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序章4 戦闘




 碕沢たちが狙いをつけたゴブリンの部隊には、まだ命令が来ていないようで、周辺を捜索しているという様子は見られなかった。

 ばらばらである。

 小学生の遠足のほうがはるかに規律があるだろう。

 先行して情報収集に務めた玖珂によると、ゴブリンの数はおよそ三十強で、一体だけ大きさの違うゴブリン(便宜上指揮官とする)が部隊の中央を歩いているということだ。

 装備は、全員似たような物で、碕沢たちが戦ったゴブリンと大差ないようである。ただし、指揮官は、皮製の胸当てを装備しているらしい。


 碕沢たちは、フォーメーションとも呼べないある簡単な作戦を考えた。

 それは冴南を大木の上に登らせて、一方的に矢を射させ、碕沢と玖珂の二人は自由に戦うという作戦だったのだが、ちょうどよい大木がなく、また、もしもの時に冴南が逃げる方法が無いので却下することになった。

 というわけで、当初の予定どおり、後衛の冴南を碕沢と玖珂が守るということに落ち着いた。


 三人は木の影に隠れている。ゴブリンとは五十メートルほどの距離がある。

 遠距離からの攻撃手段があるのなら、距離は離れれば離れているほどよい。おそらくゴブリン相手ならもう少し離れても充分致命傷を与えられると考えられたが、最初に狙う予定となっているゴブリンの指揮官を仕留めるには、これ以上離れることは危険だった。


 冴南が弓弦を絞った。細い旋律が奏でられる。

 背筋がぴんと伸びた姿勢は、時間が止まったかのように美しい。だが、この時間がもっとも危険だった。

 ゴブリンに対して、完全に身をさらしているからだ。

 冴南が矢を放つ――と、同時に殺気を感じたのか、ゴブリンの指揮官がこちらを見た。

 皺の多い顔の中で、一際目立つ黒瞳のまなじりが角度を大きく跳ねあげる。

 高い音を放ちながら、一直線に空気を切り裂いていった矢がゴブリンの指揮官の眉間に吸い込まれていった。

 矢は肉をえぐり、貫通したようだった。

 ゴブリンの全身から力が抜ける。

 指揮官の腕に捕まれ、壁とされたゴブリンが死んだのだ。

 ゴブリンの指揮官は、盾に使ったゴブリンを放り捨てると、ゴブリンたちの影に身を隠した。

 ゴブリンの指揮官が大声で叫ぶ。

 それは、碕沢の耳に「突撃しろ」というニュアンスで届いた。


神原かんばら


 碕沢は冴南を促す。咄嗟に出た言葉は、カミハラではなくカンバラだった。そっちのほうが言いやすかったのだ。


「わかってる。でも、カンバラじゃなくてカミハラよ!」


 冴南は自らの手の中に矢が生まれると、すぐに二撃めを解き放った。狙いはむろんゴブリンの指揮官である。

 ゴブリンの間を抜けた矢は、だが、指揮官に当たることなく、別のゴブリンを射抜いた。


「無理ね。周りのやつをまずどうにかしないと」


 ゴブリンが突撃してきている。

 多くの敵を碕沢たちは相手にすることになるが、こちらに攻撃を仕掛ける分、当然指揮官の周りは守りが薄くなるはずだ。

 ゴブリンの指揮官が何か声をあげていた。内容は聞き取れなかったが、それがゴブリンたちへの指示であったことはすぐに判明した。

 ゴブリンが攻撃と防御に分かれたのである。指揮官の周りにゴブリンの壁ができていた。

 指揮官は冴南の弓矢をかなり警戒しているようである。


「僕が少し前に出て戦う」


 そう言うと玖珂がゴブリンの群に飛び込んでいった。

 すぐに玖珂とゴブリンの先頭集団がぶつかった。

 最初のゴブリンを一刀のもとに斬り捨てると、玖珂は流れるように次の相手を求めてステップを踏む。

 躍るようにゴブリンの間を玖珂はすりぬけ、彼の通った跡に、血の花が咲き乱れた。


「玖珂の討ち漏らしを俺が引き受ける。神原かんばらは両方のフォローをして」


 碕沢も前に出る。

 玖珂と碕沢の二段構えで、冴南を守るのだ。

 ゴブリンの数が減れば、結果として指揮官を守る壁もなくなるはずだ。


「二人とも? それにカンバラじゃなくて、もういいわ!」


 背中から驚きと抗議の声があがったが、碕沢は答えない。

 彼の視界には二体のゴブリンが突進してくる姿が映っていた。

 碕沢は集中する。

 すると、独特の音が空間を駆けぬけた後に、一体のゴブリンが倒れた。冴南の援護だ。

 この瞬間を逃さず、碕沢はもう一体のゴブリンとの距離を詰めて、綺紐きじゅうを撃った。

 その距離は二メートル。

 ゴブリンは剣をもった腕を振り上げようとした姿勢で動きを停止し、碕沢が綺紐を戻すと同時に地面に倒れた。


「まったく、緊張感がありすぎだろ」


 碕沢はぼやく。

 だが、緊張を解く時間は与えられない。三体のゴブリンが向かってきていた。

 能力をいかんなく発揮し、玖珂が暴れまくっているが、ゴブリンの狙いは冴南のまま変わっていないようで、玖珂の剣が届かないところからゴブリンが前進してきているのだ。

 三体が突進してくるが、狙いはやはり冴南のようで、碕沢への注意は低い。

 冴南の援護はまだない。おそらく矢の補充ができていないのだろう。

 ゴブリンとまだ五メートルの距離があったが、碕沢は綺紐を飛ばす。

 綺紐は、右端のゴブリンの腕を直撃し、ゴブリンが武器を落とした

 すぐに碕沢は綺紐を引き戻す。真ん中を走るゴブリンとの距離がすでに二メートルを切っている。

 碕沢は後ろに跳び、距離をとった。

 ゴブリンは碕沢の動きなど気にせずに走ってくる。

 すぐに碕沢は綺紐を飛ばした。綺紐は碕沢の意思に従い、真ん中のゴブリンの首を貫こうとする。

 だが、わずかに狙いがはずれた。動きながらの連続攻撃は、碕沢の制御に狂いを生じさせていたのだ。

 ゴブリンは絶命することなく、そのまま棍棒を振りあげ、障害物となっている碕沢を横殴りにしようとした。

 碕沢はまだ伸ばしたままであった綺紐に固形化のイメージをのせて、横へと振りきった。

 ゴブリンの首が半分切れて、ぐらりと揺れる。すでに事切れているはずだ。だが棍棒は勢いを失わずに、碕沢の脇腹を叩きつけようとしている。

 碕沢はゴブリンに身体をぶつけた。

 軌道の内側に入ったことにより、棍棒の威力は打ち消され、碕沢はほとんどダメージを受けなかった。

 碕沢とぶつかったゴブリンは吹っ飛び、倒れたまま動かなくなった。

 矢の唸る音が聞こえた。

 うぎゃという聞きなれない叫び声の後に何かが地面に倒れる音がした。

 左端を走っていたゴブリンを冴南が射抜いたのだ。


 ――あと一体。


 碕沢の横をゴブリンが駆けぬけていった。落とした武器は拾ったらしく、手には剣を持っている。

 碕沢は綺紐を伸ばし、それを長い剣に見立てて、背を見せているゴブリンを斬りつけた。

 ゴブリンの左腕に綺紐がめり込む。だが、それだけだ。叫び声をあげたゴブリンは横からの衝撃にこけそうになったが、そのまま走り続けた。

 その先には、冴南がいる。

 彼女は矢を放ったばかりで、まだ攻撃できる状態ではない。

 碕沢は地面を蹴り、駆けだすと、綺紐を飛ばした。

 綺紐はコントロールがきいていない。力任せに石を投げている感覚に近かった。実際、急所からは外れてしまった。

 だが、ゴブリンの身体を貫くことには成功していた。

 二度、三度と同じ攻撃を重ねると、ついにゴブリンの足が止まり、四度目の攻撃でゴブリンは地面に倒れ伏した。

 碕沢は倒れたゴブリンの傍で足を止めて、その生死を確認する。ゴブリンはまったく動かない。命を落としたようだった。

 ぜいぜいと荒い息が碕沢の口から漏れる。

 必死だった。何も考えずに無我夢中で攻撃したからこそ、切りぬけられたのかもしれない。おそらくもう一度同じことをやれと言われても、碕沢にはできないだろう。

 碕沢の視界に、冴南が弓を構える姿が入ってきた。


 ――戦いは終わったわけではない。むしろ始まったばかりだ。まだまだ敵はいる。


 碕沢は振り返った。

 ゴブリンの数は目に見えて減っていた。最初の激突で十体くらいは倒しただろうか。上出来である。三人は互角以上に戦えていた。

 それでも、残りは二十体以上いる。そして、指揮官の強さも不明だった。

 碕沢は戦うために足を踏みだした。


 この後、碕沢は冴南の援護射撃を受けながら、ゴブリンを撃退していった。

 玖珂も同じように、いや、その動きは鋭さを増して、ゴブリンに攻撃を仕掛け続ける。

 突如、玖珂の動きが変わった。

 それまで網を張るように同じ場所で戦っていたのが、不意に直進的な動きをとったのだ。

 玖珂の先にいるのは、ゴブリンの指揮官だった。


「神原、玖珂の援護」


 碕沢は、玖珂の動きを見逃さなかった。

 ゴブリンは残り十体を切っている。たとえ、四、五体がいっせいにこちらに向かってきたとしても、碕沢は防ぎきる自信があった。

 玖珂の予想どおり、青い靄は碕沢たちに力をもたらしてくれているらしい。ベースとなる基礎体力があきからに上昇していた。武器の威力も増している。

 今の碕沢ならば、ゴブリンを倒すのに、それほど苦戦することはないはずだ。


 冴南の援護射撃は的確だった。

 玖珂を邪魔する二体のゴブリンを撃ちぬいた。

 玖珂自身も一体のゴブリンを斬り裂き、ついにゴブリンの指揮官の前に踊りでた。

 指揮官も覚悟を決めたのだろう。玖珂に向かって剣を振りまわしてきた。普通のゴブリンとは比較にならない剣速である。威力もまたそれに準ずるだろう。

 また、身長は一五〇センチメートルほどあり、筋肉でおおわれたその身体は、通常のゴブリンに比べ、はるかに迫力があった。

 人間とゴブリンが撃ちあったのは数合である。

 驚くべきことに力、技どちらにおいても、玖珂が上回っていた。

 玖珂はゴブリンの指揮官の剣を弾き、自らの剣を袈裟に振りおろす。剣閃は胸当てまでも引き裂いた。だが、指揮官を倒すにはいたっていない。

 指揮官が振りまわす剣を玖珂はやすやすと躱すと、鋭く内に踏み込み、身体を回転させた。あわせて玖珂の剣も弧を描き、途中にあったゴブリンの指揮官の首を横に真っ二つにする。

 勝負は決した。


 碕沢は、ゴブリンの残党を掃討しつつ、冴南と玖珂に指示を飛ばす。


「一体も逃がすな。俺たちの情報を持って帰らせるな」


 ゴブリンの数は、残り六体。三人でやれば、さして時間は必要としないはずだ。

 本来は、指揮官を倒した後は、逃げるゴブリンを追わず、さっさと場所を後にするはずだった。だが、指揮官を倒すのに時間がかかり、残ったゴブリンの数は少ない。

 碕沢は一瞬の判断で、作戦を変更したのだった。

 実際、残ったゴブリンを倒すのに時間はかからなかった。ゴブリンたちがすぐに逃げだそうとしなかったことも碕沢たちに幸運に働いた。


「思ったよりも簡単に終わったな」


 もっとも動き戦果をあげた玖珂だが、彼はほとんど息を乱していない。見るからに余裕がある。


「どこがだよ」


 戦いが終わったとわかった途端、碕沢は座りこみたくなっていた。どっと疲労が肩にのしかかってきた。


「連戦しても大丈夫じゃないか?」


 玖珂がさらりととんでもないことを口にする。


「ありえない。神原もそう思うだろ」


「『も』はどちらにかかってるの? ちなみに私はあまり動かなかったから、体力的には問題はないけど。それと、『カミハラ』よ」


「リーダーの独裁権をつかって断固反対する――休みしたいところだけど、まずはやつらがいないほうへ移動しよう」


「正確にはやつらがいないと思われる方向へ、だけど」


 玖珂を先頭にして三人はその場から移動した。

 歩いて移動するほどに余裕はなかった。三人は走る。

 玖珂をのぞけば、やはり連戦するには無理がある。碕沢は、冴南が「体力的には」という言い方をしたことに気づいていた。おそらく精神的には疲労を抱えているということを暗に匂わせたのだろう。

 なぜ遠まわしに言ったのかといえば、戦う必要があるなら戦うぞ、という意思表示に違いない。過度な心配は無用だということだ。

 才女はただの才女ではなく。戦う才女であったらしい。

 勇ましいかぎりである。

 できれば、「カンバラ」読みもその器で丸く受けとめてほしいところだ。


 勝利である。

 碕沢たちは命を使った賭けに勝ったのだ。彼らは力を得て、困難から脱出した。


 しばらくしてからのことだった。先頭を走っていた玖珂が足を止める。不自然な急停止だった。

 玖珂が手のみで止まるよう二人に合図を送ってきた。

 碕沢と冴南はすなおにその指示に従った。

 玖珂が慎重に足を運びながら、碕沢たちのいるところへ戻ってくる。


「どうした?」


 嫌な予感しかしなかった。だが、訊ねないわけにはいかず、碕沢は小声で問いかける。


「賭けはまだ終わってないようだ」


「また命を懸けろ、と?」


「ああ、僕たちはおそらく囲まれている。それもさっきの二倍、いやもっと多くのゴブリンたちに」


 玖珂の言葉は、重たい沈黙を三人に与えた。

 碕沢たちの戦力はあがっている。だが、心身の体力はほとんど初めてと言っていい戦いによって間違いなく削られていた。玖珂であろうとも、まったく疲労がないということはないだろう。

 多数の敵を相手にするのに、体力と気力に不安があることは、あまりに不利だった。さらにランクが上のゴブリンがいたとしたら……。


「生きるってのは、なかなか難しいもんだな」


 碕沢は肩をすくめる。

 わずかに遅れて、


「そうね」


 と、冴南が同意し、


「そうでもないさ」


 と玖珂が軽く受け流した。

 状況は悪化したが、三人の瞳は諦観に染まっていない。








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