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一章 都市ドーラス(7)




 空が夕焼けに染まる頃、都市ドーラスに三人は無事到着した。

 換金は冒険者であるダンにすべて任せて、得られた金は三等分した。

 三等分というのは、碕沢たちが言いだしたことだが、ダンはまったく遠慮せずに受け取った。確かに、狩場へ案内し、血抜きなども教えてもらい世話になった。だが、獲物を倒した数は断トツで低い。少しの遠慮くらいあってもよさそうだが、そういった心づかいはないらしい。この世界で生きていくには、その程度の厚かましさは持っていないといけないようだ。

 三人はそのまま食事に向かう。

 碕沢は血の匂いが気になり、先に水を浴びたい気分だったが、二人は特に気にしていない。確かにそこまで強く匂うわけではない――昨日のほうがはるかに強い匂いだっただろう――ので、碕沢も口に出すことはしなかった。それに、後でまた血の匂いを嗅ぐことがあるかもしれない

 昨日とはまた異なる店にダンが連れていってくれた。

 昨日に比べれば、ガラの良くない雰囲気である。料理よりも酒に重きをおいている店のようで、気が大きくなっている者が多く、喧騒が溢れているのが理由だろう。


「おまえら本気で冒険者になるつもりか?」


 ダンの口調はやや硬い。彼の右手には麦酒ビールのようなものがある。


「それは分からない。質問だけど、冒険者以外は狩りをしてはいけないって決まりみたいなものがあるのか?」


「そんなものはない。だが、魔獣を狩るつもりなら冒険者にならないやつはいない。恩恵があるからな」


「報酬でも上乗うわのせされるのか?」


「そういう話じゃない。単純に強くなれる」


「ギルドで冒険者登録しただけで強くなれるのか? ずいぶんと便利な話だな」


 碕沢は笑った。そんな都合の良い話があるはずない。


「嘘じゃねーよ」ダンが麦酒ビールを咽喉に流し込んだ。大きく息を吐いて、言葉を続ける。「ギルドで冒険者登録した後は、スキルが習得しやすくなる。それにスキルレベルも上昇しやすいって言われている。まあ、おまえはスキルすら知らないだろうがな」


「スキル? 技術なんて、自分で会得していくものだろ。よく分からないが『スキル』という特別な何かがあるとして、それを得たなら、それはダンが実戦で学び手に入れたものじゃないのか? ギルドがどこに関係ある?」


「ああ、わかんねーやつだな! 説明もめんどくせーし。酒はまだかよ、おせーな」


 すでに一杯目を飲み終っていた。

 ダンが椅子に座ったまま身体を反らし、声をあげる。

 彼はウエイトレスを呼び始めた。この店には二人のウエイトレスがいた。エプロンが目印であり、制服といえるだろう。

 二人とも二十代半ばから後半くらいの年齢に見えた。


「碕沢君」小声で冴南が言う。「信じられないことだけど、それを言うなら私たちの武器もそうでしょ」


 碕沢は冴南と目をあわした。

 彼女は正しい。

 確かに、強い武器が具現化するのはあまりに都合がよすぎるだろう。そして碕沢たちはこの特殊な武器を持たされた理由を、戦いを強いるためだ、と考えた。

 冒険者のスキルも同じ理由を源にしているのではないか。


「考えすぎもダメよ」


 またもや正しいことを冴南が言った。

 碕沢の考え方は、自身の常識に現実を当てはめようとするたぐいと言える。ここは、武器の具現化が起こる世界なのだ。少々おかしな現象が起こっても、疑うだけでなく、受け入れることも必要だろう。


「神原さんはなかなか冷静ですな。この碕沢、感服いたしましたよ」


「なら、いいかげん、カンバラって言い間違い止めてくれない?」


「言っておくけど、カンバラは愛称やあだ名みたいなものだから、言い間違いとはまったく違う」


「初めて聞いたけど」


「初めて言ったからな」


「何を二人でこそこそ話してんだ」


 ダンが顔をしかめている。

 碕沢は自分の顔と冴南の顔とがかなり近づいていたことを意識した。すぐに身体を引く。

 それ以上、ダンは何も言わなかった。

 碕沢はダンの様子に、意外の念が込みあげていた。

 ダンは冴南に執心していたはずだ。冴南に近すぎる碕沢というのは、不快な存在でしかないだろうに、ダンの態度には、不快さや妬心がいっさい見られなかった。


「この店にしたのには理由があるのか?」


 碕沢の視線は近づいてくるウエイトレスへと投じられた。トレイには酒が乗っていた。ダンが注文した物だ。


「さあな」


 碕沢は周囲に視線を投じる。

 さまざまな人がいる。

 中にはすでにテーブルに臥して眠っている者もいた。男の手もとでは大きなグラスが倒れて、少量の酒がこぼれていた。


 見まわしていた碕沢の視線がある一点で止まる。

 三十代後半だろうか。男が一人で酒を飲んでいた。筋肉質で大柄な体格であるが、人目を引くほどではない。なぜなら、この酒場には冒険者が多くいるようで、冒険者たちは総じて体格がいい者が多かったからだ。

 だが、碕沢の視線はその男から離れない。

 強者の気配を感じたというわけではない。そんなものを感じとれるほど、碕沢は実戦を経験していないし、研ぎ澄まされた感覚も宿していない。

 あえて言うなら、周囲の喧騒とは異なり、静かでどこか億劫そうな態度が異質で目についたというところだろうか。


「本当に、おまえは嫌なやつだ」


 ダンが言う。

 碕沢は視線だけでダンに問うた。


「後で紹介するが、あれがバル・バーンさんだ」


「あの人がこの町でもっとも強い冒険者なのか?」


「冒険者にかぎらず、あの人が一番強い」


 誇らしげにダンが胸をはった。

 どうかな、と碕沢は思う。一般論として、正規の兵士や軍人のほうが強いというのが実情ではないだろうか。

 碕沢の位置から見えるバル・バーンは、背中と横顔の一部だけだった。ダンを心酔させる男のようだが、今のところそんなふうには見えなかった。


 ウエイトレスが食事を運んできたので、三人は食事を始めた。

 あいかわらず、ダンは冴南に話しかける。内容は主に自慢話で、「女性に嫌われる男の会話」で毎回上位にランクインするものだった。

 もしかしたら、この世界の女性には好評の話術であるかもしれないので、碕沢はアドバイスすることはしなかった。

 というのは嘘で、面倒くさくまたどうでもよかったので放っておいただけだ。

 碕沢の思考は、バル・バーンをどうやって巻き込むかに投じられている。

 大ざっぱに言えば、二つの手法だ。

 金か力。

 そこに絡み手を加える。思いや感情をのせ、相手の心に訴えるのだ。


「ま、金はないから、もう一つのやり方しかないんだけど」


 碕沢の心情を表した言葉は彼の口の中で消えたので、傍にいる冴南にも知られることはなかった。





「バーンさん、ちょっといいですか」


 ひどく緊張した声を発したダンが、直立姿勢で立っている。

 対して、呼びかけられたバーンは、視線をやることすらなく、酒を飲みつづけていた。


「なんだ?」


 ぼそりと一言。


「あの、こいつを紹介したいんですが」


 ダンが碕沢だけを紹介する。

 冴南を外したのはなぜだろうか。荒事になる可能性があるからか。それはそれで、碕沢としては手順を省くことになって助かるのだが。

 ダンの隣に立っていた碕沢を、バーンがちらりと見た。一瞬、鋭い光が輝いたが、すぐに消える。


「ふん。そいつが噂の外世がいせいのやつらか?」


「そんなの俺たち冒険者には関係ないだろう? そいつがどんな過去を持っていようと、今がどうなのかが冒険者にとっては重要だ。これはバーンさんの教えだぜ」


「外世のやつらとは、話の次元が違うと思うが、まあいいだろ。俺も外世なんぞの与太話を信じているわけじゃねえ。で、ダン、なんで俺がそいつと面識を持たなきゃならないんだ?」


「――いや、それは」


「俺が頼んだんです」


 碕沢は前に出た。


「おまえが?」


「はい。協力してほしいことがあるんです」


「断る」


 バーンは碕沢を見もしない。


「でしょうね。なら、こっちで語りましょう」碕沢は拳を作る。「冒険者はそれのほうが話が早いと、ダンに聞きました」


「誰がそんなことを――」


 ダンが慌てて口を開くが、最後まで続けることはできなかった。

 バーンがさえぎったからだ。


「いいだろう。俺に喧嘩を売ったやつは、ここに来たばかりの頃しかいなかった。楽しみじゃねーか」


 初めてバーンが碕沢を見た。

 バーンの瞳には、歴戦の冒険者が有する他者を威圧する光が宿っていた。





 四人は店を出ると、人気ひとけのない広場へと移動した。

 途中、碕沢は冴南にあることを頼んだ。彼女は頷き、一行から離れたので、最終的には、碕沢、ダン、バーンの三人となった。

 広場は薄暗い。

 太陽は最後の一歩を残すのみで、すでに姿を隠そうとしていた。

 広場に外灯はない――本通りのみに街灯は並列している――ので、これから視界は悪くなるばかりだった。

 バーンの身長は一八〇センチメートルくらいだろうか。髭面で筋肉質の男臭い男である。この男はまったく防具をつけていなかった。装備と言えば、腰に剣をさげているだけである。

 バーンが剣を抜いた。


「俺の獲物はこれだ。おまえは何を使おうと構わんぞ。まさか、無手というわけではないだろう。ブラフじゃなけりゃ、左腕は怪我しているようだしな」


「おかまいなく」


 碕沢はすでに両手の中に綺紐を具現化していた。ちなみに、すでに左腕は吊っていない。布が巻かれているだけだ。


「――暗器か? 怪我をしているとはいえ、その年で小手先の技術に頼るようじゃ、先が知れている。暗器程度の威力じゃ、上の連中にはまったく通用せんぞ。むろん、隙もつけやしない。俺程度のランクに対しても、だ」


 すでに武器を持っていることはばれているらしい。勝利へのわずかな可能性がさらに削られてしまった。

 しかし、説教好きのようではある。世話焼きの可能性はそれなりにあるようだ。


「バーンさんから一本取れば、俺の頼みを聞いてくれるんですね」


「――俺と向きあって、なおそんな馬鹿げたことを言うのは、よほど力不足なのか」


「力が不足していようと、やらなきゃならん時というのは、あるでしょうよ――ここ二日くらいはそればっかりな気がするけどな!」


「腕はないが、覚悟はあるのか」


 バーンが大きく口を開けて歯を見せた。豪快な笑い声が響く。

 碕沢には笑う余裕などなかった。

 彼はそれどころではない。精神が泡立っていた。

 この男は何なのだ!

 Cランクってことは、真ん中あたりのレベルのはずだ。

 なのに、威圧が半端ではない。

 相手の力を量る術などそなえていない碕沢でさえ、正面に立つだけで、勝てない存在だと分かってしまった。

 碕沢の知る最強の敵――ゴブリン・ヴァイカウントの威容さえ霞んでしまう。


「やる前に、一つ質問があるんですけど?」


「何だ? 最後に聞いてやる」


 ――「最後」って何だよ。まさか「最期」って言ったわけじゃないよな。

 自分が望んだものではあったが、碕沢は現状を後悔したくなった。


「ゴブリン・キングとバーンさんじゃ、どっちのほうが強いんですか?」


「なんだ、その質問は? 変なことを聞くガキだ」


「どうなんです?」


「そうだな。ゴブリン・キングにもよるが、一対一ならまあ負ける気はせんな」


 つまり、バーンがいればこの町も大丈夫だというわけだ。


「だが、どの魔人であれキングには特殊な力があるという。俺はゴブリン・キングがどんな力を持っているのかを知らない」


「勝てないかもしれない?」


「負ける気はせんけどな」


「なるほど」


「なんだ? ため息なんかつきやがって」


「いえ、肩の荷がおりただけですよ。ええ、まだ、この戦いに意味がなくなったわけじゃない」


 碕沢を含めて、皆を鍛えてくれる教師が必要なのは変わらないのだ。

 そのために、碕沢は碕沢の役目をまっとうしなくてはならない。


「じゃあ、やりましょうか」


 碕沢は腰を落とした。すでに戦いへと意識は切り替わっている。

 バーンは変わらぬゆったりとした姿勢で、碕沢のことを愉快そうに観察していた。

 素人紐使いと熟練冒険者の戦いが始まる。








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