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四章 ドーラス攻防戦(2)




 朝日が姿を見せるまで、まだ二、三時間の余裕がある。

 早朝という表現がはたしてふさわしいのかという時間帯に、都市ドーラスを出発する集団がいた。

 第三大隊長を指揮官としたおよそ三十人ほどの部隊である。第三大隊と青城隊のメンバーが混合された部隊だった。

 正規兵と素人でつくられた、普通に考えれば期待できない戦力である。

 兵士が前方に位置し、青城隊が後方に配置されて行軍している。この部隊の利点と言えば、人数が少ないために指揮官が部隊を完璧に把握することができるということだろう。

 その指揮官が、部隊に指示を出すことなく、隣を歩く素人と会話をしていた。


「君はどう思っているんだい、今回の作戦のことを?」


「イスマーン砦は難しいんですか?」


 戦いの素人、碕沢は質問に対して質問で返した。しかも、その内容は問われたことから外れている。


「一万対二〇〇ではどうしようもない。おそらくもう陥落しているだろう」


「そうですか」


 互いに淡々と言葉を交わす。意図的に感情を排しているからこそ、逆にその思いが伝わる。

 彼らの声は大きいものではなかったが、小さなものでもなかったので周囲を歩く者たちにも届いていた。


「作戦でしたっけ?」


「そう、今回の作戦に対して君たちはどう思っているのか興味があってね」


「俺は大隊長さんがどう考えているのかのほうが、はるかに興味深いですけど」


「私は軍人だ。しょせん、枠の中でしか動けないよ」


「枠の中なら自由に動くということですか?」


「かもねぇ。それで君の意見は?」


「遊撃隊は、もっと少ない人数でも良かったかもしれませんね」


 すでに作戦は決定している。

 不満や愚痴の類で士気を低くするような発言でなければ、何を言ってもかまわないだろう。全員が自分たちに与えられた役目が無謀であることなど分かっている。

 多少碕沢が軽はずみな発言をしたとしても、スラーグがフォローしてくれる――はずだと碕沢は信じることにした。


「なかなかおもしろいことを言うなあ。で、その真意は?」


「大隊長さんやバーン、そして玖珂みたいな人間が個々で好きに暴れたほうが攪乱できるし、安全なんじゃないですか? ゴブリン・ヴァイカウントを軽く倒すことのできる力量がある人を他にも数名大隊の中から選抜すれば、ゴブリンに対してあんがい強力な衝撃力をもちそうな気がしますね」


「ドーラスの戦力が落ちないかい?」


「そこはバランスよくやってもらうだけです」


 そもそも碕沢が名を挙げた三人中二人が遊撃隊にいる。碕沢は正規兵で武勇を誇る人間のことを知らないので何とも言えないが、今回の配置はバランスがすでに崩れているのではないか、と考えないでもなかった。

 仮にゴブリン・デュークなどがいきなり前線に現れたら対処できるのだろうか。他にも上位種が多数出てきたら? バル・バーン一人に任せるということはないだろう。さすがにそれは無謀すぎる。碕沢の知らない実力者がいるということでいいのだろうか。


「なるほどねえ、じゃあ、この部隊も私と玖珂、その他の三つに分けるかい?」


「ダメでしょう。戦力的には大隊長さんは抜けているでしょうけど、指揮官が抜ければこの部隊の働きは半分以下になるんじゃないですか」


「じゃあ、玖珂と君の二人に好き勝手暴れてもらおうか。それを囮にして、遊撃隊はさらに効率よくゴブリンを狩っていこう」


「……俺の負担がハンパなく大きいと思いますが」


「敵は一万だからねぇ。少々の無理は通していかないと」


 口調は軽いが本気で言っていることが分かった。珍しいことに彼は酔っていない。実際、スラーグは今日酒を飲んでいないのだ。

 遊撃隊は移動速度を重視することになっていた。これはスラーグの指示である。

 兵站も限られたものになっている。個人で運べるものに限られていた。

 食料は切り詰めて三日分。おそらく慣れない青城隊は二日と持たないだろう。持たせるしかないのだが。

 矢は間違いなく足りない。すぐに尽きるはずだ。

 武器の代わりもほとんど持てていない――この点青城隊は固有武器を具現化できるので問題はないが。

 念のためにいくつかの場所に、簡易の兵站基地のようなものを事前に作っていたらしいが、果たしてそれをうまく活用できるかどうか。

 無理をしなければ難しいというスラーグの言葉は、実感を伴って伝わってくる。


「キングに率いられると、何かが変わったりするんでしょうか?」


「集団行動の精度は増すみたいだ。個々の力も通常よりも強いという説もあるけど、どうかな? 数値化されるわけじゃないから分からないね」


「キングに率いられた魔人と戦ったことはあるんですか?」


「残念ながらないね。ゴブリンにかぎらずどの魔人だろうと――正直キングはそんなにぽんぽん生まれるものじゃないからね。どうだろうね、東方ならあんがい日常のようにありそうだけど」


「東方?」


「知らないかな? けど、今話すことじゃないな」


「ですね。ゴブリンはどのあたりまで来ているんでしょうか?」


「ある程度予測はしている。ただ、斥候はだせない。まあ、僕らが斥候みたいなものだよ」


 遊撃隊は北回りで東へと下っていた。

 もちろん少数なので、一万のゴブリンと正面からぶつかるようなことはしない。できるだけ気づかれないよう敵後方へ回りこむ作戦であった。

 今のところ、彼らの行く手にゴブリンの気配はまったくない。行軍は順調に進んでいた。





 臨時に新たに組織された防衛団の総数は七〇〇ほどだ。

 正規兵、青城隊、冒険者によって構成されている。本来補助兵の契約をしていない冒険者が加わることなどないのだが、冒険者組合ギルドが特別報奨金を準備し、昇級査定を行うことを約束したので百人以上の冒険者が防衛団に参加することになったのだ。それでも過半の者は負傷を理由に参加を断ったのだが。

 兵力が増したとはいえ、二万を軽く越える人口を持つ都市を、七〇〇に満たない戦力で守ることなど不可能である。

 絶対的に数が足りない。

 人数が足りない状況で時間を稼ぐ方法は、実は過去の経験からすでに編みだされていた。

 都市防壁で南東から敵が進攻した時に、特に目につく場所に、『でっぱり』を作るのだ。

 半径百メートルもない半円形の曲輪くるわで、多くの兵士をそこに駐屯させる。

 これは魔人が視界に入った敵をまっさきに倒しに行くという習性を利用していた。

 さらに、強者を集め、華々しく活躍させる。すると、魔人は進化のために強者を倒そうとするので、よりこの防壁の『出城』ともいうべき『でっぱり』へとゴブリンが集中することになるのだ。今回の場合ならば、バル・バーンがそれにあたるだろう。

 むろん、今回の戦いでも先人の知恵は採用されることになった。

 ただし、すべてのゴブリンがこのでっぱりに向かって攻撃してくるわけではない。偶には変わりモノがいて、他の部分の防壁を攻撃してくることがある。数は少ないが、念のために少数の兵士を歩哨として防壁上に分散させておく必要があった。

 だが、常に比べても今回は兵力があまりに少ないので、全兵力をこの場所に集中せざるを得なくなっていた。

 この状況の解決に、冒険者組合ギルドが動いた。

 戦える冒険者はすでに補助兵として防衛団に協力している。動かせる人間はいないはずだが、冒険者組合ギルドは冒険者を引退し者たちから義勇兵を募ったのだ。

 これに一〇〇〇を超す人間が集まり、その内戦えると判断された七〇〇人が防壁の警護へと回ることになった。

 七〇〇人の中から現役冒険者と変わらない力が認められる者を冒険者組合ギルドは、防衛団に送ろうとしたが、これは総督によって拒否された。


「防壁の防衛を軽んじることはできない。そちらに人数を割いていただきたい」


 というのが、総督からの解答だったが、普段の総督の言動を考えれば「おまえたちの手など借りない」という思いが透けて見えていた。

 緊急時に権力者と揉めるほど冒険者組合ギルドは子供ではなかったので、冒険者組合ギルドはそれ以上意見することなく、総督の指示に従った。

 一日という短い期間で、防衛準備が着実に進められている。特に冒険者組合ギルドの手際の良さは激賞に値する働きだった。彼らの働きがなければ、たとえ人数を確保出たとしても、防壁の防衛が間に合うことはなかっただろう。

 住民は全員防壁内へと避難した。周辺一帯にある田畑は、今回の戦いが長引けば全滅することになるかもしれない。

 だが、これ以上の対応策はなかった。

 こうして、都市ドーラスはゴブリン・キングの襲撃への備えを進めていったのだった。








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