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一章 都市ドーラス(6)




 田園風景を隣に見ながら、碕沢は荷車を引いていた。もちろん、左手は使っていない。

 荷車はリアカーのような形をしている。リアカーの発明は地球ではいつ頃なのだろうか、と碕沢は想像したが、彼の知識の書庫にその情報はなかった。

 碕沢の前を二人の男女が歩いている。冴南とダンだ。

 先導しているのは、当然ダンである。

 彼の背中からは不機嫌さが滲みでていた。

 実は出発の時に、碕沢と冴南の軽装というか、普段着そのままの格好を見て、またもやダンが怒鳴り声をあげたのである。しかも、一見すれば武器を持っていないよう見える。

 さすがに碕沢もダンの言い分が正しいことは分かっていたので、まぜっかえすようなことはしなかった。だが、金のない彼らに武具をそろえることなど不可能だったし、防具をつけることで得られる防御力よりも、敏捷性を失うマイナスのほうが二人には大きいように思えた。

 なので、最初から防具のことなど念頭になかった。

 そもそも防具をつければ、当然動きは変わる。そして防具をつけての戦いを学ぶ時間など二人にありはしなかった。自己流の弊害である。


「まったく、自分の人の良さに腹が立つぜ」とは、ダンの言葉である。

 というわけで、チームワークを形成することがないまま、一人の冒険者と二人の素人は魔獣を狩るために出発したのだ。


 ドーラスから北東方向にダンは進んでいるらしかった。

 ゴブリンの動き――ゴブリンは南東にいる――が知りたいと思っていた碕沢としては不満だったが、望み過ぎるのはよくないだろう。

 歩きながら碕沢は、周囲への警戒だけは解いていなかった。

 仮にゴブリン・キングがすでにいるとしたら、どういった行動を取ってくるのかは分からない。すぐに攻撃を仕掛けてくる可能性だってあるのだ。

 そのことを思えば、実際は、のんびりとこんなことをしている場合ではないのかもしれない。

 ゴブリンの動向を探るべきではないか。

 もしかして玖珂は一人で偵察に出たのだろうか――ふと、碕沢はそんなことを思った。

 思わぬ形で生じた碕沢のかすかな焦燥とは裏腹に、前方の二人は普通に会話をしている。


「ダンさん、今から行くところにはどんな魔獣が出るんですか?」


「――兎みたいなやつだよ。鬼兎ビッドって言うんだ。大きさはこれくらい」


 ダンが両腕で大きさを示す。だいたい五十センチメートルくらいだろうか。


「兎の耳の代わりに、額近くに二本角が生えている。鬼兎ビッドは跳びかかってくるんだ。まあ、体当たりだな。その時に二本の角でこっちの身体を突き刺そうとしてくる。だが、盾でしっかりと受け止めさえすれば何てことはない……けど、カミハラちゃんは盾を持っていないからな」


 ダンは左手にしっかり盾を持っていた。ちなみに彼の武器は片手斧である。


「すみません。どれくらい跳ぶんですか?」


「二、三メートルくらいなら簡単に跳ぶ。だから鬼兎ビッドとやるのに気をつけるのは、こっちが先にあいつらを見つけることだ。発見さえすれば、まあ、落ち着いてやれば勝てるよ」


「逃げたりしないんですか?」


「一体でいる時は、逃げることもあるけど、二体以上でいる時はまず逃げないな」


「変わった習性ですね」


「競争心からだ、とか学者は言っているみたいだが、ホントのところは知れないな」


「今向かっているところは、鬼兎ビッド以外は出ないんですか?」


「せいぜいはぐれのゴブリンくらいだな」


鬼兎ビッドとゴブリンはどちらのほうが警戒すべきですか?」


「まともに戦ったらゴブリンのほうが面倒くさいかもしれないが、やつらは鈍いから、簡単に奇襲ができる。奇襲ができれば、まあ、あっさり勝てる。心配しなくていい」


「分かりました」


 森の中ではあるのだが、冒険者がよく通る道なのか、荷車の車輪跡がきちんとあり、歩くのに苦労はなかった。

 道中、冴南が碕沢に代わろうかと声をかけてきた。碕沢が左手を使えないことを気づかってのことだろう。

 碕沢が答える前に、「ダンがこんな程度で音をあげてるようじゃ、この先つれてけねーぞ」と温かい声援を送ってくれたので、丁重に冴南には断わった。そもそも代わるつもりもなかった。負け惜しみではない。

 体力の向上を確かめたいという思いがあったからだ。

 実際、荷車を引きながらおそらく一時間以上歩いたのに、碕沢はまったく疲れていなかった。

 これは二日前までなら考えられないことだ。もちろん、できないことはなかっただろうが、整備されていない道で一時以上荷車を引くなど罰ゲームでしかない。すぐに嫌になったはずだ。

 だが、今の碕沢に疲労はほとんどない。どうやら間違いなく基礎身体能力が向上しているようだ。


 一時間も歩くと、田園地帯が完全に遠のいていた。

 そろそろ道が険しくなり、三十センチを超える長い草がところどころに見られるようになった。視界が少しずつ悪くなる。


「そろそろ鬼兎ビッドが出てきてもおかしくないから、注意しろ」


鬼兎ビッドはどれくらいの数で動いているんですか?」


 冴南の身体に緊張感がみなぎっている。

 どうやらすでに彼女は何かを発見したようだ。


「そうだな。だいたい二、三体くらいだ」


「なら、十体となると普通じゃないんですね」


「十体もいたらこっちが逃げないといけないだろうな」


 ダンが笑った。

 ダンは、冴南の変化にも、そして前方に点在する気配にも気づいていないようだ。

 碕沢はダンの力量に不安を覚えた。ダン自身のレベルが低いだけなのか、それとも冒険者のレベルが低いのか、まさか両方ということはないだろう――ないと思いたい。

 そうでなければ、ゴブリン・キングの襲撃があったらとんでもない苦労をすることになるだろう。

 碕沢は荷車から手を放し、二人の前に進みでた。


「おい、何のつもりだ」


「今回、ダンは助言役だろ。まあ、後ろで見てろよ」


「何を言っている? そもそもおまえらは武器も持ってないだろ。鬼兎ビッドが現れたら俺が戦うから見てろ。そして力の差を理解したら、冒険者を目指すのを止めろ」


 碕沢は今回ダンがどういう考えをもって行動しているのかを始めて悟った。

 この男は、物知らずな二人の年少者へ魔獣の危険性を教えるために一緒に行動してくれていたのだ。

 防具どころから武器さえ持たない碕沢と冴南たちのことを先導してくれたのは、言葉だけでなく実施で厳しさを教えてやるとの親切心からだったらしい。

 出会ったばかりの人間にこのような破格な対応をするのは、本人のいうとおり、確かにお人よしすぎだ。


「ダン、あんた本当にいい人なんだな」


 本心から言いつつも碕沢は場所を譲らない。彼は布で吊られていた左腕を自由にした。


「は? 何言ってやがる。気持ち悪い。そんなことより、そこをどけ。先に進むぞ」


「いや、これでいいんだ。神原、やるぞ」


「ええ」


 冴南が弓を構える。

 引きしぼられた弦が音を奏で、舞台女優のように冴南を彩った。光の粒子が集まり、矢が具現化する。


「は? いつの間に、どっから弓を」


 ダンが口をぽかんと開けているが、碕沢と冴南の二人はこれから始まる戦闘へと意識を集中させていた。

 放たれた矢が鋭く飛びだし、草むらへと吸い込まれた。どすっと何かが倒れる音がする。

 戦闘が始まった。

 碕沢も駆けだす。

 彼の両手の中には、すでに綺紐が握られていた。




 戦闘は短時間で終了した。

 魔獣からはゴブリンよりも多くの青い靄を吸収したような気がした。ゴブリンよりも強くは感じなかったのだが……。

 倒した鬼兎ビッドは九体。

 巣穴が集中する場所以外で、これほど数が集まるのは珍しいということだ。偶然なのか、何か理由があるのかは分からない。

 倒した内わけは碕沢が三体、冴南が五体、ダンが一体だった。

 どうやらダンは気配を探ることは苦手なようだが、戦闘に関してはなかなかのものであるようだ。武器に向いているとは思い難い片手斧を、威力を殺さず器用に使いこなしていた。

 冒険者としての技量は本物だと実績でも示した。何しろ無理やり戦いに参加して、自分に向かってくるわけでもない敏捷性の高い鬼兎ビッドを倒してしまったのだから。

 そんなダンにしても、碕沢たちの戦闘は予想外であったらしい。


「おまえらいったい何なんだ」


 というのがダンの言葉だった。

 疑念も新たに湧いただろうが、それ以上に強さに呆れたらしかった。

 その後、碕沢たちの実力と言動のあべこべを見て、またもやダンが同じ言葉を吐いた。


「おまえらいったい何なんだ?」


 それは、魔石取りといわゆる血抜きを二人が知らなかったからだ。冒険者にすれば、戦闘技術と同じく常識とされる技術なのだろう。

 ダンの指導の下で碕沢と冴南は魔石取りと血抜きを行った。その作業風景は何も知らない者が見れば、ホラーでしかなかった。

 碕沢の綺紐をもちいて、木に逆さに吊るされた九体の鬼兎ビッドたち……。


「血抜きは時間が勝負だ。さっさとしろ」


 という、ダンの言葉を背に受けながら、碕沢と冴南は懸命に血抜き作業を行った。こういった作業の前では、二人は本当に素人でしかない。とにかくいわれるままに作業をこなすよりなかったのである。

 鬼兎ビッドは、肉と角とが主に取引されるらしい。そして、良質な肉を得るためには、早い段階での血抜きが必要であるというのは地球と変わらないようだ。

 作業を終えると、荷車に九体の鬼兎ビッドを無理やり積み、綺紐で落ちぬよう縛りあげた。


「成果としては充分だ。それにこれ以上はどうしようもないだろ」


 小山になってしまった荷車を見れば、これ以上積めないのはあきらかだ。

 ダンは帰るつもりらしい。

 碕沢と冴南には不満がある。

 両者の見解の違いは、稼ぎ――金を求めている者と、試し――強さの見極めをしようとしている者の差だろう。

 もちろん、碕沢も金を求めている。だが、それ以上に、せっかく外に来たのだから、魔獣を倒すことで自らの強さの確認をしたいという欲も出ていた。もちろん、魔獣を倒すことで強くなるという魅力もある。

 碕沢は迷っていた。

 そもそも今回は明確な目的というものがなかった。

 だからこそ、碕沢は優柔不断になっている。


「おまえら確かに強いみたいだが、嘗めるなよ。もともと充分な準備ができていないんだ。おまえらは、獲物さえ決めずに来たんだろう? 準備も目的もないのにうまくできるほど、冒険者はあまくない」


 碕沢は先達者であり年長者でもあるダンの言葉を尊重した。冴南も反対しなかった。

 こうして三人は帰路につくことになった。

 碕沢はいつダンから「武器をどこから取りだした?」という疑問が飛んでくるのだろうか、と考えていたのだが、その問いはなかなかダンの口から発せられなかった。


 正直、武器の具現化については隠し通すことは難しいと最初から二人は考えていた――碕沢の綺紐なら可能かもしれないが、これは例外だ。だからこそ、二人とも躊躇なく武器を具現化した。

 碕沢たちがこの地で持っているアドバンテージは高性能な武器のみだ。これを使用しなければ生き抜くことは難しいだろう。下手に隠そうとして武器を使わず負傷したなどとなったら馬鹿らしい。

 おそらく、北條辺りも隠蔽といった方策はとらないだろう。

 なので、ダンから訊かれても別にそれほど困りはしなかった。先祖伝来の物ということで強引に押し通すつもりだった。そもそも碕沢たちの集団はすでに異国の者との噂が立ちはじめているので、より怪しさを増したところで問題ないだろう。

 東洋の神秘は、どこでも通用するのだ。

 藪蛇かもしれないが碕沢はダンに訊ねた。


「ダンは不思議じゃないのか?」


「ふん、若いな。いいか、女なんてものは秘密があって当然なんだ。それをいちいち訊こうとするなんて、野暮以外の何物でもない」


 それが男ってもんだ、とでも言いたげに、ダンが親指を立てた。

 綺紐の具現化については、そもそも気づいてもいない。

 馬鹿がここにいた。


「それより、おまえの武器のほうが珍しい。初めて見たぞ」


「東洋の神秘だ」


「東洋? まさか東方の出身か! いや、そんなはずねえ。ありえねえよ。たく、何なんだ、おまえは」


「いや、ダンのほうこそ意味不明だ」


 ダンとのやりとりによって、碕沢は武器が具現化する現象など、あんがいこちらの世界では珍しいことではないのかもしれない、と考えた。

 後に、ダンが変わり種であったのだということを碕沢は知ることになる。


 とにかく、今日はダンに世話になったことは間違いない。

 碕沢はダンが冴南へアタックすることを黙認しようと思った。どうせ、冴南は才女モード全開で隙のない対応をとるだろう。碕沢の出番などないに決まっていた。

 実際そうなった。ダンの言葉は、すべて冴南に受け流された。


 帰路も日は高かった。

 魔獣狩りは後処理に多少時間がかかったくらいで、時間を使用したのはほとんどが移動時間だけである。

 帰りも碕沢が右腕一本で荷車を引いていた。布で吊るされた左腕が痛々しいと思っているのは碕沢だけのようで――実際は碕沢もそんなことを考えていないが――すでに誰も怪我をしていることを気づかってはくれない。

 三人の間には気怠けだるい空気が流れていた。


「おい、ダン」


「なんだ、くそガキ」


 まったく弾んでいないように観察される冴南との会話を邪魔されたことが、ダンは気にくわないらしく、後ろを見向きもしない。


「奥に進めば、もっと強い魔獣がいるのか?」


「おまえは、今日のことを反省していないのか!」


 ダンが振り返って怒鳴る。


「俺たちがそこそこやることは分かっただろ? なら、それにあった獲物を教えてくれ」


 ダンの言うこともわかる。だが、階段をゆっくり昇っていく時間はおそらくない。

 碕沢は、明日から訓練だけではなく、実戦を多く行っていくつもりでいた。実戦で得られる技術向上と青い靄を得ることが狙いだ。

 碕沢は、たとえゴブリン・キングが襲撃してきたとしても、都市の住人が撃退してくれるだろうという考えをどこかで持っていた。

 だが、ダンの力を冒険者の基準とするなら、冒険者たちではゴブリン・キングの襲撃に抗えない。ドーラスの兵士たちに多くの期待をすることも正しいとは言えないだろう。

 碕沢たちが可能なかぎり力をつける必要がある。それが生存の可能性を高めるはずだ。

 しなければならない――という思考方法は、碕沢の好みではなかったが、実際やるしかなさそうだった。


「たくっ」ダンが大きく舌打ちをした。「もっと奥に行けばいる。だが、言っておくがこの島じゃそこまで強い魔獣はいねーぞ。おまえたちの強さに見あうやつらは、あまりいないだろうな」


「でも、Cランクが稼げるくらいに強い魔獣がいるんだろう?」


 バル・バーンというCランクの冒険者が実際にいるのだ。彼が稼ぐのにちょうどよい獲物がいるはずだった。


「バカか、そんな魔獣がそこらにいたら、ドーラスはとっくの昔に潰滅してる」


「Cランクってのはそんなに強いのか?」


「当たり前だ。一体や二体ならバーンさんがいれば、どうにかなるかもしれないが、それ以上の数のCランク魔獣がドーラスを襲ってきたら、この島にいる人間は全滅だな。本国からの兵士の派遣も間に合わないだろ」


 ダンの話を聞き、碕沢に疑問が浮かぶ。


「なぜ、バーンという人はこの島にいるんだ?」


「ああ?」


 ダンの顔は何を言っているんだ、このバカは、と主張している。


「Cランクの魔獣がいないなら、Cランクの冒険者は稼げないだろう? バーンって人にBランクに迫る腕があるならCランクの魔獣を恐れる理由もない。なぜ、こんな島にいる」


「それは――それは、バーンさんにもいろいろ事情があるんだよ! あの人は、俺らみたいな弱い冒険者を見捨てない人なんだ。くだらねーことを言ってないで、手伝え」


 ダンが最初にこの島のことを語った時「敗者たちの吹き溜まり」という表現をした。そのことを碕沢は思い出した。


「ダン、バーンさんに会わせてくれ」


 ダンは何も答えなかった。








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