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二章 青城隊(2)




 青城隊で最初に戦闘に突入し、現時点でも戦い続けているのは碕沢秋長である。

 周囲にゴブリンが溢れ、多くが棍棒を持って突撃してくる。後方には、ゴブリン・バロンがいた。

 一対四〇。

 圧倒的不利である。

 だが、彼は危機にあるわけではない――現時点においては。

 碕沢の力量はすでにゴブリンやゴブリン・バロンを凌駕している。恐るるに足る相手ではないのだ。

 滑らかにステップを刻み、綺紐きじゅうを槍のように扱い、または弓矢のように攻撃する。

 ゴブリンをまったく寄せつけない戦いぶりである。

 碕沢は綺紐を木の枝に飛ばして巻きつけると、枝を起点として振り子の要領でいっきに場所を移動した。

 碕沢の着地点にはゴブリン・バロンがいる。

 碕沢はもう一本の綺紐を放ち、ゴブリン・バロンの眉間を貫いた。

 ゴブリン・バロンの動きが停止する。

 枝から綺紐を回収すると、真上からゴブリン・バロンの頭頂部へ硬化した綺紐を振りおろした。綺紐はゴブリン・バロンの身体を真っ二つに切り裂く。

 苦鳴の声すらあげることなく、ゴブリン・バロンは絶命した。

 まるで無言の指揮官の代わりと言わんばかりにぎゃーぎゃーとゴブリンがわめく中を、碕沢は走り、あるいは綺紐を使って跳躍し、逃走を図った。


 ゴブリンやゴブリン・バロンは問題ない。だが、それ以上となると問題がないとは言い切れない。

 たとえ勝てたとしても、激闘の後に、ゴブリンたちを相手にすれば、体力が持つとは思えなかった。

 だからこそ碕沢は逃げの一手を打ったのだ。

 自らの勘に従い、碕沢は森の中を突き進んでいった。





 冴南が悠々と弓を構える。その立ち姿は毅然として美しい。

 じっくりと狙いを定めた矢が、絞られた弦から解き放たれた。

 高々と鳴り響く銀の矢が二体のゴブリンを貫き、吹っ飛ばす。突然生じた衝撃的な仲間の死に、ゴブリンたちの間で空白の時間が生まれた。

 玖珂と北條、わずかに遅れて亜貴が走りだす。後に、八人が続いた。

 冴南の矢を嚆矢として、ついに青城隊にとっての初戦闘が始まったのである。


 玖珂が先陣を切ってゴブリンに突撃した。

 まさに問答無用、指一本動かすことすら許さず、玖珂は行く手を塞ぐゴブリンを斬り捨てた。

 玖珂の動きに煽られるように、北條も突撃し、より森の深くに向かって進んでいく。彼もゴブリンを蹴散らしていった。

 北條隊のメンバーはリーダーを追って、まっすぐ森の奥へと続く。


 亜貴は、玖珂を追うようなことを精神面でも行動面でもしなかった。

 彼女は一定の距離まで進んだ後、五人のチームで各自を補うように隙を見せずに戦い始めた。

 亜貴のチームの中の一人は、ゴブリンと戦闘が始まった瞬間に、人格を変じ、


「はあ? 何なの、あなたたち。これで私を倒せると考えているの? バカなの? 一度土に還ってやり直して来れば」


 などと言いながら、鞭を振るい、大笑いして、周りをドン引きさせる猛者がいたが、おおむね戦闘はうまくいっていた。

 この十一人は個人でゴブリンを圧倒する力を持っている。まったく危なげなく戦いで、ゴブリンの数を減らしていった。


 ゴブリンたちはばらばらに行動している。

 その中には、冴南たち後衛部隊を目がけて走ってくるモノもいた。

 冴南は弓でゴブリンを倒したが、倒しすぎないように調整する。

 すると当然後衛部隊は、抜けてきたゴブリンと戦わねばならなくなる。

 冴南はまず少ない数のゴブリンを相手にして、皆に実戦慣れしてもらわねばならないと考えたのだ。

 全員がすでに魔獣との戦いを経験していた。実戦を知らないわけではない。それでも、自分たちよりも多い敵数と対峙する状況というのは、圧迫感が異なる。普段と同じというわけにはいかないだろう。


 後衛部隊も戦闘に突入したが、実際、動きが非常に悪かった。いつものように戦えていない。

 だが、自分たちよりも少ない数だけが、目の前にやってくるという圧倒的有利な状況で戦っているので、苦戦するまでは至っていない。

 危ない場面があっても、冴南の広い視野が的確に捉え、矢を放つことで事なきを得ていた。

 ぎごちないながら、皆勝利を収めている。

 冴南は慎重に序盤の戦いを進めた。

 そして、それは今のところ成功している。




 前川朝美まえかわあさみ。彼女は、訓練初日早々に冴南に文句を言い、訓練をボイコットした人物である。

 朝美は、自分が笑いながら戦っていることを自覚していない。

 だが、非情な爽快感が身体を駆けぬけるのを感じていた。

 亜貴が最初に指摘したとおり、朝美が訓練に反対したのは、冴南に反発したからにすぎない。もちろん、危険な目に遭いたくないというのも本音である。誰かが守ってくれるのが一番いい。

 だが、訓練を通して、いや、実際に魔獣を手にかけたことで、彼女の中に得も言わぬ快感が走ったのだ。

 その時から、朝美は自らの武器・輝く槍キテラを振るうことを楽しみしていた。

 もちろん、周囲にはこんなことしたくないと取り繕っているが、取り繕えていると思っているのは本人だけで、周囲は彼女の姿にやや呆れかえっていた。

 後衛部隊三〇人に配属された彼女は、北條チームに選ばれなかったことに多少の不満を持ちつつも、槍を振るいつづけている。

 後衛部隊ではトップクラスのゴブリン討伐数を誇っていた。




 須田玲美すだれいみは、教師である。

 生徒を導くというのは言い過ぎかもしれないが、年長者として年少者に助言を与える立場であった。

 教師というのは、時には生徒を庇うという行為さえ求められるかもしれない。

 その須田玲美の周囲には、八人の男子による壁が形成されていた。彼女は教師としてはまったく逆の守られる立場にいる。

 彼らには、まるで穢れなき星エトワールを守る騎士のような趣があった。

 だが、それは当人たちの認識であって、周囲から彼らの集団は浮いていた。

 それでもゴブリンを倒すことに不都合はなく、他の後衛部隊とは異なる空気を醸成しながら、彼らもゴブリンを倒していった。




 剣戟、叫び声、入り乱れる足音、戦闘の音が鳴り響いていた。

 森の中での戦闘である。

 木が邪魔をして見通しは決していいとは言えない。

 冴南が全体を把握するという意味では、良い環境ではなかった。だが、数を最大の武器として攻撃することになるゴブリンにとっては、木は完全に障害物となって、動きを阻害していた。これは、青城隊にとって有利に働いている。

 全員の動きも良くなり、訓練の成果が充分に現れていた。後衛は三人一組で動くことになっているが、強敵のいない今、個々でゴブリンを相手にしても充分に勝てている。

 たった十日という時間で、青城隊のメンバーはドーラスの冒険者たちと同程度の力をすでに得ていると言って良いだろう。


 玖珂と北條はすでにゴブリン・バロンの首級をあげていた。

 全員がいける、と思っているはずだ。

 だが、そんな中、冴南の隣にいる人物が「うーん」と小さくうなった。


「どうもおかしい」


 疑問を呈していると言うには、いささかのんびりすぎる口調で、スラーグが口を開いた。

 彼はここまで戦闘には一切加わっていない。それは監督官としての役目をまっとうしているというよりは、怠け者としての本人の資質が現れただけのように思われる。


「ちょっとゴブリンの数が多すぎる。これは森で何かが起こっているかもしれない。魔獣が集団で動いているとの報告もあったようだし、ゴブリンのこの数が何らかの影響を与えているのかもしれないね。下手に刺激をする前に退却したほうがいいかもしれない」


「ゴブリン・バロンを二体、ゴブリンを四十体近く討伐としたというのは、充分な成果でしょうか?」


 冴南は真摯な口調で訊ねた。

 異変があるのなら、危険にさらされる前に撤退したい。それが本音だ。

 だが、充分な成果をあげる前というのは撤退しづらかった。

 総督からの援助が断たれるのは困る。

 今、あの兵舎を追いだされてしまえば、まだ生活できない者が多くいる。何とか皆の寝場所だけは確保しておきたい、との思いが冴南にはあった。

 余裕をもって戦えているという現実も、彼女に一定の成果をあげることを求める。


「さて、それはどうだろうね。私としては充分だと思うけど、総督閣下がどう判断されるかは私の知るところではないかな。後ろにいる人たちに聞いたほうが分かるかもしれないよ」


 冴南は北條が進軍することを進めた時の言葉が引っかかっていた。

 あの時北條はこう言った。


「今の僕たちならゴブリンは当然だけど、ゴブリン・バロンも相手じゃない。勝てる相手に勝つだけなんだ。この成果をもって戻るのもいいだろう。誰も文句を言いやしない。でも、僕たちは自分たちの強さを証明するべきだ。ゴブリン・ヴァイカウントまで倒して実力を示し、僕らはこの世界ではっきりとした地位を得るんだ。そうすれば、不安はなくなる」


 冴南は北條の言葉に煽動の匂いを感じて、すぐに場を収め、ゴブリン・バロンの討伐を目的とし、あくまでもゴブリン・ヴァイカウントの討伐はついでという形にした。

 だが、北條はなぜあのように皆を危険に向かわせるような話をしたのか。

 あれは、彼がドーラス総督とゴブリン・ヴァイカウントの討伐を約束しているからではないか。

 そうなると、このまま撤退しては、今回の作戦は失敗に終わることになる。


「充分な成果があがらずとも、大隊長は撤退を提案されるのですか?」


「それはね、無駄な損害は出したくないから。イスマーン砦にはまだ味方がいることだしね。ただし、そうなると、手柄は青城隊の独占ということにはならなくなるだろうねぇ」


 こちらが欲しているものを分かって発言している。

 惑うようなことばかりを言って、いったいこの男は何をしたいのか。

 戦いが始まって三十分が経過していた。

 未だにゴブリンたちに目立った動きはない。

 騒ぎを聞きつけ近くにいたゴブリンたち集まってきているだけという様子だ。その数もわずかで、集団で大量に加わってくることはない。

 ゴブリンたちはろくに意思決定がされていなかった。撤退するなら今だろう。

 欲を言えば、もう一体くらいはゴブリン・バロンを倒したい。できれば、ゴブリン・ヴァイカウントも倒してしまいたい。玖珂がいれば、おそらく無理なく可能なはずだ。


 だが、最初の戦いで犠牲をだすことは絶対に避けたい。

 今日一日で結果を出さなければならないというわけではなかった。今日を含め二日間の期日がある。今日一度イスマーン砦に撤退し、明日もう一度挑戦するという選択肢もあるのだ。


 明日もう一度となると、マイナス点は、ゴブリンが警戒すること。そして、イスマーン砦の兵士の後を追わなければならなくなるかもしれないということだ。

 スラーグの言葉ではないが、手柄を取られる可能性がある。自分たちを上げるために、必要以上に青城隊へ低い評価をくだそうとするかもしれない。


 また、撤退したくともできない事情が、今の状況にあった。

 勝っているのだ。まだまだ余裕がある。今ここで退くことに、多くが納得しないのではないか。

 最悪の展開は、北條が冴南の意見を弾くことだ。そうなれば、状況から皆も彼に共感し、冴南の意見は退けられる。

 冴南は指揮官の権限を失うのだ。

 以降、冴南の撤退という言葉は聞き入れられなくなるだろう。

 本当に危険が迫った時に、それは取り返しのつかない状況を生みだすことになるのではないか。

 冴南は必要以上に考えこんでしまった。

 現状の余裕と彼女の能力の高さがそれをさせたのだろうが、流動的な戦場において決断の遅さは時に大きな失敗へと繋がる。








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