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二章 青城隊(7)




 桂木守かつらぎまもるは、後退時にちょうど集団の真ん中に位置していた。

 当然、狙ってのことである。

 こんな場所からはさっさと去りたいところだったが、だからといって先頭にたって戻りたいとは思わない。

 敵がゴブリンであろうと油断していたらやられるかもしれない。そんなものに巻きこまれるなどまっぴらである。

 すぐ前には、須田玲美を守る気持ち悪い集団がいる。気持ち悪さはともかく、戦闘力は高いのでひとまず安心できる。

 後ろには、北條がいた。頼りたくはないが、もっとも頼れる男ではある。

 ということで、桂木の安全は確保されていると言えた。


 桂木は都市ドーラスに遅れて到着したが、いかに自分が魔物と勇敢に戦ったかを語ることで、自身の地位を築いたつもりでいた。

 実際は、彼はほとんど戦闘しておらず、一緒にいた青城南生が戦っていたが、こんなものは言ったもの勝ちである。

 桂木の固有武器は『捻じれた青刀ガトツ』という刀だったので、より説得力を持ったはずだと彼は考えていた。

 刀が武器だからと言って、強さを保証することにはまったくならないのだが、桂木の考えでは刀とは強さの象徴だったのである。

 彼の思惑とは別に、周囲の人間は、彼がホラを吹いていると分かっていたので、実際のところ、彼の地位というやつは特に変動してはいなかった。


 強いかどうかはともかく、刀という武器の稀少性は高かった。

 桂木と植永亜貴うえながあきの二人しか刀の所持者はいなかったのである。

 桂木は幼なじみの亜貴が刀を固有武器にしていることを知って、武器の選別には経験が左右するのかもしれないと考えた。

 二人は、幼い頃に今は閉鎖された道場で過ごした経験があったからだ。

 亜貴とは幼なじみとはいえ、最近は口もきいていない。どちらも相手の親に対して挨拶はしても当人同士はしないと関係であった。

 むろん、悪いのは向こうで、桂木はまったく悪くない。

 正直、話をしなくてせいせいしていた。

 自分のことを卑怯者、嘘つきなどと言う相手と仲良くするほど、桂木は人間ができてはいない。


 それは突然起こった。

 悲鳴だった。

 すぐに桂木は反応した。

 何か嫌なことが起こっているのは間違いなかったからだ。危険から早く逃げるためにも、確認する必要があった。

 須田玲美親衛隊の影から、桂木は前方へ視線を投げる。

 森の中とは思えないほどにひらけた場所。学校の運動場よりも広いかもしれない。その広い運動場に倒れている影がある。

 女子がやられていた。

 三人いる。

 全員足が変なことになっている。折れているのは、間違いないだろう。

 三人目にいたっては、命の危機さえあるように思えた。

 桂木は、須田玲美親衛隊にこの場を任せて、後ろへ下がろうと考えた。ここは、彼がいるべき場所ではない。

 戦えるやつが戦えばいいのだ。

 桂木は周囲の目に触れないよう、そっと方向転換をしようとした。

 すると、思いがけないことが起こった。

 須田玲美とその親衛隊がその場から逃げだしたのである。まったく悪びれることもなく、堂々としたものだった。

 怪我をして呻いている女子生徒のことなど見もしない。さっさと後ろにさがろうとする。何人かの生徒とぶつかったが、謝ることもなく、むしろ睨むようにして後方へとさがっていた。

 信じられない。

 ざわめきが起こる。

 だが、誰も何もしない。

 桂木の前は空間がぽっかりと空いていた。

 そこでは二人の女子生徒が叫喚し、一人の女子がぴくりとも動かず伏せていた。

 その先には一体の見慣れないゴブリン。さらに後方に、百体を超すゴブリンが見える。ゴブリン・バロンも何体かいるようだった。


「何だよ、これ」


 あの見慣れないゴブリンがこちらへ向かって来れば、女子三人の命は消えることになるだろう。

 早くこちらへ移動させなければならない。

 だが、あのゴブリンは普通とは違う。北條や玖珂が戦うような相手なのだ。桂木に勝てる相手ではない。

 そう、だから、彼がこのままあの三人を見捨てて、とりあえ北條に助けを求めることは間違った選択ではない。

 自分が生きるために、他者を犠牲しなければならない時、人はその選択をすることを非難されないのだ。

 確か法律でも守られているはずだ。

 だから、桂木はこの場から逃げてもいい。

 いや、逃げるわけじゃない。離れるだけだ。助けを呼ぶために少しだけここから離れるのだ。北條はすぐそこにいる。北條が気づいてすぐに現れるかもしれないが、桂木がきちんと報告に行ったほうが確実だろう。もしかしたら、北條は、別の方面で戦っているかもしれない。

 桂木がこの場を離れるのには正当な理由がある、しかも、離れる時間は数分もないわずかな時間だ。

 たとえ、その間に、あの三人や他の生徒の命がどうにかなったとしても、桂木には責任はない――。


「――ないわけないよな」


 彼は卑怯で無責任な上に卑屈なところのある男だった。

 だが――。


「クズじゃねーんだ!」


 桂木は一歩を踏みだし、動かない女子生徒の傍へと駆けよった。

 口元に手を当てると、息があった。死んではいない。

 桂木は安堵した。

 首の骨は折れていないのか。

 このまま動かして大丈夫なのか。

 他の二人はどうするべきなのか。

 桂木の頭に疑問ばかりがわきおこる。

 これから何をやったらいいのか分からない。

 行動したはいいが、桂木はパニック寸前に陥っていた。

 気配を感じ、桂木が顔をあげると、そこにあの新種のゴブリンがいた。

 桂木は武器を具現化しようとしたが、それは果たせなかった。

 彼は身体に重い衝撃を受け、意識を奪われる。


 ――似合わないことなんか、するんじゃなかった……。





 桂木が倒れたことで、青城隊の面々は完全なパニックに陥った。

 全員が自分勝手な行動を取り、周囲にいるゴブリンへと突撃する者まで現れた。

 ほとんどはすぐに自分の無謀に気づいて戻ってきたが、三人の女子生徒だけが、運が良いのか悪いのか、ゴブリンを突破し、森へと突入した。


 悲鳴と罵声が共鳴し、人間の脆さと卑しさが辺りに充満する中を北條は進んでいた。いつもと変わらぬ足どりに、焦りはまったく見られない。

 彼も少し遠くはあったが、新種のゴブリンを確認している。おそらく、あれがゴブリン・アールであろう。

 狙っていた獲物よりも上の存在が出てきたが、むしろ好都合だ。警戒したわりにそこまで苦戦することのなかったゴブリン・ヴァイカウントとの戦闘経験が、北條に自身の強さへの自信を深めさせていた。

 これを倒し、玖珂との競争にも差をつけ、さらに皆を鎮めることに成功すれば、誰にも文句を言わせない地位へと北條は駆けあがることになるだろう。

 三人の女子生徒は駄目かもしれない。今は無事でも足をやられたようなので、この後の撤退の状況いかんによっては、彼女たちにとっては不幸な結末が待ちかまえているかもしれない。

 この判断をすることで、北條に非難が集まる可能性があったが、提案の発言者を誘導すれば、怒りや憎しみはすべてそちらに向かうだろう。ちょうど良い候補が、今まさに建設されていた。

 須田玲美とその周りにいる男子生徒たちだ。彼らのとった行動は、周囲の信頼を決定的に損ねるものだった。傷ついた女子生徒を見捨てて、自分勝手な行動を取った瞬間を多くの人間に目撃されている。彼らの評判はすでにガタ落ちだろう。

 そして、彼ら――特に須田玲美は自身を守るのに他者の犠牲を厭わない性格のようだ。そこをうまく使えば、三人の足手まといに対する意見を引きだすことは難しいことではなかった。

 ドーラスに戻った後に、裁判のようなものをして、北條の意にそぐわない者たちを排除すれば、まだ小さな集団ではあるが、北條の王国を作る大きな一歩となる。


 三人の女子生徒と桂木が負傷したことに対して、特に心を動かさられることもなく、北條は足を進め、具現化したままの槍を握りしめた。

 ゴブリン・アールが彼の視線の先にはいる。

 彼が力をつけるための生贄としてのみ存在している相手だ。

 ちょうどいい具合にひらけた場所で、戦うのにはもってこいであった。

 周囲の青城南高生の視線がじょじょに北條へと集まってくる。全員が彼に期待しているのだ。

 北條はこの時青城南高生にとっての救世主であり、英雄となる存在であったのである。


「僕の仲間に手を出すな」


 ゴブリン・アールとの距離が三メートルを切り、北條は堂々と宣言した。


「――我らがおとなしくしておれば、ずいぶん好き勝手にやってくれたようだな、人間どもが」


 流暢な声が、北條へと返ってきた。

 ゴブリン・アールからの返答であった。








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