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二章 青城隊(3)




 ――なんでこうなった。


 碕沢はゴブリン・ヴァイカウントと対峙していた。

 周囲はゴブリンで溢れ、ギャーギャーとやかましいゴブリンたちはまるで賭けボクシングで周囲に群がるがらの悪い客のようだった。


 なんでこうなったかと言えば、碕沢の選択した方向が間違っていたからという至極単純な答えとなる。

 碕沢は彼なりにゴブリンの気配を探りながら移動していた。気配の少ないほうへと向かった先に、なぜかゴブリン・ヴァイカウントが一体だけで陣取っていたのである。

 ゴブリン・ヴァイカウントは株の上に腰かけていたが、碕沢の存在に気づくと、すぐに立ちあがった。

 前に倒した個体と同じように一七〇センチメートルくらいの身長である。バランスの良い肉厚の筋肉が全身にはりめぐらされている。

 ゴブリン・ヴァイカウントは傍に置いてあった巨大な戦斧を手に取った。

 やる気満々である。

 今さら逃げるには、相手との距離が近すぎた。背中を見せるのは危険だった。

 戦うしかない。

 一度は勝っている。だがあの時と状況が大きく異なっていた。

 一対一であること。すでにゴブリン・ヴァイカウントが武器を手にしていること。

 何より碕沢の強さが増していること。

 プラスとマイナス、どちらに秤が振れるのかは、勝負を決した後に分かることになるだろう。


 戦いは静かに開幕を迎えた。

 碕沢は距離を保ったままゴブリン・ヴァイカウントを中心として円を描くようにゆっくりと歩いた。

 碕沢の瞳はかすかに細められている。集中力が増していた。

 身体にみなぎる霊力マナは、訓練時とは比べものにならないほどに多い。

 対するゴブリン・ヴァイカウントも静かなものである。常に碕沢が正面になるように小刻みに足踏みをしていた。


 先に動いたのはゴブリン・ヴァイカウントだった。

 どんっという踏みだし音と共にいっきに碕沢との距離を縮めてきた。

 碕沢はまったく不意を衝かれていない。ゴブリン・ヴァイカウントの突進を見極め、横に移動することで戦斧を躱した。

 かすかに風圧を感じはしたが、碕沢は避けることに成功した。

 ゴブリン・ヴァイカウントの戦斧はそのまま振りぬかれ、前に出過ぎていたゴブリンの身体をかすめ、肉をえぐりとっていった。

 局地的に血の雨が降り、ゴブリンが絶命する。

 この光景を目にして周囲のゴブリンが、一体と一人からさらに遠のいた。

 ゴブリン・ヴァイカウントが戦斧を一振りして血を払う。そして、ぎろりと碕沢を睨みつけた。


 碕沢はゴブリン・ヴァイカウントの動きを見ている。

 実はゴブリン・ヴァイカウントがゴブリンを斬った瞬間、ゴブリン・ヴァイカウントには隙が生まれていた。それはごく小さなものでしかなかったが、綺紐きじゅうであれば攻撃ができないタイミングではなかった。

 だが、碕沢は自重した。

 じっくりと敵を観察している。

 こうなると先手を取るのは、常にゴブリン・ヴァイカウントということになる。

 戦斧を振り下ろし、薙ぎ払い、突進し、跳躍する。

 連続した攻撃は、いずれも必殺の威力があり、実際、巻きこまれたゴブリンはいずれも死の扉をくぐっていった。

 碕沢は相変わらず鋭い目つきで観察しているが、余裕があったわけではない。集中して攻撃を見切らなければ、わずかなミスでも命取りになりかねなかった。

 攻撃の隙をうかがっているというよりは、防御に追われているというのが正しいだろう。

 碕沢は、ゴブリン・ヴァイカウントに的を絞らせぬよう動き続けていた。流れるようなステップとまではいかないが、数日前とは見違えるほどの足さばきで、碕沢は戦斧にかすらせてさえいない。

 二人の戦場は碕沢の動きにあわせて移動し、そのために少なくないゴブリンが損害を受けていた。


 両者の動きに小さな変化が現れたのは、十五分が過ぎた頃である。

 碕沢が反撃に出たのだ。

 碕沢はゴブリン・ヴァイカウントの鼻先に綺紐を飛ばした。

 綺紐は素早く伸び、ゴブリン・ヴァイカウントの鼻先を見事に捉える。だが、その威力は指で弾いたほどの威力しかない。

 獣であればひるんで隙を見せたかもしれないが、知性を有するゴブリン・ヴァイカウントは、怒りのマグマを燃焼させた。

 初めてゴブリン・ヴァイカウントが咆哮をあげる。音波がびりびりと葉先を揺らした。

 張り裂けそうに筋肉を膨張させながら、ゴブリン・ヴァイカウントが戦斧を振るう。

 閃光が走るように、戦斧の斬撃が碕沢に襲いかかってきた。

 碕沢は避ける。

 目前を通りすぎた戦斧がはねかえるように戻ってくる。

 碕沢はさらに後ろへと跳んだ。

 だが、戦斧の唸りは収まらない。

 左右へ振りまわされる戦斧の威力は桁違いであった。

 木があろうと関係ない。砕くようにして斬り裂いた。

 碕沢は合間をぬって綺紐を放つ。速くはあるもののその威力はあまりにも弱い。トンと鼻先を叩くのみ。

 それがますますゴブリン・ヴァイカウントを怒らせ、比例して戦斧の威力が増していった。

 戦斧の竜巻を恐れたようにゴブリンはすでに周囲にいない。戦いを煽る鳴き声もなくなっていた。

 斬撃音と衝撃が森を揺らす。

 いっこうに止まないゴブリン・ヴァイカウントの攻撃を碕沢は避けつづける。ほとんどきいてない綺紐の攻撃を間にはさみながら……。


 虫にさされるような痛みを何度も当てられたゴブリン・ヴァイカウントの怒りは頂点に達していた。溶岩はすでにあふれ出ている。顔色は分からないが、人間と同じであったのなら、真っ赤に染まっていたことだろう。

 草に足が取られたように、碕沢はわずかに体勢を崩した。

 ゴブリン・ヴァイカウントが大きく振りかぶる。

 間違いない。これから放たれる過剰な怒りに溢れた戦斧の一振りは、これまでで最大の威力が込められている。

 碕沢の身体を割るように一直線の縦線を描き、戦斧が叩きつけられた。

 これまでにない威力、そして斬撃のスピード。

 集中した碕沢の眼前をスローモーションで戦斧がおりてくる。彼は身体を半身にし、ゴブリン・ヴァイカウントの左横に滑るように動いて、戦斧をたやすく躱した。


 実は振りかぶられた戦斧が攻撃に入る瞬間に、すでに碕沢は動き始めていたのだ。威力・スピードともに最大であったが、大振りのそれは攻撃をひどく読みやすいものとしていた。

 碕沢の挑発により、いつの間にかゴブリン・ヴァイカウントの攻撃は単調なものになっていたのだ。そこに碕沢が隙を作ってみせた。ゴブリン・ヴァイカウントの攻撃を読みきることは容易だった。


 避けられた戦斧は地面にめりこみ、ゴブリン・ヴァイカウントはまるで首を差し出すように、前のめりの体勢になっていた。

 碕沢は二メートルの長さにした二本の綺紐を重ねあわせる。

 小さく跳躍し、身体を右回転させ、自らの力に遠心力を加味し、真上からゴブリン・ヴァイカウントの首へと二本の綺紐を叩きつけた。

 綺紐は斬撃の刃と化し、骨肉を真っ二つとする。

 ゴブリン・ヴァイカウントの首が胴体から離れ、地面に落ち、ごろりと転がった。

 碕沢は軽快に着地する。その小さな振動をきっかけとしたように、首を失ったゴブリン・ヴァイカウントの身体が崩れ落ちた。


 驚嘆が波紋のようにひろがる静寂の中で、碕沢の呼吸のみが響き渡っている。

 碕沢はゴブリン・ヴァイカウントの首を拾うと、ゴブリンの集団に向かって放り投げた。

 すると、ゴブリンたちが悲鳴のような奇怪な叫び声をあげて背中を見せる。どたばたと音を立てながら、ゴブリンたちは散っていった。

 ゴブリン・ヴァイカウントが強さを見せつけていたからこそ、それを倒した碕沢にゴブリンたちは余計に恐怖を覚えたのだ。魔人は弱肉強食を知るが故に、強者に対する恐怖とは本能に起因する絶対的な感情となっていた。

 一度強者への恐怖を植えつけられれば、それ以上の強者にでも命令されないかぎり、それを拭い去ることはできない。

 呼吸を整えると、碕沢は移動を開始した。





 玖珂がゴブリンに対して、まるで防衛線を構築しているようだと考えたのは間違いではなかった。

 ゴブリンに存在している現在の最上位種ゴブリン・デュークによって、何モノであろうとも先へと通すな、との命令が下っていたからだ。

 トバス島南東のとある場所に、四体存在しているゴブリン・デュークの内の三体が集結していた。

 三体のゴブリン・デュークが率いるゴブリンの数は、それぞれおよそ三九〇〇、三七〇〇、二三〇〇となっている。

 ゴブリン・デュークは最大で五〇〇〇近い兵力を有することができるのだが、それに及ばないのは、その下にいるマーキスやアールや、ヴァイカウント等の進化種が不足しているためだった。


 魔人の進化は、人間や魔物などの他種族との戦いのみならず、同種族間での争いに勝ち残ることで果たされていく。その過程において強い者同士が戦うことになるので、進化種はある時期を境に減少を見せてしまうのだ。

 ちなみに同種族同士での戦いでは、集団同士の争いが起こることはまずなかった。個体同士の戦いで多くは決着をみる。


 切り立った巨大な岩石の上に、ゴブリン・デュークたちはいた。やや歪な円形をしたそこはまるで闘技場のようであった。

 等間隔で立っている三体のゴブリン・デュークの容姿は端麗だ。

 人間の美的感覚から見て、容姿端麗なのである。黒い髪が生えており、獅子のたてがみのように長かった。肌の色が緑がかっているが、それをのぞけば非常に人間に近い姿をしている。

 一八〇センチメートル超える長身に、彫刻家が丹精込めて掘りあげたような美しい筋肉美がそなわっていた。身につけた装備こそたいしたものではないが、大剣を手にした姿は光彩煌めく絵画のような趣がある。


 細部をみれば、やはり人間との違いはあった。瞳が大きく切れ長で、黒目部分が大きなところや、唇からのぞく鋭い犬歯は、人のそれとは異なる。また何より、瞳の色が鮮やかな紫色をしていた。

 野性味を内包したその面立おもだちが険しいものへと変貌する。

 天をも割れよと言わんばかりの巨大な咆哮が三体のゴブリン・デュークの口から放たれた。

 三体のゴブリン・デュークがいっせいに動きだす。

 キングへと到達するための、デュークによる最後の戦いが始まったのである。








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