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三章 愚者の議論(5)




 北條が思い描いた通りに裁判シナリオが進んでいた。

 裁判官ではなく司会者のような立場にあった北條にすれば、話の誘導はあまりに簡単なものだった。

 須田玲美の行動と、北條晃の行動を対比することで、北條の優れた点を皆に分からせる。

 勝ち負けが重要ではない。

 戦うという行動をあの場で実際にすることができたことが重要なのだ。

 その行動をとれた者こそ賞賛に値する。

 須田玲美が北條の言を入れ、ある意味敗北を認めたというのが現状だ。


 第一段階の北條の汚名の払拭と、問題児への影響力を確保できた。

 次に第二段階であり、本丸へと移ろうと考えていたところで、前川朝美の突然の発言であった。

 いささか唐突な発言には、何かしらの意図があることを読めなくはなかったが、北條は話に乗ることにした。

 何しろ彼女の発言は、まさに北條が続いて議題にのせようとしていた問題であったからだ。

 表向きは、戦いの総括とその責任について論じる。

 裏は、もちろん、北條の復権、あるいはさらに強固な体勢をつくこと、そして玖珂や冴南への牽制である。彼らについても良いことはないと皆に分からせる必要があった。

 北條は良かったが、困惑を示した者たちがいた。

 玲美と向かいあっている女性陣である。彼女たちにとって玲美への糾弾はこれから始まるところだった。

 本人が悪いと認めたのだから、徹底的に追及して叩きのめすつもりだった。同情を集めるために演技をしはじめた時点で許す気など皆無になった。

 ところが、急に戦いのことへと話が飛ぼうとしていた。重要なのはそんなことではないのに、まるでそちらが重要であるかのように、皆が思い始めていた。

 もちろん、彼女たちは玲美を許すつもりなどない。場が流れることを認めることなどできるわけがなかった。


「ちょっと、前川さん、あなた何言っている? 今、何を話しあっているか分かっている?」


「そっちこそ、今みんなが何を思っているのか分かってる?」


「何が?」


「いいかげん、うざいってこと。文句を言うだけなら、後で言いあえば? 見てて見苦しい。もっと、建設的な話をしたいんだけど」


「あなたが建設的な話をするの? よくそんなことが言えるね」


「どういう意味よ?」


「あなたもそこにいる人と同じってことよ。ああ、もしかして、二人とも繋がってるんじゃないの? だから話を急に変えようとしているんだ。そっちこそ見苦しい」


「は? そんなわけないでしょ! 適当なことを言わないでくれる。自分がやばいからって人を巻きこまないでよ」


 あきらかに朝美の声音が大きく、そして高くなった。

 感情的にも反発があるのは確かだ。

 指摘された内容が本当なのかもしれないと北條は思った。

 勘だけで事実を言い当てた――それはありえるかもしれない。いや、充分起こりえるだろう。だが、何の証拠もなくそれを事実だと決めつけて相手を非難するという論理展開が、正直北條には理解できなかった。

 そして、感情的にぶつかりあいはじめたこの話しあい、いや、ただの言いあいがどこに行きつくのかも北條には分からない。

 というより、興味がない。

 意味がないからだ。

 これでいったい互いに何を得ようとしているのだろうか。

 つきあっていられなかった。

 正直時間の無駄でしかない。

 時間は有限であり、低能な人間ならともかく、北條にとってそれは非常に貴重なものだった。


「ちょっといいかな。二人が話していることも分かるけど、今ここには皆が集まっているんだから、より重要なことを議論いたほうがいいと思うんだ。この前の戦いのことがそれだけど、これからも戦いがあるとしたら、しっかりと悪かったところ反省して、それを皆で共有したほうがいいと思う」


 北條は慎重に言葉を選び、相手を尊重したつもりだった。だが、それはあくまでも彼自身にとっての『つもり』でしかなかったようだ。


「より重要なこと」と彼が言った時に、検察側の席に座っていた女子の瞳が等しく怒気に染まった。彼女たちだけではない。多数の女子の目が険を帯びた。

「より重要なこと」と言ったのは、北條としてはそれも重要だけど、こっちのほうにはもっと重要な議題があるんだよ、とさとしたつもりだった。

 だが、言われたほうはそうは受け取らない。

 女性陣にすれば、自分たちの意見が重要ではないことと言われた気がした。「つまらないことでいつまでも時間をとるな」と言われたように感じたのだ。

 実際北條にとっては、どうでもよいことだったので、あながち間違ってはいない。


「そう、なら、どうぞ。北條君が話したことを話したらいいんじゃない」


「ええ、じゃあ、私たちはここをどくから」


「そうね」


「代わりに北條君が必要だと思う人をここに座らせたら?」


 そう言うと、五人の女子は立ちあがり、北條の話を聞くことなく席を離れた。

 この裁判はなしあいが始まって、初めて北條はあっけにとられた。自分に非はなかった。彼女たちの行いをたしなめて、むしろ、感謝されるべきところではないか。なぜ、彼女たちは怒っているのだろうか。

 この時、北條は無自覚なうちに迂闊な発言をすることで、一部女子の評価を大きくさげたのだった。

 無自覚であった証拠は、彼がこの件についてまったく考えることをせずに、その後に簡単なフォローをしておけば充分だと考えていたことからも分かる。

 怒りが大きかったために、ヒステリックになっているのだろう。

 北條の認識はその程度だった。

 女性陣は感情的な発言をしていたが、一方で本質をいくつかついていた。

 その内の一つが玲美への対処である。

 確かに、玲美は集団行動を乱す存在であり、いつか皆に大きな不利益をだしかねない不発弾だった。重大な場面で爆発すれば、味方の損傷は計り知れないことになる可能性がある。解体するのがもっとも危険がないのは間違いない。

 また、今ここできちんと処分を下しておかなければ、模倣する者が現れないとも言えなかった。本質ではなく、屁理屈によって秩序を曲げるようなことがあれば、決まりルールというのは、まったく意味がなくなってしまうのだ。あんなやつが許されて、という論理で誰もが守る必要性を感じなくなってしまう。

 北條はより政治的、現実的に必要な戦力を有効利用しようとし、女性陣は本能的に集団にとって異質な存在を排除しようとしていたのだった。


 傍聴席にいた生徒の空気は男女関わらず、白けたものになっている。

 さしあたって北條としてはこの空気を変じる必要があった。


「ここにこれだけ人が集まったということは、皆も何かしらの不安や不満を現状に抱えているのだと思う」


 どんな環境や状況であれ、たいていの者は、現状に不安や不満を抱えているものだ。北條は、その当たり前のことをつくことで、皆の心情を同調させようとした。

 それは一定の成果をあげたらしく、とりあえず席を立とうとする者はいない。


「直接的だろうと間接的だろうと、やっぱりその原因は、この前の戦いにあると思う。勝ったし、充分に成果もあげた。でも、あれで良かったのか……負傷者も出たし、決して安全なものではなかった。一人として満足できた人間はいなかったと思う。たぶん、ここに残った人たちはそういった空気を感じているのだと思う。だけどその原因がいったい何なのかと問われれば、誰もがうまく答えることができないんじゃないかな?」


 北條の独演は、皆の同意と関心を得ているようだった。


「僕たちにとって初めての戦いを一度きちんと検証しておくべきだと僕は思う。ただし、前川さんが言っていたような、犯人探しではなくて、何があの時起こっていたのかを皆で冷静に話しあうんだ。実際、どういう流れだったのかを把握できていない人もいると思うから、まず、何があったのかという事実だけを検証してみよう。それによってあの場にいた人間だけじゃなく、戦いに参加していなかった人たちもいろいろと理解できてくると思うから」


 北條は見まわす。

 特に意見は出なかった。


「僕が一通り説明してもいいのだけど、司会の人間がすべてやるのはちょっと気が進まないから、誰か代わりに説明してくれないか? できれば、一人じゃなくて複数人がいいんだけど」


「じゃあ、僕が――」


 と挙手をした男がいた。

 北條は彼に前に出てくるように言い、結局他にも三人の男が、先程まで女性陣が座っていた検察官席に座ることになった。

 最初に手を挙げた男が戦いの全容を説明し、それに対して三人の男が内容を加えたり、修正の意見を言ったりした。

 おおむね事実を述べていたが、やはり主観が交じっていた。

 ほとんどすべての行動に対して、言い訳のようなものが交じっていたのだ。こうするべき理由があったから、突撃がされた。理由があったから、戦いの継続が決定したというものだ。

 感情的ではなく冷静な口調で述べられていたので、それはあたかも解釈の替えようがない事実であったかのように聞こえた。

 これでは戦いの場にいなかった者たちからすると、青城隊には失敗がなかったと受け止めるしかなくなる。

 相手がうまくやったのだ、というふうに自然と誘導されてしまった。

 もちろん、北條はこのことに気がついていた。だが、まったく修正しなかった。なぜなら、今発言した男たちは、北條が事前に会話の時間を設けた人間たちだったからだ。

 思い描いたとおりに、都合よく話が進むのをとめる舞台監督はいないだろう。


「今聞いてもらったとおりなんだけど、何か意見はあるかな? 特に残っていた人たちから意見を聞きたい。どうしてもあの場にいた人間たちだと、客観性が失われてしまうからね」


 北條が最後を受けつぎ、皆に考える時間を与えた。

 それまで静まっていた生徒たちが思い思いの行動を取り始めた。

 ある者は隣の者と話し、あるいは周辺を巻きこんで話しあう者もいる。他にも一人でじっと考える者、ただじっと目をつぶった者など反応はさまざまだったが、全員が戦いについて考えていた。

 十五分ほどして、一部の者をのぞき、皆が落ち着きを取り戻したのを見て、北條がもう一度意見を問うた。

 すると、一人の男が手を挙げた。


「いいかな?」


「どうぞ」


 北條は微笑さえ浮かべて、意見を言うことを勧めた。

 この男とも北條は事前に話していた。とても理性的で公正な男だ。一方的に人を非難するなどということはない。北條が彼にしたことは「戦いに参加しなかったからといって消極的にならずに、積極的に話しあいに参加してくれ」というものだった。


 衆目が手を挙げた男に集まる。

 男は気後れすることなく発言した。


「今回の戦いは、誰が悪いというわけじゃなかったと思う。ただ、やっぱり初めての戦いだったからか、まとまりを欠いたところがあったんじゃないかな。僕は現場にいなかったから分からないけど、いろんなところで戦いが起こっていたら、うまく集団で行動するのはとても難しいことだと思う。少なくとも初陣でこれ以上の結果を求めることは完璧を期待しすぎているんじゃないかな」


 悪くない意見だ、と北條は思う。

 皆が受け入れられる意見である。

 北條が彼に求めていた役割をまっとうしてくれている。

 だが、それで終わっては北條としてはおもしろくない。もう一押しほしいところだ。


「教訓とするべきことはないかな?」


 北條は教訓という単語を使うことで、直すべき点、言いかえれば失敗したところをあえて具体的に言わせようとした。

 戦いがまだ続くとしたら、実際これは重要なことである。

 ただし、教訓を皆が教訓と考えることができたのなら、であるが……。


「聞いていると、指揮官というか、責任者の指示が分かりにくくてあやふやなんだよな。だから、全員が的確な行動を取れていないように思える」


「それは言えている」同意の声があがった。「上にいる人間が強力なリーダーシップをはっていたら、そもそも最後に苦戦することもなかったはずだ」


「全体的にその場しのぎのようなところがある」


「命令がきちんとされていないから、訓練で行ったことも充分になされなかったんじゃないかな」


 次々と意見が咲き乱れた。

 どうしようもなく存在する停滞感、あやふやな敗北感といった抽象的な失意を、具体的存在へと誰もが替えることを欲していた。しかも、自分ではない誰かに責任を押しつける形で……。

 人柱を全員が無意識下で求めていたのだ。

 それが今、具体化しようとしている。


「皆が言いたいのは、今回の指揮官が悪いということだろうか?」


 北條は具体的な疑問を呈した。

 否定の言葉がすぐに飛んでくるだろう。だが、イメージを植えつけることはできる。


「そこまでは言わない。彼女も初めての経験だったろうから、完璧を求めるのは無理がある。ただ、もう少し指揮官の判断がよく、命令が徹底されれば、もう少し良い結果があったかもしれない」


「指揮官が未熟だった」


 あえて北條は名前を出さなかった。その方が全員が彼女の姿を頭の中で思い描くと考えたからだ。

 北條は言葉をとめない。


「だが、未熟なのは彼女だけじゃなかった。それは先生もそうだった」


 北條は玲美に顔を向けた。誰もが分かるようにしっかりと視線を投じる。


「あら、私と神原さんだけの責任になるの?」


 ――ありがたい。


 北條は須田玲美にお礼を言いたくなった。

 今の「私と神原さん」という発言で、この二人が同等の失敗をした者たちという『括りくく』ができた。

 これで、冴南は指揮官として失敗したのだ、というイメージを全員が共有することになっただろう。

 青城隊のメンバーは自らの未熟によって生じた失敗という現実から目をそむけるために、勝手にイメージを強化してくれるはずだ。


「そんなことはありません。僕らは全員が未熟でした。最後に玖珂が二人の協力を得てゴブリン・アールを討ち取りましたが、あれも碕沢の死を献上してはじめて可能な行為でした。碕沢が生き残れたのは運が良かったからです。今回の勝利は、残念ですが、最終的にすべてが幸運によって支えられていた」


 北條は全員を見すえる。

 隣から、同意の声があがった。


「そういった面はあるね」


「今のところ僕らは発展途上でこの世界での強者に位置することはできていない。だからこそ、全員で協力して事にあたらなければならない。今回のことで戦いが嫌になった人がいるかもしれないけど、できればこれからも協力してほしい。もちろん、今回の戦いに参加できなかった人たちも訓練して戦えるようになってもらいたい。これからもそう簡単にはいかないかもしれないけど、不満があれば僕に言ってくれ。とにかく一致団結して生きていこう」


 北條は言い終ると、一礼した。

 彼の右手側から拍手が起こり、連鎖するように多くの人間が北條に対して拍手をした。

 この場に集まったのは、北條南高生の六割ほどだろう。

 彼らは北條の思いを共有した。六十人に及ぶ人間が、さらにこの場にいなかった生徒たちに話をすることによって、想いの共有化が進められていくはずだ。

『実は北條はたいしたことないのではないか』というイメージは払拭され、『やっぱり北條を頼るしかないな』という思いが、皆の中で一新されたのである。ただし、女性陣の中では、別の要素で北條の評価は下落していたが……。

 評価が上がる者がいれば、下がる者もいた。

 神原冴南である。

 彼女は自分の意見を言うことすらできずに、一方的に評価を貶められたのだった。








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