン・ヴァイカウントが姿を見せることはあったが、それ以上の上位種の姿を見ることはなかった。

 五度目の突撃の後、スラーグはその違和感に注意を向ける。

 もしかして、上位種は、ゴブリン・キングに従いドーラスへと先行しているのではないか。

 であるのならば、ここにいるのは、ゴブリン・キングによって戦場に間に合わなくともよいと認識された者たちなのではないか。

 次の突撃でもやはり同様の結果だった。

 スラーグの疑念は大きくなった。

 もしも、上位種がドーラスに集結しているのなら、防衛団は圧倒的に戦力が足りなかった。数の問題ではなく、質の問題だ。

 ゴブリン・デュークに対抗しろとは言わない。

 だが六体はいるはずのゴブリン・マーキスと個人で戦える人間がいなければならない。

 おそらくあの場には二人。

 彼の副官であるジルド・サージスと冒険者バル・バーンのみだ。

 遊撃隊の勝利は、しょせん局地的な勝利に過ぎない。いくら勝とうとも、勝利の果実をもぎとることはできないのだ。

 本隊の勝敗こそが何よりも重要なのである。


 ――負け戦。


 嫌な予感がスラーグの脳裏をよぎった。








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