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二章 青城隊(1)




 ドーラス総督イル・ローランドから北條が命じられた今回の作戦は、ゴブリンへの威力偵察である。

 威力偵察とは、もちろん、偵察のことで敵の情報を持ちかえることが任務である。ただし、ただの偵察ではない、そこには威力という言葉がついている。これは、敵軍と実際にぶつかり、その戦力をも把握することを目的としていた。

 ゴブリンの戦力を把握しようというのが作戦目的となる。


 近頃ゴブリンの数が増えている傾向にあるとの情報もあるので、べつだん不自然な作戦ではない。

 ゴブリン・キングが生まれようものなら、大事である。ゴブリンへの偵察は行うべきだった。

 ただし、それは正規の兵で行われる正規の任務であるべきだ。

 つまり、ローランドの本音はゴブリンへの偵察にないことを意味している。

 実際、今回ローランドと北條の間で交わされた約束は、ゴブリンの領域へ侵入し、最低でもゴブリン・バロンの首をあげることとなっていた。ローランドからは、ゴブリンの戦力や分布などを調べるようにとの具体的指示がまったく出ていなかったのである。

 総督、あるいは軍団長として疑問に思える指示だった。


 それはさておき、北條としてはもっと難問を言われることもあると考えていたので、この命令内容にはやや拍子抜けした。だが、ノルマが軽いことにわざわざ文句をつけることはしない。

 この時、北條が考えたことは、最低でもゴブリン・ヴァイカウント以上の首級をあげることだった――それも、彼自身の手で。

 そのために、彼は自由な立場を手にし、専属の部隊を手に入れたのだ。

 北條の思うがままにすべての事が運んでいる。



 青城隊の陣容である。

 指揮官は神原冴南。

 第一部隊。北條晃を隊長とした五人のチーム。

 第二部隊。植永亜貴を隊長とした五人のチーム。

 第三部隊。三人一組で別れた十チーム。

 これに単独で行動する玖珂と碕沢の二人が加わった、計四三人である。

 戦い方はいたってシンプルである。

 第一部隊と第二部隊が攻撃をする前衛部隊。

 第三部隊が守備の後衛部隊となる。

 実質冴南が指揮下に置くのは第三部隊のみとなるだろう。

 碕沢はもともと第二部隊のメンバーだったのだが、有馬美芙海の加入により、彼女が第二部隊に入り、碕沢は単独行動をすることとなった。

 監督官として、スラーグがいる。

 さらに碕沢たちが見たことのない兵士がスラーグの傍に四人いた。

 一人は、イスマーン砦在中の第二大隊の兵士で、森の案内役である。

 後の三人は、スラーグの様子からすると、どうも彼の直属の部下というわけではなさそうだった。総督から派遣された兵士なのだろう。

 以上、四八人がイスマーン砦から進発した。

 新世界暦四一二年五月二二日――彼らが異世界を訪れて八日目の朝のことだった。





 碕沢と玖珂の二人が本隊に先行して偵察を行っている。

 碕沢は自分が偵察に必要な能力が長けているとは思っていなかったが、青城隊では個人戦力では上位にあるので、何かあった時に対処が可能であるということで碕沢が選ばれたのだった。


 碕沢は森の中を駆け足で走る。

 左腕に巻かれた布は、自分に無理をしないよう戒める目印として活用していた。戦いにはさして支障はない。

 軽装とはいえ鎧をしたまま走り続けられるのも、骨折の回復が早いのも霊力マナによる肉体能力向上のおかげだろう。

 だが、変化は果たして肉体のみに限られているのだろうか。

 碕沢は、どうも自分自身にかすかな違和感があった。

 自分はこれほど行動的だっただろうか。今の自分は戦いを好んでいる気さえする。

 急かされるように行動している。

 霊力マナや、もしくはこの世界の何かが自身の精神に何らかの影響を与えている。もしくは明確に干渉していたりするのなら、それは認めがたく許しがたいことだった。


 碕沢は集中しているつもりだったが、思考に耽り、どこか散漫なところがあったのだろう。

 草の生えた場所に足を踏みだし――実際は草がカモフラージュとなり地面があるように見えていただけだった――、体勢を大きく崩してしまった。

 崖へ滑落する前に、碕沢は綺紐きじゅうを飛ばし木に巻きつけた。木を選ぶ余裕はなかった。綺紐の巻きついた木は非常に細い。碕沢の体重がかかった瞬間に、みしりという音を内部から発散し、音に合わせて砕けるようにして折れた。

 碕沢は体重を支える手段を失い、なすすべなく崖を転がり落ちる。

 身体が回転しつづけたのは、五、六秒というところだろう。碕沢の身体は平らな地面で停止し、仰向けのまま彼は半身を起こした。

 木が生い茂っており、空を見ることはできない。木漏れ日から晴天であることを察するだけだ。

 うまく転がったからか、肉体が強化されているためか、あるいはその両方か、身体に痛いところは特になかった。

 碕沢はゆっくりと立ちあがる。まるで他人の目を意識しているかのようだ。

 実際、彼は意識していた。

 気づきたくなくても気づかざるを得なかった。

 碕沢秋長の周囲には、多くのゴブリンがいた。彼らは碕沢のことを何度も瞬きしながら不思議そうに見つめ、一体が不意に叫ぶのにあわせて、ぎゃーぎゃーと騒ぎだした。

 碕沢秋長は、偵察任務に失敗したのだ。





 玖珂はまったくゴブリンに覚られることなく偵察を続けていた。

 彼の能力をもってすれば当然の結果ではあるが、ゴブリンの察知能力自体が低いので、玖珂でなくてもたいていの者は成功させるだろう。

 玖珂と碕沢は、玖珂が南寄り、碕沢が北寄りへと別れて偵察を行っている。

 玖珂は一時間半ほど走ったところで、ゴブリンの集団とぶつかった。

 玖珂は、ゴブリンの集団にそって平行移動するように南へと移動していった。ゴブリンの壁はいつまでも途切れなかった。

 まるで、島の南北を貫くようにゴブリンによる防衛線が敷かれているかのようである。

 むろん、実際そこまで長大ではないだろう。だが、意図的に配置されていることは間違いないようだった。

 ただし、ゴブリンの陣容は、陣地を構築しているとはとても言えない代物で、ただたむろしているという風でしかない。そこに統一された秩序は感じられなかった。

 だが、数が多い。百や二百ではきかない。

 肉眼で確認できたゴブリンの上位種はゴブリン・バロンしかいなかった。

 だが、この数を統率するために、間違いなくゴブリン・ヴァイカウントがいるだろう。

 もしかしたら、その上のゴブリン・アールまでいるかもしれない。そうなると、ゴブリンの数は最大で八〇〇を超えることになる――ゴブリン・アールはゴブリン・ヴァイカウントを四体率いることもあるらしい。

 長大な陣形を考えると、ゴブリン・アールが率いる部隊が数隊ある可能性すら考えられた。そうなると、ゴブリンの総数は数千という数にまで膨れあがる。

 まともにぶつかり、相手をしつづければ、青城隊にも犠牲が出るだろう。だが、イスマーン砦からの事前の情報では、上位種はゴブリン・ヴァイカウントまでしか確認が取れていないということだった。それすら、ほとんど見ることはないと言っていた。

 実際、以前、玖珂がゴブリンの偵察のために近辺まで来た時も、ゴブリン・ヴァイカウントすら発見できなかった。

 どうやら状況が変化しているらしい。それがどの程度の変化なのかはまだ分からない。

 青城隊の練度を考えると、策を練る必要があるかもしれなかった。

 玖珂は一定の情報を確保したと考え、素早く本隊へと引き返した。





 冴南は青城隊の中心辺りにいる。

 先鋒は、北條と亜貴の第一、第二部隊だ。その後に、冴南。そして、残りの青城高生である。


「そういえば、ゴブリンというか、魔人に関して一つ言っておくべきことがあるんだけど、知っているかなぁ」


 冴南の隣にはスラーグがいた。

 案内役の兵士は、北條の傍におり、ここにはいない。ドーラスから来た三人の兵士は、冴南たちの背後に位置していた。


「内容を聞かないと分かりません」


 眠たげな瞳が冴南に投じられ「そりゃそうだね」と一言スラーグが口にした。

 スラーグは顎をさすりながら「うーん」と小さく呻くように言った後に、話しはじめる。


「ゴブリンってのはけっこう繁殖力が強かったりするんだ。まあ、そいつはいいんだ。ゴブリン同士でなら繁殖しようが殺しあおうがかまわないから。だけど、彼らは迷惑なことに他種族の異性に子供を産ませようとする」


「他種族というのは人間ですか?」


「人間も含まれる」


「人間以外……他の魔人もですか?」


「そういうこと。そしてね、これは喜ぶべきか嘆くべきか悩むところだけど、他種族の異性を求めるのは、決まって上位種のみなんだ――キングとデューク、この二種だね」


 喜ぶべきと言ったのは、上位種の数が少ないから、嘆くべきと言ったのは、強い種であるからだろう。

 一度狙われたら、普通の人間には回避ができないということだ。


「さらにもう一つ、この二つの上位種は能力の高い異性を欲しがる。選り好みをするんだ。そして、この集団でもっとも能力の高い女性と言えば――」


「私ですね」


「そう。仮に、キングやデュークがいたら、神原さんはもっとも大きな危険が迫ることになる。そうなると、玖珂君を傍に置いていたほうがいいだろうね」


 冴南の傍に玖珂を置くということは、彼が戦う機会を大幅に奪うことになる。玖珂という最大戦力を活かさずに戦い抜くことなど、青城隊にできるとは思えない。


「まだ、キングやデュークは発見されていませんよね」


「そうだね。デュークはともかく、キングはいないかなぁ。キングがいればゴブリンは間違いなく進軍しているだろうから、イスマーン砦が無事なはずがない」


「デュークはいるかもしれないんですか?」


「どうかなぁ。それこそ、今回の偵察で判明するかもしれない。ただ、気をつけないといけないのは、デュークという上位種は単独行動をよくとるんだ。つまり、突然ここに現れても不思議じゃないということだから、神原さんは気をつけてね」


 冴南たちが最初にゴブリンと遭遇したのは、島の中央、もしくは東よりだったのだろう。ゴブリンの領域でゴブリンに遭ったのなら、それは別に特別なことではない。

 ゴブリン・キングなど発生しておらず、いつもどおりの森だということだ。

 ゴブリン・バロンやゴブリン・ヴァイカウントを討伐して作戦を終了することもそれなりに高い確率で可能であるかもしれない。

 この考えには、冴南の願望が多分に含まれていた。


「ああ、それとおもしろいことに、メスのゴブリンもいてね。彼女たちも、異種族の異性を求めるんだ。自分より強い異なる種族の男をね」


「同種族で強い者同士でも結ばれないんですか? それって本当に事実だと証明されているんでしょうか?」


「本からの知識だよ。ただし、この著者はずいぶんと昔の人なんだよねえ」


「証明はされていないけど、定説になっているんですね」


「そう。ちなみに魔人と人間との間に生まれた子は魔人になる。魔人同士だと、より強いほうの種、だいたいはオスのほうが優先されると言われている。そして、稀種きしゅと呼ばれる通常とはことなる種族が生まれることがあるんだけど、その生まれる理由は他種族との繋がりによってということになっている。これも同じ著者の説だね」


「稀種というのは、強いんですか、弱いんですか?」


「ああ、なるほど弱いという考えもあるか。うん、君たちとの会話は刺激的だねぇ」


「どちらですか?」


「総じて強い。弱い稀種というのは聞いたことがないね」


「ゴブリンの中にいる可能性はあるんですか?」


 冴南の瞳に宿る鋭気が強くなった。


「いや、それはないよ。この島の魔物は弱い。キングがいようと、稀種を生むのにふさわしいつがいがいるとは考えにくいね」


「――だからこそ、私に警戒しろと言ったんですね」


「そう。君はゴブリン・キングのつがいとして不足しているけど、この島の中でおそらくもっとも強い女性ではあるからね」


 何でもないことのように、絶望的な言葉をスラーグはつづった。冴南がゴブリン・キングのつがいとなる時、それはどういった状況を意味しているのか、彼も分かっているだろうに、その口調はすがすがしいほどに軽いものだった。

 二人の間に沈黙の壁ができあがった頃、玖珂が情報をたずさえて戻ってきた。


 隊列は一時停止する。

 玖珂の情報は全員に共有され、これからどう動くかということが話しあわれた。

 退却を含めての動議が行われたが、最終的に北條が進むべきだという意見を強く言ったことで、正面にいるゴブリンへの攻撃が決定された。

 目的は、最低でもゴブリン・バロンの討伐である。討伐数はあればあるだけよい。できれば、ゴブリン・ヴァイカウントの討伐。それを達成したら、退くことに決定した。

 この決定が下された背景には、事前にイスマーン砦の人間からゴブリン・キングが発生した様子は見られないという情報を得ていたことがある。ゴブリンの上位種で現れるのは、せいぜいゴブリン・ヴァイカウントまでというのが青城隊の現実的な予想だった。

 玖珂が実際に確認しているゴブリンの上位種もゴブリン・バロンでしかない。

 時間にして三十分ほどだろう。

 この間に碕沢が戻ってくることはなかったが、彼に関してはとりたてて危惧されることはなかった。問題にしても仕方がないという判断である。

 これは、碕沢の生死に関して北條がぼかすように誘引したことが原因だった。それは全員に死を意識させないためだったろう。全員が追求しなかったのも、本能的に死の議題を避けたということかもしれない。実際、今さら戦えないでは困るのだ。


 青城隊の危険認識のあまさがすでにこの時点で露呈していた。

 最新ではないイスマーン砦の情報を必要以上に信頼し、予断をもって、最新の玖珂がもたらした情報を判断した。

 なおかつ最悪の事態を誰もが想定していなかった。

 碕沢がすでに死んでいるかもしれないということ――強い上位種が存在しているということだ。

 自分たちに多くの犠牲者が出るかもしれないということ――敗北である。


 玖珂と冴南が意見を言わなかったのは、碕沢への信頼であった。

 だが、玖珂と冴南では碕沢への心配の仕方が違う。

 玖珂は、碕沢が危険な目に遭っているかもしれないが、問題ないだろうと考えていた。

 冴南は、碕沢がそこまで危険な目に遭っているとは思っていない。玖珂によって確認されたゴブリンに上位者が見られなかったからだ。彼女も自分の都合のいいように情報を認識していた。そこには、たとえ碕沢が心配でも、今の彼女の立場ではどうすることもできないという事情が絡まっていたかもしれない。

 いずれにせよ二人は、ゴブリン・ヴァイカウントが相手なら碕沢がやられることはないだろうと考えていた。

 高い信頼と言っていい。

 また、二人も現実的な予測としては、やはりゴブリン・ヴァイカウントが最大の敵となるのではないか、と考えていたのである。

 玖珂はより上位のゴブリンと戦いたいと考えていたが……。


 青城隊は、初めての集団戦闘を目前に控えている。








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