四章 ドーラス攻防戦(1)
青城隊が拠点としている兵舎には、ほとんど使われることのない小会議室がある。
碕沢はそこにいた。彼の他にも玖珂と須田玲美、その取巻きである八人の男子がいる。
碕沢はとりまきの中に綿重勝利を発見して驚いていたが、今のところ会話は交わしていない。
理由は碕沢と綿重にあるわけではなく、彼らと対峙するように対面に座っている北條にあった。
正確には彼の語る内容である。
「もう一度要点だけを言うと、僕たち青城隊は二つのチームに分かれることになる。ドーラスの防衛部隊と遊撃部隊だ。そして、この遊撃部隊にこの部屋にいるメンバーをあてることにした。これは実力とチームワークを考慮してのことだ。さっきも言ったけど、遊撃部隊は青城隊だけじゃなくて、防衛団からも選出される。正規の兵士もきちんといることは忘れないでほしい」
「この部屋にいるメンバーがその遊撃部隊というものになるのね」
玲美が北條に確認する。
「そうです」
「じゃ、北條君もこの部屋にいるのだから、遊撃部隊なのね」
「いえ、違います。僕は残りの青城隊を率いることになっています。厳しい戦いになることが予想されます。指揮官として適任の人間は限られているのです」
「なるほど、そういうことだったのね、あの茶番は」
玲美の皮肉に北條は完全な黙秘で答えた。
「拒否はできるんだろ」
取巻きの一人が言った。
「できない。これは総督からの正式な要請であり、実体は強制命令だ。もちろん、君たちだけじゃなくて、青城南高生全員がこの戦いに参加する」
「全員? 戦えない人間も参加させるのか?」碕沢の瞳が鋭く細められる。
「ケガで動けない人間以外全員だ。僕たちの武器は強力だからな、肉体能力も向上している。正直そこらの冒険者よりも強いのは分かっているだろう? もちろん、配置は考慮する。混戦になるような戦いで前に出すことはしない。最初は投擲なんかの遠距離で戦わせるし、できれば、それで終わらせたい。そのためにも、戦える碕沢たちの戦果には期待している」
碕沢は北條を見据えて何も言わない。
碕沢に代わってというわけではないだろうが、玲美が北條の言葉を評する。
「ずいぶん都合のいいことを言うのね。私には厄介ばらいをしているようにしか見えないけれど」
「玖珂と碕沢は青城隊の中でも最高戦力だ。できれば、一緒に戦ってほしいと僕だって考えている」
「そうね、北條君よりも強い二人だものね」
毒蛇のように玲美の言葉が北條に絡みつこうとする。
「須田先生たちは、残念だけど青城隊の他のメンバーとの相性が悪すぎる。かといって、その戦力を使わずに戦えるほど余裕もないんだ。だから、違う場所で戦ってもらう」
「チームワークを壊すやつは他の場所に行ってろ、ということね。しかも、そこはゴブリンが溢れる危険な場所。そして拒否権もない。北條君はいつの間にかずいぶんな独裁者になったみたいね」
「総督府で正式に決定した作戦なんだ。そして、イスマーン砦ではすでに多くの兵士が犠牲になっている。戦わないなんて言えないだろう」
「私なら言うけれど、大切な生徒を一人として犠牲にしないために、戦いになんか参加しない」
玲美は、染められた髪の毛先を指でもてあそんでいる。まったく心をこめずに彼女は、理想論を述べたのだった。
「玖珂と碕沢の意見は――というか、悪いけど納得してもらうしかない。僕にできる交渉はこの程度だってことだ」
「僕たちが組む部隊というのは第一、第三どちらだ?」
眼鏡の下にある青みがかった玖珂の瞳が、冷静に北條を見ていた。
「第三大隊だ。スラーグ隊長自ら指揮するらしい」
「なるほど」
玖珂はそれきり黙った。
納得したのかは分からないが、他に訊ねることはないようだ。
「冒険者への協力はどうなってるんだ?」
「自分たちのことじゃなくて、他のことを訊くなんて、碕沢君は余裕があるのね」
「戦える人間が増えれば、それだけ俺たちも楽になりますからね。で、どうなんだ、北條」
「要請は出したはずだ。だが、まだ結果は分からない。僕が知らないだけで、もしかしたら、すでに総督府と冒険者組合の間で何らかの取り決めがなされているかもしれない――僕にできることなんてないけど、最悪バーンさんだけは参戦してもらうつもりでいる」
「……できるかぎりのことはやってるんだな。その上で、俺たちみたいな素人の手も借りたいわけか。なかなか先が思いやられる展開だ。それで、いつ俺たちは出発することになる?」
「早朝にも。もしかしたら、夜が明ける前に出発するかもしれない。その判断は、スラーグさんがすることになるはずだ。だから、話したばかりで悪いけど、すぐにここにいるみんなには第三大隊に合流してもらう」
「ちょっと待って! 今から? 冗談じゃないわ。食事も睡眠もとってないのよ。だいたいなんで私がこっちなのよ! 女は一人だけじゃない!」
突然、玲美が怒りだした。
先程までの余裕が一切ない。
まるで予定が狂ったかのようだ。
ようやく北条が本気であることをさとったのかもしれない。身の危険を覚えたのだろう。
「分かりました。それじゃ、須田先生はこちらに残って、他の八人は遊撃隊として働いてくれ。これでいいですか?」
「私たちを離すつもり?」
「僕はどちらでも、確かに僕はあなたがたが群れている場合に騒動が起こると考えていますが、遊撃隊に参加すれば、群れていようとそんな暇はないでしょうね。皆でいっしょに行くか、先生だけが残るか選んでください」
玲美が下唇を噛んだ。
ここに来て、ようやく真剣に考え始めたようだ。
「分かった。私はここに残る」
あっさりと玲美は提案を受け入れた。
「え?」
「せ、先生」
「そんな、一人じゃ危ないですよ。先生」
「おい、北條汚いぞ。こんなことをして」
取巻きたちが騒ぎたてる。
「私がついていっても足手まといになる。それに、ここで強硬に反対したら、最後には兵士たちに牢屋にいれられてしまうかもしれない。とにかく、この戦いが終わってから、いろいろと考えましょう」
取巻きたちが憎々しげに北條を睨んだ。
「問題を起こしたのは君たちだ。すでにイエローカードが出ているだろう」
「あんなのは勝手にあいつらが騒いだだけだろうが」
「でも、おそらく全員の意識に須田先生が悪の根源だとという思いがあるんじゃないかな。君たちは誰一人としてほとんど発言せずに、先生が積極的に意見を言っていた。当然、恨みを一身に浴びることになったのは、先生だ。次また似たようなことがあれば、間違いなく先生だけは許されないんじゃないか」
北条は暗に取巻きたちの不甲斐なさを責めた。
「だからといって、こんなのはないだろう」
「分かったよ。じゃあ、一人だけ残ってもらおう。ただし、人選は僕がする。それで納得してもらえるかい?」
北條の提案はすぐには受け入れられなかった。
だが、北條が時間を気にしていらだちはじめると、一人残すことも認められないと考えたのか、結局北條の提案を取巻きたちは受け入れた。
「じゃ、綿重君。君が残ってくれ」
一瞬、取巻きからざわりと不穏な空気が揺らめいた。
「悪いけど、すぐに出発してくれ。たぶん、第三大隊から迎えの人がもう来ているはずだ」
北條が立ちあがり、会議という名の命令通達が終わった。
玖珂と碕沢、取巻き七人の男子生徒は、仲間に見送られることもなくそのまま第三大隊と合流したのである。
都市で防衛線を行う青城南高生が碕沢たちのことを知るのは、この後北條から食堂で作戦を伝えられた時になる。
多くの生徒が、玖珂がいなくて大丈夫なのか、ということだけを問題にした。
危険の大きい遊撃隊の安否を気にしたり、そんな重要なことを一人で決めてしまった北條に対して疑念を持った者はほとんどいない。
全員が自らに迫るゴブリンという危険に意識を呑みこまれてしまっていた。ほとんどが流されるままに戦おうとしている。
彼らは選択と決断をしないままに道を歩みつづけていた。




